太陽と可哀想な男たち

いんげん

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夏祭り ヒコさんルート

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夏は好きだ。秋冬も春も好きだ。
その時々の良さを目一杯楽しみたい。

大分ヒョコヒョコと歩けるようになったけど、外は地獄のように暑くて、松葉杖となってくれる亮平にくっついて歩くのも、お互い「暑すぎる…」ってなるので、家と図書館、ときどき彦山製作所で過ごした。

何とか夏祭りまでに、平地ならそこそこ歩けるようになった。
朝からワクワクが止まらない。
折角だから、髪もバッチリ決め込んでやる!と弄りまくった結果、亮平に普段通り戻された。

「なぁ…もう行こうぜ!きっと出店とかもう出てるよ」

時刻は3時。いつもなら灼熱の時間だけど、今日はちょっと曇っていて30度くらい。昨日は37度だったからな…いっそ涼しく感じて、全然出かけられそうだ。
リビングのテーブルでノートパソコンを開いて勉強中の亮平の隣に座って、その足をツンツンした。

「足、完全に治ってないし、絶対浴衣着て出かけたら暑い。よって、まだ早い。5時過ぎたらな」

黙れって言う代わりに、飲みさしの麦茶を手渡された。
中くらいに氷が溶けたそれは、一番旨い。ごくごく飲み干して、氷をバリバリと喰らう。
頭がキーンとしながら、亮平のノーパソに身を乗り出して、勝手にインタネートを開く。

「おい」
「なー、又きっちゃんのバイト代けっこう沢山貰ったし、レンタカー借りて海行こうぜ、海!九十九里だっけ?湘南とか何か怖いからやだ、俺なんでヤンキーに絡まれんだろうなぁ…格好いいからかなぁ」

雑なタトゥー入っている散らかった感じの服着てるやつ、めちゃくちゃ喧嘩売ってくるから面倒。
まぁ…横にいる、顔だけは優男なのにバッキバキの筋肉晒して、すげぇ顔で睨んでる亮平を見て引いて行くけど。

「お前がヤンキーに絡まれるのは、後から後からナンパされるからだ……レオンと海に行くと、ナンパとヤンキーの絡みでウザいから行きたくない」
「えぇ!?俺のせーじゃ無くない?でもさぁ、その魅惑のボディで亮平も大分、女子の視線集めてるけどなぁ。確かにアレはウザいな。すげぇ俺んだから!って言いたい」
「……」
俺はパソコンで、関東海水浴場、穴場…年齢層高め、ファミリーなどと若い女子とヤンキーが少なそうな場所を検索し始めた。


□□□□

「どうどう?亮平ママの浴衣、完全に俺のビジュアルに一致じゃん。流石っす」

夕方になって、浴衣を着せて貰った。
白の浴衣は、片側だけ少し薄い水色が入っていて凄く爽やかで涼しげだ。帯はグレーと紺で織られている。
亮平の浴衣は紺がベースの色違いだった。
二人で並ぶと、とてもしっくりくる絵面だった。

「そうだな。見た目は完璧だ」
俺の浴衣の細かい着付けを直しながら、亮平が満足そうに言ってスマホを構えた。
パシャ パシャ あらゆる角度から写真をとられ、俺もその気になってポーズをとる。
きっと、ママさんに一杯撮って送れって言われたんだろうな。

「亮平も凄ぇ格好いいぜ!この着物の隙間からチラッチラ見える大胸筋がセクシー!なんだろうな、なんで浴衣って脱がしたくなるんだろうな!!」
「やめろ、変態、通報するぞ」
「残念!すぐそこの交番のお巡りさん、痴漢でてから、殆ど知り合いだから。きっと俺の味方!」
「……痴漢……」
「…あっ」
「その話…くわ「さぁ!行こうぜ!混む前に!!」

危うく墓穴を掘るところだったのを遮り、ママお手製の巾着袋を持った。
また黒いオーラを出し始めた亮平を引っ張って、チャリ置き場へ向かった。

かっこ悪いけど、着物だから仕方なく自転車に女の子座りして、亮平の腰に腕を回した。
隣の駅まで、電車のるよりもママチャリの方が早い。楽だしな。

夏の夕方に浴衣着て、夏祭り行くために自転車の二ケツ。
生温かい風に飲食店の美味しそうな醤油の匂いが混ざっている。
蝉の声が遠くに聞こえて、道の端には蝉爆弾が落ちている。死んでるかと思って触ると、突然飛んでビビるんだよな。
日が落ちて来たから、庭木に水をあげる人がチラホラ見られる。

