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第六章 愛を確かめ合う関係
13、櫻を深く想う夜
しおりを挟む辻は家に帰ってから、あの小説が来月、誌面に載った時のことを考えていた。
櫻とのことはエッセイとして書くつもりはない。
しかし、読んだ女性が羨むような人生を歩んでいることを櫻に知ってほしかった。
「ただいま」
玄関で父が帰ってきたようだ。
「おかえり、父さん」
ああ、と一言言うと、父はすぐに自室に行ってしまった。
夕飯は接待で済ませてきたのだろう。
家で食事をするのは母が出て行ってから常に一人だった。女中は女中部屋で食べるので存在は感じるが会話をしながら食事をしたことがなかった。
学校での昼食は楽しかった。学友と弁論したり、時には慰め合ったり、学校というところのありがたみを感じた。
それもこれも、辻財閥というレールが用意してくれたもので、辻はそのことに感謝していた。
櫻が女学校で浮いていることを最初に指摘した時に、彼女はそれを必死に隠そうとした。人は異分子を排除したがる。
彼女の容姿が淡麗な部分も、貧相な召物も、学業ができる部分もみんなの反感を買うものになっていた。
辻は彼女に学友ができつつあることを聞いて、嬉しくなった。
理由も自分が作った絡繰クラブに櫻を誘ったということで、自分が櫻の後1年半の学生生活を学友と楽しく過ごせるようになるのは本当に望ましいことだった。
未来には貧富の差で学業ができるできないが決められないようにならないでほしい。
しかし、自分の分析ではやはり金の集まるところに教育はかけられて、どんなに生まれが優秀でも育ちが貧しければ、上の学校にいくことは難しいという論文になった。自分が未来を変えることはできないのだろうか。今までは自分だけ、楽しければそれでいいと思っていた。しかし、櫻といることで櫻との未来、いや櫻と言う人物と近い人間が幸せになってほしいと心から願う。
あれだけ自由自由と言っていた自分が、他人の幸せを願うなんて本当に驚きである。
もちろん、まだ自分は自由主義者であって、他人をどうこうしようなんて思っていない。
作品に込めた思いは、16歳の少女が精一杯生きて、人生を楽しむことを櫻を含めわかってほしいからだ。
特に続編は考えていない。そこも、自分の自由だ。でも、櫻が望むなら書いてみたい。もちろん、作者は秘密にして。
自分がもう一度筆を持つなんて思ってもみなかった。
それだけでも未来は変わっている。櫻という愛おしいあの人を思いながら、辻は絡繰研究の論文を進めた。
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