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episode.07
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新道はフリーという男に殴り飛ばされ、その後どうなったのか確認したくても確認する手段は私にはない。
マリという女性と刀を交えるつもりだったが、マリーは守山に目をつけた。私が斬りかかったところで、もう1人の男――ラージ・テンカムト――に邪魔をされるだけだと予測した。
私は標的をマリーからラージに切り替え、焦げた大地を踏みしめる。
相手は新道クラスの強さだ。
最初っから全力で行く。
大地を蹴り、
「お前の相手は私だ」
ラージとの距離を縮地させる。
一瞬で懐に入った私を見て、ラージは少し目を大きく開けた。
まぁー見えているよな。
暗黒刀を1秒も無駄にすることなくラージ目掛けて振るった。
ガキィン!
暗黒刀がラージの体に当たるよりも、もっと早くラージの持つ刀に防がれた。
「っ!」
私は一歩後ろへ瞬時に後退する。
あの場にいれば、間違いなく斬られていた。
ラージは俺が懐に入った瞬間、両手にはまだ何も握ってはいなかった。刀を持っていることさえも暗黒刀と接触するまで気づけなかった。
どこからあの白い刀身の刀を出した?
ラージを見据えながら全身の何処かにあるであろう鞘をくまなく探す。
ない。
どこにも鞘がない。
じゃーどうやって前触れもなく刀を抜いた?
ラージの姿を見て考えても、答えは一向に出ない。
暗黒刀を握った右腕の毛が逆立つ。
敵は強い。
新道クラスなら尚更ヤバイの一言で置き換えられる。
ここ数年、毛が逆立つことは1回もなかった。幼少期から剣道全国レベルの試合に参加した際に何度かあったっきり、それ以降はない。それもこれも日本で負けなしの3年連続連覇をした頃からだ。私を連覇者と呼ぶ者たちが増えた頃から私を倒せる者は誰1人いなくなり、私に緊張感が走る戦いを肌で体感させてくれる者はいなくなった。
それが今では何度も逆立つ。暗黒騎士との戦いやネクロマンサーたちとの戦いでもそうだった。
今目の前にいるラージ・テンカムトもまた私をここまで体感させてくれる。
こんな緊張感が孕んだ戦いを人生で一度でも味わえれば良い方だ。それを私はこの見知らぬ場所で何度も味合わされ、更に自身を高みへ昇華させて強くしてくれる。
剣士にとって、これほど良い環境はない。
私はラージが刀を出した原理を考えるのをやめ、暗黒刀と共に踏み出した。
♦︎
俺は今いた場所から大きく飛ばされた。勢いを殺せずに空中で何度も回転した挙句、地面に何回何十回と転がり続けた。どのくらい転がされたかはわからないが、勢いを完全に殺しきった俺は地面に倒れたまま動けない。
「いてててっ」
目が回っている。
やばい。立てない。
立ちくらみまでして立ち上がろうとしても、足に力が入らない。
くそっ!
地面に倒れて動けずにいる俺の元にゆっくりと近づいてくる人影があった。
誰だ?
さっきの奴か?
視界はぐるぐる回る景色を見せ、全く人影が誰かも容易に確認できない。
「お前あの中で一番強いだろ?」
声が聞こえる。
さっき俺を殴ったフリーの声だ。
視界が定まらない俺は目を閉じ、
「ああ。そうだ」
フリーの言葉を肯定する。
「なら立て。あんな一撃で終わるたまじゃないだろ?」
おい、無茶苦茶なことを言う奴だな。
くそっ!
目を開けて視界を確認する。
先程と比べて安定している。
不死身の特性ってやつか。
これならいける。
さっきまでは足に力を入れられなかった。でも今は違う。しっかりと地に足をつけ、立ち上がる。
「ああ。この通りな」
俺は漆黒スーツに着いた汚れを叩き落とし、
「今度は俺の番だ!」
全力で地面を蹴った。
蹴った地面は土煙を上げる。
少し離れた先にいるフリーはまだ目を動かさない。
いける!
右手の拳をフリー目掛けて振るう。
「……その程度か」
「ぐぁああああああっ!!!」
直後、激しい痛みが右腕に走る。
な、なにが⁉︎
俺は痛みに耐えながら右腕を見る。
っ!⁉︎
そこに右腕はない。
元々あったはずの右腕がどこにもない。
「ぁぁあああああ!!!」
振るったはずの右腕はどこにいった?
頭の思考回路が追いつかない。
「こんなものか」
フリーは地面に膝をついた俺に何かを投げ渡す。
まじかよ。
もう何も言葉が出ない。
地面に転がったのは俺の右腕だ。
こいつは俺が振るった右手を俺が気付けない速度で切り落としたんだ。
何が何だか理解出来ない。
だが、目の前にある右腕を見て痛感させられる。
俺はこいつよりも弱い。
俺はこいつに勝てるのか?
地面に転がった右腕が消える。
直後、右腕から走った痛みが消え去る。
「……なぜある?」
フリーの声が真横から聞こえた。
ばっと真横を振り向く。
膝を組んで俺の右腕をじっくり見るフリーの顔がそこにある。
「……お前面白い」
直後、再び右腕から痛みが走った。
「ぐぁああああああっ!!!」
「右腕の次は左腕」
動けなかった。
右腕からの痛みが走ってすぐに左腕からも激しい痛みが走る。
「ぁぁあああああああああああああ!!!!」
痛みに負けて地面に倒れこむ。
「おいおい。まだ倒れるのは早い」
フリーは俺の右腕と左腕を地面に放り捨てる。
「どうやって生えたのか確認しないとな。そもそもお前……人間か?」
「ぁあぁあああああああああああああああああああああ!!!」
俺の首根っこを掴んだフリーは空いている片手で体を貫き、刺した片手を抜き、再び貫き抜くを何度も高速な動作で繰り返していく。俺の体はトンネル工事でもされてるかのごとく、穴をいくつも開けられては塞がりを続ける。
「グッツゥアァアァあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
強烈に走る痛み。
痛みに耐えきれない俺は口から血を吐き、鼻からは血をだらだらと流し、プッツンと糸が消えるように意識を失った。
♦︎
刀と刀が軋めきあう。
「なかなかやるようだ」
相対して戦う敵――ラージ・テンカムト――が初めて口を開いた。
「そちらこそ、なかなかの腕前だ」
「聞いてもいいか?」
「戦いの最中にか?」
「そうだ」
ラージの涼しそうな表情を見せられ、まだまだ力を出し惜しみしているのかと悟らされた。
「余裕だな」
「そうでもない。お前は俺と同じ実力を持っていれば、俺とて話す暇はなかっただろう」
ラージは私の目を真剣な眼差しで見つめてくる。
調子が狂うな。
「それは嬉しい限りだな。で、何を聞きたい?」
「お前たちは見たところ、エルフではない。エルフではない人間がどうしてこの場所にいる?」
「あぁ、それか。少し訳ありでな。我々はエルフを守らなければならない理由があるんだ」
「理由?それは己自身の命を賭けるほどの大義なのか?」
「大義……なかなか面白い言葉を言ってくれる。そうだ!我々はエルフを守るために命を賭けてこの場にいる。もちろん我々の仲間全員な」
「そうか。そうなのだろうとは戦ってる最中からお前の目を見て分かっていた。……実に惜しい。今からでも此方側に来ないか?」
「何を言っている?」
「俺たちもまたバムバロス帝国の大義の為にここにいる。お前が今この場でエルフを守るのをやめてしまえば、俺がお前を斬る意味はなくなる。俺との実力が離れていても、ここまで己の剣術だけで俺と渡り合える相手は見たことがない。お前と刀を合わせ、直感したよ。お前なら俺の実力にすぐに追いつく。そして遥か高みへ登れると……そんな逸材をこの場で殺すのは実に惜しい。大義の為に斬るべき相手はエルフだ。お前ではない」
「……何をぬかすかと思えば、私はな自分で選んだ道を途中で変えるほど弱くはない!」
「本当にいいんだな?」
「すまないが私は仲間と一緒にエルフを守ると決めた!男に二言はない!」
「そうか。残念だ。お前を殺さねばいけないことが本当に残念だ。一緒に戦う未来があったかもしれないというのに……本当に残念な回答だ!」
話し合いが決裂し、ラージは今までになかったほどの力を体全体から放出し出す。
「くっ!」
力と力のぶつかり合いになれば、まず間違いなく押され負けるのを分かっている。
私は後ろへ後退し、追いすがってくるラージと斬撃を繰り広げる。
♦︎
「久しぶりじゃのー」
見覚えのある白髪の女が俺を見上げて声をかけてくる。
「……俺は……」
「お主はまた死んだのじゃ」
その言葉を聞き、フリーにやられた記憶がフラッシュバックして思い出されていく。
「ぁあぁあぁああああああ!!!」
ないはずの痛みが記憶から呼び覚まされ、痛みが全身に走る。
呼吸ができない。
嗚呼、痛い!痛い痛い!痛すぎる!!
「落ち着け」
過呼吸に陥りそうになる俺の震える体を女は優しく摩り始める。
「ぁあーぁあーあぁあ!」
「この場にお主が受けた痛みなどない。落ち着くんじゃ!」
背中をドンと足蹴りされ、背中から痛みが強烈に走る。
あれ?
痛みがない?
全身からの痛みが……消えた。
「不思議そうな顔をしておる。痛みが消えたなら、ゆっくりお主のペースでいい。落ち着け」
「……はぁーはぁー」
「いい調子じゃ」
落ち着いた俺を見た女は俺の真正面に座り込む。
見覚えのある女の顔を見て、ここがどこかを思い出す。
そうか。俺は……。
「……また俺は……死んだのか」
「あぁ、死んだ。本来ならすぐ復活出来るんじゃが、お主はそれを拒否したじゃろ?」
「……拒否?」
「そうじゃ。お主はあの男に負けるのが怖くて逃げたんじゃないのか?」
フリーの顔が頭の中に浮かぶ。
「――っ!」
「わかりやすいのー」
「笑いたければ笑えよ」
「妾はお主が負けたからといって笑いはせぬ。お主だけに限らず、誰だって一度や二度負けるじゃろ?」
「……そう……だな」
「なんじゃ!まだ負けて挫けておるのか⁈はよ立ち上がらんか!」
俺の頭に両手を当て、くしゃくしゃと俺の髪の毛がぐしゃぐしゃになるまで撫でてくる。撫でるというか、髪を爆発させたいだけなんじゃ?
