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交通の都ヘパイドン
17.急報
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緑朗太とメルダが頭から煙を吹き出しているトーリを引きずりながら、ギルドカウンターへと戻ってくる。作業開始から数時間が経過した段階で、トーリは最早考えることをやめてしまったのか、緑朗太やメルダが話しかけても「おう」や「ああ」しか返してこなくなり、遂には何も話さなくなったのだ。集中しているといえば聞こえはいいのだが、別段そういうわけではなく、彼にしてみれ逆に一切の集中ができず、寧ろ集中の糸が切れたままなだけである。
それが延々と続いた頃には彼は一切の動きを見せることがなくなってしまい、2人に担がれるざまである。寝ているというわけではなく、動かないのだ。試しにメルダが揺さぶったり叩いたりと試してみたのだが、一向に反応を示さない。緑朗太が試しに「抱きついてみるか?」とからかってみたら、今度はメルダも動かなくなり、その後は緑朗太が1人で剪定作業をやらされる羽目になったので、もうニ度とやるまいと誓ったばかりである。
そんな緑朗太の前に姿を見せたのは、同居人である拓郎である。
彼は緑朗太の目から見ても明らかに気落ちしている様子であり、声をかけるのが些か躊躇われる空気を醸し出している。
メルダが拓郎に気づくと、緑朗太にトーリを預けて1人だけ挨拶に行ってしまったのだ。
突如人1人分の重みを背負わされる羽目になった緑朗太は腰を痛めそうになりながら、なんとかトーリを支え、緑朗太に気付いた拓郎は話しかけてくるメルダをそっと横にやると、緑朗太の下まで歩み寄ってくる。
「ちょうど良かったよロクさん。話したいことがあったんだ。」
「ん?どうした?」
「夕方にはマーヴィスさんが酒場を開くから、そしたら話そう。」
飲みの約束をし、拓郎は「じゃあ依頼の準備が長くなりそうだからから出てくるわ」と、ギルド会館を後にした。緑朗太は拓郎が依頼の準備に時間がかかるとはよっぽどでかい依頼が舞い込んできたんだな、と予想し、拓郎に話しかける事が出来て嬉しかったメルダは、トーリの背中をバンバン叩き、喜びを前面に表している。
その衝撃で復帰を果たしたトーリだが、メルダの話を聞き、自身も話たかったと膝を折って地面に屈するほどだ。
この町の若手ギルドメンバーにとって、この街を死守した拓郎の話は親兄弟から聞かされる一種の武勇伝のようなものであり、彼らにしてみれば拓郎はヒーローそのものなのであった。
「緑朗太さん、拓郎さんはなんて仰ってたんですか?」
メルダが目をキラキラさせながら先ほど拓郎と話していた緑朗太に顔を近づけて問いただしてくると、隠すことでもないので、緑朗太は素直に話した。続くメルダとトーリの「それじゃあ、夕方に来ればまた会えるんだな(ですね)!!」という不穏な声は聞こえなかったことにし、緑朗太は普段とは違う拓郎の様子に一抹の不安を感じつつ、今日も講習の為に図書館へと向かう。
「俺の武器が出来上がるのは一体いつになることなのやら…」
トーリとメルダの声は既に耳には入ってこず、余りにも長すぎて現実的すぎる懐事情に肩を落として小さく溜息を吐くのであった。
◇
「話が早くて助かります。では、Aランクギルドメンバー、【光槍】木馬拓郎に命じます。今すぐこの街から離れなさい。」
その発言に真っ先に食いついたのは拓郎ではなく隣にいるマーヴィスだ。
「アリバさん!そりゃぁおかしな話じゃないか!?」
取り乱して思わず素になってしまうぐらいにマーヴィスにしてみれば衝撃的であった。アリバとの話では、敵の狙いがこちらの戦力を削ぐことであるならば、拓郎を街の外に出さないようにするべきであるという結論になったばかりなのだ。にも関わらず、アリバの口から出たのは、それらの相談とは真逆の内容であり、マーヴィスが取り乱すとわかっていたのかアリバも手で沈めるように制するのみである。
「説明をしましょう。まず、今回の敵の狙いが貴方であった場合、敵が動き出すのは恐らく貴方がいなくなってからということになります。そうなると、貴方がこの街にいる限り、敵はいつまでも動かない。第2第3の計画を実行に移してくる可能性も非常に高い。」
