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第一章『野生の勇者』

忠臣の誓い

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カミールの提案を受けて、忠臣の誓いと呼ばれる契約を結ぶための魔法を、ピースにおこなうこととなった。

カミールは念話と呼ばれる会話手段を持っているようで、言語を介さない魔物の感情や思考を読み取る事ができるようだ。その念話を通してピースの望みを知ったようだ。

確か、忠臣の誓いについては城での勉強会で教わった内容だ。確かその講義を受けた際、ピースが俺の傍にいたような記憶はあるが、まさかピースがその内容を理解していたという事だろうか。

何となく嬉しそうだったり悲しそうだったりと、感情に関してはピースの動きを見て想像する事もできたが、まさかここまで賢いとは。

「私は忠臣の誓いをおこなった事はございませんが、多少心得がございますわ。よろしければ私がお手伝いいたしましょうか?」

勉強会で存在だけを知ったに過ぎない俺からすれば、忠臣の誓いを施すための魔法の使い方を教えてくれるのはありがたい。

だが、ここで直ぐにイエスと頷く事はできない。

何故ならば隣に黒谷がいるからだ。

黒谷は俺達の会話に入ってこないものの、明らかに内容は聞こえているのだろう。
スープの入った器に口をつけたまま微動だにせず、黒目だけをちらちらと、こちらを見るように動かしている。

「あーと、黒谷はその魔法使えたりするのか?」

待ってましたと言わんばかりに、すっかり空になった器を勢いよく口元から外し、目を細めながら大きく頷いた。

「うん、もちろん、完璧に使えるよ!」  

と言ったのに、バッチリ使えると即答した黒谷は、確実に聞き耳を立てていたのだろう。

カミールの指導を受ける事を即決しなかった自分を褒める。それに、黒谷は完璧にその魔法が使えると言っているし、最適な人物だったと言えるだろう。

「カミールの提案は嬉しいけど、黒谷にお願いするよ。教えてくれてありがとう。」

俺はカミールに礼を言い、早めに食事を済ませ、直ぐに忠臣の誓いを行うこととなった。

俺はピースを抱え、黒谷と一緒に広場の中心に立っている。

そしてその周りを囲むように、ジェイムやレーン、カミールやマーサを含むここにいる全員が、今か今かと俺らを見つめている。

自室でこっそりとおこなおうと思っていたのに、カミールが忠臣の誓いを見てみたいと申し出た事で、自分も自分もとギャラリーが増えていった。そうして結局、広場で行う事になったのだ。

「忠臣の誓いを施す呪文は『サリュファーソン』だよ。この前、水の球を打ち出す魔法を教えた時にも言ったけど、大切なのはイメージと想像。後はピースちゃんにこうなって欲しいとか、こういう事をできるようになって欲しいとか、そういう気持ちを乗せれば、効果的だと思うよ。あっ、そういえば、今回も手取り足取り、私の体で教えてあげた方が良かったかな?」

魔法の使い方を真剣に教えてくれていた所までは良かった。しかし最後には目を細めながら、からかうように俺の肩に手を添えてきた。

周りにこれだけの観客がいるというのに、変な事を言わないで欲しい。

レーンは意味が理解できなかったようで何食わぬ顔でこちらを見つめているが、ジェイムにいたってはポカンと口を開けながら、褐色の肌でも分かるくらいに顔を赤く染めていた。

それにサキュバスであるマーサにいたっては、恥ずかしそうに必死に顔を手で隠しているが、耳まで真っ赤になっているために、そういう話に耐性が無いのが丸見えだった。羽や尻尾もあたふたと動かしているし、サキュバスっぽさがまるで感じられなかった。

