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ボールペン
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その日は夜のバー勤務迄の空いた時間に、亜美ちゃんが会いたいと言うので待ち合わせをしていた。
もうすぐ友達の誕生日だそうで、プレゼントを買うのを付き合って欲しいという事だった。
今時の女子大生ってどういうものが好みなんだろう。あまり想像つかないけれど、夏には亜美ちゃんの誕生日も控えているし、あの子はそういう行事大事にしていそうだから、今日は良い機会だし、少し探りを入れてみよう。
そんな事を考えながら、待ち合わせの公園のベンチに座ってぼんやり彼女が来るのを待っていた。
その日もよく晴れていて、気持ちのいい昼下がりだった。
待ち合わせの時間よりずいぶん早く着いてしまったけれど、平日の昼間、人通りの少ない静かな公園でのんびり過ごすのも悪くないな…
公園の入り口の交差点に女の人が一人、ふらりと現れた。
僕の座って居るベンチからちょうど見える位置だった。
亜美ちゃんは地下鉄で来ると言っていたから、来たらすぐにわかる様にとその位置に座っていたのだけれど…その女性は何か紙切れの様なものを手に、キョロキョロと辺りを見回していた。
何処か探しているのかな…
その人は何度も紙と周囲を確認しながら辺りを見回している。
不安気にも見えるけれど、わざわざここからいくのもなぁ、なんて思っていた。
そこへ、ガラガラと音が聞こえてきた、ふと彼女の横から、手押し車の様なものを押したおばあさんが現れた。
ほら、今、チャンスだよ!振り向いて!
歩道のデコボコに車輪を取られてこっちまで聞こえる程ガラガラと大きな音を立てているのに、彼女はまるで反対を向いている。
そうこうするうちおばあさんは信号を渡って行ってしまった。
あらら、なんでだよ。
僕の見立てでは、あのおばあさんは間違いなく地元の人だ、道がわからないならおばあさんに聞けばすぐにわかったかもしれないのに…
その後も彼女は数回のチャンスをことごとく逃していた。
見ていて焦ったい感はあるものの、僕もわざわざ声を掛けて変に勘違いされるのもなぁなんて、自分に言い訳しながら見るともなしにそちらを眺めていた。
すると今度は‘いかにも’な2人組の男が現れた。
‘いかにも’な男たちは彼女の後ろで何事か示し合わせると後ろから声を掛けた。
なんと言っているかまでは聞き取れないが、きっと「ようようねぇちゃん」とかなんとか、そんな言葉に違いない。
ところが彼女はこれも無視。こんなに静かな平日の昼下がりの公園で、他に人なんて居ないし、車だってそこまでの交通量じゃないのに。聞こえないなんて事あるんだろうか?
すると男たちは、「おい無視してんじゃねぇよ」とかなんとか多分言いながら、グイッと彼女の肩を掴んで無理やり振り向かせた。
突然肩を掴まれて彼女はかなり驚いた様子だったが、男たちを見るとにっこり微笑んで両手を合わせる仕草をした。
え?知り合い?
と思って見ていると、彼女は笑顔でペコペコしながら男たちに紙切れを見せて身振り手振りで何か伝えようとしていた。
もしかして外国人?
‘いかにも’な男たちは顔を見合わせていたが少しすると彼女の腕を引いて何処かに連れて行こうとした。
なんとなく親切な対応をする気が無さそうな事を雰囲気で感じ、僕は仕方なし、遂に重い腰を上げた。
「あぁ、ごめんごめん、この子僕の妹なんだけど、何かした?」
そう言って男たちと彼女の腕を掴んで止めると
「は?そうなの?別に、道教えてあげようとしてただけっすよ。俺らは。」
そう言って二人は去って言った。去り際に
「なんだよあれ、なんも喋んねぇじゃん、病気なんじゃね?」
と、ヘラヘラ笑いながら小声で吐き捨てた。
「はぁ…」
僕はため息混じりに彼女に向き直った
「えっと、大丈夫だった?もしなんか邪魔したならごめんね?」
と言うと、彼女は真剣な眼差しで僕の顔を…というか、口元を見つめていた。
「え?…なんか怖いんだけど、なに?」
僕が引き気味に言うと、彼女はまたも僕の口元ばかりを見つめてなにか数えでもする様にゆっくり小さく頷きながら、なにか呟く様に唇を微かに動かしていた。
少しして謎の動作が終わると、彼女は慌てて僕から離れて両手を擦り合わせてペコペコと頭を下げた。表情はとても申し訳なさそうである。
すると次になにか思案して、頭を抱えて‘失敗したぁ’みたいな表情でなにか悔しそうにしたあと、空中に何かサラサラと書く様な仕草をした。
あぁ…ペン、かな?