言われ、拓郎は想像をし、静かに頷いた。
現状、敵にはカティ及びガウディの誘拐が成功をしていると報告が言っているはずである。フェイゼル卿が原因でないにせよ、彼の下へと向かったということは、少なくとも猶予はある。もしかしたら、それをどこかで監視している可能性だってありえるのだ。
そこで考えられる監視地点として挙げられたのが先日トロールの生息地として挙げられた森であった。あの場にトロールが出てきた理由、それはその個体がはぐれになったのではなく、はぐれにならざるを得ない理由があったのではないか?というものであった。
そこで、彼に個人依頼として、その森の調査依頼をアリバが直々に下したというわけである。
そうなると、1人でも困りはしないのだが、万が一拓郎の身になにか危険が迫った場合、彼の代わりに連絡係りとなるべき人間が必要になる。
この街に転移され、4年前の出来事が起きる以前からの知り合いもいたが、魔王軍の襲来の際にその殆どがこの街を離れていってしまった。
今拓郎が向かっているのは、この街で数少ない知り合いが住んでいる集合住宅である。
建物の大きさは拓郎の住まいとあまり大差はない3階建てのだが、階段の手すりは腐り落ちそうになっているし、所々に穴が開いている様から、手入れが行き届いていないのがわかる。
目的の人物の部屋はそんな崩れそうな階段を昇った2階になる。階段を上った先の廊下も階段と同じく床板は所々穴が開いており、パッと見ると人一人落ちた形跡に見えないこともない。
知らない人が見れば目的の人物がこの穴から落下して死んでるんじゃないのかと心配しそうなものだが、拓郎が知る男ならば、こんな穴から落ちたぐらいでは死ぬはずもない。
不死身を自称するだけあり、その男はどんな危機的状況であろうとも決して逃げ延びるだけの悪運と最後の最後まで諦めない悪足掻きに定評のあるギルドメンバーである。
たどり着いた扉の前には表札などなく、そもそも人の気配などもないのだが、拓郎は何の躊躇いもなく扉に手をかけて勢いよく開け放つ。
直後、部屋の奥で何者かが逃げるような音がし、同時に拓郎も部屋の奥へと土足のまま猛スピードで突入をする。
「待て、俺だよゴリ!!」
今まさに窓の外に飛び出さんとする人物に拓郎が声をかけると、男はピタリと動きを止めて拓郎の方へと視線を動かし一言「なんだ、借金取りじゃないのか」と安堵の息を漏らすのであった。
「なんだ、また借金してるのか?」
「うるせーよ。それと、俺の名前はゴリじゃなくてリゴラだ。」
リゴラと名乗った男は、そのまま部屋の中に尻を付けてあぐらをかきながら座り込んだ。拓郎が土足でいるのに気付くと直様靴を脱いで来いと玄関を指差し、拓郎も「逃げるなよ」と釘を刺した。
靴を脱いだ拓郎が戻ってくると、リゴラは拓郎が言ったように逃げる素振りは見せず、「で、何の用だよ?」と拓郎が自分を訪れた理由を訊ねた。
Bランクギルドメンバーのリゴラ。この男は過去に拓郎と組んでいた元パーティメンバーである。灰色の髪は短く刈り込まれており、長いモミアゲとだらしなく生やされた無精髭から、その見た目はゴリラを彷彿とさせる痩せ型の男である。得意な武器はナイフなどであるが、戦闘能力そのものはBランクの中でも下位に属している。
下手をすればCランクにも不覚を取るやもしれない実力だが、彼の偵察・潜入・斥候などのスカウト技能はAランクですら欲するほどのものである。惜しむべくは、彼にAランクに上がるだけの意欲がないことと、先の行動から察するように、兎に角金にだらしがなく、常に借金取りから逃げているような状態で素行が悪いのだ。
それさえなければ――ギルド職員の誰もが彼の実力を認めているだけに、とことん惜しい人材なのである。
「ちょっとお前に頼みがあってさ。明日、少し遠出するんだがお前も付き合ってくれないか?面倒な依頼を引き受けて1人だと少し危険が高いんだわ。」
「何?お前ギルドに復帰したの?依頼に関しては報酬次第だけど…」
拓郎の頼みというと、少しばかり厄介な用事を押し付けられるだけだと思っていたリゴラにとって、彼がギルドに復帰していたという事実は寝耳に水であり、そして自分にパーティの再結成を頼んでくるということは、何かしらの面倒な調査だと昔から相場が決まっていた。なので報酬も少しばかりぼったくってやろうかと思っていたのだが――
