15 / 27
第一章『野生の勇者』
世界の転換点
しおりを挟む
「嗚呼、麗しの姫君。どうか怒りをお収めください。」
なるべく平然と、心の内を見透かされないように気をつけながら慎重に言葉を発した。
隣にいるエーギルも、この私に倣い、理解できてはいないようだったが、同じく跪いた。
「私はエーバイン王国に仕えます、バーバリアン・エバリエムと申します。この度はこの森を荒らす賊どもの討伐を、我らの代わりにおこなって下さったこと、誠にありがとうございます。」
直ぐにでも殺してやろうという鋭い殺意を感じ、敵ではないという事を明らかにするため、一旦虚言を交える。
だが、そんな俺の言葉を聞いても、目の前の黒い女は何も反応してこない。
無反応な女に肩透かしを喰らいながら、冷静さを忘れる事なく、話を進めるべく言葉を続ける。
「このような森の奥におります雑多な賊どもを、貴方様が手間をかけてまで討滅なされたのには、大変な理由があるのではと、不肖ながらこの私、心配でなりません。何かこの私めにお手伝いできる事がございましたら、ぜひ仰って頂きたく存じます。」
こんな森の奥、それも隠れた場所にある賊の拠点を、フューエンシュルツの兵達以外がわざわざ攻撃する理由なんてほとんど無いだろう。
だが目の前にいるのは黒い女。
黒髪に黒い衣装、見た目だけで考えれば、アラサーベル公爵からの早馬で聞かされた、勇者と共に城から逃げた女と類似している。
だが、周りを見ても勇者と思わしき人物はいない。
それでも、まさかフューエンシュルツから遣わされた魔法使いのようにも思えない。
しかし、賊どもだけを殺し、建物やここを囲む柵、物見の塔が全くの無傷な点を考えると、ここを襲った事に何か理由があるのではと考えてしまう。
もし、単なる快楽殺人鬼なら、私の話など聞くこともなく、すぐに殺されていただろう。だからこそ、とにかくこの女の狙いを聞かなければならない。
「貴方達はこいつらの仲間なのでしょう?」
私達の事情をそれなりに知っているのだろうか。この女は私達と賊どもに関係があるという事を勘づいているようだ。
ここで無闇に嘘をついて、後々面倒になるのも困る。
先程の私の発言と矛盾しないよう気をつけながら、声が震えないよう慎重に言葉を発する。
「こちらの拠点は、私どもが奴隷を我が国へ運搬する際の拠点として利用している場所でもあるのです。そしてその運搬の際の護衛や、他の盗賊や傭兵どもへの口利きも兼ねて、以前よりここの賊どもと契約を結んでいたのです。しかしながら、奴らは賊。一時的には契約を結んだとしても、罪のない人々を苦しめる賊に変わりはありません。だからこそ契約が終われば速やかに処分しようと思っておりました。しかし、こうして姫君が我らの代わりに奴らを討滅して下された今、私どもは肩の荷が下りた気分でございます。誠にありがとうございました。」
私は抑揚も考えながら、慎重に言葉を選びそう話したのだが、それでも女はすぐに反応を示さなかった。
考えているのか、無視しているのか、張り詰めた時間が場所を支配している。
額から地面にポタポタと落ちていく汗の粒を見てしましまえば、私の緊張感というのが理解できるだろう。
そして数十秒間無言の時間が続いた後、冷たい言葉が唐突に放たれた。
「私の目的は花尾くん、いえ勇者様にこの場所をプレゼントする事なんです。そうすれば勇者様を絶対に喜ばせる事ができたのに、貴方達みたいな貴族どもが絡んでいるなんて、本当についていない。どうせここを私達が使い始めたら、邪魔をしにくるのでしょう?」
彼女の言葉は冷徹であったが、私にとっては交渉材料にしかならない救いの言葉である。
だが、彼女がわざとらしく、大げさに憂うような話し方をしているのを考えると、餌を思い切りばら撒かれているようにしか思えなかった。
多分だが、俺が命欲しさに、ここの安全を確保するための手助けを買って出る事を、見越しての発言なのだろう。
だが、そんな事はどうでも良い。
俺に利益があるのなら、何にだって飛びついてやる。
「もしや貴方様は、勇者様とご一緒にフューエンシュルツのアバターンから出ていらしたというお方に相違ありませんか?」
私の問いに女は首を縦に振り肯定した。
