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第十七話 脅し

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 パーティーが開かれるホテルでは、アジア各国の軍事関係者と企業が参加するとあって、厳重な警備が敷かれ、物々しい雰囲気が漂っていた。
 寧々は、祖父の付き添いとして参加するために、ホテルの祖父の部屋で着替えをし、支度を調えた。
「今日もとても可愛いぞ、寧々」
 孫のドレスアップした姿をみて、皇成が顔をクシャクシャにして微笑んでいる。
今日の寧々は、肌の露出の少ない清楚な白いドレスを着て、肩までの髪を緩く巻き上げている。歩く度に揺れる軽い刺繍入りのレースと、色素の薄い襟足から覗く、細い項が目を惹く。
「お爺様、私も、もう大人なので可愛いよりも、綺麗が良いです」
 祖父の前で、花が綻ぶように微笑んで、くるりと回ってみせる姿に、皇成は、まだ愛らしい子供じゃないかと思ったが、黙っていた。
「お爺様は、軍服姿が一番素敵ですね」
「寧々にそう言われると、いつまでも引退したくなくなるな」
「それは、困ります」
 二人が談笑していると、部屋の呼び鈴が鳴り、詠臣がやって来た。

「詠臣さん」
 寧々が目を輝かせて、詠臣の方へと向かう。
 向かってきた寧々を見て、詠臣の動きが止まった。目は大きく開いて、口元の力が緩んでいる。
「寧々、とても綺麗ですね」
「ありがとうございます」
 満面の笑みで詠臣を見上げる孫の姿に、皇成は苦笑している。
 見合いをさせたのは自分だが、少し寂しさもあった。しかし詠臣は、自分の見込んだ通りの男で安心もしている。
ほんの昔は、この孫の隣に立つのは、違う男だと思っていたが……皇成は、かの青年の運命を思うと、一抹の哀れみを感じていた。
「詠臣さんの軍服姿……素敵すぎます」
 空軍の常装冬服は、シングルのスーツタイプで濃紺色だ。同じ色の制帽も被っている。
胸元や肩には、部隊章や功績章、階級章が飾られている。
背が高く、鍛えられた詠臣は、軍服が良く似合っている。本人の一本筋の通った人間性が雰囲気にも出ている為、より一層、厳かで硬く見える。
 制帽が顔に影を作り、伏し目がちな眼差しに、より一層の色気を与えていた。
「皆さんに見て欲しい気持ちと、誰にも見て欲しくない気持ちが戦ってます」
 寧々が詠臣に見とれながら言うと、苦笑した彼が「私は誰にも見せたくないです」と答えた。
 二人の甘い雰囲気に耐えきれなくなった皇成が咳払いをすると、二人が離れ、会場へと向かうことになった。


 会場に入り、祖父について歩いていると、スーツ姿で通訳をしている美怜を見かけ、小さく手を振った。
「?」
 寧々は、ふと、視線を感じて周りを見回した。
 各国の軍服姿の男性達の中には、ときどき女性軍人も混じっている。スーツ姿の企業の人や、美怜のような通訳の人達……それぞれが、目の前の人との話に夢中になっている。
 その中で、強い存在感を放つ男性と目が合った。

(誰だろう……凄く見たことがある気がする……)
 男性は、タイの上下白の海軍軍服に身を包んでいる。視線だけで相手を従わせることが出来そうな強い眼差しは、寧々が恐怖を感じる程だった。端正な顔立ちだが、何よりも恐ろしい雰囲気と、左頬に出来た傷が印象的だ。日々、海竜との戦闘で死線を潜る苦労の為か、どこか雰囲気の中に怒りと哀愁が漂う。
(こんな印象的な人、忘れそうもないのに……どうして、思い出せないのだろう……)
 寧々は、話しかけようと意を決して、男性の方に歩き出そうとすると、司会のアナウンスが始まった。
 一瞬、そちらに視線をむけてから、男性を振り返ると、そこにはもう彼はいなかった。
(すごく……すっきりしないよ……誰だったの?)