「報酬の取り分は8:2だ。」
「はん。話になんないな」
「勘違いするな。お前が8で俺が2だ。」
その発言にリゴラの雰囲気が一変する。昔から報酬の話になると決まってリゴラと拓郎が揉め、それを他のメンバーが止めるというのが常であった。それをあっさりとこちらの言い分よりも更に上を載せてきたということは、この話がダントツでやばい話だということだろう。
「何をさせる気だ?まずは話を聞かせろよ。」
自身の両膝の上にそれぞれ肘をつき、上目遣いに拓郎を睨み上げるリゴラの態度に、拓郎は内心で「乗っかってきたな」と好感触であることを認識しつつ、話を始めるのであった。
◇
夕方、講習を終えた緑朗太が待ち合わせ場所であるギルド会館の酒場に着くと、酒場の丸テーブルに拓郎と、見知らぬ猿顔の男が座っていた。
「おーいロクさん、こっちだこっち。」
緑朗太に気付いた拓郎が緑朗太に手を振ると、同じ席に座った男もまた、緑朗太を視界に収め拓郎に何かを話しかけている。拓郎が頷くと、男は途端に興味がなさそうな態度になり、テーブルに肘をつきながらジョッキに口をつけ始めた。
「すまん、待たせたか拓郎。」
「いや、先にこいつと飲んでたから問題ないさ。」
「いや、問題ならあるだろ。お前、俺に可愛い女の子紹介するって言ったくせになんで来るのが男なんだよ。」
緑朗太は拓郎にどんな説明をしたのか問いただしたい気持ちになったが、拓郎が「そのうち来るから待っとけよ」と何やら確証を持って言ってるので、すぐに何を待っているのか察しがついた。
「トーリ達ならトーリが居眠りして教科書に涎垂らしたせいで罰則で図書館掃除やらされてるぞ。今日はこれなさそうだな。」
「すまんゴリ。女の子は無しだ。」
「っざけんなよ!!」
男とは頭と下半身で別々の生き物だと言われているが、このゴリと呼ばれた男は、脳が下半身にしかないのだろうな、と出会って数分だが、どういった性格なのかを緑朗太はあっさりと見抜いた。
ぶーぶーと文句を言うリゴラを無視し、拓郎は緑朗太が座るや、リゴラの自己紹介をした。名前のところだけゴリであったが、後は概ねギルドメンバーなら知っていそうな情報である。
「ゴリじゃねぇ、リゴラだ!!」と、ゴリラの如く叫んでいたが、緑朗太も「よろしくゴリさん」と親しみを込めてリゴラのことをゴリ呼ばわりすることにしたのであった。
「よし、お互いに面通しもすんだことで本題に入るか。」
「俺の名前のことはスルーなのかよ」
「今はそんな些細なことを言ってる場合じゃないからな。」
リゴラの訴えを華麗にスルーし、拓郎はこのリゴラを連れて2,3日街を離れるという旨を緑朗太に伝えた。その間、家の鍵は緑朗太に渡すので、好きに使って良いというのと、いない間に何かあったら、適当に対処をしておいて欲しいというものであった。
拓郎の家に住み着いてから半月以上が経過し、緑朗太もある程度の事は理解しているので、直ぐに帰ってくるのだろうとあっさりと了承をし、目的地を訊ねた。
目的地は狩りに出かけたヘパージオから、更に進んだ村であるとのことだ。どうやら先日のトロールの1件でその辺りに何かしらの変化があった可能性があり、調査をしなければならないと、拓郎は説明をした。
Bランクの依頼ではあるのだが、万が一のことを考慮し、戦闘能力の高いAランクの拓郎と斥候として群を抜いているBランクのリゴラ、それとギルドから治療員を1名借りての計3人での任務になるとも付け加え、緑朗太はそれを聞かされ、「頑張れよ」と一言励ますのみである。
本当の目的を言わぬ拓郎にリゴラが横目で確認をするのだが、拓郎は大丈夫と同じく横目で返答をする。心配をかけたくないということもあり、緑朗太には黙ったままで行くという意思を見せた。
その後はリゴラが酒場で飲んでた女ギルドメンバーに酔って襲い掛かりそうになり、拓郎にぶっ飛ばされ、マーヴィスに喧嘩を売ろうとして緑朗太に取り押さえられるなどと言ったトラブルを引き起こしつつも、騒がしい夜は過ぎていった。
次の日、緑朗太が街の外に拓郎とリゴラの2人を門の外へと見送り、今日の訓練の為にとギルド会館へと足を運ばせると、中ではスグーがあたふたと右往左往しているところだった。
「何かあったんですか?」