「亮平!亮平!俺、もう凄い楽しい!めちゃくちゃ幸せ!」
チャリを漕ぐ亮平の背中にゴンゴンと頭をたたき付ける。

「おまっ…あほ!ジタバタ動くな!危ないだろ……ったく……小学生かよ」
ちょっとハンドルがぶれそうになった亮平だったけど、持ち前の筋肉で修正した。

「だってさぁ…すげくない?夏に夏してるの。俺達、超サイコー」
「……お前…いつも思うけど…脳内で酒に似た成分分泌してるんじゃないか……幸せだな」
「おう!さぁ、頑張って漕げ!強気のサドルみたいに」
「そんな漫画ない」
「知らないのか!超強気のパリピが頭蓋骨Bの走り屋の真似したくて、毎夜ママチャリで峠攻め込んでて、ある日高校自転車部が山合宿に来たときに運命の出会いするやつ!」
「それ色々混ざって跡形もなくなってるぞ」
「そう?あははは」


□□□□

「いざ、出陣じゃ!」

駅前の駐輪場に自転車を停めた。
周辺は既にお祭りに来た人々で賑わっている。商店街の出店や的屋が並んでいる。
浴衣姿の女の子や、ファミリー、お年寄りたちも皆楽しそうだ。

「…かっこいい…」
早速、俺のこの見目麗しい姿は、女子達の目にとまり、チラチラ視線を集めている。
うん。俺最強だな。この白い浴衣がまた良い感じだよな。
ふふん、と悪くない気分に浸っている。

「レオン……ほら」

前に立つ亮平が、俺に向かって右手を差し出した。
ん?えっ…自転車の鍵をとったのは俺じゃ無いぞ。
目を丸くして見返すと、表情の険しくなった亮平がそっぽを向いた。

「……手を繋ぐぞ」

んんん!?俺は更に目を見開いた。
手を繋ぐ?え…なに…亮平から……こんな注目を浴びているような場所で!

「ナンパ防止だ!男同士手をつないでいる奴に声なんて掛けないだろ!」

ちょっと照れながら手を差し出してくる亮平が、めちゃくちゃ愛しくて、心が梅干し食ったみたいになった。ぎゅーっていうか、酸っぱいっていうか。とにかく大きな声が出したかったけど、そうしたら亮平の手が戻されそうだから、平静を保った。
「あー、なーるほど」
何食わぬ顔で、亮平の手を握る。
俺よりゴツゴツしている手のひらが愛おしい。

「…まず何か食うか?」
手を繋いで寄り添った俺達を見て、女性達はあからさまにガッカリしたりしなかった。
逆にきゃーとか言われているのは何故だろう。
やっぱり顔面が良いと有りなのか?

「お好み焼きと、たこ焼きと、ラムネと、フランクフルトとかき氷!」
「…じゃあ食事系から買うか」

二人でお祭りは良いな。
一人だと色々食べれないけれど、二人で1つ買うと色々食べられるから。美味しいねって共感できるし!

あー、そういえばヒコさんとお祭り来たら、あの人何も食べないのかなぁ?
それとも料理人の目で、コレならとかあるのかな?

良し、インスタに写真アップしよう。

「亮平、亮平。食べてるところも写真撮って」
スマホを突っ込んだ帯から取り出して渡す、すると片手で写真を構え、ほらっと俺の手の上のパックからたこ焼きを、あーんしてくれた。

「あんがと」

もぐもぐしながら写真を確認する。うん完璧にカッコいい。
我ながら顔テカらないし綺麗だなと思う。

「じゃあ、亮平も」

たこ焼きを突っ込む瞬間を激写する。

「うん、カコイイぞ」

素敵な塩系の優男。ちょっと本気で演出すれば、もっとカッコいいのになぁ。まぁ、本人目立ちたがらないからな。勿体ないけど。

「そろそろ休憩するか」

□□□□


イチゴのかき氷とラムネを買って、小さい公園のベンチに座った。
俺用の巾着から携帯虫除けミストを出した亮平が、俺の足下にシュッシュしてくれた。
まめ…本当にコイツはまめだよな。
付き合ったりしたら、彼女の尻にぺちゃんこに敷かれて尽くしまくるのだろう…。