「それでしたら、姫君がここを賊どもに代わり、拠点として使用した際、フューエンシュルツやその他から出された追手に見つからないか、そして邪魔されないかと案じているという事で間違いありませんか?」
私の問いに再び首を縦に振る、だが今度は満足したような笑顔を浮かべながら。
「これほどに大きな拠点を、森の奥とはいえ今まで秘匿できていたのは、一重に我が主であるアラサーベル公爵のお取り計らいによるものです。」
私の言葉により、女はより満足そうに笑みを深くする。
「アラサーベル公爵は、フューエンシュルツの首都、アバターンに滞在しております。もしお許しをいただけるのでしたら、この私が中継ぎをさせていただきます。」
私は今、最大の転機を迎えているのかもしれない。
フューエンシュルツから逃げ出した勇者とこの女を見つけ、下手したらこちらに引き込めるかもしれないのだ。
女がここを拠点にしたいと言っているようだが、これを上手く舵を取れば、我らがエーバイン王国の陣営に加える事ができる可能性だってあるのだ。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、女は悪戯に笑いながら、私に尋ねた。
「私は嬉しいですけど、貴方には何の得が?」
あぁ、見透かされている。
理由はないが、長年の勘がそう言っている。いや、もしかするとこの女から放たれるオーラにそう思わざるを得ないのかもしれない。
だかこれも好機。
確かに、一方にしか益のない話など、信用するに値しない。逆にこちらが心のうちにある欲望を吐き出すことで、ある意味での信頼関係が築けるのやもしれない。
「勇者様と貴方様のお力を見込んでのお願いがございます。我が国、エーバイン王国が戦になった際、戦線に加わっていただきたく存じます。故に、我が国と同盟を結んでいただく事も考えております。」
女は私の言葉に満足そうに一回深く頷くと、女神のように優しげな微笑みをこちらへ向けた。
たが今の私にとって、この女は比喩だけでなく、本当に女神以外の何者でもない。
私のこれからの出世街道を左右し、上手く事が運べば、我が主であるアラサーベル公爵だけでなく、エーバイン王国にも大変な影響を与える国利となるだろう。
だがそんな安心感と高揚感は、次の瞬間に容易く崩れ去った。
それは隣にいるエーギルが、跪いた状態から、ドサリと地面へ、頭から倒れていったからだ。
俺は縮み上がる心臓を無理やりに抑えながら、横目でエーギルを確認する。
黒目からは光が失われ、壊れた人形のように力なく地面に横たわっている。脈や呼吸の有無を確認しなくても分かる。エーギルはこの女に殺されたんだと。
「これは借りです。本当は1人も逃すつもりはなかったのですけど、貴方の提案は魅力的でした。私の花尾くんを馬鹿にした連中なので、どうしてやろうかと思いましたが、まぁ、許してあげましょう。これから頑張ってくださいね。」
目の前の悪魔は事もなげにそう言った。
だが、私も大概である。
なんせ今、私の心の中にある感情は、生き延びれたという安心感と、世界の転換点を目の当たりにしているという感動、そして激動の時代を予感しての興奮だけだった。
「ありがたき幸せにございます。」
私は深々と頭を下げるが、その顔には歪んだ笑顔が染みついていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は黒谷に呼ばれ、ジェイムとレーンを引き連れて拠点の中に入った。
だが不思議な事に、中は多少荒らされたような形跡があるものの、死体や血の跡は残っていなかった。
爆発音や悲鳴が森に響いていたし、無血開城という訳ではないだろうが、ここまで綺麗なのは不思議でならなかった。
「なんで、こんなに綺麗なんだ?」
「ん?魔法で綺麗にしたからだよ。花尾くんを迎えるんだから、綺麗にしなくちゃって思ってさ。」
魔法とは本当に便利なものだ。
まぁ、その魔法というのが、黒谷のような超人以外に使える者がいるかは分からないが。
俺は黒谷に感謝の言葉をかけ、わざとらしく褒めながら、拠点内にある家々に比べれば、やけに綺麗で豪華な建物がある場所へ案内された。
そしてそこにいたのは、仕立ての良い衣装を身にまとった、30代前半といったところの男性であった。