緑朗太が声をかけると、スグーはマーヴィスをどこかで見かけなかったかと訊ね、緑朗太が今日は見ていないけど、裏の買取りカウンターでは?と答えると、感謝の言葉を掛けることもせずに大慌てでギルド会館裏へと走りだして行った。
「なんだ?」
あそこまでの慌て用はただ事ではない。不思議に思った緑朗太だったが、一歩踏み出したところで足元に1枚の紙が落ちていることに気付き、拾い上げてみる。
内容はよっぽど慌てて書いたのか、書きなぐったような文字で短かくこう書かれている。
『エルデンバルドにて魔王軍を確認。狙いは黄馬の可能性が高』
緑朗太の体は読み終えるや否や、拓郎を見送ったばかりの門へと走り出していた。
それが延々と続いた頃には彼は一切の動きを見せることがなくなってしまい、2人に担がれるざまである。寝ているというわけではなく、動かないのだ。試しにメルダが揺さぶったり叩いたりと試してみたのだが、一向に反応を示さない。緑朗太が試しに「抱きついてみるか?」とからかってみたら、今度はメルダも動かなくなり、その後は緑朗太が1人で剪定作業をやらされる羽目になったので、もうニ度とやるまいと誓ったばかりである。
そんな緑朗太の前に姿を見せたのは、同居人である拓郎である。
彼は緑朗太の目から見ても明らかに気落ちしている様子であり、声をかけるのが些か躊躇われる空気を醸し出している。
メルダが拓郎に気づくと、緑朗太にトーリを預けて1人だけ挨拶に行ってしまったのだ。
突如人1人分の重みを背負わされる羽目になった緑朗太は腰を痛めそうになりながら、なんとかトーリを支え、緑朗太に気付いた拓郎は話しかけてくるメルダをそっと横にやると、緑朗太の下まで歩み寄ってくる。
「ちょうど良かったよロクさん。話したいことがあったんだ。」
「ん?どうした?」
「夕方にはマーヴィスさんが酒場を開くから、そしたら話そう。」
飲みの約束をし、拓郎は「じゃあ依頼の準備が長くなりそうだからから出てくるわ」と、ギルド会館を後にした。緑朗太は拓郎が依頼の準備に時間がかかるとはよっぽどでかい依頼が舞い込んできたんだな、と予想し、拓郎に話しかける事が出来て嬉しかったメルダは、トーリの背中をバンバン叩き、喜びを前面に表している。
その衝撃で復帰を果たしたトーリだが、メルダの話を聞き、自身も話たかったと膝を折って地面に屈するほどだ。
この町の若手ギルドメンバーにとって、この街を死守した拓郎の話は親兄弟から聞かされる一種の武勇伝のようなものであり、彼らにしてみれば拓郎はヒーローそのものなのであった。
「緑朗太さん、拓郎さんはなんて仰ってたんですか?」
メルダが目をキラキラさせながら先ほど拓郎と話していた緑朗太に顔を近づけて問いただしてくると、隠すことでもないので、緑朗太は素直に話した。続くメルダとトーリの「それじゃあ、夕方に来ればまた会えるんだな(ですね)!!」という不穏な声は聞こえなかったことにし、緑朗太は普段とは違う拓郎の様子に一抹の不安を感じつつ、今日も講習の為に図書館へと向かう。
「俺の武器が出来上がるのは一体いつになることなのやら…」
トーリとメルダの声は既に耳には入ってこず、余りにも長すぎて現実的すぎる懐事情に肩を落として小さく溜息を吐くのであった。
◇
「話が早くて助かります。では、Aランクギルドメンバー、【光槍】木馬拓郎に命じます。今すぐこの街から離れなさい。」
その発言に真っ先に食いついたのは拓郎ではなく隣にいるマーヴィスだ。
「アリバさん!そりゃぁおかしな話じゃないか!?」
取り乱して思わず素になってしまうぐらいにマーヴィスにしてみれば衝撃的であった。アリバとの話では、敵の狙いがこちらの戦力を削ぐことであるならば、拓郎を街の外に出さないようにするべきであるという結論になったばかりなのだ。にも関わらず、アリバの口から出たのは、それらの相談とは真逆の内容であり、マーヴィスが取り乱すとわかっていたのかアリバも手で沈めるように制するのみである。
「説明をしましょう。まず、今回の敵の狙いが貴方であった場合、敵が動き出すのは恐らく貴方がいなくなってからということになります。そうなると、貴方がこの街にいる限り、敵はいつまでも動かない。第2第3の計画を実行に移してくる可能性も非常に高い。」
言われ、拓郎は想像をし、静かに頷いた。