ちょっと気にくわないなぁ。

「かき氷のシロップって、色が違うだけで味が全部いっしょらしいぞ」

かき氷が俺の方に差し出されたので、ラムネと交換する。

「はぁ!そんなわけねーだろ!めっちゃイチゴの味するわ!」
「色のイメージと香料でそう感じるらしい」
「嘘だろ!なんだよ…じゃあ、かつて俺が全部の味を食べるために全部がけしたかき氷は何だったんだよ」
赤と緑と黄色を全部ドクドクに掛けて食った幼少期の思い出が懐かしい。

「ただのかけ過ぎ?」
「まじか……でも、イチゴの味するんだけどなぁ…」

サクサクとかき氷を掬って口に運ぶ。

「ほら、舌ベロ真っ赤!イチゴ味」

亮平に向かってべーっと舌をだした。
商店街と街灯の明るさがあるから、まだきっと見えるはず。

「色素と香料だ」
「つまんねー!それつまんない!!ほら、チューしてみろよ!イチゴ味するから!」
赤い舌を指さして、隣に座る亮平にくっついた。

「…しない。俺にキスして欲しかったら、俺だけにしろ……」

亮平が、ラムネの瓶を眺めながら言った。
ん?なんか亮平さんが雄格好いいぞ…。

「…お…おう」

っていうか……あれ?

ん?

……ちょっと待って…亮平って、ドノーマルでしょ?
俺の頭の中は混乱に陥った。
亮平は何食わぬ顔でラムネを呷っている。その横顔がとてもクールで格好いい。

「亮平…」

ひゅーー どん

俺の言葉の続きは、花火大会の始まりによって掻き消された。花火が打ち上がる音や、アナウンスが聞こえてくる。
座っているベンチの正面を見ると、花火が家とマンションの間から見えた。
すこし視界が欠けるけれど、人が居なくて穴場スポットかも知れない。

「不思議だよなぁ…なんで火薬を空に打ち上げて楽しもうって思ったのかな……燃やす金属の種類で色変えて……すげぇな……綺麗だ」
「そうだな」
亮平が逞しい腕を、俺の後ろに置いたから…なんだか腰を抱かれているようで……いつもなら何とも思わずに、その腕に寄りかかったりするんだけど。

今は、凄く意識してしまう。
ん?さっきのは、どういうこと?
俺、珍しくからかわれている?

「……」

花火に集中できず、目が泳いでしまう。
ドン、という花火の爆発する衝撃で、アタマの中も五月蠅い感じがする。

亮平が……変な事言うからだ。

「……」

右側に感じる亮平の存在。
その顔が、もうすぐで俺の右肩に触れそう。近いから吐息さえ掛かりそうだ。

そわそわする!俺達…親友ですよね?
ん?亮平さん……男も恋愛対象?違うよね?出会った頃、好みの女のコの話聞いた記憶あるよ。可愛くて笑顔が輝くような素直で優しい子…「そんなヒロインみたいな子居ないだろ!」って突っ込んだ記憶がある。

あぁ…駄目だ何かムズムズする。
意味も無く、指をバラバラに動かしたい。
嫌じゃ無いのに、今すぐ…その体を押しのけたい衝動が湧いてくる。

うーん、落ち着かない。

「どうした、レオン?疲れた?帰る?」

亮平が肩の後ろから、俺に問いかけた。
その優しいバリトンボイスが…心にビリビリ響く。
あああ!やめろ!近いよ!

「だ!大丈夫!花火が綺麗で感動してた」
「そっか…はい」

不思議そうな顔をした亮平が、俺の手から空のかき氷容器をとってラムネを渡してきた。
俺達の距離が離れる。

「甘い物飲んだら喉渇いた。お茶買ってくる」
「うん」
「……絶対…勝手に動くなよ」
立ち上がった亮平に、睨むような目で言われた。俺は子供か。むっとして亮平を見上げると、髪を掻き上げながら浴衣の懐に手を差し入れる姿が…色気に溢れていた。
なんだ…浴衣の魔法か?
今日は、亮平が3倍くらい格好よく見えるぞ!
懐から財布を取り出した亮平が、公園の外へと歩いて行った。