僕は鞄からいつも何となく入れている、勤務先のカフェのロゴの入ったボールペンを取り出すと、彼女に差し出してみた。
すると彼女はにっこり微笑んでペンを受け取ると、自分の持っていた紙切れに何か書き始めた。
しばらくして差し出された紙を見ると、とても見やすい綺麗な文字で、こう書いてあった。
‘私は耳が聞こえません。助けてくれてありがとうございます。この駅を探しています。知っていますか?’
と、書いてあった。
あ…なるほど。さっきまでの彼女の不思議な行動全てに合点がいった。
僕の口元を一生懸命見ていたのは何て言ってるか’見て‘いたんだ。
僕は今度は彼女の見やすい様に少し屈んでゆっくりはっきりと話した。口の形がわかりやすい様に。
「連れてってあげるよ」
すると彼女はまた先程の様に観察して、今度はさっきより早く理解した様で、パッと花が咲く様に笑顔になって、顔の前で右手を丸めて、指を広げると、その手を立てたまま軽く会釈した。
何だろう、手話かな??
多分、‘ありがとう’とか、‘よろしく’とか…そんな感じだと思う。状況的に…
僕は彼女を地下鉄の改札迄連れて行き、地図にあった場所の駅を教えてあげた。
彼女は何度も頭を下げて、左腕を前に、何度も右手で手刀をあげる様な素振りをした。
あ、これかな?‘ありがとう’は。
僕は‘じゃあね’と手をあげると、彼女ハッとした様に慌てて僕の袖を掴んで引き留めた。
振り向くと、僕が貸したペンを差し出していた。
僕は、もう一度彼女の方に向いて少し屈んで、彼女の手にペンを握らせると
「あげる」
とゆっくり話した。
すると彼女はまた微笑んで、両手を上に向けると指をヒラヒラさせながら手前から自分の方へ向けて楕円を描く様な仕草をした。
また手話かな?よくわからないけど多分お礼とかそんな感じかな?
僕は少し危なっかしい彼女を改札で見送ると、先ほどのベンチにでも戻ろうかと身を翻した。
するとちょうど亜美ちゃんが着いた様で後ろから呼び止められた。
「もー、雪都くん私を迎えに来てくれたんじゃ無いのー?」
亜美ちゃんは頬を膨らませている。
「ごめんごめん、実はさ…」
僕はさっき出会った人の話をしながら歩いた。すると亜美ちゃんはその話を聞いて
「あぁ、その人障害者なんだねー」
「…」
‘障害者’?…そっか、そういう事になるのか…
何だか不思議な感覚だった。
彼女は確かにそうかも知れない、困っていたし、耳も聞こえていなかった。
でも何だろう、あの人にその言葉は全然似合わない。そんな感じがした。
亜美ちゃんは
「私今学校で少し手話習ってるんだー。一応介護福祉士とかの方に進もうと思ってるから。
私が居たらもっとちゃんとケアしてあげられたかもねぇ~まぁ簡単なのしかわかんないんだけどね」
と、いたずらっぽく言った。
「あ…」
僕はあまり覚えて無かったけど、最後の彼女の仕草、あれをふと思い出した。
「ねぇ亜美ちゃん、こういうの…これなんて意味かわかる?」
僕はさっき彼女が見せた様に指をヒラヒラさせて自分の前に円を描いて見せた
「あぁ、それはね‘宝物’って意味だよ」
もうすぐ友達の誕生日だそうで、プレゼントを買うのを付き合って欲しいという事だった。
今時の女子大生ってどういうものが好みなんだろう。あまり想像つかないけれど、夏には亜美ちゃんの誕生日も控えているし、あの子はそういう行事大事にしていそうだから、今日は良い機会だし、少し探りを入れてみよう。
そんな事を考えながら、待ち合わせの公園のベンチに座ってぼんやり彼女が来るのを待っていた。
その日もよく晴れていて、気持ちのいい昼下がりだった。