彼は俺らを視界に入れるやいなや、優雅な動作で跪き、へりくだるように話し始めた。
「お初にお目にかかります、勇者様。エーバイン王国のアラサーベル公爵に仕える騎士爵位、バーバリアン・エバリエムと申します。これより勇者様、そして黒谷様からの密命を受け、フューエンシュルツのアバターンへ急ぎ向かうつもりでございます。真面なご挨拶が出来ずに申し訳ございませんが、即刻出立させていただきます。ご無礼をお許しくださいませ。」
勇者様と黒谷様からの密命を受けなんて言われても、俺は何も聞かされていない。
ちらりと黒谷を見ても、普段通りの笑顔を向けてくるだけだ。
全く、何がどうなって、どうなろうとしているんだ。
「こちらの拠点については、私の側勤めのマーロをお尋ねくださいませ。」
そう言われて紹介されたマーロは、汗をだらだらと垂らしながら、手を胸の前で組み、同じく跪きながら挨拶の言葉を述べた。
バーバリアンに関しては、艶のある金髪をオールバックでかっちりと固め、目の下にほんのりとくまがあるものの、口髭も含めて仕事のできる男感が滲み出ていた。
しかしマーロは、赤髪をパッツン気味に眉ほどの長さで揃え、全体的に細身である事から、どこか弱々しいというか、頼りない感じが漂うってくる、そんな20くらいの青年だった。
だが、マーロの俺を見る目はキラキラとしており、挨拶の言葉は緊張のせいか辿々しかったものの、言葉の端からは勇者である俺を尊敬する姿勢がヒシヒシと伝わってくる。
その後、バーバリアンは急ぎでここを離れる事に対する謝罪の言葉を再度述べ、日は落ち始めているというのに、馬を豪快に操りながら、目的地まで駆けていった。
俺はその背中を無言で見送り、厄介ごとに巻き込まれたのではないかと、黒谷に説明を求めた。
だが、黒谷は勝手に話を進めた事に悪びれた様子も見せず、胸を張りながら事の顛末を説明した。
「──っという訳で、あの人がアラサー男爵?だっけかに急ぎで話を通しに行ってくれたんだよ。」
黒谷の話を鵜呑みにすれば、そのバーバリアンの主人にあたる人が、ここを秘匿するためにフューエンシュルツの権力者に便宜を計っていたようで、それをこれからも続けてくれるそうだ。
そうすれば、ここを俺らが拠点にしていても、警備兵や騎士達、または追手に気づかれる事なく、安全に過ごせるという事だった。
だが、その話が本当かどうかが信じられない。
多分、そういう口約束は結んだんだろうが、裏切られる可能性だってある。
俺はその不安を黒谷に伝えても、黒谷は気にしていないようで、あっけらかんと答える。
「釘を刺したから大丈夫だよ。ふふ、まぁ、とりあえずジェイムとレーンもソワソワしている事だし、ここに捕らえられている奴隷達を、まずは助けてあげようか。」
そう言われて少し離れた位置にいる2人の様子を見てみれば、奴隷達を探してか、落ち着かない様子で辺りを見回していた。
そうして俺達はマーロに案内させながら、奴隷達を解放しに向かった。
なるべく平然と、心の内を見透かされないように気をつけながら慎重に言葉を発した。
隣にいるエーギルも、この私に倣い、理解できてはいないようだったが、同じく跪いた。
「私はエーバイン王国に仕えます、バーバリアン・エバリエムと申します。この度はこの森を荒らす賊どもの討伐を、我らの代わりにおこなって下さったこと、誠にありがとうございます。」
直ぐにでも殺してやろうという鋭い殺意を感じ、敵ではないという事を明らかにするため、一旦虚言を交える。
だが、そんな俺の言葉を聞いても、目の前の黒い女は何も反応してこない。
無反応な女に肩透かしを喰らいながら、冷静さを忘れる事なく、話を進めるべく言葉を続ける。
「このような森の奥におります雑多な賊どもを、貴方様が手間をかけてまで討滅なされたのには、大変な理由があるのではと、不肖ながらこの私、心配でなりません。何かこの私めにお手伝いできる事がございましたら、ぜひ仰って頂きたく存じます。」
こんな森の奥、それも隠れた場所にある賊の拠点を、フューエンシュルツの兵達以外がわざわざ攻撃する理由なんてほとんど無いだろう。
だが目の前にいるのは黒い女。
黒髪に黒い衣装、見た目だけで考えれば、アラサーベル公爵からの早馬で聞かされた、勇者と共に城から逃げた女と類似している。
