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癪に障るダリウスが来た。
しおりを挟む「台風が来るってどうしてわかったの?」
畑の収穫を急ぎ、バイクとモーターボートを建物の中に運び込み、窓を補強した。蒼陽も手伝ってくれて、どんどん準備が進んでいく。俺は水を運びながら蒼陽に聞いた。
「生きている人間にも色んな人や集団が居て、良く当たる気象マニアから無線が入った。衛星は落ちちゃっているから正確性は微妙なんだけどね。生きていくには嵐や雷は大敵だからね」
水入りの大きなポリタンクを三つ運んでいる蒼陽が、余裕そうに話して歩いている。それを、一つ持つのに必死な俺は、はぁはぁ言いながら相づちを打つ。
「大雨の時はゾンビも雨風を防ごうと建物内に侵入してくるし、街には一段と水が溜まって移動しにくくなる。雷が落ちれば古い木造の建物はあっという間に延焼するし……大雨の後はゾンビが増えるんだよね。人類の遺産の設備も壊れる一方だしね」
「えぇ……」
俺が思っていたよりも、大変な事なんだなぁと実感する。
「様々な能力を持った野良の人達がゾンビ化するのも困るんだよね。ゾンビ化する前を生きて技術職で働いていた人の知識や能力が継承されない間に失われてしまうと、使えなくなるものも増えるし。出来るだけ生きている人間同士協力しないとね」
「そっか…」
ポリタンクを備蓄する部屋に運び込み、床に下ろすと深いため息が出た。まじてこの体、筋肉が付かない。筋肉痛も来ないし、まったく手応えがない。
「ポチ、大丈夫?」
「全然余裕!」
俺はグッと親指を立てて必死に笑った。
「蒼陽!蒼陽!」
俺達の元にレッドが走り込んで来た。只でさえ広い肩を膨らませて、興奮したゴリラの様に……。
「レッド、どうしたの?」
「蒼陽にお迎えが来た!もー、これもまた超美形!王子が来た!玄関にいるから来てね!」
レッドは身振り手振り激しく、頬を紅潮させて、言いたいことだけ言って走って行った。なんだ…どうしたレッド。
「はぁ……」
蒼陽は、爽やかな笑顔が消えて真顔でため息をついた。どうやらお迎えにピンと来ているようだ。でも、なんだか蒼陽には歓迎されて居なそうだ。下野の仲間なんだよね?
「どうしたの?」
心配になって蒼陽の顔を覗き込んだ。
「いや、何でも無いよ。ポチとは一回お別れしなきゃならないから寂しくてね」
困ったように笑う蒼陽が少し心配だ。あまり好きじゃない人が来たのかな?なに?確執?
「また来てくれるよね?」
ピクリと蒼陽の男らしい眉が上がった。いつもの爽やかな笑顔が戻った。
「もちろん。もうジフには話したけど、俺も此処でお世話になりたいと思ってる。だから……待っていてくれる?」
「うん!」
俺は蒼陽の大きな手をとって、ブンブンと振った。よし!蒼陽が、ここに来てくれる。ストーリーは変わり始めている。
□□□□
玄関へ向かって、蒼陽を迎えに来た人を見て、俺はその場に崩れ落ちた。
「ポチ!どうしたの?大丈夫?」
横を歩いていた蒼陽が慌てて俺の肩を抱いて起こしてくれた。
「蒼陽!」
あぁ…アイツが歩いてくる。190㎝ある巨体で金髪碧眼のハリウッド美形。屍街世界のメインヒーローが!俺の視界は、もう高身長がゲシュタルト崩壊している。あと美形もだ。いっそ一般人が見たい。過去の俺のような平凡な顔面が見たい。
「犬?」
外で力仕事をしていたであろうジフが上半身裸で近づいてくる。俺のつけたキスマークが傷跡とともにジフの体を彩っている。雄っぱいの噛み跡が特に目立つ!
まさか……ワザと見せている?いやいやそんな事無いか。
「何でもない大丈夫!」
「蒼陽、帰ってくるのが遅い。心配したぞ」
「ダリウス……なぜ…」
メインヒーローのダリウスが、蒼陽の側まで来ると、わざわざ肩を抱いて密着した。しかも、直ぐ側に居る俺の事を虫けらみたいに見下ろしている。く…くそぉ……この巨人族共め! しかも、彼氏みたいなツラして蒼陽の肩を抱くなんて許せん!