待ち合わせの時間よりずいぶん早く着いてしまったけれど、平日の昼間、人通りの少ない静かな公園でのんびり過ごすのも悪くないな…
公園の入り口の交差点に女の人が一人、ふらりと現れた。
僕の座って居るベンチからちょうど見える位置だった。
亜美ちゃんは地下鉄で来ると言っていたから、来たらすぐにわかる様にとその位置に座っていたのだけれど…その女性は何か紙切れの様なものを手に、キョロキョロと辺りを見回していた。
何処か探しているのかな…
その人は何度も紙と周囲を確認しながら辺りを見回している。
不安気にも見えるけれど、わざわざここからいくのもなぁ、なんて思っていた。
そこへ、ガラガラと音が聞こえてきた、ふと彼女の横から、手押し車の様なものを押したおばあさんが現れた。
ほら、今、チャンスだよ!振り向いて!
歩道のデコボコに車輪を取られてこっちまで聞こえる程ガラガラと大きな音を立てているのに、彼女はまるで反対を向いている。
そうこうするうちおばあさんは信号を渡って行ってしまった。
あらら、なんでだよ。
僕の見立てでは、あのおばあさんは間違いなく地元の人だ、道がわからないならおばあさんに聞けばすぐにわかったかもしれないのに…
その後も彼女は数回のチャンスをことごとく逃していた。
見ていて焦ったい感はあるものの、僕もわざわざ声を掛けて変に勘違いされるのもなぁなんて、自分に言い訳しながら見るともなしにそちらを眺めていた。
すると今度は‘いかにも’な2人組の男が現れた。
‘いかにも’な男たちは彼女の後ろで何事か示し合わせると後ろから声を掛けた。
なんと言っているかまでは聞き取れないが、きっと「ようようねぇちゃん」とかなんとか、そんな言葉に違いない。
ところが彼女はこれも無視。こんなに静かな平日の昼下がりの公園で、他に人なんて居ないし、車だってそこまでの交通量じゃないのに。聞こえないなんて事あるんだろうか?
すると男たちは、「おい無視してんじゃねぇよ」とかなんとか多分言いながら、グイッと彼女の肩を掴んで無理やり振り向かせた。
突然肩を掴まれて彼女はかなり驚いた様子だったが、男たちを見るとにっこり微笑んで両手を合わせる仕草をした。
え?知り合い?
と思って見ていると、彼女は笑顔でペコペコしながら男たちに紙切れを見せて身振り手振りで何か伝えようとしていた。
もしかして外国人?
‘いかにも’な男たちは顔を見合わせていたが少しすると彼女の腕を引いて何処かに連れて行こうとした。
なんとなく親切な対応をする気が無さそうな事を雰囲気で感じ、僕は仕方なし、遂に重い腰を上げた。
「あぁ、ごめんごめん、この子僕の妹なんだけど、何かした?」
そう言って男たちと彼女の腕を掴んで止めると
「は?そうなの?別に、道教えてあげようとしてただけっすよ。俺らは。」
そう言って二人は去って言った。去り際に
「なんだよあれ、なんも喋んねぇじゃん、病気なんじゃね?」
と、ヘラヘラ笑いながら小声で吐き捨てた。
「はぁ…」
僕はため息混じりに彼女に向き直った
「えっと、大丈夫だった?もしなんか邪魔したならごめんね?」
と言うと、彼女は真剣な眼差しで僕の顔を…というか、口元を見つめていた。
「え?…なんか怖いんだけど、なに?」
僕が引き気味に言うと、彼女はまたも僕の口元ばかりを見つめてなにか数えでもする様にゆっくり小さく頷きながら、なにか呟く様に唇を微かに動かしていた。
少しして謎の動作が終わると、彼女は慌てて僕から離れて両手を擦り合わせてペコペコと頭を下げた。表情はとても申し訳なさそうである。
すると次になにか思案して、頭を抱えて‘失敗したぁ’みたいな表情でなにか悔しそうにしたあと、空中に何かサラサラと書く様な仕草をした。
あぁ…ペン、かな?
