我が為に生きるもの

いんげん

文字の大きさ
上 下
9 / 34

朔夜兄さん

しおりを挟む

その日は部屋に戻るのも嫌だったので、ベットが二つある客室で煌一と眠った。

煌一の事が気になってなかなか寝付けなかったけれど、気がつくと日が昇り、煌一はもう仕事に出かけて不在だった。

相変わらずとても忙しそうだ。

煌一に新聞を読めと言われて、気になって目を通した。

和国の政治の話は、分からないからペラペラ飛ばして。

「……海外では、もっと【灰】の被害が酷いのかぁ」

あれ? この男の人‥家の華だ。

あれれ?また知ってる華。

見知った華が、ことごとく紙面におどっている。
やれ、何かの研究開発をしたとか、会社をおこしたとか‥‥。

そして皆藤煌一の名前は、でかでかと一面に載っていた。
国を巻き込んだ、大きな事業が始まるらしい。
煌一ってやっぱり凄いんだ‥‥。

感動しながら新聞を読みふけっていた時。

「あさひ、ピアノを聴かせて」

と、やって来た朔夜兄さんに誘われて、音楽室へ向かった。

煌一は楽器は興味無いから、緊張しないけど、朔夜兄さんの前で弾くのは、ちょっとドキドキする。

ピアノのそばに立って微笑む朔夜兄さんに、一生懸命心を込めて弾いた。

所々、ミスタッチもあったけれど、淀みなく弾ききった。

「あさひ、また上手になったね」
朔夜兄さんが手を叩いて褒めてくれた。
嬉しくて、にやにやしてしまう。

「ありがとう! でも練習もなかなか出来なかったから‥‥」

「あんまり蜜を吸って無かったんでしょ? あさひは元から体が弱いから、それじゃあ倒れちゃうよ」

朔夜兄さんが、僕の頭をポンポン叩く。
ピアノに左手を置いて屈んだので、ちらりと痣が覗く。
無数の傷が痛々しい。
昨日の男の人は絞られていただけで、あんなに痛そうだったのに……刃物で傷をつけるなんて……。


「海の向こうはどうだった?海外でも蝶は少なかった?」

朔夜兄さんの痣から目をそらして聞いた。
ずっと見ていると、吸い込まれそうだし……催促しているみたいで恥ずかしいから。


華は【灰】と呼ばれる化け物を倒し、灰の魂を喰らうと、華の体に蜜ができる。

華が蝶を守り、蝶が華の蜜を吸う。
ずっと続く歴史だ。

しかし灰の食事である人間が増えて…。
灰も数を増やした。

「やはり、少なかったね。何処も灰が増えた所は蝶が減っていた」
「そうなんだ……」

「むこうの国の調査だと、文明から隔離された集落なんかは、灰も少ないし、華と蝶の数は安定しているらしい」
和国だけが蝶が減っているわけじゃなかったんだ。

昨日の男の一族の華はどうなるのだろう?

みんな普通に人間と暮らして行けるのだろうか?
華はみんな優秀で、人間には歓迎される…でも、あの男みたいに蝶を求めて…また襲われたりするのかな。

「ただ、海外の方が灰と人間の増加がここよりも早かったから、かなり混乱していた。強い一族が、弱い一族から蝶を奪う行為が横行している」

朔夜兄さんが、背後から僕を抱きしめた。

大きな手で、僕を何かから守るように、ぎゅっと。

「昨日、屋敷にきた人のこと聞いた?」
「あぁ、あさひが無事で良かった」

首元に囁かれくすぐったい。
朔夜兄さんの匂いが広がって安心する。

「富士の一族は、可哀想だが、良心があったから一族同士の争いにはならなかった。この和国でも近い将来争いが起こるかもしれない。それに……昨日の男が言っていた、おかしくなった華というのも、海外にも事例があった…此処も他人事ではなかった」

華がおかしくなって、蝶を殺した。
そんな恐ろしい事件が此処でも起きるのだろうか??

ある日、変になった煌一や朔夜兄さんが、僕を殺す?
いや、あり得ない。
そんなこと…想像できない…でも、他の華なら?
違う一族の華なら?

「あさひ、大丈夫だよ。君のことは何があっても守るから。でも、その為にも、私たちは今まで以上に【灰】を狩らなければならない。灰の数を減らして、蝶がもっと産まれる世の中にしよう」

いつも僕と煌一の先を行き、皆の為に身を粉にして働く朔夜兄さん。

昔から変わらない。

自分の事は後回しだ。



いつだったか、流星群を見たくて夜に外に出たことがあった。

誰にも見つからないように、でも煌一には見つかって…。

「こーち、いっしょにお星様見に行こー!願い事が叶うんだよぉ!」

二人で屋敷を飛び出し、星がよく見えそうな場所を探して歩いた。

「お星様、きれーだったねぇ!」
「ああ。」

冒険の旅に出たようで、とってもワクワクして楽しかった。


でも、途中で【灰】に出会った。

人の形をした黒い影のような生き物…。

「こーち、おばけ!お胸痛い!」

僕は、直ぐに動けなくなって、その場に倒れ込んだ。

「あさひに近づくな!!」

煌一が僕を守ろうとしてくれたけど、攻撃されて倒れて動かなくなってしまった。


蝶の気配に【灰】が集まったきたのか、僕たちの周りに数体の灰が立つ。
息が出来ない。
煌一に何かあったらどうしよう…。

僕は、絶望していた。

そこに朔夜兄さんが現れた、そして複数の灰を相手に一人で戦った。

「あさひ、煌一、大丈夫だよ!!今助けるから!」

まだ少年だったのに……。

朔夜兄さんは傷つきボロボロになったのに、僕らを背に戦い続けた。
最後の一体を倒すまで。

僕らは無事に屋敷に帰ることができたけど、それから暫く朔夜兄さんには会えなかった。

「さくにぃは?さくにぃに会いたいよぉ!!」

毎日、屋敷中を泣きながら探し回って‥。

もう、あんな思いはしたくない。


「朔夜兄さん、それって危ないんじゃ…」

「大丈夫だよ。私も、煌一も、もう子供じゃない。立派な華なんだよ。」

煌一兄さんの手が、あやすように僕の頭を撫でる。
優しいく微笑まれると、嬉しくなってしまう。

「ただ、灰を沢山狩ると、いっぱい蜜ができるから、あさひに吸って欲しいんだ……駄目かい?」

「朔夜兄さん……」

そんな風に言われたら、断れない。
昨日の男を見て、華蝶の危機が現実のものに感じられる。
そんな未来は絶対に嫌だ。

「……僕…それで役に立てるなら…」

「ありがとう、あさひ。嬉しいよ」








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

ゾンビBL小説の世界に転生した俺が、脇役に愛され過保護される話。【注、怖くないよ】

いんげん
BL
「ゾンビBL小説の世界」に、転生してしまった主人公。 死ぬ運命の脇役グループ救済するのかと思いきや おっさんを惑わせたり 年下クール相手に性教育したり 小説の主人公に過保護されたり。 総愛されみたいになっている話です。 ゾンビ世界なのに、割と平和な感じで暮らしています。ゆるっと読める小説を目指してます。 基本は、主人公受け視点。主人公は、華奢な可愛い系(転生前は平凡)アホの子かも。 攻めは、強面おっさん、クールな二十歳、超絶美形の三人ですが、一棒一穴。挿入は一人にします。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

龍神様の神使

石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。 しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。 そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。 ※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...