「……あんたって本当に……」
言おうとしてやめた。
言ったところで意味はない。
無意味だ。
「言う気力さえないか」
女は俺の頭から両手を退け、再び真正面に座った。
「ないよ。あんな強い相手に敵うわけない。あんただってそう思うだろ?」
「思わぬな!」
「なっ⁉︎」
「妾は不死身なんじゃ。死を恐れるなど馬鹿馬鹿しい。そんなに恐れるくらいなら一度の命の方が良かったんじゃないか?」
「……そうだよな。あんたは不死身だから死なんて怖くないよな」
女はその言葉を聞き、俺の胸ぐらを掴む。
「たわけが!妾も不死身になった当初は死が怖かったわ!」
「……嘘だろ?」
「ホントじゃ!妾も死は怖かったが恐れたりはせぬかったぞ!」
「……恐れたりはしたかった……か」
「そうじゃ。お主に今足りないのは恐れに勝つ勇気じゃろ!怖さは何度でも死ねば消える」
「おいおい無茶言うなよ」
「不死身の妾からのアドバイスじゃ。相手に恐れれば、不死身とて絶対に勝てぬ。だがのぅ!不死身だからこそ相手に恐れずに挑めば、どんなに自分よりも遥かな高みに踏ん反り返る輩にも勝てるんじゃ!それさえあれば、お主を負かした彼奴をこてんぱんに倒せる!」
俺の胸ぐらを掴んで、顔と顔が当たるくらい近くにいる女は瞳を赤くさせて力強く俺の負けて折れた心を再びくっつけ奮い立たせた。
「あんた凄いな。なんかあんたの言葉を聞いてたら体が燃えるように熱い。カッカッするくらいに激アツだ」
「最初っからその面にならんか!ばかちんがぁ!」
胸ぐらを掴んだ手を離し、女は俺のおでこにデコピンを入れる。
「いてっ!」
「不死身でも痛みはある。じゃがな、その痛みを恐れるな。痛みはやがて消えるものじゃ。痛かったから叫んでも良い。我慢しても良い。それを繰り返していくうちにお主も痛みに慣れるんじゃろー。今回のお主の敵は妾の見立てで言えば、かなり強い。お主が勝てる相手ではない。お主が……普通の人間であればな。お主は妾の血を受け入れられた器じゃ。もうお主は昔の自分とは大きく違うんじゃから胸を張れ!そして妾に見せろ!お主が彼奴に勝つ姿を!」
「あんたって人は……本当に不思議だ。挫けて動けなかった俺をここまでやる気にさせてくれる。死や痛みが怖くて逃げ出したくなる俺をここまで元通りに……いやあいつに殺される前の俺よりも更に強い心を持った俺に変えてくれる。ありがとう」
「妾が何を言っても変わらん奴は変わらん。お主が心の奥底で変わりたいと思い続けていたから妾の言葉を聞き、立ち上がれたんじゃ。じゃから妾のおかげじゃない。お主自身の力じゃ!」
女は真剣な目で言い、俺の胸に握り拳を作った左手を当ててくる。
「そうだな。俺自身の力も少しはあるかもな。あんたの言葉は8割以上占めてると俺は思うけど……えーっとあんたの名前!そう言えば、あんたあんたって言うばかりで名前を聞いてなかったよな。俺は新道千。あんたの名前は?」
「今更じゃな。妾はアイラじゃ。お主は新道千か。良い名じゃな」
「アイラ。アイラか!あんたの名前を聞けて良かった」
「もうあんた呼びはやめてくれんか。普通にアイラと呼んでよい。妾直々にアイラと呼ぶことを許す」
「わかった。今度からアイラって呼ばせてもらうよ」
「わかればよい。千よ、妾の精神世界と千の精神世界は妾の血を受け入れられた瞬間から繋がっておる。じゃからまた何かあれば、寝てる時にでも遊びに来い。妾はいつでも待っておるぞ」
「わかった。絶対に遊びにくるよ!本当にアイラには二度も助けられて本当に感謝してる。ありがとうな」
「もうそんな礼は良い。彼奴に勝てよ!さらばじゃ、千!また会おうぞ!」
♦︎
モリケン、あー言いながらも普通に走れてるじゃんか。
どうにかモリケンが逃げれる時間を稼ぎたいけど、あの子……強い。
僕の最初の弾丸を止めた時も、その弾丸を僕に当たるギリギリのとこで外れる弾道で返してきた時も、つくづく正確なコントロールと圧倒的な力を持っていることが分かる。
僕が今更攻撃したところで、歯が立たないのは重々承知して分かってる。
でもモリケンを見殺しにはできない。
あの場で出来る最善の一手は僕にはあれしかなかった。
負ける戦だとは僕自身分かってる。
僕がどう頑張っても、あの子に弾丸が当たるとは思えない。撃っても水で受け止められておしまい。それでもモリケンが逃げれる時間は稼いでみせる。
マリーへ速やかに弾丸を撃ち、すぐさま物陰に隠れるといった作業は僕には必要ない。
僕のスキル《生命探知》を使えば、敵の位置は把握出来る上にマリーから撃ち返した弾丸に狙撃される心配もない。
最初の1発放った際はスキルを使わずに撃ったことで、まんまとあの子に一杯食わされた。けれど、物陰に隠れた僕に攻撃は通らない。大木という分厚い壁が僕を守る限り。一方的な僕の攻撃が続くが遅れて弾丸がマリーによって撃ち返されてくる。
牽制かな。
牽制されたからといって、僕が引き金を引かない理由にはならないよ。
それを何度も繰り返し、モリケンの逃げる邪魔を一切させない。
僕の声を合図を皮切りにスケルトンスナイパーもまたマリーに攻撃を開始し始めたのはモリケンの逃げる隙を作るのに大きく貢献した。それなのに今では銃声の音は半分以上減っている。
あの子にやられたと考えた方がいいかな。
弾はまだまだある。
横に置かれた弾薬を確認する。
モリケンの姿が見えなくなったら僕も退却する。これは決して逃げじゃない。あの子に負けない為の逃げだ。
ここで無駄に命を散らすほど、馬鹿な思考回路は持ってない。
負ける戦なら負けなければいい。
負けずに前線を後退して、いずれ助けに来る新道や遠山さんを待つ。
2人のどちらかが来てくれたら、必ずあの子に勝てる。だから僕たちは負けない為の戦いをするんだ。
生命探知で、大木で隠れて見えない先の先を見る。
遠山さんとラージという敵が戦う姿が見える。どちらも一歩も引かない戦いをしてるように思える。
一方、新道は敵に負けてる。
2人が今すぐ助けに来れる状態じゃないのを確認し、僕は数秒の沈黙を破って再び攻撃を開始するのと同時に後退を始めた。
♦︎
「動かなくなったな」
こいつの体を何度貫こうが引き裂こうが瞬く間に治る。
俺は静かに空を見上げ、
「飽きた」
首根っこを掴んだ男を地面に放り投げる。
「お前弱いな」
声をかけても返事は返ってこない。
自分が立っている場所には大量の血が流れ落ちている。
男はこんなに血を流してるのに体は無事だ。だが心ここに在らずだ。
「もったいない。浮遊魔法《血集》」
地面の血溜まりを空中に浮かせ、1箇所にまとめあげる。
「こんな綺麗な純血の赤い血、あまり見ないことない。そのままにしておくのはもったいない」
男の血をペロリと味見する。
「あまーい。なにこれ、やばい。やばすぎる」
男の血は甘く濃厚な味がした。
こんなの初めてだ。
こいつは特別な血の持ち主だ。
男の血を全身に一気に浴び、俺自身の能力で体の疲れは一瞬にして消える。
力が湧く。
特別な血とあって神経伝達と血流の流れが普段よりも2倍になってる。
身体が熱い。今すぐ身体の内から込み上げる力を解放してぶつけたい。
「マリとラージのとこに行くか」
俺は男をそのまま放置し、マリたちの元へ向かおうとした。
その時、心ここに在らず状態だった男が立ち上がる。
「わぉ」
もう二度と立ち上がらない。そう確信してた。それなのにこいつは立ち上がった。
いったい何処から立ち上がるほどの原動力を得たのだろう?
頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
「あんたの相手は俺だ」
男の目には闘志が宿っていた。
さっきまで空虚な目をしていたのに。
何があった?
「お前まだ殺され足りないの?」
踏み潰したい。
湧き上がる力をぶつけたい。
まだ勝てると思える根本の芯をへし折りたい。
「ああ!」
男は何も策を考えずに俺へ向かってくる。
無策か。
本当にムカつくな。
こおいう無闇矢鱈と攻撃に来る奴は雑魚と相場が決まっている。
俺は男の顔面を渾身の一撃で砕く。
頭が割れ、地面に力なく倒れた。
4秒後頭が戻ると立ち上がり、殴りかかってくる。
邪魔。
殴ろうとする右腕を左手で切り落とす。
男は「ぁあぁあああああああ!!」と叫び、地面でのたうちまわる。
うるさい。
男の頭を足で砕く。
一瞬で静寂がやってくる。
そう思った3.99秒後に再び起き上がる。
うざい。
苛立ちが込み上げる。
完全に起き上がる前に男の腹に右膝を入れる。
「がはっ⁉︎」
両手で腹を抑える。それでも唇を噛み締めて諦めずに俺に向かってくる。
睨んだ目には闘志がまだある。
「なんなの?」
男が俺へ向かってくる闘志を何度も砕き、何度も踏み潰し、時には時間をかけて首を絞め、何度も生き地獄を味合わせて殺し、何度も引き裂き、何度も動けないほど全身の骨を潰して再起不能にしても再び起き上がってくる。
男の特別な血を浴びてから身体全体に込み上げていた衝動と湧き上がる解放感は、男を何度も殺していくうちに消え去った。
力は湧き上がってこない。
能力の効果が切れたのだろう。
血流の流れも神経伝達速度も正常通りに戻ってる。いや浴びる前よりも低下してる。オーバーワークだったか?
苛立ちもいつの間にか消えた。
「お前殺されたい志願者なの?」
全く挫けない。終いには何度殺しても起き上がっては向かってくる男へ問いたくなった。
何度も同じ人間を殺したのは、これが初めてだ。
こんな人間、俺は知らない。
知りたくもない。
もういい加減にしてくれとさえ心の奥底から強く思える。
「違う。俺はお前を倒すために立ち上がるんだ」
男は倒れた体を起こす。
「なんなんだ、お前?」
「俺はお前を倒すまで何度だって立ち上がってみせる」
男は両足に力を入れ、立ち上がる。
「馬鹿なのか?俺に1回も触れられないお前に何ができる?できるのは死んでも起き上がるくらいだろうが⁉︎」
男は右手を握りしめ始める。
「……そうだよ。あんたの言う通りさ、でもな何度も起き上がられば……いずれお前に拳は届く!」
男は地面を蹴った。
こいつの動きは見える。
はっきり見える。
それなのに反応が少し遅れた。
直後、俺は男の拳を顔面に喰らった。
♦︎
ラージとの実力差は大きい。
こちらがどう斬り返しても致命傷に至らない。
巨大な壁が立ち尽くすようだ。
この壁を打ち崩せなければ、エルフを守るという道は大きく遠く一方で、私はもちろん仲間たちの勝利はない。
話し合いの決裂以降、ラージの口は開かない。
ただ私を斬ることだけに集中している。
私が一つでも油断すれば、その油断が死に直結する。
隙あらば、ありとあらゆる箇所に攻撃をしてくる。
ラージの攻撃を受け、鎧は既に破損した部分まで出てきている。
この暗黒騎士の防具一式を身につけていなければ、完全にお陀仏だった。そう痛感されられる。
私は今崖っ淵に立たされてるようなものだ。
ラージとの実力差さえなければと何度も心で思いつつ、実力差を埋めるには剣術面でカバーするしかないと強く思う。
頭で思考を張り巡らせ、ラージと斬撃の打ち合いを続けている最中、
「火魔法《纏刀》」
再び口を開いたラージの刀の白い刀身が赤く燃え上がる火を包み込み、赤く染まる。
ガキィン!
「――なっ⁉︎」
ラージの刀を受けきった暗黒刀の刀身が一部欠ける。
何が起きたのか理解しようとする私を疾風怒濤の乱撃で一切考えさせる暇を与えてくれない。
「っ!」
このままではまずい。
ラージの刀を受けきる度に刀身が欠けていき、ボロボロになっていく。
暗黒刀の心配をしてる暇もないラージの攻撃を受け、押されるがままに後ろへ後退させられる。
どんどん退路がなくなっていく。
まずい。
考えるんだ。この状況を切り抜く秘策を。
♦︎
やった!届いた!
「届いたぞ!」
俺は叫ぶ。
フリーは仰向けで地面に倒れた。
「……馬鹿な……」
今の状況を理解したくない雰囲気だ。
フリーは顔面に手を当て、
「……血が……俺の血が⁉︎」
鼻から流れ出る血がついた手を見る。
「……許さない……」
ふらふらと立ち上がり、フリーは今までに見せたこともない狂気の目を俺に向けた。
一瞬で背筋が凍る。
「……血の匂いでわかるだろ、チー様!」
フリーは叫ぶ。
チー様?なんだそれ?
「呼んだでしゅか?」
声が聞こえた。
声がした方向は空だ。
俺が空を見上げた瞬間、巨大な瓶が空から降ってきた。
ドン!
地面を揺らすほどの衝撃をもたらして着地をした巨大な瓶。
「呼んだ」
さっきまでとは違う柔らかい声。
棘が一切ないフリーの声を聞き、フリーのすぐそばに着地した巨大な瓶が敵だと認識する。
「フリー、君がボクを呼ぶとは何年ぶりでしゅかね?」
「そんなのは今はいい。俺にエルフ族の血を」
「仕方ないでしゅね。でもいいのでしゅか?全滅させるまで使わないと言ってたエルフ族の血を使って」
「こいつを倒すためだ」
フリーが俺を指差す。
巨大な瓶いやチー様というのか。
チー様は俺を見て、
「あいわかったでしゅ」
一言答える。
チー様の蓋が勝手に自動で開く。
チー様の中には赤い色の液体が入ってる。
あれはなんだ?
液体の一部が浮遊して、チー様から外へ出る。
液体は浮遊し、フリーの元へ辿り着くと傷を負った顔に付着し瞬く間に蒸発した。
「なっ!⁉︎」
フリーの顔に一撃入れた際、鼻から鼻血が出ていた。それなのに今では鼻からは何も垂れていない。まるで最初っから血が流れてなかったように綺麗な顔になってる。
「お前と似たようなものだ」
フリーはそう答え、浮遊した液体を全身に付着させて瞬く間に蒸発させた。
「もう遊びは終わりだ」
口の前に浮遊していた液体を口の中へ放り込み、ゴクッと飲み込むと狂気の眼差しを俺に向けた。
くそっ!
そんなのありかよ⁉︎
俺が見据えていた先にいたフリーの姿はあっという間に消えた。
辺りを見渡すも確認出来ない。
俺の目には見えない速さで動いてるとでもいうのか?
目で終えない俺を笑うようにフリーが唐突に俺の目の前に姿を現した。
「これが本気だ!」
フリーの目を見て、死を直感する。
くそっ!
「あがっ⁉︎」
フリーの左手が俺の顎を粉砕し、そのまま頭を弾け飛した。
「もうどんなに泣け叫ぼうとやめない。死と絶望を存分に味わえ!血装術《血で血を洗う機関銃》」
フリーは俺の回復を待たずして、全力で握られた両拳で連撃を放ってくる。フリーの両手から大量の血が流れ、俺の血が飛び散っているのかフリーの血が流れているのか分からないほどに連撃はいつまでも続いた。
痛みが何度も俺の体全体を走り、視界が真っ赤に染まったまま回復が一向に追いつかない。そしてプッツリと意識が飛び、再び体全体が無傷の状態で復活する。だがコンマ数秒で瞬く間に体全体がフリーの両拳で破壊される。それを何回何十回何百回と繰り返される。
[スキル:痛覚耐性 習得]
[スキル:恐怖耐性 習得]
[スキル:思考維持 習得]
もう痛みに慣れた。
死に対する怖さもない。
アイラが言っていたことはこおいうことだったのか。
痛みが走る中、俺は通常通り思考が出来るほどになっていた。
フリーの目は今もなお狂気が宿っており、この猛攻がいつまで続くのか分かったもんじゃない。
フリー自身の体力切れを待つつもりでいたが、あのチー様と呼ばれる巨大な瓶が放出される赤い液体たぶん血だろう。それがフリーの体全体に触れて蒸発すると疲れが飛んだように緩み始めた攻撃が力強さを取り戻し、猛攻が再び繰り出される。
そのサイクルが繰り返され、チー様の中にあった血は残り3分の1まで来ていた。
あの血が全部切れれば、俺に勝機が見える。
逆転劇はそこからだ。
♦︎
数秒後、豆電球が光るようにピカンと頭の中で閃く。
そうか。私には剣術以外に戦う術があるではないか。
「火魔法《火球》」
魔法使いとの戦いで得たスキル《火魔法》をラージに向かって3連弾で放つ。
ラージは1弾目を刀で弾き、2弾目を体で受け、後ろへ強引に引き下げられ、3弾目は刀で再び斬った。
ラージの顔には困惑があった。
「まさか、お前も魔法が使えたのか」
この戦いで3度目の口を開いたラージの言葉を耳にした。
「そうだ。私もこのように魔法が使える。火魔法《火球》」
「1度目は驚いたが2度目はさすがに喰らわんぞ!」
先程と同じく火球を3連弾放つが、ラージは3弾全てをその手に握る刀で見事斬ってみせた。
「……だと思ったよ。それは時間稼ぎに過ぎん。火魔法《纏刀》」
私は見よう見まねにラージが使った《纏刀》をその場で発動した。
使えるか使えないかは私自身わからない。使える保証もない。だがこれに賭けるしかなかった。
[スキル:火魔法 LV3→LV4 UP]
「それまで使えるのか⁉︎」
ラージが叫んだ。
その叫びと脳内の声を同時に聞き、私自身の賭けが成功したことを決定的に裏付けた。
土壇場で思いついた策が上手く機能し、私の持つ暗黒刀の黒い刀身全体を赤く燃えた火が纏う。
これで刀身が欠ける心配もなくなった。
これならいける!
「さぁ戦いの続きを始めるとしよう」
♦︎
やばい。本当にやばい。
こいつに死と絶望を与え続けるためだけにチー様に保管していたエルフ族の血を使う羽目に。
血、血、血がほしい。
ありとあらゆる血が欲しい。
血を集めるために色んな仕事をしてるが、今まで手に入る事が叶わなかったエルフ族の血を手に入るなんて本当に夢物語だ。
エルフ族とうちのバムバロス帝国が戦争してる話は聞いていた。戦争になった場合、俺たちよりも階級の低い兵士たちが先に戦地へ向かう。俺たちが戦争へ出る幕なく終結するだろう。そう残念に思っていたものだ。だがエルフ族は国王を怒らせるほどにうちのバムバロス帝国の兵士を完膚なきまでに倒した。その甲斐あって今回エルフ族を全滅させる任務が国王自ら頼まれた際は喜んだものだ。これでまた新たなコレクションが増える。そう思っていたのに……こいつが俺にコレクションで保管するはずの血を使わせた。許せない。許すことはできない。
死と絶望を味わえ!
泣き叫ばないが今どれほどの苦痛をこいつは味わっているのか。考えただけで寒気がする。俺とチー様の掛け合わせがなければ、俺はこいつをここまで殺すことはできなかっただろう。
俺の能力《血喰い》は俺以外の者の血なら誰であってもいい。血を喰い吸収することで俺の肉体と骨は最高値まで復元される。人間以外の血であれば、本来の最高値から数倍と数値は跳ね上がる。今回初めて吸収したエルフ族の血は俺自身の攻撃力を数倍膨れ上がらせるおまけ付きだ。
こんな美味しい特典付きなエルフ族の血を正直使いたくない。使いたくなくても目の前にいるこいつは何度殺しても復活する。だから使う以外の選択肢はない。
本当に相性の悪い相手だ!
それにしても、こいつ……最初に会った時は髪の毛……黒だったよな?それなのにこいつ……ほとんどの髪が白一色に変わってやがる。
これは死んで復活する代償ってやつなのか?
「フリー、もうすぐ血が尽きるでしゅ」
チー様が残量の残りを伝えてきた。
「早い。血を集めるだけでも大変だっていうのにこいつのせいで全部使い終わるとはな!」
全身の疲れが消える度に血が減ってるのを考えると本当に凹む。
全部こいつのせいだ!
怒りを両拳にのせて、男の再生しきった体を粉砕し破壊する。
チー様の能力《血収集》はチー様の所有者である俺が殺した相手の血を瓶に集めるという単純な能力だ。
その能力だけでもありがたいというのにチー様は瓶に命が宿った存在だ。
チー様は自分で瓶を思いのまま動かせ、空だって自由に飛べる。俺とどんなに離れた距離にいても俺が声を出せば、その声を直で聴ける。そんなチー様と俺が力を合わせれば、最強だ。
♦︎
火魔法《纏刀》を発動した私の暗黒刀はラージの刀と再び接触し、刀同士のぶつかり合いを何度繰り返しても刀の刀身が欠けることはなかった。
刀が欠ける心配は払拭された。
あとはラージとの実力差を長年培ってきた剣術で埋める。
ラージの表情は堅い。
今どんな感情を内に秘めているのか全く読めない。
「はぁーーー」
刀と刀の斬り合いを続けていくうちにラージが長い溜息を吐いた。
私との戦いに飽きたのか?それとも戦いを早く終わらせるつもりが、ここまで長引くとは思ってなかったと見るべきか?
ラージは初めて自ら後方へ飛ぶと、
「ここまで時間がかかった相手は久しぶりだ」
刀を握った腕を下ろした。
「何がしたい?」
刀を下ろす意味がわからない。
何を狙ってる?
「見ての通りさ。俺は長時間の持久戦はあまり好きじゃない」
刀を握ってない方の手で頭をくしゃくしゃかき上げ、ラージは面倒くさそうな様子を見せる。
プラフか?
「よくそれを敵である私に言えるな。みすみす自分から弱点を晒すなんて信じられないな」
「弱点か。ただ俺は持久戦が好きじゃないだけでやろうと思えば、とことんやれる。でも好きじゃないから好き好んでやるつもりは毛頭ない。だからお前の言う弱点には入らないと思うぞ」
「確かに好きじゃないからやらないなら弱点ではないな。なかなか変わっているな。目の前に敵がいるのに攻撃を中断する相手は初めてだ」
「そうか?俺はやめたくなったら、その場でやめる。ちなみにやめたくなったのは久々だ。お前、本当によく頑張ってる方だ。ここまで頑張られたら本当にお前がますます欲しくなるよ」
「そうなのか?私の剣術は意外に通用しているようだな。だが通用してるからといって油断は見せない。いつ攻撃してくるか分かったもんじゃないからな。私が欲しければ、力づくでやってみろ」
「力づくでやってみろ……か。つくづく俺の好きなタイプだ。剣術も見たことのないものばかりで面白い。お前と一緒に毎日訓練に励めば、お前の剣術の全てを知れるというのに……本当に残念で仕方ない。そこまでエルフを守るだけの価値がお前にはあるのか?」
「ある!私は初めてエルフに会ったが彼らは人間と同じで普通に暮らしてるだけだ。お前たちが戦争を仕掛けていい相手ではない。何故それをお前たちはわかろうとしない?」
「戦争を仕掛けたのは此方だ。しかしバムバロス帝国の王が言った言葉は絶対だ。誰かが拒否出来るものではない。エルフがどんな生活をして、どのような性格かなどは俺には関係ない。知ろうとも思わない。知れば、情が芽生える。情が一度芽生えれば、殺すことが難しくなる。俺はそれを知っているから知るつもりは一切ない。お前がどんなにエルフのことを俺に伝えようと聞く耳は持たない。なぜなら俺たちもまた王自らの頼みでここにいる以上、必ずエルフを全滅しなくてはいけないからだ!」
「それが答えか。確かに知れば、戦争なんてもの自体起きていない。知っているか?この島に住むエルフがどうして貴様の国と戦争になったのかを!」
「あぁ、知ってる。エルフと貿易をする契約を交わしたのに関わらず、エルフが契約違反をしたんだろう?」
「そうだ。だがそれは間違いだ。貿易の契約を交わしたエルフは族長であったがエルフ全員に相談を持ちかけて話し合ったわけではない。独断でやったことなんだ」
「……独断だとしても自業自得だ。そんな者を族長にしたのはエルフ達だろう?だったら族長に選んだエルフ達もまた責任があるんじゃないのか?違うか?」
「……そう言われたら返す言葉はない。しかしそれでも戦争を起こしていい理由にはならない。あろうことか1度ならず2度までも戦争を仕掛けて、再び3度目の戦争をしてくる貴様の国がおかしいんではないか!」
「俺たちの国は特殊なんだ。勢力拡大を広げてくうちに負けたら最後まで勝たないといけない。そおいうレールにうちの国は乗っているんだ。もうレールを外れる事も行き先を変える事も、国の国王が変わらずしては不可能。この島は我らバムバロス帝国の勝利ならずには戦争はいつまでも終わらない」
「それは貴様の国の話だ。そのレールとやらにエルフ族を巻き込むな!巻き込まれた方はたまったもんじゃない」「お前の言い分はわかる。痛くわかる。それでも俺は王の頼みを遂行しなくてはならない!俺は三本の絶対矢の一本なのだから!」
「やはり言葉で話しても通じないようだな。こうなったら最後は刀でどちらの正義が正しいかを決めるまでだ!」
「正義なんてものは俺にはない。俺がやっていることが正義とも思わない。それでも俺たちが正しいと証明させるにはそれ以外に方法はないようだな!休憩は終わりだ。最後の決着をつけるぞ!」
「私は決して負けない!」
直後、どちらが正しいか証明するために両者は激突した。
♦︎
俺は何千回も殺された。
殺され続けて、やっと俺のターンになった。
チー様の中にあった血は既に一滴足りとも入っていない。
そして今この場にあるのは、ただ純粋な殴り合い。力と力をぶつけ合う拳と拳での殴り合いだった。
俺がフリーを殴れば、フリーが俺を殴る。どちらもかわしたり避けたりをしない。相手が振るう拳を全力で受け止めるだけだ。それを何発繰り返しただろうか。もう10発目を超えた時点で数を数えるのはやめた。
フリーの目にはまだ狂気が宿っている。だが最初の頃よりもだいぶ弱くなっている。もう俺に対しての怒りは薄れ消えているのかもしれない。
俺とフリーは殴り合いを続けた。どちらかが倒れるその寸前まで。どちらに軍配が上がるかは誰が見ても明白だった。体力が徐々に切れ始めるフリーと無尽蔵と思えるほど体力の衰えを感じない俺。俺自身が第三者として2人を見たとしても、絶対に俺が勝つと思うだろう。
足に力が入らなくなったフリーの拳が俺の頬をかする。フリーの目には力はもう宿ってはいない。
もう決着をつけよう。
目の前で足に力を入れられずにいるフリーは両拳をグーパーさせ、両手が痺れているのが窺える。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
肩から息をするフリーの額は汗だくで、銀髪の髪も豪雨の中にいたかのようにびっしょりずぶ濡れだ。
完全に体が再生したのを確認し、
「今度は俺の番みたいだな」
疲れきったフリーに言った。
「はぁはぁ……お、お前……まだ……はぁはぁ……」
フリーは俺の目に宿る闘志が消えてないことを自分のその両目で確認した。
「もう息するのがやっとかよ」
「……はぁはぁ……」
俺は右手を強く握りしめ、拳を作る。
フリーは俺の右手を見て、次に俺が行う行動がなんなのかを悟った。
「あんたがどんなに強かろうが俺には関係ない。体力切れのあんたの負けだ!」
「――がはっ!⁉︎」
地面を力強く踏みしめ、フリーの頬に重い一撃を喰らわせ思い知らせた。
地面に倒れ伏したフリーの姿。それを見たチー様が「フリー!」と叫び、俺からフリーを庇うように俺とフリーとの間に割って入ってくる。
「なんかこおいう展開だと俺が悪者みたいに思えてくるな。でも俺はフリーに何千回も殺された。俺にはそいつを殴る権利がある。チー様そこを退いてくれ」
顔に手を当てる。
今誰かがここに来て、この状況を側から見たら絶対に俺が悪役だな。
「フリーを殺すつもりでしゅか?」
チー様には顔が付いてないから感情を汲み取れられないが、声から察するに俺が殺すと言ったら絶対に退かないだろうなと予測する。
「そこはフリーが諦めてくれるなら殺したりはしない。俺も人間を殺そうとは流石に思わないからな。あとあんたを攻撃しようとも思ってない」
「信じていいでしゅか?」
「信じるも何も俺が残忍な奴だったらもう既にチー様を破壊してでも殺しにかかってるだろ?」
「……言われてみれば、そうでしゅ」
「だろ!だからチー様が説得出来るならフリーを説得してくれ。ここのエルフ達は1人の族長が勝手にあんたらの国と契約を結んだことが事の始まりであって、ここに住んでるエルフ全員が契約を交わしたわけじゃないってな。そしてフリーが諦めると言ったら次はあんたらの国の王様にもう二度とここに来るなと伝える。これ絶対条件だ」
「わ、わかったでしゅ」
「じゃー俺はここで座って待ってるから、フリーを起こして説得頼む」
「わかったでしゅ。ありがとうでしゅよ」
その後、目を覚ましたフリーを必死に説得するチー様の後ろ姿を見つつ、フリーが何度もごねる姿を見た。
あいつ、ごねたりするのかよ。
少し口元を緩めて笑うとフリーが俺を指差して、「笑うな!」とガミガミ言ってくる。
フリーって意外に話す仲なら仲良くなれそうな奴だな。
チー様が必死に説得した事で、フリーは説得に応じた。
「今回は俺の負けだ。負けたからには勝った奴の言うことくらいは聞いてやるよ。だからお前の絶対条件のんでやる。それでいいんだろ?」
フリーは座ったまま、俺の目を見て言った。もうそこには狂気も怒りもない。あるのは戦った相手に敬意を払う眼差しだけだ。
「ああ。それでいいよ。絶対にフリーあんたらの国の王様にここに来るなと言えよ!絶対だぞ!」
「わかってる。それも含めてのんでやっただろ。のんだからにはもう二度とエルフ達とは戦争をしない」
「じゃー約束だ」
俺はフリーの元へ歩いて近づき、フリーの前で膝をつくと右手を前に出して小指をピンと立たせる。
「なんだこれ?」
右手の小指を見て、何をしたいのか分からないフリーの様子を見て、約束の仕方を知らないんだなと気づく。
「フリー右手を出して、俺と同じように小指を立てて」
「こうか」
「そうそう。そしてこーする」
俺とフリーの小指が絡まる。
「俺とフリーの約束だ。絶対に破るなよ」
「わかってる。約束だ」
俺たちの指切りをチー様が見届け、
「ではマリとラージに伝えに行きましょうでしゅ」
エルフ達との戦争を止めることを2人へ一刻も早く伝えに行こうする。
「大丈夫か?」
まだ立ち上がる体力がないフリーを見て、俺は手を差し伸べる。
「すまない」
フリーは俺の手を払い除けず素直に掴んだ。
敵だったフリーとはたくさん殺されて殴り合ったけど、最後はちゃんと話をすれば通じあえるんだ。
他の2人もフリーみたいに通じ合えるはずだ。口は話すためにある。お互いが自分の思ってることを話し合えれば、きっと大丈夫。それで難しい時は殴り合ってでも分かり合わせる。
俺はそう強く思い、遠山達の元へ向かうのだった。
♦︎
[称号:逃走者 獲得]
[称号:ヘタレ 獲得]
[称号:愚者 獲得]
とうとうここまで逃げて来てしまった。
周りの風景はほぼ変わらない。
銃声の音も聞こえない。
誰かが戦ってる声も聞こえない。
完全な安全地帯に辿り着いた。
「つ、つかれた」
長い時間走って脚が重い。
地面にどっこいしょと座り込む。
「天音くん大丈夫だろうか?」
頭から吹き出す汗を拭い、マリと交戦する天音の心配を始める。
「……天音くんのことだ。……大丈夫……なはず」
丸眼鏡が汗で曇る。
眼鏡を外し、眼鏡を拭く。
「天音くんは強い。何も出来なかったおじさんよりも……きっと大丈夫」
拭いた眼鏡を再びかけ直す。
「天音くんなら……絶対大丈夫!」
自分で自分に言い聞かせる。
「……絶対か?……天音くんは……本当に大丈夫か?」
言い聞かせながら疑問に思う。
あのマリに初めて攻撃した際、攻撃は通用していなかった。
「……通用しない攻撃を……天音くんが続けて……大丈夫なわけない」
気づく。
攻撃が通用しないマリにどう攻撃したとしても、勝てるはずがない。
「……いけない!」
重たい足を鞭打つように立ち上がらせ、
「……いかないと……天音くんを……助けに!」
銃声が次第に遠くから聞こえ、銃声を放つ誰かが此方へ向かって来ている音を耳にする。
「……あの音は天音くんだ!」
震える足。
震える手。
この先へ進みたくないと叫ぶ心。
頭を左右に激しく振る。
「……ここで大活躍すると言ったおじさんが行かないで……誰が天音くんを助けに行くっていうんだぁあーー!!」
恐怖を振り払うように叫んだ。
叫ぶことで動き出す足。
まだ若干震えてる。
それでも動かないわけにはいない。
また止まれば、恐怖が後ろから迫ってくる。
次捕まれば、もう動くことはできない。
助ける。
助けてくれた天音くんを次はおじさんが――
「助ける!!!」
腹から叫んだ。
叫びが音となって響く。
「モリケン⁉︎」
叫びは仲間の天音くんの耳に聞こえる。
天音くんはおじさんを見て驚いている。
そりゃ、そうだ。
「天音くん、助けに来たぞぉおーー!!」
武器なんてない。
助けに行ったところで足手まとい。
自分でもそう思う。
それでも助けに行かない理由にはならない。
助けられたら次は助ける。
「それが男ってもんだろぉおー!!」
天音くんの後ろから迫るマリの姿を捉え、再び腹から叫んだ。
「モリケン、逃げろ!」
「逃げないぞぉおーー!!もう弱い自分から逃げないと決めたんだぁあーー!!!」
「うるさい豚ね!水魔法《針雨》」
「モリケン!!」
天音くんを狙うように真っ直ぐ飛んでくる大量の針の粒。それを防ぐようにマリと天音くんの間に割って入る。
直後、全身を貫く痛みが走る。
「ぁあぁああああ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
心の中で叫ぶ。
叫んだところで痛みは消えない。
それでも叫ぶ。
口からは痛みに耐えられない叫びが自分の意思とは裏腹に上がり続ける。
「うるさいって言ってるよね?豚!水魔法《針雨》」
再び同じ魔法を放ってくるマリ。
後ろには……天音くんが……。
「ぉおぁおぉおおおお!!!」
両腕を左右に広げ、天音くんが絶対に当たらないように庇う。
針の粒は一向に止まない。
身につけている錆びついた鎧がダメージに耐えきれずに砕ける。
完全にダメージを軽減していてくれた鎧を失ったことで、更に全身に受ける痛みは増す。
痛いぞぉおーー!!!!!
ちっくしょーー!!!!!
視界が赤く染まる。
体の感覚がなくなる。
それでも構わない。
「まぉぉるぅぅうんだぁああああああああ!!!」
「モリケン!!!」
後ろから天音くんの悲痛の叫びが聞こえる。
大丈夫。
天音くん。これはおじさんを助けてくれたお礼だ。
こんなおじさんと仲良くしてくれてありがとう。
おじさんだって……頑張ると決めたら頑張れるんだ!
「なにやばい。そんなにワタシの魔法を受けて立ってるとか、ありえないんだけど。根性の座った豚ね!」
「くぉぉぉぉおおおおおー!!」
感覚はない。
立っているかもわからない。
視界も赤くて見えない。
ただ言えるのは……天音くんを守れた。それだけた。
「モリケン!!」
「にぃいぃげぇえぇろおおおおー!!」
「そんなになってまで仲間の心配。もう豚終わってるから!なんで立ってるわけ!跪けよ!なぁー豚!!」
怒った顔をしてる。
あのマリが怒っている。
それほどまで敵意を見せるマリを見て、ここに来た意味を知る。
天音くんを守るためにおじさんは生きていた。
右も左も分からない。
こんな悍ましい世界で。
おじさんがいた意味は天音くんを守るためだった。
体が痙攣し始めてるのがわかる。
もう時間がない。
最後に見せる。
「……ぶぅうたぁあじぁあなぁあいぃいー!!モォオリいいやぁあまぁダァぁあぁあああああああー!!!」
感覚はない。
なくても腕を伸ばす。
マリが「ひっ!」と叫ぶ声が耳に聞こえた。
こんなおじさんでも最後は――
「水魔法《巨兵の大砲》」
ズドン!!
音が激しく響いた。
「モリケン!!」
なにが?あった?
体に痛みはない。
[スキル:不屈の精神 習得]
不屈の?精神?
思考が追いつかない。
「なんで……吹っ飛ばないのよ⁈ブターーーーー⁉︎!」
何が起こったかはわからない。
それでも腕を伸すのをやめない。
赤く染まった視界でマリの頬に手が当たったのを確認した。
「うわーーーー!!!よくも!!よくもーーー!!!水魔法《巨兵の大砲》」
ズドン!!
再び音が響いた。
視界が飛ぶ。
景色がぐるぐる回る。
何が???
「モリケーーーン!!!」
天音くんの声が聞こえた。
赤く染まった視界がだんだん真っ暗になっていく。
やられたのか?
感覚のない頭を動かす。
天音くんが駆け寄ってくる姿が見える。
「ざまーーー!豚が!!豚の死だけで勘弁してやる!ワタシにはエルフを全滅させる任務があるから!!これは逃げじゃない!!任務の為だから!!水魔法《波乗り》」
何かを叫んでいるマリがこの場から逃げるように波に乗って視界から消える。
「モリケン!!!」
天音くんの顔が近い。
守れた。
何も役に立てなかったおじさんが最後は天音くんの役に立てた。
本当に良かった。
おじさんのこれまでの人生は……このためにあった。
おじさんの人生に悔いは……微塵もなし。
「モリケン!!!返事しろ!⁉︎」
視界が真っ暗になっていく。
新道くん……すまない。
遠山くん……すまない。
大活躍すると言って、何も出来なかった。
でも天音くんは守ったぞ。
……新道くんたちと一緒に……帰りたかった。
視界は完全に真っ暗となる。
真っ暗な光景の中、自分の棲む家や近所の光景が見える。
家から出て来た曾祖父や曾祖母の姿が見える。
なんでここに?
……迎えか。
そおいうことか。
今までは残念な姿しか見せられてこなかった。でも今は違う。おじさんは胸を張って会いに行ける。
「モリケン!!!」
天音くん……君を守れて良かった。
どうか新道くんたちのこれからに……幸あらんことを。
おじさんは若い頃の姿になったのに気づき、家の前で待つじいちゃんたちの元へ走った。
[称号:他者の為に死す者 獲得]
[称号:天に昇りし者 獲得]
[称号:転生の機会を得た者 獲得]
マリという女性と刀を交えるつもりだったが、マリーは守山に目をつけた。私が斬りかかったところで、もう1人の男――ラージ・テンカムト――に邪魔をされるだけだと予測した。
私は標的をマリーからラージに切り替え、焦げた大地を踏みしめる。
相手は新道クラスの強さだ。
最初っから全力で行く。
大地を蹴り、
「お前の相手は私だ」
ラージとの距離を縮地させる。
一瞬で懐に入った私を見て、ラージは少し目を大きく開けた。
まぁー見えているよな。
暗黒刀を1秒も無駄にすることなくラージ目掛けて振るった。
ガキィン!
暗黒刀がラージの体に当たるよりも、もっと早くラージの持つ刀に防がれた。
「っ!」
私は一歩後ろへ瞬時に後退する。
あの場にいれば、間違いなく斬られていた。
ラージは俺が懐に入った瞬間、両手にはまだ何も握ってはいなかった。刀を持っていることさえも暗黒刀と接触するまで気づけなかった。
どこからあの白い刀身の刀を出した?
ラージを見据えながら全身の何処かにあるであろう鞘をくまなく探す。
ない。
どこにも鞘がない。
じゃーどうやって前触れもなく刀を抜いた?
ラージの姿を見て考えても、答えは一向に出ない。
暗黒刀を握った右腕の毛が逆立つ。
敵は強い。
新道クラスなら尚更ヤバイの一言で置き換えられる。
ここ数年、毛が逆立つことは1回もなかった。幼少期から剣道全国レベルの試合に参加した際に何度かあったっきり、それ以降はない。それもこれも日本で負けなしの3年連続連覇をした頃からだ。私を連覇者と呼ぶ者たちが増えた頃から私を倒せる者は誰1人いなくなり、私に緊張感が走る戦いを肌で体感させてくれる者はいなくなった。
それが今では何度も逆立つ。暗黒騎士との戦いやネクロマンサーたちとの戦いでもそうだった。
今目の前にいるラージ・テンカムトもまた私をここまで体感させてくれる。
こんな緊張感が孕んだ戦いを人生で一度でも味わえれば良い方だ。それを私はこの見知らぬ場所で何度も味合わされ、更に自身を高みへ昇華させて強くしてくれる。
剣士にとって、これほど良い環境はない。
私はラージが刀を出した原理を考えるのをやめ、暗黒刀と共に踏み出した。
♦︎
俺は今いた場所から大きく飛ばされた。勢いを殺せずに空中で何度も回転した挙句、地面に何回何十回と転がり続けた。どのくらい転がされたかはわからないが、勢いを完全に殺しきった俺は地面に倒れたまま動けない。
「いてててっ」
目が回っている。
やばい。立てない。
立ちくらみまでして立ち上がろうとしても、足に力が入らない。
くそっ!
地面に倒れて動けずにいる俺の元にゆっくりと近づいてくる人影があった。
誰だ?
さっきの奴か?
視界はぐるぐる回る景色を見せ、全く人影が誰かも容易に確認できない。
「お前あの中で一番強いだろ?」
声が聞こえる。
さっき俺を殴ったフリーの声だ。
視界が定まらない俺は目を閉じ、
「ああ。そうだ」
フリーの言葉を肯定する。
「なら立て。あんな一撃で終わるたまじゃないだろ?」
おい、無茶苦茶なことを言う奴だな。
くそっ!
目を開けて視界を確認する。
先程と比べて安定している。
不死身の特性ってやつか。
これならいける。
さっきまでは足に力を入れられなかった。でも今は違う。しっかりと地に足をつけ、立ち上がる。
「ああ。この通りな」
俺は漆黒スーツに着いた汚れを叩き落とし、
「今度は俺の番だ!」
全力で地面を蹴った。
蹴った地面は土煙を上げる。
少し離れた先にいるフリーはまだ目を動かさない。
いける!
右手の拳をフリー目掛けて振るう。
「……その程度か」
「ぐぁああああああっ!!!」
直後、激しい痛みが右腕に走る。
な、なにが⁉︎
俺は痛みに耐えながら右腕を見る。
っ!⁉︎
そこに右腕はない。
元々あったはずの右腕がどこにもない。
「ぁぁあああああ!!!」
振るったはずの右腕はどこにいった?
頭の思考回路が追いつかない。
「こんなものか」
フリーは地面に膝をついた俺に何かを投げ渡す。
まじかよ。
もう何も言葉が出ない。
地面に転がったのは俺の右腕だ。
こいつは俺が振るった右手を俺が気付けない速度で切り落としたんだ。
何が何だか理解出来ない。
だが、目の前にある右腕を見て痛感させられる。
俺はこいつよりも弱い。
俺はこいつに勝てるのか?
地面に転がった右腕が消える。
直後、右腕から走った痛みが消え去る。
「……なぜある?」
フリーの声が真横から聞こえた。
ばっと真横を振り向く。
膝を組んで俺の右腕をじっくり見るフリーの顔がそこにある。
「……お前面白い」
直後、再び右腕から痛みが走った。
「ぐぁああああああっ!!!」
「右腕の次は左腕」
動けなかった。
右腕からの痛みが走ってすぐに左腕からも激しい痛みが走る。
「ぁぁあああああああああああああ!!!!」
痛みに負けて地面に倒れこむ。
「おいおい。まだ倒れるのは早い」
フリーは俺の右腕と左腕を地面に放り捨てる。
「どうやって生えたのか確認しないとな。そもそもお前……人間か?」
「ぁあぁあああああああああああああああああああああ!!!」
俺の首根っこを掴んだフリーは空いている片手で体を貫き、刺した片手を抜き、再び貫き抜くを何度も高速な動作で繰り返していく。俺の体はトンネル工事でもされてるかのごとく、穴をいくつも開けられては塞がりを続ける。
「グッツゥアァアァあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
強烈に走る痛み。
痛みに耐えきれない俺は口から血を吐き、鼻からは血をだらだらと流し、プッツンと糸が消えるように意識を失った。
♦︎
刀と刀が軋めきあう。
「なかなかやるようだ」
相対して戦う敵――ラージ・テンカムト――が初めて口を開いた。
「そちらこそ、なかなかの腕前だ」
「聞いてもいいか?」
「戦いの最中にか?」
「そうだ」
ラージの涼しそうな表情を見せられ、まだまだ力を出し惜しみしているのかと悟らされた。
「余裕だな」
「そうでもない。お前は俺と同じ実力を持っていれば、俺とて話す暇はなかっただろう」
ラージは私の目を真剣な眼差しで見つめてくる。
調子が狂うな。
「それは嬉しい限りだな。で、何を聞きたい?」
「お前たちは見たところ、エルフではない。エルフではない人間がどうしてこの場所にいる?」
「あぁ、それか。少し訳ありでな。我々はエルフを守らなければならない理由があるんだ」
「理由?それは己自身の命を賭けるほどの大義なのか?」
「大義……なかなか面白い言葉を言ってくれる。そうだ!我々はエルフを守るために命を賭けてこの場にいる。もちろん我々の仲間全員な」
「そうか。そうなのだろうとは戦ってる最中からお前の目を見て分かっていた。……実に惜しい。今からでも此方側に来ないか?」
「何を言っている?」
「俺たちもまたバムバロス帝国の大義の為にここにいる。お前が今この場でエルフを守るのをやめてしまえば、俺がお前を斬る意味はなくなる。俺との実力が離れていても、ここまで己の剣術だけで俺と渡り合える相手は見たことがない。お前と刀を合わせ、直感したよ。お前なら俺の実力にすぐに追いつく。そして遥か高みへ登れると……そんな逸材をこの場で殺すのは実に惜しい。大義の為に斬るべき相手はエルフだ。お前ではない」
「……何をぬかすかと思えば、私はな自分で選んだ道を途中で変えるほど弱くはない!」
「本当にいいんだな?」
「すまないが私は仲間と一緒にエルフを守ると決めた!男に二言はない!」
「そうか。残念だ。お前を殺さねばいけないことが本当に残念だ。一緒に戦う未来があったかもしれないというのに……本当に残念な回答だ!」
話し合いが決裂し、ラージは今までになかったほどの力を体全体から放出し出す。
「くっ!」
力と力のぶつかり合いになれば、まず間違いなく押され負けるのを分かっている。
私は後ろへ後退し、追いすがってくるラージと斬撃を繰り広げる。
♦︎
「久しぶりじゃのー」
見覚えのある白髪の女が俺を見上げて声をかけてくる。
「……俺は……」
「お主はまた死んだのじゃ」
その言葉を聞き、フリーにやられた記憶がフラッシュバックして思い出されていく。
「ぁあぁあぁああああああ!!!」
ないはずの痛みが記憶から呼び覚まされ、痛みが全身に走る。
呼吸ができない。
嗚呼、痛い!痛い痛い!痛すぎる!!
「落ち着け」
過呼吸に陥りそうになる俺の震える体を女は優しく摩り始める。
「ぁあーぁあーあぁあ!」
「この場にお主が受けた痛みなどない。落ち着くんじゃ!」
背中をドンと足蹴りされ、背中から痛みが強烈に走る。
あれ?
痛みがない?
全身からの痛みが……消えた。
「不思議そうな顔をしておる。痛みが消えたなら、ゆっくりお主のペースでいい。落ち着け」
「……はぁーはぁー」
「いい調子じゃ」
落ち着いた俺を見た女は俺の真正面に座り込む。
見覚えのある女の顔を見て、ここがどこかを思い出す。
そうか。俺は……。
「……また俺は……死んだのか」
「あぁ、死んだ。本来ならすぐ復活出来るんじゃが、お主はそれを拒否したじゃろ?」
「……拒否?」
「そうじゃ。お主はあの男に負けるのが怖くて逃げたんじゃないのか?」
フリーの顔が頭の中に浮かぶ。
「――っ!」
「わかりやすいのー」
「笑いたければ笑えよ」
「妾はお主が負けたからといって笑いはせぬ。お主だけに限らず、誰だって一度や二度負けるじゃろ?」
「……そう……だな」
「なんじゃ!まだ負けて挫けておるのか⁈はよ立ち上がらんか!」
俺の頭に両手を当て、くしゃくしゃと俺の髪の毛がぐしゃぐしゃになるまで撫でてくる。撫でるというか、髪を爆発させたいだけなんじゃ?
「……あんたって本当に……」
言おうとしてやめた。
言ったところで意味はない。
無意味だ。
「言う気力さえないか」
女は俺の頭から両手を退け、再び真正面に座った。
「ないよ。あんな強い相手に敵うわけない。あんただってそう思うだろ?」
「思わぬな!」
「なっ⁉︎」
「妾は不死身なんじゃ。死を恐れるなど馬鹿馬鹿しい。そんなに恐れるくらいなら一度の命の方が良かったんじゃないか?」
「……そうだよな。あんたは不死身だから死なんて怖くないよな」
女はその言葉を聞き、俺の胸ぐらを掴む。
「たわけが!妾も不死身になった当初は死が怖かったわ!」
「……嘘だろ?」
「ホントじゃ!妾も死は怖かったが恐れたりはせぬかったぞ!」
「……恐れたりはしたかった……か」
「そうじゃ。お主に今足りないのは恐れに勝つ勇気じゃろ!怖さは何度でも死ねば消える」
「おいおい無茶言うなよ」
「不死身の妾からのアドバイスじゃ。相手に恐れれば、不死身とて絶対に勝てぬ。だがのぅ!不死身だからこそ相手に恐れずに挑めば、どんなに自分よりも遥かな高みに踏ん反り返る輩にも勝てるんじゃ!それさえあれば、お主を負かした彼奴をこてんぱんに倒せる!」
俺の胸ぐらを掴んで、顔と顔が当たるくらい近くにいる女は瞳を赤くさせて力強く俺の負けて折れた心を再びくっつけ奮い立たせた。
「あんた凄いな。なんかあんたの言葉を聞いてたら体が燃えるように熱い。カッカッするくらいに激アツだ」
「最初っからその面にならんか!ばかちんがぁ!」
胸ぐらを掴んだ手を離し、女は俺のおでこにデコピンを入れる。
「いてっ!」
「不死身でも痛みはある。じゃがな、その痛みを恐れるな。痛みはやがて消えるものじゃ。痛かったから叫んでも良い。我慢しても良い。それを繰り返していくうちにお主も痛みに慣れるんじゃろー。今回のお主の敵は妾の見立てで言えば、かなり強い。お主が勝てる相手ではない。お主が……普通の人間であればな。お主は妾の血を受け入れられた器じゃ。もうお主は昔の自分とは大きく違うんじゃから胸を張れ!そして妾に見せろ!お主が彼奴に勝つ姿を!」
「あんたって人は……本当に不思議だ。挫けて動けなかった俺をここまでやる気にさせてくれる。死や痛みが怖くて逃げ出したくなる俺をここまで元通りに……いやあいつに殺される前の俺よりも更に強い心を持った俺に変えてくれる。ありがとう」
「妾が何を言っても変わらん奴は変わらん。お主が心の奥底で変わりたいと思い続けていたから妾の言葉を聞き、立ち上がれたんじゃ。じゃから妾のおかげじゃない。お主自身の力じゃ!」
女は真剣な目で言い、俺の胸に握り拳を作った左手を当ててくる。
「そうだな。俺自身の力も少しはあるかもな。あんたの言葉は8割以上占めてると俺は思うけど……えーっとあんたの名前!そう言えば、あんたあんたって言うばかりで名前を聞いてなかったよな。俺は新道千。あんたの名前は?」
「今更じゃな。妾はアイラじゃ。お主は新道千か。良い名じゃな」
「アイラ。アイラか!あんたの名前を聞けて良かった」
「もうあんた呼びはやめてくれんか。普通にアイラと呼んでよい。妾直々にアイラと呼ぶことを許す」
「わかった。今度からアイラって呼ばせてもらうよ」
「わかればよい。千よ、妾の精神世界と千の精神世界は妾の血を受け入れられた瞬間から繋がっておる。じゃからまた何かあれば、寝てる時にでも遊びに来い。妾はいつでも待っておるぞ」
「わかった。絶対に遊びにくるよ!本当にアイラには二度も助けられて本当に感謝してる。ありがとうな」
「もうそんな礼は良い。彼奴に勝てよ!さらばじゃ、千!また会おうぞ!」
♦︎
モリケン、あー言いながらも普通に走れてるじゃんか。
どうにかモリケンが逃げれる時間を稼ぎたいけど、あの子……強い。
僕の最初の弾丸を止めた時も、その弾丸を僕に当たるギリギリのとこで外れる弾道で返してきた時も、つくづく正確なコントロールと圧倒的な力を持っていることが分かる。
僕が今更攻撃したところで、歯が立たないのは重々承知して分かってる。
でもモリケンを見殺しにはできない。
あの場で出来る最善の一手は僕にはあれしかなかった。
負ける戦だとは僕自身分かってる。
僕がどう頑張っても、あの子に弾丸が当たるとは思えない。撃っても水で受け止められておしまい。それでもモリケンが逃げれる時間は稼いでみせる。
マリーへ速やかに弾丸を撃ち、すぐさま物陰に隠れるといった作業は僕には必要ない。
僕のスキル《生命探知》を使えば、敵の位置は把握出来る上にマリーから撃ち返した弾丸に狙撃される心配もない。
最初の1発放った際はスキルを使わずに撃ったことで、まんまとあの子に一杯食わされた。けれど、物陰に隠れた僕に攻撃は通らない。大木という分厚い壁が僕を守る限り。一方的な僕の攻撃が続くが遅れて弾丸がマリーによって撃ち返されてくる。
牽制かな。
牽制されたからといって、僕が引き金を引かない理由にはならないよ。
それを何度も繰り返し、モリケンの逃げる邪魔を一切させない。
僕の声を合図を皮切りにスケルトンスナイパーもまたマリーに攻撃を開始し始めたのはモリケンの逃げる隙を作るのに大きく貢献した。それなのに今では銃声の音は半分以上減っている。
あの子にやられたと考えた方がいいかな。
弾はまだまだある。
横に置かれた弾薬を確認する。
モリケンの姿が見えなくなったら僕も退却する。これは決して逃げじゃない。あの子に負けない為の逃げだ。
ここで無駄に命を散らすほど、馬鹿な思考回路は持ってない。
負ける戦なら負けなければいい。
負けずに前線を後退して、いずれ助けに来る新道や遠山さんを待つ。
2人のどちらかが来てくれたら、必ずあの子に勝てる。だから僕たちは負けない為の戦いをするんだ。
生命探知で、大木で隠れて見えない先の先を見る。
遠山さんとラージという敵が戦う姿が見える。どちらも一歩も引かない戦いをしてるように思える。
一方、新道は敵に負けてる。
2人が今すぐ助けに来れる状態じゃないのを確認し、僕は数秒の沈黙を破って再び攻撃を開始するのと同時に後退を始めた。
♦︎
「動かなくなったな」
こいつの体を何度貫こうが引き裂こうが瞬く間に治る。
俺は静かに空を見上げ、
「飽きた」
首根っこを掴んだ男を地面に放り投げる。
「お前弱いな」
声をかけても返事は返ってこない。
自分が立っている場所には大量の血が流れ落ちている。
男はこんなに血を流してるのに体は無事だ。だが心ここに在らずだ。
「もったいない。浮遊魔法《血集》」
地面の血溜まりを空中に浮かせ、1箇所にまとめあげる。
「こんな綺麗な純血の赤い血、あまり見ないことない。そのままにしておくのはもったいない」
男の血をペロリと味見する。
「あまーい。なにこれ、やばい。やばすぎる」
男の血は甘く濃厚な味がした。
こんなの初めてだ。
こいつは特別な血の持ち主だ。
男の血を全身に一気に浴び、俺自身の能力で体の疲れは一瞬にして消える。
力が湧く。
特別な血とあって神経伝達と血流の流れが普段よりも2倍になってる。
身体が熱い。今すぐ身体の内から込み上げる力を解放してぶつけたい。
「マリとラージのとこに行くか」
俺は男をそのまま放置し、マリたちの元へ向かおうとした。
その時、心ここに在らず状態だった男が立ち上がる。
「わぉ」
もう二度と立ち上がらない。そう確信してた。それなのにこいつは立ち上がった。
いったい何処から立ち上がるほどの原動力を得たのだろう?
頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
「あんたの相手は俺だ」
男の目には闘志が宿っていた。
さっきまで空虚な目をしていたのに。
何があった?
「お前まだ殺され足りないの?」
踏み潰したい。
湧き上がる力をぶつけたい。
まだ勝てると思える根本の芯をへし折りたい。
「ああ!」
男は何も策を考えずに俺へ向かってくる。
無策か。
本当にムカつくな。
こおいう無闇矢鱈と攻撃に来る奴は雑魚と相場が決まっている。
俺は男の顔面を渾身の一撃で砕く。
頭が割れ、地面に力なく倒れた。
4秒後頭が戻ると立ち上がり、殴りかかってくる。
邪魔。
殴ろうとする右腕を左手で切り落とす。
男は「ぁあぁあああああああ!!」と叫び、地面でのたうちまわる。
うるさい。
男の頭を足で砕く。
一瞬で静寂がやってくる。
そう思った3.99秒後に再び起き上がる。
うざい。
苛立ちが込み上げる。
完全に起き上がる前に男の腹に右膝を入れる。
「がはっ⁉︎」
両手で腹を抑える。それでも唇を噛み締めて諦めずに俺に向かってくる。
睨んだ目には闘志がまだある。
「なんなの?」
男が俺へ向かってくる闘志を何度も砕き、何度も踏み潰し、時には時間をかけて首を絞め、何度も生き地獄を味合わせて殺し、何度も引き裂き、何度も動けないほど全身の骨を潰して再起不能にしても再び起き上がってくる。
男の特別な血を浴びてから身体全体に込み上げていた衝動と湧き上がる解放感は、男を何度も殺していくうちに消え去った。
力は湧き上がってこない。
能力の効果が切れたのだろう。
血流の流れも神経伝達速度も正常通りに戻ってる。いや浴びる前よりも低下してる。オーバーワークだったか?
苛立ちもいつの間にか消えた。
「お前殺されたい志願者なの?」
全く挫けない。終いには何度殺しても起き上がっては向かってくる男へ問いたくなった。
何度も同じ人間を殺したのは、これが初めてだ。
こんな人間、俺は知らない。
知りたくもない。
もういい加減にしてくれとさえ心の奥底から強く思える。
「違う。俺はお前を倒すために立ち上がるんだ」
男は倒れた体を起こす。
「なんなんだ、お前?」
「俺はお前を倒すまで何度だって立ち上がってみせる」
男は両足に力を入れ、立ち上がる。
「馬鹿なのか?俺に1回も触れられないお前に何ができる?できるのは死んでも起き上がるくらいだろうが⁉︎」
男は右手を握りしめ始める。
「……そうだよ。あんたの言う通りさ、でもな何度も起き上がられば……いずれお前に拳は届く!」
男は地面を蹴った。
こいつの動きは見える。
はっきり見える。
それなのに反応が少し遅れた。
直後、俺は男の拳を顔面に喰らった。
♦︎
ラージとの実力差は大きい。
こちらがどう斬り返しても致命傷に至らない。
巨大な壁が立ち尽くすようだ。
この壁を打ち崩せなければ、エルフを守るという道は大きく遠く一方で、私はもちろん仲間たちの勝利はない。
話し合いの決裂以降、ラージの口は開かない。
ただ私を斬ることだけに集中している。
私が一つでも油断すれば、その油断が死に直結する。
隙あらば、ありとあらゆる箇所に攻撃をしてくる。
ラージの攻撃を受け、鎧は既に破損した部分まで出てきている。
この暗黒騎士の防具一式を身につけていなければ、完全にお陀仏だった。そう痛感されられる。
私は今崖っ淵に立たされてるようなものだ。
ラージとの実力差さえなければと何度も心で思いつつ、実力差を埋めるには剣術面でカバーするしかないと強く思う。
頭で思考を張り巡らせ、ラージと斬撃の打ち合いを続けている最中、
「火魔法《纏刀》」
再び口を開いたラージの刀の白い刀身が赤く燃え上がる火を包み込み、赤く染まる。
ガキィン!
「――なっ⁉︎」
ラージの刀を受けきった暗黒刀の刀身が一部欠ける。
何が起きたのか理解しようとする私を疾風怒濤の乱撃で一切考えさせる暇を与えてくれない。
「っ!」
このままではまずい。
ラージの刀を受けきる度に刀身が欠けていき、ボロボロになっていく。
暗黒刀の心配をしてる暇もないラージの攻撃を受け、押されるがままに後ろへ後退させられる。
どんどん退路がなくなっていく。
まずい。
考えるんだ。この状況を切り抜く秘策を。
♦︎
やった!届いた!
「届いたぞ!」
俺は叫ぶ。
フリーは仰向けで地面に倒れた。
「……馬鹿な……」
今の状況を理解したくない雰囲気だ。
フリーは顔面に手を当て、
「……血が……俺の血が⁉︎」
鼻から流れ出る血がついた手を見る。
「……許さない……」
ふらふらと立ち上がり、フリーは今までに見せたこともない狂気の目を俺に向けた。
一瞬で背筋が凍る。
「……血の匂いでわかるだろ、チー様!」
フリーは叫ぶ。
チー様?なんだそれ?
「呼んだでしゅか?」
声が聞こえた。
声がした方向は空だ。
俺が空を見上げた瞬間、巨大な瓶が空から降ってきた。
ドン!
地面を揺らすほどの衝撃をもたらして着地をした巨大な瓶。
「呼んだ」
さっきまでとは違う柔らかい声。
棘が一切ないフリーの声を聞き、フリーのすぐそばに着地した巨大な瓶が敵だと認識する。
「フリー、君がボクを呼ぶとは何年ぶりでしゅかね?」
「そんなのは今はいい。俺にエルフ族の血を」
「仕方ないでしゅね。でもいいのでしゅか?全滅させるまで使わないと言ってたエルフ族の血を使って」
「こいつを倒すためだ」
フリーが俺を指差す。
巨大な瓶いやチー様というのか。
チー様は俺を見て、
「あいわかったでしゅ」
一言答える。
チー様の蓋が勝手に自動で開く。
チー様の中には赤い色の液体が入ってる。
あれはなんだ?
液体の一部が浮遊して、チー様から外へ出る。
液体は浮遊し、フリーの元へ辿り着くと傷を負った顔に付着し瞬く間に蒸発した。
「なっ!⁉︎」
フリーの顔に一撃入れた際、鼻から鼻血が出ていた。それなのに今では鼻からは何も垂れていない。まるで最初っから血が流れてなかったように綺麗な顔になってる。
「お前と似たようなものだ」
フリーはそう答え、浮遊した液体を全身に付着させて瞬く間に蒸発させた。
「もう遊びは終わりだ」
口の前に浮遊していた液体を口の中へ放り込み、ゴクッと飲み込むと狂気の眼差しを俺に向けた。
くそっ!
そんなのありかよ⁉︎
俺が見据えていた先にいたフリーの姿はあっという間に消えた。
辺りを見渡すも確認出来ない。
俺の目には見えない速さで動いてるとでもいうのか?
目で終えない俺を笑うようにフリーが唐突に俺の目の前に姿を現した。
「これが本気だ!」
フリーの目を見て、死を直感する。
くそっ!
「あがっ⁉︎」
フリーの左手が俺の顎を粉砕し、そのまま頭を弾け飛した。
「もうどんなに泣け叫ぼうとやめない。死と絶望を存分に味わえ!血装術《血で血を洗う機関銃》」
フリーは俺の回復を待たずして、全力で握られた両拳で連撃を放ってくる。フリーの両手から大量の血が流れ、俺の血が飛び散っているのかフリーの血が流れているのか分からないほどに連撃はいつまでも続いた。
痛みが何度も俺の体全体を走り、視界が真っ赤に染まったまま回復が一向に追いつかない。そしてプッツリと意識が飛び、再び体全体が無傷の状態で復活する。だがコンマ数秒で瞬く間に体全体がフリーの両拳で破壊される。それを何回何十回何百回と繰り返される。
[スキル:痛覚耐性 習得]
[スキル:恐怖耐性 習得]
[スキル:思考維持 習得]
もう痛みに慣れた。
死に対する怖さもない。
アイラが言っていたことはこおいうことだったのか。
痛みが走る中、俺は通常通り思考が出来るほどになっていた。
フリーの目は今もなお狂気が宿っており、この猛攻がいつまで続くのか分かったもんじゃない。
フリー自身の体力切れを待つつもりでいたが、あのチー様と呼ばれる巨大な瓶が放出される赤い液体たぶん血だろう。それがフリーの体全体に触れて蒸発すると疲れが飛んだように緩み始めた攻撃が力強さを取り戻し、猛攻が再び繰り出される。
そのサイクルが繰り返され、チー様の中にあった血は残り3分の1まで来ていた。
あの血が全部切れれば、俺に勝機が見える。
逆転劇はそこからだ。
♦︎
数秒後、豆電球が光るようにピカンと頭の中で閃く。
そうか。私には剣術以外に戦う術があるではないか。
「火魔法《火球》」
魔法使いとの戦いで得たスキル《火魔法》をラージに向かって3連弾で放つ。
ラージは1弾目を刀で弾き、2弾目を体で受け、後ろへ強引に引き下げられ、3弾目は刀で再び斬った。
ラージの顔には困惑があった。
「まさか、お前も魔法が使えたのか」
この戦いで3度目の口を開いたラージの言葉を耳にした。
「そうだ。私もこのように魔法が使える。火魔法《火球》」
「1度目は驚いたが2度目はさすがに喰らわんぞ!」
先程と同じく火球を3連弾放つが、ラージは3弾全てをその手に握る刀で見事斬ってみせた。
「……だと思ったよ。それは時間稼ぎに過ぎん。火魔法《纏刀》」
私は見よう見まねにラージが使った《纏刀》をその場で発動した。
使えるか使えないかは私自身わからない。使える保証もない。だがこれに賭けるしかなかった。
[スキル:火魔法 LV3→LV4 UP]
「それまで使えるのか⁉︎」
ラージが叫んだ。
その叫びと脳内の声を同時に聞き、私自身の賭けが成功したことを決定的に裏付けた。
土壇場で思いついた策が上手く機能し、私の持つ暗黒刀の黒い刀身全体を赤く燃えた火が纏う。
これで刀身が欠ける心配もなくなった。
これならいける!
「さぁ戦いの続きを始めるとしよう」
♦︎
やばい。本当にやばい。
こいつに死と絶望を与え続けるためだけにチー様に保管していたエルフ族の血を使う羽目に。
血、血、血がほしい。
ありとあらゆる血が欲しい。
血を集めるために色んな仕事をしてるが、今まで手に入る事が叶わなかったエルフ族の血を手に入るなんて本当に夢物語だ。
エルフ族とうちのバムバロス帝国が戦争してる話は聞いていた。戦争になった場合、俺たちよりも階級の低い兵士たちが先に戦地へ向かう。俺たちが戦争へ出る幕なく終結するだろう。そう残念に思っていたものだ。だがエルフ族は国王を怒らせるほどにうちのバムバロス帝国の兵士を完膚なきまでに倒した。その甲斐あって今回エルフ族を全滅させる任務が国王自ら頼まれた際は喜んだものだ。これでまた新たなコレクションが増える。そう思っていたのに……こいつが俺にコレクションで保管するはずの血を使わせた。許せない。許すことはできない。
死と絶望を味わえ!
泣き叫ばないが今どれほどの苦痛をこいつは味わっているのか。考えただけで寒気がする。俺とチー様の掛け合わせがなければ、俺はこいつをここまで殺すことはできなかっただろう。
俺の能力《血喰い》は俺以外の者の血なら誰であってもいい。血を喰い吸収することで俺の肉体と骨は最高値まで復元される。人間以外の血であれば、本来の最高値から数倍と数値は跳ね上がる。今回初めて吸収したエルフ族の血は俺自身の攻撃力を数倍膨れ上がらせるおまけ付きだ。
こんな美味しい特典付きなエルフ族の血を正直使いたくない。使いたくなくても目の前にいるこいつは何度殺しても復活する。だから使う以外の選択肢はない。
本当に相性の悪い相手だ!
それにしても、こいつ……最初に会った時は髪の毛……黒だったよな?それなのにこいつ……ほとんどの髪が白一色に変わってやがる。
これは死んで復活する代償ってやつなのか?
「フリー、もうすぐ血が尽きるでしゅ」
チー様が残量の残りを伝えてきた。
「早い。血を集めるだけでも大変だっていうのにこいつのせいで全部使い終わるとはな!」
全身の疲れが消える度に血が減ってるのを考えると本当に凹む。
全部こいつのせいだ!
怒りを両拳にのせて、男の再生しきった体を粉砕し破壊する。
チー様の能力《血収集》はチー様の所有者である俺が殺した相手の血を瓶に集めるという単純な能力だ。
その能力だけでもありがたいというのにチー様は瓶に命が宿った存在だ。
チー様は自分で瓶を思いのまま動かせ、空だって自由に飛べる。俺とどんなに離れた距離にいても俺が声を出せば、その声を直で聴ける。そんなチー様と俺が力を合わせれば、最強だ。
♦︎
火魔法《纏刀》を発動した私の暗黒刀はラージの刀と再び接触し、刀同士のぶつかり合いを何度繰り返しても刀の刀身が欠けることはなかった。
刀が欠ける心配は払拭された。
あとはラージとの実力差を長年培ってきた剣術で埋める。
ラージの表情は堅い。
今どんな感情を内に秘めているのか全く読めない。
「はぁーーー」
刀と刀の斬り合いを続けていくうちにラージが長い溜息を吐いた。
私との戦いに飽きたのか?それとも戦いを早く終わらせるつもりが、ここまで長引くとは思ってなかったと見るべきか?
ラージは初めて自ら後方へ飛ぶと、
「ここまで時間がかかった相手は久しぶりだ」
刀を握った腕を下ろした。
「何がしたい?」
刀を下ろす意味がわからない。
何を狙ってる?
「見ての通りさ。俺は長時間の持久戦はあまり好きじゃない」
刀を握ってない方の手で頭をくしゃくしゃかき上げ、ラージは面倒くさそうな様子を見せる。
プラフか?
「よくそれを敵である私に言えるな。みすみす自分から弱点を晒すなんて信じられないな」
「弱点か。ただ俺は持久戦が好きじゃないだけでやろうと思えば、とことんやれる。でも好きじゃないから好き好んでやるつもりは毛頭ない。だからお前の言う弱点には入らないと思うぞ」
「確かに好きじゃないからやらないなら弱点ではないな。なかなか変わっているな。目の前に敵がいるのに攻撃を中断する相手は初めてだ」
「そうか?俺はやめたくなったら、その場でやめる。ちなみにやめたくなったのは久々だ。お前、本当によく頑張ってる方だ。ここまで頑張られたら本当にお前がますます欲しくなるよ」
「そうなのか?私の剣術は意外に通用しているようだな。だが通用してるからといって油断は見せない。いつ攻撃してくるか分かったもんじゃないからな。私が欲しければ、力づくでやってみろ」
「力づくでやってみろ……か。つくづく俺の好きなタイプだ。剣術も見たことのないものばかりで面白い。お前と一緒に毎日訓練に励めば、お前の剣術の全てを知れるというのに……本当に残念で仕方ない。そこまでエルフを守るだけの価値がお前にはあるのか?」
「ある!私は初めてエルフに会ったが彼らは人間と同じで普通に暮らしてるだけだ。お前たちが戦争を仕掛けていい相手ではない。何故それをお前たちはわかろうとしない?」
「戦争を仕掛けたのは此方だ。しかしバムバロス帝国の王が言った言葉は絶対だ。誰かが拒否出来るものではない。エルフがどんな生活をして、どのような性格かなどは俺には関係ない。知ろうとも思わない。知れば、情が芽生える。情が一度芽生えれば、殺すことが難しくなる。俺はそれを知っているから知るつもりは一切ない。お前がどんなにエルフのことを俺に伝えようと聞く耳は持たない。なぜなら俺たちもまた王自らの頼みでここにいる以上、必ずエルフを全滅しなくてはいけないからだ!」
「それが答えか。確かに知れば、戦争なんてもの自体起きていない。知っているか?この島に住むエルフがどうして貴様の国と戦争になったのかを!」
「あぁ、知ってる。エルフと貿易をする契約を交わしたのに関わらず、エルフが契約違反をしたんだろう?」
「そうだ。だがそれは間違いだ。貿易の契約を交わしたエルフは族長であったがエルフ全員に相談を持ちかけて話し合ったわけではない。独断でやったことなんだ」
「……独断だとしても自業自得だ。そんな者を族長にしたのはエルフ達だろう?だったら族長に選んだエルフ達もまた責任があるんじゃないのか?違うか?」
「……そう言われたら返す言葉はない。しかしそれでも戦争を起こしていい理由にはならない。あろうことか1度ならず2度までも戦争を仕掛けて、再び3度目の戦争をしてくる貴様の国がおかしいんではないか!」
「俺たちの国は特殊なんだ。勢力拡大を広げてくうちに負けたら最後まで勝たないといけない。そおいうレールにうちの国は乗っているんだ。もうレールを外れる事も行き先を変える事も、国の国王が変わらずしては不可能。この島は我らバムバロス帝国の勝利ならずには戦争はいつまでも終わらない」
「それは貴様の国の話だ。そのレールとやらにエルフ族を巻き込むな!巻き込まれた方はたまったもんじゃない」「お前の言い分はわかる。痛くわかる。それでも俺は王の頼みを遂行しなくてはならない!俺は三本の絶対矢の一本なのだから!」
「やはり言葉で話しても通じないようだな。こうなったら最後は刀でどちらの正義が正しいかを決めるまでだ!」
「正義なんてものは俺にはない。俺がやっていることが正義とも思わない。それでも俺たちが正しいと証明させるにはそれ以外に方法はないようだな!休憩は終わりだ。最後の決着をつけるぞ!」
「私は決して負けない!」
直後、どちらが正しいか証明するために両者は激突した。
♦︎
俺は何千回も殺された。
殺され続けて、やっと俺のターンになった。
チー様の中にあった血は既に一滴足りとも入っていない。
そして今この場にあるのは、ただ純粋な殴り合い。力と力をぶつけ合う拳と拳での殴り合いだった。
俺がフリーを殴れば、フリーが俺を殴る。どちらもかわしたり避けたりをしない。相手が振るう拳を全力で受け止めるだけだ。それを何発繰り返しただろうか。もう10発目を超えた時点で数を数えるのはやめた。
フリーの目にはまだ狂気が宿っている。だが最初の頃よりもだいぶ弱くなっている。もう俺に対しての怒りは薄れ消えているのかもしれない。
俺とフリーは殴り合いを続けた。どちらかが倒れるその寸前まで。どちらに軍配が上がるかは誰が見ても明白だった。体力が徐々に切れ始めるフリーと無尽蔵と思えるほど体力の衰えを感じない俺。俺自身が第三者として2人を見たとしても、絶対に俺が勝つと思うだろう。
足に力が入らなくなったフリーの拳が俺の頬をかする。フリーの目には力はもう宿ってはいない。
もう決着をつけよう。
目の前で足に力を入れられずにいるフリーは両拳をグーパーさせ、両手が痺れているのが窺える。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
肩から息をするフリーの額は汗だくで、銀髪の髪も豪雨の中にいたかのようにびっしょりずぶ濡れだ。
完全に体が再生したのを確認し、
「今度は俺の番みたいだな」
疲れきったフリーに言った。
「はぁはぁ……お、お前……まだ……はぁはぁ……」
フリーは俺の目に宿る闘志が消えてないことを自分のその両目で確認した。
「もう息するのがやっとかよ」
「……はぁはぁ……」
俺は右手を強く握りしめ、拳を作る。
フリーは俺の右手を見て、次に俺が行う行動がなんなのかを悟った。
「あんたがどんなに強かろうが俺には関係ない。体力切れのあんたの負けだ!」
「――がはっ!⁉︎」
地面を力強く踏みしめ、フリーの頬に重い一撃を喰らわせ思い知らせた。
地面に倒れ伏したフリーの姿。それを見たチー様が「フリー!」と叫び、俺からフリーを庇うように俺とフリーとの間に割って入ってくる。
「なんかこおいう展開だと俺が悪者みたいに思えてくるな。でも俺はフリーに何千回も殺された。俺にはそいつを殴る権利がある。チー様そこを退いてくれ」
顔に手を当てる。
今誰かがここに来て、この状況を側から見たら絶対に俺が悪役だな。
「フリーを殺すつもりでしゅか?」
チー様には顔が付いてないから感情を汲み取れられないが、声から察するに俺が殺すと言ったら絶対に退かないだろうなと予測する。
「そこはフリーが諦めてくれるなら殺したりはしない。俺も人間を殺そうとは流石に思わないからな。あとあんたを攻撃しようとも思ってない」
「信じていいでしゅか?」
「信じるも何も俺が残忍な奴だったらもう既にチー様を破壊してでも殺しにかかってるだろ?」
「……言われてみれば、そうでしゅ」
「だろ!だからチー様が説得出来るならフリーを説得してくれ。ここのエルフ達は1人の族長が勝手にあんたらの国と契約を結んだことが事の始まりであって、ここに住んでるエルフ全員が契約を交わしたわけじゃないってな。そしてフリーが諦めると言ったら次はあんたらの国の王様にもう二度とここに来るなと伝える。これ絶対条件だ」
「わ、わかったでしゅ」
「じゃー俺はここで座って待ってるから、フリーを起こして説得頼む」
「わかったでしゅ。ありがとうでしゅよ」
その後、目を覚ましたフリーを必死に説得するチー様の後ろ姿を見つつ、フリーが何度もごねる姿を見た。
あいつ、ごねたりするのかよ。
少し口元を緩めて笑うとフリーが俺を指差して、「笑うな!」とガミガミ言ってくる。
フリーって意外に話す仲なら仲良くなれそうな奴だな。
チー様が必死に説得した事で、フリーは説得に応じた。
「今回は俺の負けだ。負けたからには勝った奴の言うことくらいは聞いてやるよ。だからお前の絶対条件のんでやる。それでいいんだろ?」
フリーは座ったまま、俺の目を見て言った。もうそこには狂気も怒りもない。あるのは戦った相手に敬意を払う眼差しだけだ。
「ああ。それでいいよ。絶対にフリーあんたらの国の王様にここに来るなと言えよ!絶対だぞ!」
「わかってる。それも含めてのんでやっただろ。のんだからにはもう二度とエルフ達とは戦争をしない」
「じゃー約束だ」
俺はフリーの元へ歩いて近づき、フリーの前で膝をつくと右手を前に出して小指をピンと立たせる。
「なんだこれ?」
右手の小指を見て、何をしたいのか分からないフリーの様子を見て、約束の仕方を知らないんだなと気づく。
「フリー右手を出して、俺と同じように小指を立てて」
「こうか」
「そうそう。そしてこーする」
俺とフリーの小指が絡まる。
「俺とフリーの約束だ。絶対に破るなよ」
「わかってる。約束だ」
俺たちの指切りをチー様が見届け、
「ではマリとラージに伝えに行きましょうでしゅ」
エルフ達との戦争を止めることを2人へ一刻も早く伝えに行こうする。
「大丈夫か?」
まだ立ち上がる体力がないフリーを見て、俺は手を差し伸べる。
「すまない」
フリーは俺の手を払い除けず素直に掴んだ。
敵だったフリーとはたくさん殺されて殴り合ったけど、最後はちゃんと話をすれば通じあえるんだ。
他の2人もフリーみたいに通じ合えるはずだ。口は話すためにある。お互いが自分の思ってることを話し合えれば、きっと大丈夫。それで難しい時は殴り合ってでも分かり合わせる。
俺はそう強く思い、遠山達の元へ向かうのだった。
♦︎
[称号:逃走者 獲得]
[称号:ヘタレ 獲得]
[称号:愚者 獲得]
とうとうここまで逃げて来てしまった。
周りの風景はほぼ変わらない。
銃声の音も聞こえない。
誰かが戦ってる声も聞こえない。
完全な安全地帯に辿り着いた。
「つ、つかれた」
長い時間走って脚が重い。
地面にどっこいしょと座り込む。
「天音くん大丈夫だろうか?」
頭から吹き出す汗を拭い、マリと交戦する天音の心配を始める。
「……天音くんのことだ。……大丈夫……なはず」
丸眼鏡が汗で曇る。
眼鏡を外し、眼鏡を拭く。
「天音くんは強い。何も出来なかったおじさんよりも……きっと大丈夫」
拭いた眼鏡を再びかけ直す。
「天音くんなら……絶対大丈夫!」
自分で自分に言い聞かせる。
「……絶対か?……天音くんは……本当に大丈夫か?」
言い聞かせながら疑問に思う。
あのマリに初めて攻撃した際、攻撃は通用していなかった。
「……通用しない攻撃を……天音くんが続けて……大丈夫なわけない」
気づく。
攻撃が通用しないマリにどう攻撃したとしても、勝てるはずがない。
「……いけない!」
重たい足を鞭打つように立ち上がらせ、
「……いかないと……天音くんを……助けに!」
銃声が次第に遠くから聞こえ、銃声を放つ誰かが此方へ向かって来ている音を耳にする。
「……あの音は天音くんだ!」
震える足。
震える手。
この先へ進みたくないと叫ぶ心。
頭を左右に激しく振る。
「……ここで大活躍すると言ったおじさんが行かないで……誰が天音くんを助けに行くっていうんだぁあーー!!」
恐怖を振り払うように叫んだ。
叫ぶことで動き出す足。
まだ若干震えてる。
それでも動かないわけにはいない。
また止まれば、恐怖が後ろから迫ってくる。
次捕まれば、もう動くことはできない。
助ける。
助けてくれた天音くんを次はおじさんが――
「助ける!!!」
腹から叫んだ。
叫びが音となって響く。
「モリケン⁉︎」
叫びは仲間の天音くんの耳に聞こえる。
天音くんはおじさんを見て驚いている。
そりゃ、そうだ。
「天音くん、助けに来たぞぉおーー!!」
武器なんてない。
助けに行ったところで足手まとい。
自分でもそう思う。
それでも助けに行かない理由にはならない。
助けられたら次は助ける。
「それが男ってもんだろぉおー!!」
天音くんの後ろから迫るマリの姿を捉え、再び腹から叫んだ。
「モリケン、逃げろ!」
「逃げないぞぉおーー!!もう弱い自分から逃げないと決めたんだぁあーー!!!」
「うるさい豚ね!水魔法《針雨》」
「モリケン!!」
天音くんを狙うように真っ直ぐ飛んでくる大量の針の粒。それを防ぐようにマリと天音くんの間に割って入る。
直後、全身を貫く痛みが走る。
「ぁあぁああああ!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
心の中で叫ぶ。
叫んだところで痛みは消えない。
それでも叫ぶ。
口からは痛みに耐えられない叫びが自分の意思とは裏腹に上がり続ける。
「うるさいって言ってるよね?豚!水魔法《針雨》」
再び同じ魔法を放ってくるマリ。
後ろには……天音くんが……。
「ぉおぁおぉおおおお!!!」
両腕を左右に広げ、天音くんが絶対に当たらないように庇う。
針の粒は一向に止まない。
身につけている錆びついた鎧がダメージに耐えきれずに砕ける。
完全にダメージを軽減していてくれた鎧を失ったことで、更に全身に受ける痛みは増す。
痛いぞぉおーー!!!!!
ちっくしょーー!!!!!
視界が赤く染まる。
体の感覚がなくなる。
それでも構わない。
「まぉぉるぅぅうんだぁああああああああ!!!」
「モリケン!!!」
後ろから天音くんの悲痛の叫びが聞こえる。
大丈夫。
天音くん。これはおじさんを助けてくれたお礼だ。
こんなおじさんと仲良くしてくれてありがとう。
おじさんだって……頑張ると決めたら頑張れるんだ!
「なにやばい。そんなにワタシの魔法を受けて立ってるとか、ありえないんだけど。根性の座った豚ね!」
「くぉぉぉぉおおおおおー!!」
感覚はない。
立っているかもわからない。
視界も赤くて見えない。
ただ言えるのは……天音くんを守れた。それだけた。
「モリケン!!」
「にぃいぃげぇえぇろおおおおー!!」
「そんなになってまで仲間の心配。もう豚終わってるから!なんで立ってるわけ!跪けよ!なぁー豚!!」
怒った顔をしてる。
あのマリが怒っている。
それほどまで敵意を見せるマリを見て、ここに来た意味を知る。
天音くんを守るためにおじさんは生きていた。
右も左も分からない。
こんな悍ましい世界で。
おじさんがいた意味は天音くんを守るためだった。
体が痙攣し始めてるのがわかる。
もう時間がない。
最後に見せる。
「……ぶぅうたぁあじぁあなぁあいぃいー!!モォオリいいやぁあまぁダァぁあぁあああああああー!!!」
感覚はない。
なくても腕を伸ばす。
マリが「ひっ!」と叫ぶ声が耳に聞こえた。
こんなおじさんでも最後は――
「水魔法《巨兵の大砲》」
ズドン!!
音が激しく響いた。
「モリケン!!」
なにが?あった?
体に痛みはない。
[スキル:不屈の精神 習得]
不屈の?精神?
思考が追いつかない。
「なんで……吹っ飛ばないのよ⁈ブターーーーー⁉︎!」
何が起こったかはわからない。
それでも腕を伸すのをやめない。
赤く染まった視界でマリの頬に手が当たったのを確認した。
「うわーーーー!!!よくも!!よくもーーー!!!水魔法《巨兵の大砲》」
ズドン!!
再び音が響いた。
視界が飛ぶ。
景色がぐるぐる回る。
何が???
「モリケーーーン!!!」
天音くんの声が聞こえた。
赤く染まった視界がだんだん真っ暗になっていく。
やられたのか?
感覚のない頭を動かす。
天音くんが駆け寄ってくる姿が見える。
「ざまーーー!豚が!!豚の死だけで勘弁してやる!ワタシにはエルフを全滅させる任務があるから!!これは逃げじゃない!!任務の為だから!!水魔法《波乗り》」
何かを叫んでいるマリがこの場から逃げるように波に乗って視界から消える。
「モリケン!!!」
天音くんの顔が近い。
守れた。
何も役に立てなかったおじさんが最後は天音くんの役に立てた。
本当に良かった。
おじさんのこれまでの人生は……このためにあった。
おじさんの人生に悔いは……微塵もなし。
「モリケン!!!返事しろ!⁉︎」
視界が真っ暗になっていく。
新道くん……すまない。
遠山くん……すまない。
大活躍すると言って、何も出来なかった。
でも天音くんは守ったぞ。
……新道くんたちと一緒に……帰りたかった。
視界は完全に真っ暗となる。
真っ暗な光景の中、自分の棲む家や近所の光景が見える。
家から出て来た曾祖父や曾祖母の姿が見える。
なんでここに?
……迎えか。
そおいうことか。
今までは残念な姿しか見せられてこなかった。でも今は違う。おじさんは胸を張って会いに行ける。
「モリケン!!!」
天音くん……君を守れて良かった。
どうか新道くんたちのこれからに……幸あらんことを。
おじさんは若い頃の姿になったのに気づき、家の前で待つじいちゃんたちの元へ走った。
[称号:他者の為に死す者 獲得]
[称号:天に昇りし者 獲得]
[称号:転生の機会を得た者 獲得]
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