僕は鞄からいつも何となく入れている、勤務先のカフェのロゴの入ったボールペンを取り出すと、彼女に差し出してみた。
すると彼女はにっこり微笑んでペンを受け取ると、自分の持っていた紙切れに何か書き始めた。
しばらくして差し出された紙を見ると、とても見やすい綺麗な文字で、こう書いてあった。
‘私は耳が聞こえません。助けてくれてありがとうございます。この駅を探しています。知っていますか?’
と、書いてあった。
あ…なるほど。さっきまでの彼女の不思議な行動全てに合点がいった。
僕の口元を一生懸命見ていたのは何て言ってるか’見て‘いたんだ。
僕は今度は彼女の見やすい様に少し屈んでゆっくりはっきりと話した。口の形がわかりやすい様に。
「連れてってあげるよ」
すると彼女はまた先程の様に観察して、今度はさっきより早く理解した様で、パッと花が咲く様に笑顔になって、顔の前で右手を丸めて、指を広げると、その手を立てたまま軽く会釈した。
何だろう、手話かな??
多分、‘ありがとう’とか、‘よろしく’とか…そんな感じだと思う。状況的に…
僕は彼女を地下鉄の改札迄連れて行き、地図にあった場所の駅を教えてあげた。
彼女は何度も頭を下げて、左腕を前に、何度も右手で手刀をあげる様な素振りをした。
あ、これかな?‘ありがとう’は。
僕は‘じゃあね’と手をあげると、彼女ハッとした様に慌てて僕の袖を掴んで引き留めた。
振り向くと、僕が貸したペンを差し出していた。
僕は、もう一度彼女の方に向いて少し屈んで、彼女の手にペンを握らせると
「あげる」
とゆっくり話した。
すると彼女はまた微笑んで、両手を上に向けると指をヒラヒラさせながら手前から自分の方へ向けて楕円を描く様な仕草をした。
また手話かな?よくわからないけど多分お礼とかそんな感じかな?
僕は少し危なっかしい彼女を改札で見送ると、先ほどのベンチにでも戻ろうかと身を翻した。
するとちょうど亜美ちゃんが着いた様で後ろから呼び止められた。
「もー、雪都くん私を迎えに来てくれたんじゃ無いのー?」
亜美ちゃんは頬を膨らませている。
「ごめんごめん、実はさ…」
僕はさっき出会った人の話をしながら歩いた。すると亜美ちゃんはその話を聞いて
「あぁ、その人障害者なんだねー」
「…」
‘障害者’?…そっか、そういう事になるのか…
何だか不思議な感覚だった。
彼女は確かにそうかも知れない、困っていたし、耳も聞こえていなかった。
でも何だろう、あの人にその言葉は全然似合わない。そんな感じがした。
亜美ちゃんは
「私今学校で少し手話習ってるんだー。一応介護福祉士とかの方に進もうと思ってるから。
私が居たらもっとちゃんとケアしてあげられたかもねぇ~まぁ簡単なのしかわかんないんだけどね」
と、いたずらっぽく言った。
「あ…」
僕はあまり覚えて無かったけど、最後の彼女の仕草、あれをふと思い出した。
「ねぇ亜美ちゃん、こういうの…これなんて意味かわかる?」
僕はさっき彼女が見せた様に指をヒラヒラさせて自分の前に円を描いて見せた
「あぁ、それはね‘宝物’って意味だよ」
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