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交通の都ヘパイドン
13.ギルドマスター
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少々短いです。
◇
緑朗太がマーヴィスに連れられた先は、マーヴィスが先ほどまでいたというギルドマスターの部屋である。理由は単純、緑朗太が酒場で告白をした誘拐事件の内容、マーヴィスはそれを自らが立案し、一般市民を危険な目に合わせたのは全て自分の責任だと宣言していた。直後に、マーヴィスと同じことを全くの別人が口にしたと聞き、ギルドマスターが直々に話を聞くという流れになった。
「それで……君たちに問うが、今回の件は一体どちらが首謀者なのかね?」
「俺です。」「私です。」
2人の声はほぼ同時だった。あまりにも予想通り過ぎる反応にギルドマスターは嘆息し、そんな彼を無視するかのように緑朗太とマーヴィスは言い争いを始めてしまった。
「今回の件、最初に発案をした首謀者は俺ですし、皆に相談を持ちかけたのも俺です。」
「いや、違うな。お前から出来るかどうかを相談されて実行するよう決断させたのは俺だ。発案はお前でも首謀者は俺だ。」
「実際にカティちゃんを危険な目に合わせたのは俺ですよ?」
「お前だって命の危険性が大きかった。頭に傷を負って下手をしたら死んでただろうよ。」
「これは首謀者たる俺が負うべき怪我です。」
「違う、首謀者は俺だ。お前がそんな怪我を負う必要はなかった。」
お互いに全く引くことも譲ることもせず、自分で自分の責任にしようとする両者。掴みかからんと一歩を踏み出した緑朗太だったが、彼の視界を銀色の何かが通り過ぎたことでその動きを止める。視線をゆっくりと飛んでいった方向へと向けると、壁にペーパーナイフが突き刺さっており、後一歩踏み込んでいたら突き刺さるのが壁ではなく自分の頭だったのではと想像を掻き立てられた。
「落ち着きましたか?」
「はい……」「すみません、ギルドマスター。」
ギルドマスターの声に両者共直立不動となり、ギルドマスターは「よろしい」と、2人が話した内容をまとめて結論を下す。
「この度の作戦案は君の考えですか……時間がないとは言え、随分と浅はかな素人考えでしたね。」
「弁解の言葉もありません。途中まで上手くいっていたのが奇跡です。」
「馬鹿を言うな。あそこまで事が運んでたんだ…もう少しで上手くいってたはずだ。」
マーヴィスが緑朗太を励ますように声をかけるが、緑朗太はギルドマスターが言うとおり、今回の作戦は相手の情報が少なく、猶予がなかったためとは言え、あまりにも稚拙でおざなりであったと後悔をするばかりだ。
巻き込んでしまったタカシム工房の職人やカティ、マーヴィスに拓郎といった面々にも申し訳なく思い、如何なる処罰でも受けるつもりだった――ギルドマスターがそんな2人に下した処罰は【訓告】であった。
誘拐が起きたのは事実だが、誘拐された女児は無事であり、怪我を負ったのはたまたまその場に居合わせた運の悪いギルドメンバーだけ。当然、ギルド職員は何も知らされておらず、タカシム工房の者もいつも通りの業務をこなしていただけだ。
「ですが、カティの心に傷を――」
「あの娘ならば遅かれ早かれ今回のような事態に陥っていたことでしょう。今回は誘拐をされても五体無事で済んだことですし、これに懲りてもう客引きはやらないと言っていました。君にも責任はありますが、それを厳しく言及する必要性はありません。君も必要以上に思い詰めない様に。」
「アリバさん…すいません……。」
マーヴィスがあまりにも感動をしたのか、ギルドマスターのことをつい名前で呼んでしまい、ギルドマスターことアリバは彼を諌めるようにコホンと咳き込んだ。
ギルドマスターはあくまでも役職名ではあるが、立場を明確にさせるという意味で就業中は常にギルドマスターと呼ぶように周りに徹底させていることを知らぬ緑朗太は、2人の態度にどうした?と首を傾げる。
「お気になさらず。私からは以上になります。マーヴィスはここに残って事後報告を。緑朗太君あは退室を許可します。」
「はい。」「ありがとうございました。」
緑朗太がギルドマスター【アリバ=アルデーア】と初めての対面は終了をした。
緑朗太が退室後、部屋に残されたマーヴィスにアリバは姿勢を崩すように指示する。言われたマーヴィスは肩の荷が降りた思いもあり、両手を後ろに組んで肩幅に足を広げる休めの姿勢になり、アリバに再びの感謝の気持ちを口にした。
「すいませんギルマス…今回は俺も協力できていれば。」
「終わったことを口にしても仕方がないでしょう。それよりも、発端となったフェイゼル卿ですが、連絡員が先ほど彼の屋敷の方角へと向かうのが目撃されました。」
「となると、事態はだいぶ早く進みますか?」
「えぇ。彼の屋敷までの移動が凡そ4日。早くても2日でしょう。リヴィが出発してから1日経過していますので、エルケンバルトに到着をするのが明日。そこから彼の元に連絡をするとしても、どんなに早い連絡手段を用いても2日。何をするにせよ、時間があまりないのが現状ですね。」
