上 下
8 / 56

第八話 遠足へ出発

しおりを挟む

 その日は、よく晴れて予想最高気温も高く、絶好の遠足日和だった。
(ドキドキする……よく考えてみたら、琳士と匠さん以外で男性と一緒に出かけるなんて生まれて初めて)
 寧々は、約束の時間の二十分前には準備が終わり、玄関でウロウロとしていた。

 昨日の美怜との電話で植物公園に遠足に行くと話したら、絶賛された。若い男子のまったく興味なさそうな良い線をついたと。きっと周囲には中高年しかいないだろうと。
 自信が湧いてきた寧々は、朝早起きをして、弁当を作った。
 思い起こされるのは、琳士の言葉だ。男は、とにかく茶色い物が好き。肉、とくに唐揚げとか、とんかつとか脂っこい食べ応えのある肉が好きだ。寧々のその葉っぱばっかりのサンドイッチは食べた気がしないでしょっと。

(あえての野菜盛りのサンドイッチと、野菜スープ。とても淡泊でサッパリとしたチキン。お爺様に沢山送られて来たフルーツで作ったフルーツサンド。これでもかと、女性目線にしてみたし……荷物はとても重くなったし、美怜ちゃん! 私……凄く残念な人になるように、頑張ってるよ!)

 しかし、折角のお休みにこんな嫌がらせをされる詠臣に、申し訳ない罪悪感が募った。
 ソワソワするのと相まって、深いため息が出る。
 そして、ついに家のインターホンが鳴り、寧々は慌てて玄関を開けた。

「おはようございます」
「お、おはようございます」
 寧々は、玄関の鍵をかけて荷物を抱えて門の前で待つ詠臣へと駆け寄った。
「急がないでください、危ないです。あと……お一人なら、なおさら相手を確認してから出て来て下さい」
「あっ……すいません、あの、凄く早く用意が済んでしまって、何だかソワソワしてしまって、玄関の中でウロウロしてて……」
 言葉にしてから、自分は今すごく余計な事を言ったのではないかと恥ずかしくなった。
 詠臣の顔が、ほんのりと紅い。
「参りましょうか」
「はい」
 
 詠臣の車は、アウトドア派に人気の高い4WDで車高が高く、車内も広かった。
 普段、祖父の車にしか乗らない寧々は、物珍しさにキョロキョロしてしまった。
「すみません、もっと綺麗にすれば良かったです」
 運転中のため詠臣が前を見ながら謝った。
「いえ、すいません。そういうんじゃなくて、お爺様の車とタクシーくらいしか乗らないので、興味深くて。私も免許取ろうかな」
「もし取得したときは練習に付き合います。空将のお車での練習は、勇気が必要です」
 詠臣が少し微笑んだ。

 今日の彼は、お見合い写真のような軍服姿でもなく、先日のようなフライトスーツでもない、アウトドアブランドのマウンテンパーカーにズボンという、カジュアルな格好で年相応の若さに見えた。しかし、それでもなお、同世代の男性とは一線を画した落ち着きだ。彼の崩れることのない正しい姿勢の為なのか、殆ど変わらない表情のせいか。
「平さんは、車も乗れるし空も飛べて凄いですね」
「軍の周辺の空は、とても空いているので車より移動しやすいです。出動の時は旅客機も全機高度を上げて離れます」
「そうなんですか」
 もっと緊張して気まずい空間になるかと思った車内は意外と和やかだった。

「寧々さんの大学生活はいかがですか?」
「私の?」
「はい」
「楽しいです。勉強も、学生生活も。美怜ちゃんというお友達が、とっても美人で素敵で面白いです。平さんとお見合いするときのお洋服も美怜ちゃんが選んでくれたんです」
 寧々の頭の中に、美怜の指で表現した馬が走りさって、思わず笑ってしまう。

「とてもお似合いでした」
(どうしよう、お世辞って分かってても、嬉しい。すごく恥ずかしい)
 熱くなった頬に風を送る為に、手でパタパタと顔を仰いだ。

「平さんの士官学校はいかがでしたか? テレビで特集をみたら、凄く大変そうで驚きました」
 世界各国どこの国にも海竜と戦う軍隊がある。日本の軍の歴史も長く、士官学校の歴史も長い。現代では高校卒業後、特定の軍の大学に四年通う幹部候補生と、二年通う一般兵士の学校がある。
「恐らく寧々さんが見たのは、二年制の方です。大学は四年あるので余裕がありました。勉学に訓練、それに研修で充実していました。学校に通っているだけで給料も発生してましたし手厚いです」
 幹部候補生の大学は入学からして狭き門で、決して余裕がある学生生活ではない。しかし、詠臣の認識は周囲の学生とは違った。

「毎日早朝から走り込みじゃないのですか?」
「ランニングはありました。土日は休みです」
「徹夜で山登りとか、三日間生き残りをかけたサバイバルとかは?」
「そういえば、ありましたね。サバイバルは壮大な鬼ごっこのようで楽しかったです」
 寧々は、ふと祖父の言葉を思い出した。
(そういえば、平さん。士官学校を首席で卒業って……規格外なのかな?)

 じっと平のことを観察する。
 恵まれた体格に、鍛え上げられて厚くなった胸板と腕、人目を惹く容姿。落ち着いた紳士的な性格。なぜ自分は、こんな凄い男性の隣に座っているのかと不思議に思う。
(お爺様の孫だからか……もし、私が平さんの馬にならなかったら、彼は他の人を探すんだよね……)
 少し寂しく思う自分の考えを散らすように頭を振った。
「少し、休憩しますか?」
「いいえ、大丈夫です」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

処理中です...