「馴れ馴れしく蒼陽に触るなっ」
俺は、ダリウスの胸を両手で押した。しかし、相手は少しも動かない。汚い物を見るような目で俺の手を見た。
「ポチ…」
蒼陽がダリウスを振り払い、俺を抱きしめた。毛穴レスのツルツルの頬が俺のピンクの髪に埋められている。
「蒼陽、何だこのピンクのポメラニアン」
心底ウザそうにダリウスが言った。くそ…こいつ、蒼陽に既にガチ恋勢だな!だが、残念だったな蒼陽は「付き合っている奴はいない」と言っていたんだ、つまり、まだお前の片思いなんだ。蒼陽は絶対に渡さない!蒼陽は、お前とお別れして俺達のグループに来るんだからな!
「お前には紹介する気は無い。そもそも何しに来た」
俺を離して後ろに追いやった蒼陽の顔は見えないけれど、ダリウスに好意がありそうに見えない。直ぐソコにいるレッドは、何故かキラキラした眼差しでダリウスを眺め、ジフは細い目を、更に細くして自分の胸を俺に指さしながらニヤニヤしている。
「ゾンビ退治が終わったのに、すぐに帰ってこないから心配して迎えに来たんだろ、怪我でもしたのかと思ったぞ」
ダリウスの話し方は、すこし芝居がかっていて癪に障る。こいつ、小説読んでいたときから何となく好きになれなかったけど、やっぱり実物も好きになれそうもない。最後まで読んでないけど蒼陽はコイツを選んじゃったのかな?感想サイトではネタバレは読んでないけど「まさかの結末」とか書いてあった。どうなったのさ。
「余計なお世話だ。何か有れば無線で連絡が行くだろう。勝手な行動を取るな」
よし、良いぞ蒼陽、もっと言ってやれと蒼陽の背中のTシャツを掴んでニヤニヤと笑っていいると、視界の端に入っているジフが、つまらなそうに鼻を擦っている。
いや……もう少し興味持とうよ!蒼陽争奪戦のラスボス出てきているんだよ!威嚇しようよ、追い払うくらいの感じで行こうよ。
「つれないな……俺はこんなにお前を思っているのに」
見えないけど、絶対にアッハーってポーズしてるに決まっている。超うぜぇ。ウチのジフは、そんなダサいことしないんだからな。
「そういうの迷惑って言うんだぞ」
俺は蒼陽の腕を持ち上げて、脇の下から顔を出して言った。ダリウスの目元がピクッと動いた。
「おい……お前…」
ダリウスから凄く嫌な感じがしてくる。ここれが殺気!?
「ダリウス!」
蒼陽が脇を閉じて、ダリウスに怒った声を出す。
「なぁ、お前ら。ごちゃごちゃやってねーで、さっさと行けよ。俺たちも暇じゃねぇ。ほら、犬。お前もサボってねぇで、屋上の豹兒を手伝って来いよ」
蒼陽の後ろのいる俺の背中を、ジフが押す。
「そうですね」
「……あんた」
ジフの言葉に蒼陽は素直に返事をし、ダリウスは納得行かないようだ。うちのジフをあんた呼ばわりするなんて、ムカつくぞダリウス!やっぱり、一言ガツンと言ってやる!と背中を押すジフの手に逆らおうとしたら、ジフが意外と真剣な顔をしていたので止まった。
まさか……俺という邪魔物が居なくなったら、ダリウスにチクリと棘をさす感じ?ならば、さっさと行かないと。
「蒼陽!帰り気をつけてね。またね!」
「うん。ありがとう。ポチも元気でね」
振り返った蒼陽は、蕩けるような甘い笑顔で、胸元で小さく手を振った。凄く……可愛い。俺も負けじと、にっこり笑って、ダリウスには声もかけずに走り去った。
まったく、あの男。やっぱりどこか違和感のある奴だった。小説では、主人公の蒼陽に甘い言葉とかかけて、ぐいぐい来るから、顔も良いし、人気あったけど……俺は嫌いだった。
でも、アイツ、ファンの子たちにSNSでは、変な褒められ方してたな。流石、サイコとか、ウザ執着最高とか。アイツ4巻以降なにやらかすんだろ。蒼陽、さっさとアイツと離れれば良いのに!
俺は、怒りでドタドタ音を立てて屋上への階段を登った。
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