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第五章 新たなる世界へ
10、辻の手紙 その2
しおりを挟む夕食を食べた後、主人が辻に話しかけてきた。
「辻さんいうたな、あんた先生しとるんだろ?」
「はい、と言っってもこの間まで脛齧りでしたけど。」
「おらの息子が庁舎に勤めてるって言っただろ。あいつはな、子供の頃は農業も手伝わせてたんだが、もっと、日本の農業を発展させたいからって7歳のガキがだよ、尋常小学校に行きたいっていうんだ。それであいつを学校に入れたら、先生が来て、この子はとてもできるので福島の宿舎に入れたらどうかって言われてな。村の村長も自慢だって、補助金出してくれたんだ。それで、あいつは中学まで行かせてもらって、試験受けて庁舎に入ったんだ。」
「とても自慢のお子さんですね。」
「でも、俺は一緒にいたかった。もっと子供もできるかと思ったけどあいつだけだった。7歳までしか一緒にいられなかった。だから後悔してるんだ。」
「そうですね。親と短い時しか過ごせないのは子供にとって、とても不安なことですね。」
「辻さん、そういう経験あるんか?」
「私は小さな頃に母がいなくなり、父と育ちましたが、父も仕事で忙しかったので。」
「あんたも苦労なさったんだろう。でもな、うちの息子、盆暮正月には必ずこの家に帰ってくれるんだ。律儀で本当に俺の子供かって疑うよ。だから、あいつのいうことを否定できないんだ。そうだな。だから、継ぐことを強制できなかった。」
「この畑を守ることがご主人の幸せでもあるかもしれませんが、本当の幸せは息子さんが元気でいてくれることではないですか?」
「あんた神さんか。俺の思ってることわかるんだな。その通りだ。俺の愚痴に付き合ってくれてありがとうな。そういえば、息子が帰ってくるたびに、夜はランプが必要だっていうんだけど、辻さんあんた使うかね?」
そういえば、次の手紙を書きたいと思っていた。
「はい、手紙を書きたいと思っていたので、ランプを貸していただければ。」
しばらくして、寝室にランプが届けられた。
「辻くん、寝る時間もあるんだからね、ランプもほどほどに。」
望月は昼間の農作業でへとへとのようだ。
「イエッサー。櫻くんへの手紙を書いたら、すぐ消すね。」
辻は手紙を書き出した。
「江藤櫻さま
前の手紙はどれくらいで届いたかな。僕は今、福島の農家で泊まらせてもらっている。
昼間はスイカの収穫を手伝ったりしたんだよ。僕みたいなへっぴり腰のやつは農業には全然向いてないね。
でも、楽しかったよ。食べるものがなっていること、これを食べる人のことを思うと。
君は農業を憎んでいるように僕は思った。それは生まれた家を憎んでいるということかな。
僕は君と家庭生活を営んでいくとしたら、それは農業でも職業婦人でも、教師でも、文士でもなんでも構わないんだ。
君とさえいればなんだかワクワクする毎日が待っているような気がするからね。
たとえ粗末な生活でも君の笑顔が僕の綻びをほどいてくれるような気がするんだよ。
僕は、楽しそうにしてる君が好きだ。そんな君と過ごしたい。
この前の手紙にも書いたけど、心の中に君が住んでいて、いっぱい話しかけるんだよ。
望月にこのことを言ったら、キチガイと言われた。
僕はもともとキチガイなのかもしれない。でも、僕はそれがそれでいいのではないか持ってるよ。
こんな僕だから、君と出会って、自由恋愛できているんだからね。
普通、早く会いたいとか書くのが手紙だろ。でも、心の櫻くんと一緒にいるから、この手紙もお礼に近い手紙だよ。
僕たちは離れない運命だろうな、と思う。これは旅に出た甲斐があったものだよ。
君が夏バテせずに、元気でいられますように。
ラブユー
T」
辻はこの手紙を次の日、農家を出てから福島市に着いてから出した。
この手紙に羽が生えて、櫻の元に届くような気がした、辻だった。
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