現状、敵にはカティ及びガウディの誘拐が成功をしていると報告が言っているはずである。フェイゼル卿が原因でないにせよ、彼の下へと向かったということは、少なくとも猶予はある。もしかしたら、それをどこかで監視している可能性だってありえるのだ。
そこで考えられる監視地点として挙げられたのが先日トロールの生息地として挙げられた森であった。あの場にトロールが出てきた理由、それはその個体がはぐれになったのではなく、はぐれにならざるを得ない理由があったのではないか?というものであった。
そこで、彼に個人依頼として、その森の調査依頼をアリバが直々に下したというわけである。
そうなると、1人でも困りはしないのだが、万が一拓郎の身になにか危険が迫った場合、彼の代わりに連絡係りとなるべき人間が必要になる。
この街に転移され、4年前の出来事が起きる以前からの知り合いもいたが、魔王軍の襲来の際にその殆どがこの街を離れていってしまった。
今拓郎が向かっているのは、この街で数少ない知り合いが住んでいる集合住宅である。
建物の大きさは拓郎の住まいとあまり大差はない3階建てのだが、階段の手すりは腐り落ちそうになっているし、所々に穴が開いている様から、手入れが行き届いていないのがわかる。
目的の人物の部屋はそんな崩れそうな階段を昇った2階になる。階段を上った先の廊下も階段と同じく床板は所々穴が開いており、パッと見ると人一人落ちた形跡に見えないこともない。
知らない人が見れば目的の人物がこの穴から落下して死んでるんじゃないのかと心配しそうなものだが、拓郎が知る男ならば、こんな穴から落ちたぐらいでは死ぬはずもない。
不死身を自称するだけあり、その男はどんな危機的状況であろうとも決して逃げ延びるだけの悪運と最後の最後まで諦めない悪足掻きに定評のあるギルドメンバーである。
たどり着いた扉の前には表札などなく、そもそも人の気配などもないのだが、拓郎は何の躊躇いもなく扉に手をかけて勢いよく開け放つ。
直後、部屋の奥で何者かが逃げるような音がし、同時に拓郎も部屋の奥へと土足のまま猛スピードで突入をする。
「待て、俺だよゴリ!!」
今まさに窓の外に飛び出さんとする人物に拓郎が声をかけると、男はピタリと動きを止めて拓郎の方へと視線を動かし一言「なんだ、借金取りじゃないのか」と安堵の息を漏らすのであった。
「なんだ、また借金してるのか?」
「うるせーよ。それと、俺の名前はゴリじゃなくてリゴラだ。」
リゴラと名乗った男は、そのまま部屋の中に尻を付けてあぐらをかきながら座り込んだ。拓郎が土足でいるのに気付くと直様靴を脱いで来いと玄関を指差し、拓郎も「逃げるなよ」と釘を刺した。
靴を脱いだ拓郎が戻ってくると、リゴラは拓郎が言ったように逃げる素振りは見せず、「で、何の用だよ?」と拓郎が自分を訪れた理由を訊ねた。
Bランクギルドメンバーのリゴラ。この男は過去に拓郎と組んでいた元パーティメンバーである。灰色の髪は短く刈り込まれており、長いモミアゲとだらしなく生やされた無精髭から、その見た目はゴリラを彷彿とさせる痩せ型の男である。得意な武器はナイフなどであるが、戦闘能力そのものはBランクの中でも下位に属している。
下手をすればCランクにも不覚を取るやもしれない実力だが、彼の偵察・潜入・斥候などのスカウト技能はAランクですら欲するほどのものである。惜しむべくは、彼にAランクに上がるだけの意欲がないことと、先の行動から察するように、兎に角金にだらしがなく、常に借金取りから逃げているような状態で素行が悪いのだ。
それさえなければ――ギルド職員の誰もが彼の実力を認めているだけに、とことん惜しい人材なのである。
「ちょっとお前に頼みがあってさ。明日、少し遠出するんだがお前も付き合ってくれないか?面倒な依頼を引き受けて1人だと少し危険が高いんだわ。」
「何?お前ギルドに復帰したの?依頼に関しては報酬次第だけど…」
拓郎の頼みというと、少しばかり厄介な用事を押し付けられるだけだと思っていたリゴラにとって、彼がギルドに復帰していたという事実は寝耳に水であり、そして自分にパーティの再結成を頼んでくるということは、何かしらの面倒な調査だと昔から相場が決まっていた。なので報酬も少しばかりぼったくってやろうかと思っていたのだが――
「報酬の取り分は8:2だ。」
「はん。話になんないな」
