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第十六章 最終学年

10、カヨとの帰り道

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出版社での仕事を18時に終え、帰宅しようとすると冨田カヨが話しかけてきた。

「編集長、どうなさいました?」
「あ、今日ね、会合があるから私もあがろうかと思って。」
「お忙しいですね。」
「お酒も入るから、電車で向かうわ。駅までご一緒していい?」
「はい、もちろん。」

二人は身支度を整えて、会社を出た。

「富田編集長は最終学年、どうやって過ごしました?」
「私は本の虫。」
「本の虫?」
「そう、ずっと小説と随筆読んでたわ。」
「アグリ先生はもう、学校にいなかったんですよね?」
「そう。しかも、彼女はもう東京に行ってた。」
「東京に?」
「ああ、その時系列わかりにくいわよね。彼女、結婚して妊娠して、学校辞めて、産んで、その後上京。」
「聞いたことありましたが、ちゃんと整理してませんでした。」
「そうよね。波乱万丈とはいうけど、私もアグリもある程度波乱万丈だわ。」
「富田編集長は女学校の後、ご結婚なさったんですよね?」
「そう。結婚したんだけど、就職もしちゃった。」
「軍人さんだったのに。」
「そう、隠れてね。」
「バレなかったんですか?」
「当時の主人は戦地に行くこともあったから、家を空けがちだったの。だから、ずっとバレなくて。」
「新聞社ですよね?」
「そう。最初は、校正やって、その後記者してね。」
「女性記者なんてすごいですね。」
「私が無休でもいいからやらせてくれって言ったの。」
「無休?」
「おやすみ無しでいいってね。そんな女性はいなかったから。」
「軍人の奥様には収まらないですね。」
「うん。私、主人には悪いことしたって思ってるわ。」
「え?」
「私と結婚しなかったら、もっと早く家庭を築けたでしょ。」
「どういう?」
「主人は子供が欲しかったの。でも、私は避妊してた。」
「避妊?」
「荻野式っていうの。まあ、子供ができやすい日は調子が悪いって避けたの。」
「怖くなかったですか?」
「怖い?」
「ご主人にばれるのが。」
「うん。私、働きたかったし、子供がすぐ欲しくなかったから。」
「でも。」
「うん。ほしい主人と早く別れてあげるべきだった。だから、すまなかったと。別れるときは両家集まって非難轟轟よ。」
「それで。。。」
「うん、新聞社の先輩の伝手で東京出てきて、アグリにも頼って。」
「後悔はないんですか?」
「うん、後悔はない。でも、主人の新しい奥さんが二人子供を産んだと聞いて、安心したわ。」
「それは良かったですね。」
「でもね、軍人はいつ死と向き合うかって頻繁じゃない?一人で残されて子供と生きていく人生が見えなかった。」

富田編集長は切ない表情をしていた。
櫻は自分は子供とどう向き合うのだろうと考えた。
自分は、アグリのように子供と生きていく人生を迎えたい。しかし、世の中は残酷である。
働く自分と育児と家事がどのようになっていくか、考えさせられる会話であった。
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