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第十三章 養女になる準備

8、大浴場にて

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夕食が終わった後、櫻は一人で大浴場に行った。

先客が一人いた。
なるべく邪魔にならないように、体を洗い、湯船に入る。
先に湯船に入っていた少女に話しかけられた。
「ねえ、あなた東京の女学生?」
「え?」
「あ、びっくりした?同い年くらいかなって?」
「え、はい。東京の女学校に通ってます。」
「いいなあ。私、群馬の女学校に通ってるの。」
「でも、今日初めて群馬に来ましたけどいいところですね。」
「そう?私、放課後にパーラーとか百貨店とかぶらつきたいわ。」
「そういうところはないんですか?」
「さすが東京の女は違うわね。群馬も少し行くとすぐ田舎なのよ。」
「まあ、でも私も埼玉の奥地の田舎育ちで。」
「え!どうやって、東京に?」
「親戚を頼って。」
「ああ。羨ましいわ。私もそういうふうな条件があったらなあ。」

二人は真っ暗闇の外を見た。
温泉の湯気が白く趣深い。

「ねえ、東京の女さん。」
「ああ、はい。」
「大浴場って男と女で大きさ違うって知ってた?」
「え?そうなんですか?」
「旅行に来れるのは男の人ばかりでしょ。寄り合いとか、社員旅行とか。」
「そういえばそうですね。」
「私、そういう男女の差別ってずるいと思うの。」
「ずるい?」
「だって、女だって旅行してるんだから、広いお風呂に入りたいじゃない。」

今は男性が動かしている世の中だ。
それは櫻だってわかっている。

「私、知り合いが、職業婦人をしていますが、結構楽しいみたいですよ。」
「え!憧れるわ。どんな職業?」
「洋装店とか百貨店とか、出版社とか。」
「ああ。全部素敵ね。女の人も東京では進出してるのね。」
「まあそうかもしれませんね。」
「ああ、本当に羨ましいわ。」
「就職はしないんですか?」
「群馬じゃほとんどないわよ。」
「じゃあ、東京に。」
「親が許さないわ。」
「本当に働きたいんですか?東京で?」
「うん。お嫁に行く前に、銀座を闊歩したいわ。」
「私、実は色々勇気を出したら、助けてくれる人がいたんです。それで、東京に居続けることができて。」
「いいわね。」
「だから、私にできることはないですけど、何か技術をつけて東京に出てくるとかおすすめします。」
「どういう技術?」
「たとえば、タイプライターがよかったら、機械を買って練習したりとか。」
「ああ、その手があったのか。」
「なんでもいいんです。あなたの夢に近いものを修業しておくと。」
「ねえ、私、今度最終学年なの。」
「あら、同い年です。」
「じゃあ、私が上京したらあってくれる?」
「もちろん。」
「じゃあ、お風呂から上がったら、連絡先教えて。」


サチエという少女とこのあと文通が始まるのだが、櫻はまだ軽い出会いとしか感じていなかった。
しかし、大浴場で出会いがあるなんて思っても見なかったのである。
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