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第十六章 最終学年

89、若葉の接触

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大杉とカヨは1時間ほど酒を飲んだ後、一緒に店を出るかと思ったが、大杉だけが先に店を後にした。

カヨは一人で本を読みながら、酒を飲んでいた。

10分ほどその様子を見て、若葉は近づくことを決意した。

「あのお」
「え?」
「もし、よろしければ一緒に。」
「私、知り合いに会ったばかりで別に男漁りに来たわけじゃないの。」
「ああ、先ほど恋人との一緒の姿をお見かけしましたよ。」
「じゃあ、邪推じゃない?」
「僕は今日、飲む相手もいなくて、手を余った状況で。」
「何がしたいの?」
「私、あなたが近づいた意図がわからないわ。」
「僕は、ちょっと人と酒が飲みたいだけで。」
「なら、あなたを証明する何かを見せて。」

随分、用心な女だ思った。若葉は少し嫌な気持ちになったが、仕方なく早稲田の卒業証明書、あとは教師の名刺を見せた。

「あなたの?」
「他の人の卒業証明書は持ってられないでしょ。名刺はもらったら誰でも持てるけど。」
「そう。」
「まだ信じられない?」
「いいわ。じゃあ飲みましょ。」

高飛車な女だと思った。

「銀上ってことは辻さん知ってるのね。」
「ああ、一緒のクラスを担当してますよ。」
「世間って狭いのね。」
「え?」
「私、ある程度辻さんと長いから。」
「ああ、そうなんですか。」
「あなたは早稲田でて、銀上で何を教えてるの?」
「今は新人だから進路指導ですよ。」
「そんな仕事もあるのね。でも重要ね。」
「そう言われると思ってなかったな。」
「え?」
「僕のこと馬鹿にしてるかと思ったから。」
「いえ、私、オールドミスだし。」
「若そうに見えるけど。」
「年だけね。」
「君は何をしてるの?」
「出版業。」
「さすが。タイプライター?」
「そんなところ。」
「結婚しないで仕事に打ち込む女性って感じだね。」
「そう?」
「君の名刺もらっていいかな?」
「じゃあ、今度偶然ここで会ったらにして。」
「硬いね。」
「私ね、さっきの人と恋人なのよ。」
「うん。知ってる。」
「さすが早稲田さんは違うわね。」
「どういう意味だい?」
「自信があるわ。」
「でも、学歴は必要だろ。」
「うん。でも、もっと必要なのもある。」
「なんだい?」
「相手を思う気持ち。」
「女性めいた発言だね。」
「世の文豪が書く小説だってそうよ。」
「そうだね。好きな小説家は?」
「望月ヨウスケ」
「聞いたことないな。」
「うん。偏ってるの。」
「今度、読んでみたいな。貸してよ。」
「有隣堂に行って。」
「本屋に?」
「置いてあるから。」
「じゃあ、このノオトに書いておいて。」

若葉はノートを出すと、カヨに「望月ヨウスケ」と書かせた。
「君みたいな女性が読む小説、興味あるな。」
「本当?」

もしかしたら、社会主義者の本かも知らないと心の底で思いつつ、若葉はノートをカバンにしまった。
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