「……どうした……おれ…」

混乱する頭で花火を見上げた。
次々と打ち上がる炎の華に段々と気持ちが落ち着いて来た。

公園の外の縁日のざわめきが心地よい。
美味しそうな匂いが、湿気でベタつく空気にのってやってくる。
確かに喉渇くかも。自販機も出店も混んでそうだな。

一人で見上げる花火が、寂しくなってスマホを構えて写真をとる。
やっぱり、上手く撮影できない。花火は肉眼で見るのが一番だなぁ。

撮影した写真を消去しようと人差し指を立てると…ちょうど着信があった。

「もしもし」
『……』

誰だか確認もせずに出た。だから相手が応えないと分からない。画面を見下ろすとヒコさんだった。

「あー!ヒコさんこんばんは。この前はありがとうね」
『……ああ、お前…この前親父と寿司くってなかったか?』
ヒコさんは家じゃないのかな?何だか電話の向こうが騒がしい。
「そう、彦山製作所でバイトしてたの。インスタみたの?」
『あぁ…今は祭りか?お前の家の近くの』
花火の音が大きくて…ちょっと聞き取りずらい。
「うん。俺、浴衣も超似合ってるでしょう?格好いい?」
『あぁ』
珍しく褒められて素直に嬉しい。どうせならヒコさんにも生で見て貰いたいな。

「だろ!あっ!でもヒコさんの浴衣姿も見てみたいな。凄いジャパニーズヤクザ感か、孤高の寿司職人っぽそうだけど。絶対カッコいいよ」
ヒコさんの浴衣姿を妄想してベラベラ喋った。
ヒコさんは黒が似合いそうだけど、暗めの紫とかも良いかも。ヒコさんって背が高いから何でも似合うんだよな。他の人が着たらダサくなりそうなのに、スタイルと雰囲気で全部着こなしていてずるい。あぁ…見てみたいな、ヒコさんの浴衣姿。
ヒコさんと一緒に歩いたら、人混みでもスイスイ行けそう。

『お前…今……ど』
「え?」
大きな花火が打ち上がり、歓声が上がって聞こえなかった。
「ごめんヒコさん……音が割れちゃって良く聞こえない……」
『……お前…今……』
花火はどんどん打ち上がり、音楽とのコラボレーションまで始まった。
気がつくと通話が切れていた。

「?」
電話を掛けなおしても、出ない。
五月蠅すぎて諦めたのかな?
俺は、仕方なく再び花火を見上げた。


「亮平遅いなぁ……どこまで行ったのかなぁ」

亮平がトラブルに巻き込まれるとか、あまり想像出来ないけど……ちょっと心配になって立ち上がった。

公園の入口に立って、ラムネの瓶を回収するところに置いてから、人混みをキョロキョロ見ていると…

「うわ!君…凄く可愛いいね!」
知らないおじさんに、腕をぐっと掴まれた。おじさんは缶ビール片手にしたサラリーマン風の男で、酒臭い。

うぅ…ん。マジで、こうお決まりみたいに絡まれるの勘弁してほしい。
美形税を納めるのが大変過ぎる。
何を言っても相手は怒るし無視しよう。
俺は、おじさんの方を見ずに…腕を振りほどこうとする。

「彼女と待ち合わせ?へへへ……君くらい可愛かったら、全然イケる!どう?良かったら」
ぐっと近づいて来た、おじさんが「3人で」とか囁いてきた。

キモっ!!気持ち悪!
全身にゾワゾワと悪寒が走った。

「おい……触るな」
「っ!」

背後から地を這うような低い声に手をひかれた。俺の手より遥かに大きく節くれ立った手だった。

振り向くと、後ろにはベージュのTシャツで黒いゆったりとしたズボンのヒコさんが立っていた。
小脇に抱えたセカンドバックなんなの!?ダサいのにしっくりくる…妙にかっこよく見える奇跡。
さすが185㎝の長身で逆三角形のキレキレボディ。厨房の高さが低いから腰痛予防でジム通っているっていう平和な体なのに。ついやり込み過ぎるタイプだよね。

「……ひこさん」

なんだろう…顔つきがヤバい……視線だけでおじさんを殺せそうだ…。
傍から見たら、完全に仁義なき世界に生きる人だよ…半袖から覗く火傷とか切り傷も演出の一つになっている。前髪下ろすともう少し一般人っぽいのに、職業柄ね、オールバックに固めるのが一番らしい。今はサイドにパラパラ落ちているのが色っぽい。

「なっ!何だ!」

酔ったおじさんは、明らかにビビりながら…震えた声で威嚇する。多分酔っていなくて正常な判断が出来たらすぐに逃げたんだろうな…。

俺達の周りの人が、チラチラ見ながら遠ざかっていく。ヤバい争いが起こったみたいになってる。

「この変なおじさんが絡んできたの、俺達と一緒に仲良ししたいんだって」
俺の左手を掴んでいるヒコさんの腕に寄り添った。
ノリノリで、ヤクザの男愛人を演出する。

「……あぁ?」
ヒコさんが、本気でドスが効いた声色になった。
一歩踏み出したヒコさんのサンダルが、ざりっと音を立てると、おじさんの肩が震え、一歩ずつ後ろに下がっていく。

