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第十六章 最終学年

62、勘のいい男

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午後6時ごろ、櫻はひと段落ついたので退社することにした。
店の片付けで姉弟子たちはまだ店内にいた。
お客はもういなくなっていた。

本当は5時半ごろに終わっていたのだが、大杉と顔をあわせる覚悟がなかった。

そんなに長居する客はいないのだが、用心に越したことはないと思ったのだ。

店内の裏口からそっと出ると、物陰から坂本がやってきた。

「え?坂本さん?」
「はい。今日はぼっちゃまがお迎えに来てます。」
「でも、研究は?」
「今日は共同研究者の方がお風邪で進まない部分もあるそうで早く終わりました。」
「そうだったんですね。すみません、遅く出てきてしまって。」
「いえ、仕事は時間の見えないものです。」

雑談をしながら、車へと向かった。
後部座席には辻が帽子を被ったまま乗っていた。

「先生、暑いのに帽子被ったままなんて。」
「いや、銀座で君を拾うのは少し配慮しなきゃだからね。」

辻らしい用心だと思った。

「お迎えなんて久しぶりですね。」
「そうだね。」
「ありがとうございます。」
「君は変わらないね。」
「え?」
「佐藤家に入ってもえらぶらない。」
「人間変わりませんよ。」
「いや、そういうのは稀だよ。」

二人は少し無言になった。

「櫻くん、何か言いたいことがあるようだね。」
「え?」
「君の顔は穴が開くほど見ている。」
「じゃあ、もう透明人間ですね。」
「君も冗談を言うようになったんだね。」
「そんな。。。」
「いいよ。どんな話題でも。」
「悲しい話でも?」
「うん。」
「実は、今日、お店に大杉さんがいらっしゃいました。」
「どうしてわかるんだい?」
「実は事務所にいらっしゃって。」
「事務所?」
「そう。アグリさんに会いたいと。」
「彼はアグリさんが産休だと知っているよ。」
「え?」
「実は先日、大杉くんに櫻くんを含めて会いたいとビールを飲んだんだ。」
「。。。。」
「その時ね、君が仕事もしていることを言ったんだよ。」
「それで。。。」
「でも、大杉くんは知らない風できたんだね。」
「そうですね。」
「僕は彼の嘘は罪ではないと思う。」
「どうして?」
「君に会いにきたって言うとルールを逸脱するからって知ってるからさ。」
「でも。。。」
「そういう人間関係の構築というのも時にはある。」
「先生は嫌じゃないんですか?」
「正直、大杉の強引さは好きだ。でも、今回のことは少し嫌な気持ちがある。」
「先生も素直ですね。」

辻は少し笑った。
「変だろ。でもさ、いい状態で人と付き合いたい。」
「そうですね。あまり深く考えないでおきます。」
「君、らしく、だよ。」
「はい。」


相変わらず坂本の緩やかな運転で御殿山の家まで二人は和やかななか、そのあとは世間話をしながら帰った。
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