夢は職業婦人〜カラクリ御曹司と偽お嬢様の恋

第十五章 佐藤櫻として

１、新しい父

望月家から出発した車は佐藤支店長、すなわち新しい父しかいなかった。

「あれ、お父さん、運転手さんは？」
「ああ、私はね、運転手は雇ってないんだよ。」
「意外でした。」
「さあ、乗って。」
案内されたのは助手席である。

櫻の荷物が少ないとはいえ、後部座席に荷物を置いたのもある。

「初めて助手席乗ります。」
「櫻は初めてが多いね。」
「はい。」
「私が自分で運転するのがそんなに意外だったかな？」
「そうですね。だって、会合とかあるだろうし。」
「急な会合以外は、会合の日は電車で百貨店まで行くんだよ。」
「え？それも意外ですね。」
「うん。電車って読み物をするのに集中できるから、若い頃から好きなんだ。」
「私もです。」
「ああ、櫻は電車で学校に通っていたね。」
「帰りは辻先生に送っていただいているんですが。。。」
「ぼっちゃまもご執心だね。ははは。」
「私こそ恐縮です。」
「いや、ぼっちゃまが好きで送ってるんだから負い目は感じなくていいと思うよ。」
「昔ね、運転手を雇って、後部座席で新聞を読みながら出社したことがあってね。」
「いいですね。」
「それが、車酔いしてしまってね。」
「ああ、車は揺れますしね。」
「それから、集中したいときは電車を利用して、考え事したいときは自分で運転してるんだ。」
「自立してますね。」
「いや、自立っていうよりも一人に慣れてしまったのかもしれないね。」
「でも、これからは私がいますから。」
「そうだね。帰ったら櫻がいるね。」
「私、こうやって、お父さんと親子になれて嬉しいんです。」
「私は悪人かもしれないよ？」
「いえ、私、人よりたくさんの人と関わってきたからわかるんです。お父さんは自分を犠牲にすることを厭わない人だってわかります。」
「女学生だけど、櫻は少し大人になってしまっているんだね。」
「大人？」
「そう。私の実の子供たちは大人じゃなかった。でもそれは悪い意味じゃないよ。」
「じゃあ、どうすれば？」
「緊張しなくていいよ。だから、そのままでね。無理しない。それが私から櫻へのお願いだよ。」
「はい！」

二人は和やかに会話をしながら佐藤邸へと向かった。
徐々に親子になることを噛み締めている櫻であった。