 パーティーは主催者の挨拶や、各国の招待客の代表などが挨拶を済ませ、談笑が始まった。
 寧々は祖父について、時々通訳をしていると、あっというまに一時間半ほど経っていた。
もう終わるだろうし休んで待っていなさい、と皇成に声を掛けられて、寧々は外の空中庭園のような広いテラスに出た。
 二月の終わりにしては気温も高く、晴れて日差しもある為に外は春を感じさせた。雲一つ無い空の裾には、都心と東京湾がよく見えた。
「……綺麗」
 東京湾沿岸には、要塞のような堤防と砲台が設けられているが、此処からでは対海竜用の管制塔しか見ることが出来ない。
「……ふぅ」
 低いヒールにしたけど、履き慣れないので足が疲れた寧々は、座れる所はないかな、と庭園をキョロキョロと見渡している。
 ウッドデッキでブロック毎に演出された庭園には、噴水、花壇、夜にはライトアップする木々、パラソル付きのテーブル席や、庵や回廊もあった。
 パーティーの参加者がチラホラと出てきている。

 庭園の奥にある階段を下りて、海を眺められるようなベンチに腰を下ろした。
(さっきの人…誰だったんだろう……以前にもお爺様のパーティーは何度か参加しているから……その時にご挨拶した人かな?)
 寧々は、自らの記憶力の無さに、ため息をついた。
(……まるで私に恨みでもあるのかと……それで、睨まれているのかと思った……ちょっと怖かった……)
 寧々は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をし、周囲に人が居ないことを確認して、足をのばした。
(ここ、周りから全然見えないから……ヒール脱いじゃおうかな?)
 寧々は、音を立てないように静かにヒールを脱ぎ、踵をその上に乗せて足首をパタパタと動かした。
(開放感あるなぁ……ヒールは履くと足が長く見えるし、詠臣さんと顔がちょっとだけ近くなって好きだけど、慣れないから疲れる……足が、スースーして気持ち良い……)
 寧々が少し冷たい風を心地よく感じていると、背後の高い位置から人の声が聞こえてきた。
 慌ててヒールを履いて姿勢を正し、後ろを振り返ると、後ろの木の向こうは二メートルくらい高所に、こちらに背を向けたベンチがあった。
そこには、スーツ姿の男性と、世界の合同出資で出来た海竜対策の人口島、SDIの軍服姿の男性が座っている。

『あの研究者気取りの現地軍の男のせいで、我々の海岸線要塞堤防の建設に、議論の風潮が出てます』
『もう、七割方はこっちの話に決まっているだろ』
『しかし、日英、オランダ、インドまであちらの案に興味を示している。SDI主導の他国でその有効性を確認したい狙いがあるんだろう』
『これ以上、目障りな存在になる前に……退場、願いましょう』
 小声の英語で所どころ聞き取りづらいけれど、穏やかじゃない話の内容に寧々の肝が冷え、ドキドキと心臓が走り出した。まるで物語の中に放り込まれたような状況に、動揺している。

(ここで話を聞いている事がバレたら……どうなっちゃうのかな……どうしよう……み、見つかりませんように……)
 自然と体を縮こませて、俯いた。
『何か仕掛けたのか?』
『ちょっとした脅しですよ。手配した帰りの車に細工しました』
「っ⁉」
 あまりの内容に、寧々は思わず声がでそうになって、慌てて口を抑えた。
『あの男に、その程度のことで脅しになるか?』
『ただのご挨拶ですよ。少佐も自分が狙われた事故で、罪のない人間が巻き込まれれば、少しは心が痛むんじゃないですか? まぁ、海岸に入った馬鹿な一般人を、躊躇無く海竜ごと撃ち殺す男ですけどね』
 男達が鼻で笑うような声が聞こえてくる。
(どうしよう、大変な事を聞いちゃった。だれ? 誰が標的なの? 少佐? SDI軍に現地軍を派遣しているのは……えっと、タイとインドネシアとフィリピン、シンガポール……ちょっとまって、最近読んだ、要塞建設に反対する論文!)
 寧々はスマホを取り出して、詠臣から送られて来た論文の画像を探した。

(キエト少佐! きっとこの人だ!)
 震える手で、詠臣にメッセージを打とうとするが、上手くいかない。ちゃんとした文にならなかった。焦りは募る一方だった。そして、一度後ろを振り返ると、二人は席を立ち移動を始めていた。

 寧々も警戒しながら立ち上がり、二人の視線に入らないように移動をした。会場に戻り、タイの軍人を見つけキエト少佐の所在を尋ねると、今、会場を出たと聞かされ、血の気が引いた。
(車に乗る前にお伝えしないと!)
 会場に一瞬視線を走らせたけれど、詠臣の姿は見つからず、ホテルのフロントまで急ぎ移動することにした。
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