「なっ!ご…誤解だ!違う!」
「……さっさと失せろ」

ヒコさんがため息を吐いて、顎をしゃくる。
いつもより、ワザと胸を張って横柄な態度を取っているのが……凄く似合う。

「はいっ!」

おじさんは、勢いよく返事をすると、あっという間に人混みの中に消えていった。
遠巻きに様子を窺っていた周囲の人達も、興味を失って散っていく。

「ひこさぁん!登場がヒーローみたいだった!凄い!格好いい!めちゃくちゃダサいのに格好いい」
胸に込み上げる興奮を抱きつくことで表現した。
うーん、やっぱり素敵な胸板!

「……お前は……ほんとに……トラブルメーカーなんだな…」

頭上からため息が聞こえてきた。
その顔を見上げて、眉をしかめる。

「えー、俺なにも悪くないし!悪いのは俺の美貌?そうでしょ?」

「……悪いのはジッとしてられないレオンの幼さだろ」
グイッと後ろから腰を抱かれて引き寄せられた。
振り返らなくても、もちろん声で分かる、亮平だ。

「あれ?亮平おかえり。遅かったな」
「自販機全部売り切れだった。コンビニまで行ってた……たった10分なのに…」

二割ほど減った日本茶のペットボトルが目の前に差し出された。
ソレを受け取って、ごくごくと飲む。あれ?いつまで腰抱かれているんだ?
不思議に思って亮平を振り返ると、ヒコさんを睨み付けていた。

「あっ!亮平、ヒコさんだよ。カマキリちゃん!又吉さんの愛息子だよ」

亮平の腕から、ぴょんと飛び出してヒコさんを紹介するように彼の前に立って左手をヒコさんにむけてだした。

「知ってる。いつもウチのレオンがお世話になっています」

亮平は、ヒコさんから目を離さずに会釈をした。
ん?なんだろう?ちょっと棘感じるのは気のせい?

「…こちらこそ、親父が無茶を言っていたらすまない」
「又吉さんには、すっごい時給貰ったよ!お陰でダンプバーガーで働けなかった以上になったよ、ね、亮平」

二人の間に流れる不穏な雰囲気を何とかしようと、いつも以上に明るく振る舞う。
どうした亮平…敵認識しない相手には愛想良いじゃん…なんで、雄モードなの??肩広がっちゃってない?

「あぁ…社長には良くして貰ってます」
「それなら良かった…」

意外と聡いヒコさんは、ちゃんと亮平の棘感じちゃっていると思う。
うぅ…どうしよう。眉毛がハの字になっているよ!

「…で、彦山さんは、誰かと待ち合わせですか?」
「えええ!!ヒコさん誰かとデートなの?ええー!!なんか凄い嫌だぁ」

亮平の言葉に反応してしまったのは俺だった。
ヒコさんが誰かとお祭りデートしているのは…ちょっと頂けない……なんだかイラっとする。

「いや…お前が……来ているかと思った……」

ヒコさんが、恥ずかしそうに目を逸らして言った。

「っ!」

花火より心臓に響いた。
えっ…めっちゃ可愛いですけど!!

「ヒコさああん!!可愛い!」

ハートマーク飛ばす勢いでヒコさんに抱きつこうとしたら…浴衣の帯を後ろからグッと掴まれた。
ぐえっと腹に衝撃が走った。

「……誰かれ構わず抱きつく癖何とかしろ…」
「ちょ…亮平……今、すげー衝撃だったよ!リバー鉄道だよ!」

俺の帯を掴む亮平に文句を言おうと振り返り、固まる。
あっ…やべぇ……ガチガチの雄モードだ…不機嫌100%だ。

あれ?ちょっとまって…。
俺…これ……まさか修羅場!?
ん?修羅場?

後ろに親友、前にキス友達、だよね?
あっ!そうか、亮平はヒコさんを今までのセフレストーカーのような奴らと勘違いしてるのか!

「邪魔するつもりはない。会えて良かった……足が痛くならない程度に楽しめよ」

ヒコさんは、俺をみて優しく微笑むとくるりと向きを変えた。
その背中が愛おしくて、飛びつきたい衝動に駆られたけれど、再びぐっと帯が引かれた。

「ヒコさん!助けてくれてありがとうね!また遊ぼうね!」

ヒコさんは振り向かなかったけれど、俺はその背中に大きく手を振った。







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