だが、周りを見ても勇者と思わしき人物はいない。
それでも、まさかフューエンシュルツから遣わされた魔法使いのようにも思えない。
しかし、賊どもだけを殺し、建物やここを囲む柵、物見の塔が全くの無傷な点を考えると、ここを襲った事に何か理由があるのではと考えてしまう。
もし、単なる快楽殺人鬼なら、私の話など聞くこともなく、すぐに殺されていただろう。だからこそ、とにかくこの女の狙いを聞かなければならない。
「貴方達はこいつらの仲間なのでしょう?」
私達の事情をそれなりに知っているのだろうか。この女は私達と賊どもに関係があるという事を勘づいているようだ。
ここで無闇に嘘をついて、後々面倒になるのも困る。
先程の私の発言と矛盾しないよう気をつけながら、声が震えないよう慎重に言葉を発する。
「こちらの拠点は、私どもが奴隷を我が国へ運搬する際の拠点として利用している場所でもあるのです。そしてその運搬の際の護衛や、他の盗賊や傭兵どもへの口利きも兼ねて、以前よりここの賊どもと契約を結んでいたのです。しかしながら、奴らは賊。一時的には契約を結んだとしても、罪のない人々を苦しめる賊に変わりはありません。だからこそ契約が終われば速やかに処分しようと思っておりました。しかし、こうして姫君が我らの代わりに奴らを討滅して下された今、私どもは肩の荷が下りた気分でございます。誠にありがとうございました。」
私は抑揚も考えながら、慎重に言葉を選びそう話したのだが、それでも女はすぐに反応を示さなかった。
考えているのか、無視しているのか、張り詰めた時間が場所を支配している。
額から地面にポタポタと落ちていく汗の粒を見てしましまえば、私の緊張感というのが理解できるだろう。
そして数十秒間無言の時間が続いた後、冷たい言葉が唐突に放たれた。
「私の目的は花尾くん、いえ勇者様にこの場所をプレゼントする事なんです。そうすれば勇者様を絶対に喜ばせる事ができたのに、貴方達みたいな貴族どもが絡んでいるなんて、本当についていない。どうせここを私達が使い始めたら、邪魔をしにくるのでしょう?」
彼女の言葉は冷徹であったが、私にとっては交渉材料にしかならない救いの言葉である。
だが、彼女がわざとらしく、大げさに憂うような話し方をしているのを考えると、餌を思い切りばら撒かれているようにしか思えなかった。
多分だが、俺が命欲しさに、ここの安全を確保するための手助けを買って出る事を、見越しての発言なのだろう。
だが、そんな事はどうでも良い。
俺に利益があるのなら、何にだって飛びついてやる。
「もしや貴方様は、勇者様とご一緒にフューエンシュルツのアバターンから出ていらしたというお方に相違ありませんか?」
私の問いに女は首を縦に振り肯定した。
「それでしたら、姫君がここを賊どもに代わり、拠点として使用した際、フューエンシュルツやその他から出された追手に見つからないか、そして邪魔されないかと案じているという事で間違いありませんか?」
私の問いに再び首を縦に振る、だが今度は満足したような笑顔を浮かべながら。
「これほどに大きな拠点を、森の奥とはいえ今まで秘匿できていたのは、一重に我が主であるアラサーベル公爵のお取り計らいによるものです。」
私の言葉により、女はより満足そうに笑みを深くする。
「アラサーベル公爵は、フューエンシュルツの首都、アバターンに滞在しております。もしお許しをいただけるのでしたら、この私が中継ぎをさせていただきます。」
私は今、最大の転機を迎えているのかもしれない。
フューエンシュルツから逃げ出した勇者とこの女を見つけ、下手したらこちらに引き込めるかもしれないのだ。
女がここを拠点にしたいと言っているようだが、これを上手く舵を取れば、我らがエーバイン王国の陣営に加える事ができる可能性だってあるのだ。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、女は悪戯に笑いながら、私に尋ねた。
「私は嬉しいですけど、貴方には何の得が?」
あぁ、見透かされている。
理由はないが、長年の勘がそう言っている。いや、もしかするとこの女から放たれるオーラにそう思わざるを得ないのかもしれない。