「勘違いするな。お前が8で俺が2だ。」
その発言にリゴラの雰囲気が一変する。昔から報酬の話になると決まってリゴラと拓郎が揉め、それを他のメンバーが止めるというのが常であった。それをあっさりとこちらの言い分よりも更に上を載せてきたということは、この話がダントツでやばい話だということだろう。
「何をさせる気だ?まずは話を聞かせろよ。」
自身の両膝の上にそれぞれ肘をつき、上目遣いに拓郎を睨み上げるリゴラの態度に、拓郎は内心で「乗っかってきたな」と好感触であることを認識しつつ、話を始めるのであった。
◇
夕方、講習を終えた緑朗太が待ち合わせ場所であるギルド会館の酒場に着くと、酒場の丸テーブルに拓郎と、見知らぬ猿顔の男が座っていた。
「おーいロクさん、こっちだこっち。」
緑朗太に気付いた拓郎が緑朗太に手を振ると、同じ席に座った男もまた、緑朗太を視界に収め拓郎に何かを話しかけている。拓郎が頷くと、男は途端に興味がなさそうな態度になり、テーブルに肘をつきながらジョッキに口をつけ始めた。
「すまん、待たせたか拓郎。」
「いや、先にこいつと飲んでたから問題ないさ。」
「いや、問題ならあるだろ。お前、俺に可愛い女の子紹介するって言ったくせになんで来るのが男なんだよ。」
緑朗太は拓郎にどんな説明をしたのか問いただしたい気持ちになったが、拓郎が「そのうち来るから待っとけよ」と何やら確証を持って言ってるので、すぐに何を待っているのか察しがついた。
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「っざけんなよ!!」
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「よし、お互いに面通しもすんだことで本題に入るか。」
「俺の名前のことはスルーなのかよ」
「今はそんな些細なことを言ってる場合じゃないからな。」
リゴラの訴えを華麗にスルーし、拓郎はこのリゴラを連れて2,3日街を離れるという旨を緑朗太に伝えた。その間、家の鍵は緑朗太に渡すので、好きに使って良いというのと、いない間に何かあったら、適当に対処をしておいて欲しいというものであった。
拓郎の家に住み着いてから半月以上が経過し、緑朗太もある程度の事は理解しているので、直ぐに帰ってくるのだろうとあっさりと了承をし、目的地を訊ねた。
目的地は狩りに出かけたヘパージオから、更に進んだ村であるとのことだ。どうやら先日のトロールの1件でその辺りに何かしらの変化があった可能性があり、調査をしなければならないと、拓郎は説明をした。
Bランクの依頼ではあるのだが、万が一のことを考慮し、戦闘能力の高いAランクの拓郎と斥候として群を抜いているBランクのリゴラ、それとギルドから治療員を1名借りての計3人での任務になるとも付け加え、緑朗太はそれを聞かされ、「頑張れよ」と一言励ますのみである。
本当の目的を言わぬ拓郎にリゴラが横目で確認をするのだが、拓郎は大丈夫と同じく横目で返答をする。心配をかけたくないということもあり、緑朗太には黙ったままで行くという意思を見せた。
その後はリゴラが酒場で飲んでた女ギルドメンバーに酔って襲い掛かりそうになり、拓郎にぶっ飛ばされ、マーヴィスに喧嘩を売ろうとして緑朗太に取り押さえられるなどと言ったトラブルを引き起こしつつも、騒がしい夜は過ぎていった。
次の日、緑朗太が街の外に拓郎とリゴラの2人を門の外へと見送り、今日の訓練の為にとギルド会館へと足を運ばせると、中ではスグーがあたふたと右往左往しているところだった。
「何かあったんですか?」
緑朗太が声をかけると、スグーはマーヴィスをどこかで見かけなかったかと訊ね、緑朗太が今日は見ていないけど、裏の買取りカウンターでは?と答えると、感謝の言葉を掛けることもせずに大慌てでギルド会館裏へと走りだして行った。
「なんだ?」
あそこまでの慌て用はただ事ではない。不思議に思った緑朗太だったが、一歩踏み出したところで足元に1枚の紙が落ちていることに気付き、拾い上げてみる。
内容はよっぽど慌てて書いたのか、書きなぐったような文字で短かくこう書かれている。
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