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嵐が運んできたもの

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 パンッ パンッ 

 突然の銃声に飛び起きた。最近は射撃の練習もしているので音で分かる。多分、すぐ近くではない。外は、夜明け近い明るさだ。
ソファの上でキョロキョロと見回すと、豹兒がドアの横で銃を手に、俺に向かって黙っていろと指を立てた。ゾンビが来た!? ドキドキと心臓が騒ぎ始める。ゾンビ……ちらっと遠くから見ただけだけど……あれが来た。

「ソファの後ろに居て」
 豹兒の指示を聞いて、無言で頷きソファの後ろに移動した。どうしよう、どうしよう。いや、俺が出来るのは指示を守る事なんだけど、皆が怪我したりしたらどうしよう!誰かがいなくなったり、ゾンビになったりしたら嫌だ。まじで、なんで俺こんな役に立たない転生してるんだ?
 銃声が聞こえてから暫くして、足音が聞こえてきた。
「…俺が良いって言うまで出ないで」
 豹兒の指示に無言で答える。口の中が乾いて飲み込む唾もない。ただソファの後ろで隠れて縮こまっているだけなのに、凄く怖い。
 足音が、この部屋の前で止まると、豹兒が動いた音がした。
「っ!」
 戦闘が始まるの!?俺は用意されていた銃を握った。

「終わったぜ」
 ジフの声が聞こえた。よかった、無事だったんだ。俺は嬉しくなって頭を上げて顔を覗かせると、両腕を上げているジフとレッドに豹兒が拳銃をつきつけている。
「ポチ!」
「おい、犬。俺達がゾンビになってたらどうすんだ?」
 豹兒に銃を突きつけられて、ボディチェックを受けているジフが言った。
「…あっ」
 俺は、すごすごと頭を下げて床に座り、ソファの後ろに身を隠した。……そうだった。
「ジフ、良いですよ。レッド、後ろ向いて」
 俺が頭を抱えて、うぅーっと後悔に打ちひしがれていると、ジフがソファに座った。投げ出した長い腕が俺の目の前に垂れると、俺の顎を掬い、目を合わせた。
「指示は守れって言っただろ。……死ぬぞ」
 その表情は、いつものジフじゃなかった。目は光り無く闇のように暗く、真顔で、声も冷たい。俺は殺される前の小動物のように、ゾクっと震えて目を見開いてジフを見つめた。
「……わかったか」
 完全に萎縮した俺は、返事をしようにも声が出ず、懸命に頷いた。俺……ジフの事、侮り過ぎてた。彼は皆が最強と言う男。戦闘集団のリーダーなんだ。怖くて泣きそうだ。
 ジフが顔を近づけて、息が掛かりそうな距離で見つめ合う。ジフの真っ黒な瞳から真剣な想いが伝わってくる。
「次、指示に従わなかったら、エロい奴隷にするぞ」
 俺の顎をのせているジフの手の親指が動き、俺の唇を撫でた。ジフから怪しい色気を感じる……。
「……ジフ」
 レッドの身体検査が終わった豹兒がジフの腕を遠慮がちに掴んだ。ジフの手が顎から離れ、彼の視線が俺から豹兒へ移った。俺は緊張が解けて、ゆっくりと立ち上がった。
「まぁまぁ、兄貴。それにしても、施設の被害が最小限でよかったっすね。ゾンビも大したことないのだったし」
 レッドがジフの隣に腰を下ろした。ソファが深く沈む。
「そうだな。よし、飯でも食うぞ」
 いつもの緩い表情の顔で俺を振り返ったジフが、手を出した。俺は、許された!と喜び、ソファの横のテーブルに置いたお握りに飛びつき、ソレをジフの手にのせた。そして、レッドにも配り、豹兒のために椅子を持ってきた。それから、朝日が差し込む部屋で、皆でモソモソとお握りを食べた。
 よかった。皆無事で、本当に良かった。
「この後は、午後から見回りだ。豹兒、ゾンビ川に捨てておけ。ポチは屋上を片付けろ。壊れてたら触るなよ。レッドは建物内からかたづけろ。俺は周囲を見回りしてくる。無線機持って行動しろ」
「はい!」
「はい」
「了解っす!」
 俺達は一斉に返事をした。ゾンビ……川に捨てるって所に、ちょっとビビったのは秘密だ。

□□ジフ視点□□

 風が少し弱まってから、各々、片付け作業に当たった。俺は敷地内から見回り、周囲にゾンビや野良の人間が倒れていないか確認した。ここは比較的土地の標高が高く海抜6メートルはあり、水はけも良い土地だが、どうしても人間の都合で色々とイジっているから、いつまでも水が残る場所があり、暫く使えそうもない道をチェックして頭に入れる。
 
