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第十六章 最終学年

67、コーヒーをどうぞ

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食後、櫻の父は仕事で読みたい本があるからと言って、書斎に行った。

櫻と辻はテラスでアイスコーヒーを飲んだ。

「テラスでこんな冷たいものが飲める日が来るなんて思いませんでした。」
「そうだよね。君は一生懸命、勉強と下働きの日々だったんだから。」
「でも、今でも気が引けるんです。私と同じ思いをしている人はまだいるわけで。」
「うん。わかってる。」
「だから、大杉さんの思想にどうしても賛同してしまうんです。」
「うん。」
「先生、さっきから、相槌しか。」
「そうだね。難しい問題だから。」
「先生はどう思うんですか?」
「そうだね。僕はね、無くしたい、苦しい生活というものを。みんなが便利で自由に生きられる世の中を望んでる。」
「なら、なんで、行動しないんですか?」
「ああ、それなら僕なりにカラクリで。」
「わかってるんですけど。。」
「うん。櫻くんの言いたいこともわかる。僕が文壇とかで発言しないことだろ。」
「それも。」
「でも、僕は僕の守らなくてはいけない家族もいる。それを犠牲にできないんだ。」
「そうですよね。。。」
「君を奥さんに迎えたら、もっと僕は保守的になるかもしれない。」
「そんな。。。いいんです。」
「君は無理しなくていいんだ。もし、辻に嫁いでも書いたりすることをやめることは無理強いしない。」
「そうなんですか?」
「うん。でも、嫁ぐ前は控えて欲しいのもある。」
「お父様ですか?」
「うん。辻財閥の株価が暴落したら、というのもある。」
「お金持ちはそれで不自由なんですね。」
「うーん。それはそれでいい思いもしたからわがままかもしれないけどね。しかし、君はいいのかい?」
「なんですか?」
「大杉と会って色々話したいんだろ?」
「そうですね。でも、先生と話してると、やっぱり先生かなって思う。」
「女性は虚ろなんて前は思ったけど、君は中身がぎっしりだね。」
「褒めてるんですか?」


櫻はふと見ると、アイスコーヒーの氷がもう溶けていることに気がついた。
「あ、もう溶けてる。」
「そりゃ。ああ、そうだね。素敵な感性だ。」
「え?」
「アイスコーヒー、溶ける氷の、テラスかな」
「あ、川柳ですか?」
「僕はアイスコーヒーと氷の季語入れたよ。」
「二つは違反です。」
「あら。厳しい先生だ。」
「私、将来は何か書いていたいんです。」
「うん。わかる。」
「だから、先生、付き合ってくださいね。」
「いや、僕は君とかけっこをしたいね。」
「かけっこ?」
「どっちが先に夢に辿り着くか。」
「夢?」
「そう。僕はまだきちんと言えないけどね。」
「ああ!ずるい。」

辻ははにかんで笑った。本当は心の中でダダイズムの本を出版することが目下の夢であるが不自由な身でできるかまだ不安であるのだ。でも、川柳を読んだ時に、やっぱり詩を吟じたいと心から思ったのだった。
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