「いや、言葉で教えてもらって十分理解できたよ。ありがとう。」

「ふふ、じゃぁ、ほら、やってみて。」

彼女は小さく笑うと、俺の肩から手を離し、魔法を使うように俺へ勧めた。

俺は一呼吸をおき、自分の腕の中にいるピースに意識を集中した。

腕の中では緊張しているのか、プルプルと震えるピースの感触が少しくすぐったく感じる。

ピースに望む事か、、、、、

俺としてはピースには優しいやつでいて欲しい。

そして俺がみんなを守れない時に、代わりに守ってあげられるような強さを身につけて欲しい。

そんな強さは誰かを守るための、温かい力で。

誰かを攻撃するんじゃなくて、誰かを守ってあげられるような、優しい力で。

欲を言うなら、相棒として、俺が道を踏み外しそうになった時、助けてくれるような、そんな頼もしさも。

いや、でも、それでは少し頼り過ぎだろうか。欲を出し過ぎではないだろうか。

俺は理想の姿をいくつも思い浮かべてしまい、流石に多すぎかなと、訂正しようとしかけた時、不意に何者かの声が頭に響いてきた。

『そんな事ないよ、大丈夫、、、』

そんは不思議な声が頭に響いた瞬間、俺は導かれるように口から自然に言葉が出た。

「サリュファーソン」

その瞬間、ピースの中にある魔石が強く光った。夜空に浮かんでいたあの赤い惑星のような、月光のような優しい光が、辺りに照らしたのだ。

俺の中から何かが抜けていくのを感じる。勘にはなるが、これが魔力が抜けていく感覚なのだろうか。

少しだけふらつきを感じた時、俺の背中をそっと支えている黒谷に気がつき、我に帰る。

「成功だね。ピースちゃんは見たところ進化するみたいだし、体が安定するまでは何処かで休ませてあげようか。」

そう言われた時には、魔石の光も弱まり、ピースは力を無くしてしまったのか、だらりと俺の腕からこぼれ落ちそうになっていた。

卵白のように柔らかく、掴みにくくなってしまったピースを慌てて持ち直し、心配そうに黒谷に目を向ける。

「進化する時って、体の形状も変化する事が多いんだけど、そうなると体の変形に力を使うから、仮眠状態になるんだよ。だからこれが普通だから安心して。」

念押しするように黒谷はそう話すが、やはりすぐには安心できない。

しかし、だからといってどうする事もできず、黒谷に言われた通り、ピースを休ませるために俺のベットの上で寝かせてやった。

その後、再びみんなのいる広場に向かうと、みんなは興奮したように、感想を話していた。

「花尾様はやはり魔力量が私達とは桁違いですわね。スライムといえど、忠臣の誓いの後は、どんな貴族や魔法使いでも、疲労感でぐったりとしたご様子でしたのに、花尾様はピンピンしておられますわ。」

言われてみればそうなのだろうか。

多少の疲労感はあるものの、別に大したものではなかった。少なくともぐったりとはしていないし。

「この魔法は人間でも獣人でも魔族でも、誰にでも施す事ができる魔法なのですわ。こうやって皆が花尾様の魔法を眺めていたのも、この魔法に興味があっての事だと思いますわ。抜け駆けはできませんが、このカミール、花尾様に忠臣の誓いを捧げたく存じます。」

みんなの内心を見抜くような発言に、俺はびっくりしながら、周囲を見回した。

だが、レーンを含め、カミール以外の全員が「そうなの?」というような疑問の表情を浮かべていた。

「あの、皆様、もしやご存知ありませんでしたの?」

「あれ?」というように皆に問いかけたカミール対して、ジェイムが声を上げる。

「魔物であるピース殿ができたので、魔族である私ももしかしたらと思っていたのですが、獣人の方も、ましてや人間にまで使えるというのは初めて聞きました。」

「ニャー、私は楽しそうだから眺めていただけ、かな?どゆこと?」

レーンに対してはまだ理解すらできていないようだ。

そしてレーンに続くように、狼の獣人のリーダー的な存在であるターナが「あのー!!」と言いながら手を挙げる。

腰よりも長い赤い長髪と、同じく赤い毛並みの大きな尻尾が特徴的な女性で、髪の毛は毛質が硬いのか、所々ピンピンとはねている様子は、気の強さを表しているようだ。

そんな彼女に気づいたカミールが発言を促す。

「っていう事は、獣人の私らもできるって事かい?」

それに対して「もちろんです。」と答えるカミールの言葉を聞いて、他のリザードマン達も含め、全ての獣人が嬉しそうにどよめいた。

俺はやっぱりこうなるよなと内心納得しているものの、俺の身体、もとい魔力が持つかが心配だ。

そして、俺は黒谷をちらりと確認する。

黒谷が他の獣人や魔族達が、俺に忠臣の誓いを捧げる事に対し、不快に思っている可能性がある。

ピースに関しては、黒谷がペット枠として容認してくれたという可能性があるが、他の獣人と魔族が同じ扱いをされるかは分からない。

俺はどよめきながら喜んでいる彼らに気づかれないように、黒谷へと耳打ちした。

「黒谷は俺が他の獣人や魔族に忠臣の誓いを施すのに反対じゃないのか?」

すると黒谷はピクリと体を震わし、耳を赤くしながら、照れるように話す。

「も、もぉ、私耳弱いんだからやめてよー。もぉーびっくりしたー。ふふ、なんか積極的だね花尾くん。」

「ち、違う、違うよ。そうじゃなくて、黒谷は俺が他の獣人や魔族に忠臣の誓いを施すのに反対じゃないのかって。」

俺は流石に恥ずかしくなって、手を振りながら必死に否定すると、その姿に逆に気を良くしたのか、うっとりとした悪戯っ子のような目でこちらを見ながら、ゆっくりと俺の耳へと顔を近づけてきた。

「黒谷くんの体に負担が少ない範囲でなら許してあ、げ、る。なんで、彼らが強くなれば、私と花尾くんの2人っきりの時間が増えるでしょ?だから私は賛成だよ、、、、、」

わざと耳に息を吹きかけるように話す黒谷に、背筋をゾクゾクと震わせ、俺は引き剥がすように腕に力を入れるが、それ以上の力で黒谷は俺を引き寄せ、さらに吐息を吹きかける。

「なんなら私が、忠臣の誓いを捧げても良いんだよ?ふふ、それとも逆が好み?」

そう話し終わった瞬間、黒谷はすっと俺から離れていった。

俺は黒谷を押し退けようと、かなりの力を加えていたために、反動で大きくよろめいた。

俺は後ろに倒れそうになる体に、名一杯の力を込め、何とか踏ん張った。

俺の心臓はバクバクと音を鳴らしている。
自分の顔は確認できないが、今の俺の顔は確実に耳まで赤くなっているだろう。

俺よりも力が強くなった事を良いように、過激なスキンシップをとりやがってこの野郎。

昔であれば、こんな悪戯をされても、すぐに黒谷を引き剥がせたというのに、今じゃビクともしなかった。

俺らのそんな攻防に全く気がついていないジェイムやカミール達は、私が先だ、オレが先だと、今も議論を続けている。

俺の魔力が足りるかどうか不安でしかない。












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