 あらかた見回ったあと、豹兒から無線が入った。
「……ジフ、ちょっと来てくれませんか、見てほしいものがあります」
「分かった。すぐ行く」
 豹兒の只ならぬ様子に、不安がよぎり、工場へと走った。

 豹兒は、若干二十歳だが頭も切れるし戦闘のセンスもズバ抜けている。平和な時代を知らない分、腹が据わっている所がある。
 人間味が薄いところがあったが、ポチが来てからは、年相応の姿がみられて微笑ましい。
 弱点が出来る事は弱くなる事でもあるが、こんな世の中で長く生きることだけが幸せだとは思えねぇ。

 正直、俺は豹兒が羨ましい。俺は、もう恋だのなんだので見境無くなれる年じゃねぇ。ポチの事もそういう目でみてぇが、それ以上に俺は俺の仲間を全員守りたい。

 今のこの仲間を、俺は一番気に入っている。俺を信頼して慕うレッドも、俺の強さを盗もうと必死に食らいついてきた豹兒も、可愛い弟分だ。屈託無く明るく人懐っこい役立たずも、見ているだけで微笑ましく、愛しい。今度来る予定の蒼陽も戦力として申し分なく、豹兒のライバルとして良い刺激を与えてくれるだろう。俺は此処を守りたい。
「あの…アホも……迂闊さを何とかしねぇとな……」
 生きていく為にも、もっと警戒心を持たせたいが、そのままでいて欲しい気持ちもある。まぁ、アレだな、アイツらが犬を甘やかして、俺が躾けていけば良いだろう。俺は、犬が死ぬ所なんて見たくねぇし、アイツがゾンビになったら……俺が殺るしかねぇからな……。

「……ジフ、こっちです」
 アジトに戻り、豹兒が居る川岸にやってきた。そこは台風の後で増水し、川の流れも早い。ゴミやら折れた木が流れが漂った場所にたまっている。豹兒の顔は何時もより険しい。
「どうした」
 俺は、被っていた黒いキャップを外し、木の枝に引っかけ豹兒の隣に立った。
「ゾンビを流した後、モーターボートのスペースを少し片付けていたら……気になる物が流れてきて」
 豹兒が歩き出したので、その後に続いて歩いた。

 木で出来た船着き場に、流木と共に見慣れないボートが流れついている。
「死体だと思うんですけど……」
 豹兒はボートの中に視線を向けて言った。豹兒は、死体なんて見慣れている。内心はどうだか知らないが、ゾンビになった仲間の処理の時でも表情を変えない。それなのに、今の豹兒の目は不安で揺れている。

「あー?なんだ?」
 普段と違う豹兒を怪訝に思いつつ、ボートの中を覗き込んで驚いた。

 ボートに横たわっているのは、若草色の髪の若い男だった。男は平凡な顔をしていたが……顔にも、露出している手足にも一切の傷がなく、両手を胸の上で組んで、花を握り、まるで眠っているようだ。しかし、服には血の跡があるし切れているところもある。

「病死か?仲間が弔って流したのか?」
 俺は、もう一歩ボートに近づいた。
「分かりません、確認しましたが体に傷はなかったです。まるで……ポチみたいに…」
 豹兒の顔がボートから背けられている。
「……この変わった髪の色は、感染した妊婦から産まれた子供だな……」
 今まで見たことあるのは、一人だが、凄く意思のない大人しい子供だった。このボートの死体を見ていると、何故だか胸騒ぎが止まらない。

「気味が悪りぃな……ゾンビになったわけでも無さそうだし……病気で痩せ細ってもいねぇ……何なんだ…」
「……ジフ」
 豹兒の顔が不安に揺れている。恐らく……俺と同じだ。ポチの事が気になっている。あいつ……なにかあるのか?アイツは……大丈夫なのか?

「流すぞ」
 この死体を、ポチの目に触れさせたくない。俺は滞留している丸太を一本引き上げ、邪魔な木とゴミをどかし始めた。豹兒も俺に従い、邪魔な物をどかす。
「……」
「……」
 俺達は、無言で作業に没頭し、最後にボートを蹴り流した。ボートは彼方此方にぶつかりながら、あっという間に川を流れていった。

「……豹兒、ポチには何も言うなよ」
「……はい」
 恐らく豹兒は何も言わないだろう。だが……態度に出るかどうかは、未知数だ。この不安が杞憂であって欲しい。ポチは元気だ。問題ない。自分に言い聞かせるが、ジリジリと胸が痛ぇ。勘弁してくれ。





 


 



 
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