だかこれも好機。
確かに、一方にしか益のない話など、信用するに値しない。逆にこちらが心のうちにある欲望を吐き出すことで、ある意味での信頼関係が築けるのやもしれない。
「勇者様と貴方様のお力を見込んでのお願いがございます。我が国、エーバイン王国が戦になった際、戦線に加わっていただきたく存じます。故に、我が国と同盟を結んでいただく事も考えております。」
女は私の言葉に満足そうに一回深く頷くと、女神のように優しげな微笑みをこちらへ向けた。
たが今の私にとって、この女は比喩だけでなく、本当に女神以外の何者でもない。
私のこれからの出世街道を左右し、上手く事が運べば、我が主であるアラサーベル公爵だけでなく、エーバイン王国にも大変な影響を与える国利となるだろう。
だがそんな安心感と高揚感は、次の瞬間に容易く崩れ去った。
それは隣にいるエーギルが、跪いた状態から、ドサリと地面へ、頭から倒れていったからだ。
俺は縮み上がる心臓を無理やりに抑えながら、横目でエーギルを確認する。
黒目からは光が失われ、壊れた人形のように力なく地面に横たわっている。脈や呼吸の有無を確認しなくても分かる。エーギルはこの女に殺されたんだと。
「これは借りです。本当は1人も逃すつもりはなかったのですけど、貴方の提案は魅力的でした。私の花尾くんを馬鹿にした連中なので、どうしてやろうかと思いましたが、まぁ、許してあげましょう。これから頑張ってくださいね。」
目の前の悪魔は事もなげにそう言った。
だが、私も大概である。
なんせ今、私の心の中にある感情は、生き延びれたという安心感と、世界の転換点を目の当たりにしているという感動、そして激動の時代を予感しての興奮だけだった。
「ありがたき幸せにございます。」
私は深々と頭を下げるが、その顔には歪んだ笑顔が染みついていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は黒谷に呼ばれ、ジェイムとレーンを引き連れて拠点の中に入った。
だが不思議な事に、中は多少荒らされたような形跡があるものの、死体や血の跡は残っていなかった。
爆発音や悲鳴が森に響いていたし、無血開城という訳ではないだろうが、ここまで綺麗なのは不思議でならなかった。
「なんで、こんなに綺麗なんだ?」
「ん?魔法で綺麗にしたからだよ。花尾くんを迎えるんだから、綺麗にしなくちゃって思ってさ。」
魔法とは本当に便利なものだ。
まぁ、その魔法というのが、黒谷のような超人以外に使える者がいるかは分からないが。
俺は黒谷に感謝の言葉をかけ、わざとらしく褒めながら、拠点内にある家々に比べれば、やけに綺麗で豪華な建物がある場所へ案内された。
そしてそこにいたのは、仕立ての良い衣装を身にまとった、30代前半といったところの男性であった。
彼は俺らを視界に入れるやいなや、優雅な動作で跪き、へりくだるように話し始めた。
「お初にお目にかかります、勇者様。エーバイン王国のアラサーベル公爵に仕える騎士爵位、バーバリアン・エバリエムと申します。これより勇者様、そして黒谷様からの密命を受け、フューエンシュルツのアバターンへ急ぎ向かうつもりでございます。真面なご挨拶が出来ずに申し訳ございませんが、即刻出立させていただきます。ご無礼をお許しくださいませ。」
勇者様と黒谷様からの密命を受けなんて言われても、俺は何も聞かされていない。
ちらりと黒谷を見ても、普段通りの笑顔を向けてくるだけだ。
全く、何がどうなって、どうなろうとしているんだ。
「こちらの拠点については、私の側勤めのマーロをお尋ねくださいませ。」
そう言われて紹介されたマーロは、汗をだらだらと垂らしながら、手を胸の前で組み、同じく跪きながら挨拶の言葉を述べた。
バーバリアンに関しては、艶のある金髪をオールバックでかっちりと固め、目の下にほんのりとくまがあるものの、口髭も含めて仕事のできる男感が滲み出ていた。
しかしマーロは、赤髪をパッツン気味に眉ほどの長さで揃え、全体的に細身である事から、どこか弱々しいというか、頼りない感じが漂うってくる、そんな20くらいの青年だった。
