上 下
229 / 276
第3章 兎追いし

Ver.3/第34話

しおりを挟む
 クエストが始まった途端、目の前でぼんやりしていたウサギは勢いよく走り出していた。まさに、脱兎のごとしである。
「はやっ!」
 森の木々をジグザグに避けながら、ウサギはスピードを緩めることなく走り抜けていく。
 ハルマも遅れまいと走り出すが、所詮はDEX極振りの生産職である。
 一瞬にしてウサギとの距離は離されてしまっていた。
「ズキン、ニノエ! 見逃さないように追いかけてくれ! 俺もすぐに行く! 捕まえられそうだったら、捕まえてくれ!」
「わかりました、旦那様!」
「了解っす!」
 AGIの高いふたりに追跡を命じると、用意しておいたアイテムを使用する。
 難易度がわからなかったため、先に使うことを躊躇ったことを後悔しながら、ワーラビットへと姿を変えていた。
 スキル〈覆面〉によって、AGIは一気にDEXと同じ1000超えの数値に跳ね上がる。
「ハンゾウ! 今の俺に変化して追走だ!」
「承知!」
 ワーラビット状態のハルマのAGIは、ズキンよりもはるかに高い。ただし、AGIだけが特化して高い状態であるため、半減された他の数値のことを考えると、非常に危険な状態でもあるわけだ。
 何しろ、半減されずともDEX以外ほぼ最低の数値なのである。レベルアップによって少しは成長しているものの、すでにほとんどのステータスがモヤシにすら追い抜かれているほどなのだ。
 というか、レベルすら、まもなくユキチに追いつかれそうなほどである。
 しかし、それが劣勢となる要素とも限らないのが、Greenhorn-online
というゲームだった。
 現に、一度でも戦闘になれば壊滅的な被害が出そうな状況であっても、〈発見〉のスキルによってエンカウントを回避し、徐々にウサギとの距離を詰めているのだ。
 森の中という、直線で追いかけられない状況でもなければ、とっくにクエストは終わっていたであろう。
 その辺は、逃げる方も熟知しているらしく、ウサギの体を活かして、森の中を縦横無尽に逃げ回っていた。
「さすがにスタミナの概念はなさそうだな」
 追いかける方も息切れしないのだから、追われる方も同じであろう。
 ズキンもニノエもハンゾウも、AGIには秀でているが、この中だとニノエは一歩劣る。それでもウサギを見失うほどではないのだから、ズキンとハンゾウであれば追いつけそうなものなのだが、NPCには先回りするという概念がないらしく、ちょこまか方向転換するウサギの捕獲には不向きらしい。
 また、急な方向転換に対応するには、ズキンとハンゾウでは体が大きく、いちいち減速しなければならないため、なかなか距離が詰められないのだ。
 おそらく、このクエストの性質上、NPCによる捕獲は対象外なのかもしれない。
 逆に、先回りという概念のあるハルマの場合、読みがハズレると、一気に〈発見〉のスキルの範囲外に逃げられてしまうこともちょくちょく発生していた。
 そのため、捕獲には至らないまでも、見逃すこともないNPC達の助けを借りながら、先回りして捕まえるタイミングをいかに作れるかが勝敗のカギになっていた。
 ちなみに、AGIに劣るトワネやユララ、ヤタジャオースといった面々がどうなっているかというと、置いてけぼりである。ただ、ハルマから一定距離離れると、自動で位置補正が入るため、定期的に瞬間移動して追いついて来ている。また、ハルマを依代にしているマリーとエルシアは、つかず離れずの距離を保ったまま移動できるようである。
「ぎゃー! また逆かよ!」
 一気に距離を詰めようと勝負に出たものの、見事にフェイントに引っかかってしまい、逆に相手を見失ってしまった。
 同じ失敗を繰り返しながらも、慌てずに済んでいたのは、他の誰かが追跡を続けてくれていたからなのだが、今回は様子が違った。
「ん? どうしたんだ?」
 ウサギが消えていった方向に目を向けると、どういうわけだか、ズキン、ニノエ、ハンゾウの3人が、戸惑ったように立ち尽くしているではないか。
「え? もしかして、見逃した? タイムアップか?」
 急いで3人の所に駆け寄ると、それぞれ混乱気味に声をかけてきた。
「旦那様、申し訳ございません! ウサギを見失ってしまいました!」
「すまないっす! ハルマ様! ちょっと木陰に隠れた瞬間に、蒸発したみたいに消えてしまったっす!」
「拙者も、同様でござる! 忍びたるもの、見失うとは……」
 ハンゾウに至っては、専門分野だっただけに絶句してしまっていた。
「ああ……。ま、まあ。まだクエストは続いてるみたいだから……」
 何とか3人を落ち着かせようとしたところで、不意に〈発見〉のスキルに反応があった。
「あっちか!?」
 反射的に反応のあった方向に視線を向けてみたが、そこに現れたのはウサギではなく、初期装備に身を包んだ人物だった。
「あの人は……確か前にも会ったよな?」
 ハロウィンイベントの時、この森に足を運んだ際にもすれ違った相手であることを思い出し、〈覆面〉を解除する。比較的、高難易度のエリアであるにもかかわらず、初期装備に身を包んでいたため、印象が強くて覚えていたのだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
 相手もハルマのことを覚えていたのかは不明だが、先に挨拶してきた。
 挨拶ついでに、この辺でウサギを見かけなかったか尋ねてみようと思ったのだが、先に声をかける人物がいた。
「こんにちわ!」
 いつも通りのマリーだった。
「はい、こんにちは」
 その瞬間、ハルマは思わず相手の腕をつかんでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バランスブレイカー〜ガチャで手に入れたブッ壊れ装備には美少女が宿ってました〜

ふるっかわ
ファンタジー
ガチャで手に入れたアイテムには美少女達が宿っていた!? 主人公のユイトは大人気VRMMO「ナイト&アルケミー」に実装されたぶっ壊れ装備を手に入れた瞬間見た事も無い世界に突如転送される。 転送されたユイトは唯一手元に残った刀に宿った少女サクヤと無くした装備を探す旅に出るがやがて世界を巻き込んだ大事件に巻き込まれて行く… ※感想などいただけると励みになります、稚作ではありますが楽しんでいただければ嬉しいです。 ※こちらの作品は小説家になろう様にも掲載しております。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

処理中です...