上 下
268 / 276
第7章 大魔王誕生

Ver.3/第73話

しおりを挟む
『何が……起こったのでしょうか?』
 戦いが終わり、実況の困惑の言葉が宙に溶ける。
 確かに、不落魔王は倒されたはずだった。
 実際、チョコットの〈アイスブレス〉の直撃によって、HPはゼロになったのを、この場の、いや、画面の向こうでも確認したのだ。
 視線は、自然と隣で解説を務めるチーフプランナーに向けられる。
『えーと……。困りましたね』
 この大会に出てくるようなプレイヤーの情報は、定期的にスタッフ間で共有され、今後の開発運営の参考材料にしている。ただ、この辺の情報はディレクターには全て上げられることはなく、多くがチーフプランナーの彼女のところでストップしている。膨大な情報量だからということもあるが、単純に、安藤には向かない仕事だからである。
 だが、例外的に安藤にまで届けられるのが、ハルマの動向だった。最新の情報にアップデートして安藤に届けるのが、彼女の日課になっている。
 そのため、彼女は何が起こったのか理解している。
 あの時、〈アイスブレス〉によって倒されたのが、ハルマではなく、不落魔王の恰好をしていただけのNPCであることを。そして、そのNPCには、〈不死の術〉というパッシブスキルがあることを。
 本物のハルマは、いつもの不落魔王の格好ではなく、ただフードをかぶり、お面を付けていただけである。相手が、いや、自分を含めて、見ていたほとんど全ての者が倒れたNPCを勝手にハルマだと勘違いしていただけなのだ。
 この魔王は、多くの者がイメージしているよりも姑息な手段を使うことを厭わない性格なのだが、生じる結果が斜め上であるため気づかれていない。一方、そういった奇妙な部分が魅力的でもあることを、彼女も知っている。
 故に、そのまま説明するわけにはいかない。何とも解説者泣かせのことをしてくれたものだ。
 思考が脳内でぐるぐると駆け回り、先輩プランナーに泣きつきたい感情を何とか押し殺すも、リアルの体の方では泣き顔になってしまっている。見られているのがアバター姿であることに、心から感謝していた。
『そう……ですね。全てを説明することは可能ですが、それをしてしまうのはフェアではないと判断しましたので、私から言えるのは、不正はない。ということくらいですかね』
『ということは、何かしら不落魔王ハルマの特殊スキルのようなもの、ということですか?』
『うーん。その辺も、具体的なことは明言しない方がいいですかね』
 簡単に引き下がらない実況に対し、苦悶の表情で答えるしかない。
 本当に、何とも解説者泣かせのことをしてくれたものだ。
 解説の説明に対して「ハルマ、異次元の戦い過ぎて運営も理解不能」という間違った情報まで拡散されてしまっているのだが、どうしようもない。

 これによって、その後に始まる戦いの注目度は、グッと下がってしまった。どんな熱戦を見せられたとしても、ハルマの異常な行動を越えられる気配がないからだ。観客のほとんどが、試合そっちのけでハルマの試合で何が起こったかの考察に没頭してしまっているのである。
 第4試合のナイショVSマカリナの戦いも、一風変わったスキルを使う者同士の興味深い戦いだったにもかかわらず、どちらが勝ったのかほとんどの者が把握しない内に終了していた。
 ちなみに、マカリナ軍の勝利である。
 これによって動画配信者の全滅が確定し、〈魔王イベント〉無敗の実績は伊達ではないことが示されたのだが、そのことに気づいている者は少数派である。
 ただ、マカリナ達はまだマシだったかもしれない。次に戦う相手がハルマであるため、否応もなく注目されることになるからだ。
 この日、もっとも不運だったのは、準決勝第1試合だった。特に、テスタプラスと戦うことになったネマキである。
 準々決勝第2試合も、モカVSテスタプラスの激戦の余波を受けて印象を薄められた上に、長い休憩時間を挟んだにも関わらず、準決勝が始まってもハルマの話題で持ち切りとなってしまっていたのだ。
 実際は、モカVSテスタプラスと同等、それ以上の熱戦であったにもかかわらず、どうやって負けたのかすら記憶に残らないまま、いつ間にか敗退となっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

生産職から始まる初めてのVRMMO

結城楓
ファンタジー
最近流行りのVRMMO、興味がないわけではないが自分から手を出そうと思ってはいなかったふう。 そんな時、新しく発売された《アイディアル・オンライン》。 そしてその発売日、なぜかゲームに必要なハードとソフトを2つ抱えた高校の友達、彩華が家にいた。 そんなふうが彩華と半ば強制的にやることになったふうにとっては初めてのVRMMO。 最初のプレイヤー設定では『モンスターと戦うのが怖い』という理由から生産職などの能力を選択したところから物語は始まる。 最初はやらざるを得ない状況だったフウが、いつしか面白いと思うようになり自ら率先してゲームをするようになる。 そんなフウが贈るのんびりほのぼのと周りを巻き込み成長していく生産職から始まる初めてのVRMMOの物語。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

VRMMOで神様の使徒、始めました。

一 八重
SF
 真崎宵が高校に進学して3ヶ月が経過した頃、彼は自分がクラスメイトから避けられている事に気がついた。その原因に全く心当たりのなかった彼は幼馴染である夏間藍香に恥を忍んで相談する。 「週末に発売される"Continued in Legend"を買うのはどうかしら」  これは幼馴染からクラスメイトとの共通の話題を作るために新作ゲームを勧められたことで、再びゲームの世界へと戻ることになった元動画配信者の青年のお話。 「人間にはクリア不可能になってるって話じゃなかった?」 「彼、クリアしちゃったんですよね……」  あるいは彼に振り回される運営やプレイヤーのお話。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...