だが、マーロの俺を見る目はキラキラとしており、挨拶の言葉は緊張のせいか辿々しかったものの、言葉の端からは勇者である俺を尊敬する姿勢がヒシヒシと伝わってくる。
その後、バーバリアンは急ぎでここを離れる事に対する謝罪の言葉を再度述べ、日は落ち始めているというのに、馬を豪快に操りながら、目的地まで駆けていった。
俺はその背中を無言で見送り、厄介ごとに巻き込まれたのではないかと、黒谷に説明を求めた。
だが、黒谷は勝手に話を進めた事に悪びれた様子も見せず、胸を張りながら事の顛末を説明した。
「──っという訳で、あの人がアラサー男爵?だっけかに急ぎで話を通しに行ってくれたんだよ。」
黒谷の話を鵜呑みにすれば、そのバーバリアンの主人にあたる人が、ここを秘匿するためにフューエンシュルツの権力者に便宜を計っていたようで、それをこれからも続けてくれるそうだ。
そうすれば、ここを俺らが拠点にしていても、警備兵や騎士達、または追手に気づかれる事なく、安全に過ごせるという事だった。
だが、その話が本当かどうかが信じられない。
多分、そういう口約束は結んだんだろうが、裏切られる可能性だってある。
俺はその不安を黒谷に伝えても、黒谷は気にしていないようで、あっけらかんと答える。
「釘を刺したから大丈夫だよ。ふふ、まぁ、とりあえずジェイムとレーンもソワソワしている事だし、ここに捕らえられている奴隷達を、まずは助けてあげようか。」
そう言われて少し離れた位置にいる2人の様子を見てみれば、奴隷達を探してか、落ち着かない様子で辺りを見回していた。
そうして俺達はマーロに案内させながら、奴隷達を解放しに向かった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ぼっちの日本迷宮生活
勤勉書造
ファンタジー
天変地異によりダンジョンが出現。家が倒壊して強制的脱ひっきーを果たした佐々木和真は、ぼっちという最悪のスキルを目覚めさせパーティが組めないことが判明。かくして、ぼっちの和真は一人きりのダンジョン冒険を始める冒険者となった。モンスターを討伐したり宝箱を探したり、親孝行も頑張ろう。しかし、ダンジョンの主であるダンジョンマスターが立ち塞がる。
※小説家になろう様のサイトでも掲載中。読んでくれて有難うございました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜
きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…?
え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの??
俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ!
____________________________________________
突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった!
那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。
しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」
そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?)
呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!)
謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。
※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。
※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。
※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎
⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる