上 下
37 / 49

ゾンビ犬

しおりを挟む

 豹兒に手をひかれながら、じっとジフの背中を眺めていた。
背が高いし、ガタイが良いから男らしいジフなんだけど、ちょっと猫背気味で……ゾンビになる前は、良く後ろから飛びついたりした。それも、もう出来ないよね。
 腕を噛まれただけで、今のところ俺の中身は何も変わっていないのに……この世界に存在する俺は、人間からゾンビに変わってしまった。

 これから、どんな風に変わってしまうのだろう?

 いきなり何も感じ無くなって、俺の意思も消滅して……近くにいる仲間を襲うのかな?

 怖すぎる。

 俺、やっぱり早く殺された方が良いんじゃ無いか?

「入れ」

 ジフが食品工場の倉庫だった建物の前で足を止め、シャッターを半分上げた。真っ暗な倉庫の中は、何も見えない。
 先に中に入ったジフが、置いてあったLEDライトをつけて、やっと中の様子が見て取れた。広い倉庫は、割とガラッとしていて、一部が使われていて、武器やら生活用品が置かれている。
「ポチ……気をつけて」
 シャッターを潜るときに、豹兒が俺の頭に手を添えてくれて、まだ人間扱いされていることにウルッと来そうだった。
「ありがとう」
 
 先に入ったジフは、ワイヤーロープを手にして歩き出し、武器が置いてある場所から一番遠い柱に巻き付けている。そして俺に向かって顎をしゃくった。

 俺は、歩き出そうとしたのに、豹兒の足が止まっている。

「行こう」

 躊躇う豹兒に微笑んで、掴んでいる大きな手を引っ張った。豹兒の表情は、険しい。
 俺は豹兒を引っ張りながら、ロープに繋がれた手錠を持つジフの元に歩み寄った。

「手、出せ」
 ジフの手が差し出され、豹兒と繋いでいない左手を先に差し出した。ジフの手によって左手に手錠が掛かる。なんだか、あまりに現実味が無くて笑いそうになってしまう。
 そして右手も差し出そうと、豹兒と繋いでいる手を離したけれど……豹兒がギュッと握っていて動かせない。
「豹兒……」
「そこまで、しなくて……いいでしょ」
「……」
 豹兒の言葉を無視したジフが、俺の腕を掴んで手錠を掛けた。豹兒は鋭い目でジフの事を睨んでいる。ジフが悪いわけじゃない。そんなこと、豹兒もわかっているし、ジフも豹兒の気持ちがわかっている。あぁ、いまの二人を見ているのが……凄く悲しい。申し訳ない。

「ごめん、ジフ。ありがとう」
 もう、いつ人間じゃ無くなってしまうかわからないから、今、言っておきたかった。
「……うるせぇ、喋るなゾンビ犬」
 ジフは俺に背を向けた。
「ぷっ」
「てめぇ……何笑ってんだ」
 俺が笑ったことで、ジフが此方を振り返った。
「ご、ごめん。だってゾンビ犬って……なんか面白くて」
 クスクス笑いながら、謝った。両手に掛けられた手錠がカチャカチャと音を立てた。
「……お前……本当に救いようのないアホだな……豹兒、見張っておけ……逃がすなよ」
「……はい」

ジフは、そんなこと言いながら近くにライトを幾つか置いて行ってくれた。本当に。ジフは優しい。

□□□□

 ジフが倉庫を去った途端、俺は豹兒に抱きしめられた。
「豹兒……」
 俺も豹兒の背中を抱き帰したいのに、手錠に繋がれているから出来ない。でも……豹兒の腕が痛いくらい俺を抱き寄せている。
「ポチ……ごめん……ごめん」
 耳元で話す豹兒の声が震えている。
「……どうして謝るの?豹兒は何も悪くない」
 俺が勝手に建物から出て、蒼陽は一人で対応できたかもしれないのに、手を出して、襲われて……自分でどうにか出来なかっただけだ。そこに豹兒が謝るような事なんて何もない。
悪いのは……迂闊な俺と、あの悪魔のようなダリウスだけだ。
「ごめん……」
「だから!豹兒は何も悪くないって!」
 俺は手錠のついた手で、豹兒の胸を押したけれど、豹兒の抱きしめる腕は緩まない。だから、豹兒の顔が見えない。
「……ごめん」
 豹兒が……泣いている。俺の頭に顔を寄せて泣いている。
「俺も、ごめん……豹兒……約束したのに……守れなかった、自分の事」
 豹兒が大事だって言ってくれたのに。
 約束通り、豹兒は無事でいてくれたのに、俺は約束を守れなかった。
「ごめんね……豹兒」
「違う……俺が、ダリウスを止められたら……もっと、ちゃんと狙っていれば!……いつもは冷静なのに……焦ったし、怖かった……集中力が足らなかった……俺は、ポチを助けられたのに」
 
「ねぇ……もう辞めようよ。俺……ちゃんと豹兒とお別れしたい」
「っ!?」
 俺の言葉に驚いた豹兒が、腕の力を緩めて顔を上げた。涙の溜まった真っ赤な目が見開かれてる。
「俺、豹兒をゾンビにしたくない。だから……俺に噛まれたりしないで」
 きっと俺がゾンビになったって、本来の豹兒なら何てことない存在だろう。でも、豹兒は、俺を倒してくれないと思う。
「豹兒がゾンビになったら、大変だよ。ジフ達も危なくなっちゃう」
 あんなに強いジフが、豹兒の戦闘の才能を絶賛しているんだ。俺には皆同じくらい凄く強く見えるけれど。そんな豹兒がゾンビになったら、きっとジフ達でも……危ない。俺のせいで、このグループが壊滅なんて絶対に駄目だ。
「……ポチと、一緒に居たい」
 縋るように俺を見つめる豹兒は、どこか頼りなくて……20歳の男だった。
 それすらも、愛おしい。
「…豹兒」
「ポチが来るまで……生きているだけだった。戦って生き残るだけの人生だった」
 豹兒が俺の頬に手を当てた。温かい。
「沢山仲間も殺した。大勢の人間を見捨てた。でも何も感じ無かった……それしか知らないから……でも、もう無理だ。もう自分が生きるためだけに誰も殺したくない……ポチが居ないのに生きていても意味が無い。俺が皆の邪魔になるなら……最後は、ちゃんとする……だから、一緒に居たい」
 豹兒が、涙を流しながら、俺に顔を近づけてくる。
「駄目!もう、豹兒とは一緒に居られない!もう……豹兒とはキスできないし、近づかないで!」
 俺は、顔を背けて豹兒の腕から抜け出して、膝に顔を埋めるように丸くなった。
「……ポチ」
「豹兒には……俺がいなくなっても仲間が居るよ……」
涙で膝を濡らしながら、必死に声を出した。
 俺は豹兒に生きていて欲しい。
「ポチがいないと意味が無い!俺は……誰もいなくてもポチが居れば良い!!ポチが……いい……ポチが、好きだ……ポチがいなくなるなんて……耐えられない」
 俺だって、もし……逆の立場だったら、そう思うかもしれない。豹兒と最後まで一緒に居たいと願うかもしれない。
「でも……しょうがないよ……俺、ゾンビになるんだ……お別れしないと」
 不自由な腕で涙を拭って、顔を上げて微笑んだ。
「……ごめん、ポチ。ちょっと冷静になる……待ってて、色々取ってくるから……」
 豹兒がジャケットを脱いで、俺の肩に掛けてくれた。
 お別れするとか言っておきながら、倉庫を出て行こうとする豹兒の背中を見て、「まって!!置いて行かないで!」と叫びそうな自分が居る。本当は一人になりたくない。ゾンビになんてなりたくない。

 豹兒が去って少ししてから、豹兒のジャケットを握りしめながら泣いた。

 声を殺して、歯を噛みしめながら……泣いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

かし子
BL
貴族が絶対的な力を持つ世界で、平民以下の「獣人」として生きていた子。友達は路地裏で拾った虎のぬいぐるみだけ。人に見つかればすぐに殺されてしまうから日々隠れながら生きる獣人はある夜、貴族に拾われる。 「やっと見つけた。」 サクッと読める王道物語です。 (今のところBL未満) よければぜひ! 【12/9まで毎日更新】→12/10まで延長

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...