エルケンバルトに到着をしてすぐにでも連絡員と接触を図るのであれば、猶予は今から3日。連絡を待たずして出発をするとなると、男爵がエルケンバルトに到着をするのは今から6日後ということになる。
「この街に軍隊を派遣するということはありませんか?」
「勇者のパーティメンバーを輩出したという噂を聞きつけて彼のところは大分人手が潤っているそうです。ですが、この街はそんな勇者が守り抜いた街ですから、わざわざ攻撃しに来ることはないでしょう。そもそも彼の性格からして今回の事件が私にはどうにも理解ができない。」
「それなんですが、俺と緑朗太ではわからないんですが、どうして卿はエルケンバルトにガウディを連れて行こうとしたのでしょう?彼が宗教に属しているという噂は聞いておりませんが…。」
ギルマスであれば、自分以上の情報を持っているに違いない。マーヴィスの期待に「残念ながら」と頭を左右に振ることで否定をするのだが、もしかしたら――と、1つの可能性を提示するのであった。
「そういえば、エルケンバルトには裁判所があったはずですね。」
「裁判所でしたら中央にだって…。」
「いえ、罪人を裁くための裁判所ではなく、エルケンバルトの四大宗教が携わった異端取締のための【宗教裁判所】ですよ。」
◇
「なんじゃ、もう話は終わったのか。」
酒場に戻った緑朗太をガウディはずっと待ち続けていたようだ。カティは泣きつかれて眠ってしまっており、今はギルドのソファーの上で寝息を立てている。
マーヴィスに気にするなと言われた衆人観衆も、遠巻きに見ているだけで接する気配はない。緑朗太の土下座と、そんな彼を殴ろうとした様子にすっかりガウディに怯えている者もいるぐらいだ。
「えぇ、注意を受けました。」
「ふんっ…当然じゃわい。」
注意を受けただけかとは言わず、ガウディはカティを背負うと緑朗太について来いとギルド会館を後にした。
緑朗太もそれに従って会館を後にしようとするが、背後からトーリの心配をする声がかかると「大丈夫だ」と一言残して外へと飛び出した。
すっかり太陽も沈んで街灯や家の灯りが町を彩る中、ガウディは緑朗太を待たずして1人歩いている。緑朗太が足早に彼に歩み寄って並ぶと、彼は緑朗太を一瞬睨み上げ、ふんっと鼻を鳴らして何かをボソリと呟いた。
その呟きが緑朗太には聞こえず、もう一度お願いしますと聴き直す。すると、益々彼が纏う雰囲気は険悪なものとなり、怒っているのが有りありと見てとれる。
「……すまんかったな。」
怒りながらも搾り出すように紡がれたのは、緑朗太への感謝の気持ちとも謝罪ともとれる言葉であった。
突然の事に一瞬混乱に陥ったのだが、緑朗太は直ぐに頭を振ると、ガウディの言葉をきちんと受け止めた。
「こちらこそすみません。お孫さんを勝手に危険に巻き込みました。」
「そのことはまだ許したいとは思っておらん。だが、それも全て儂が引き起こした責任じゃ。元はといえば、儂が元凶じゃからな…。」
「……勇者の武器、ですか?」
過去に彼が打ったという日本刀。緑朗太はそれが全ての元凶であると踏んでいるとガウディに告げたのだが、彼はその言葉を否定した。間違ってはいないが全てではない、と。
ジョスクを通りかかった時、ガウディは足を止めて緑朗太に中を歩かないかと提案。緑朗太もそれを承諾し、2人でジョスク通りを歩き始めた。武器を売る職人達は頭に包帯を巻いた姿の緑朗太と、それに並んで歩くガウディという異質すぎる組み合わせに驚きを隠せず、道を歩く人波も、ドワーフの存在に吃驚している。
「知っとるか?武器は…使い手を選ばない。選べない。」
「なんとなくですが…理解できます。」
「なんとなくでも良い。そこを知らぬ者は平気で人を傷つけるし、傷つけられる…」
今日の狩りを終えたり、明日の狩りの準備をするギルドメンバーでどこも賑わっているものの、店頭に並ぶ武器は朝にカティと見た時と目立った変化は訪れていない。
「初めて儂のところに来た時、お主は言うたな。武器が格好いいと。」
「はい…その気持ちは今でも変わりません。ですが、同時に今は怖くもあります。」
「それで良い。怖さを知らぬ奴に武器を持つ資格はない。昔、儂の最後の武器を持った男が言っとったよ。「これさえあれば怖いものはない」とな。そんな訳がないんじゃ…ただ、戦う為の道具でしかない武器に一体何を求めてたんじゃろうな…。武器を握ったところで相手が弱くなったわけではない。ましてや、何か特別な技能が手に入るわけでもない。ただ切れ味が良くなって折れにくいというだけで、伝説でもなんでもないというのに…。」
ガウディの語る過去に出てくる彼らを緑朗太は笑うことができない。異世界転移や転生を愛読してしまうと、まず手に入れたがるのがチートと刀だ。勇者を名乗った者も、きっと凄まじい固有スキルを所有し、ドワーフであるガウディ作の日本刀を手に入れたことで自らの才能を過信してしまったのだろうか…。
「勇者やその仲間は死にましたが、この街を守りきりました。この町の皆、死ぬかもしれなかったのに生き残ってこうして笑顔を見せられるんです。」
「ふんっ…慰めはいらん。落ち込んでいるわけではないからな。」
年寄り扱いするなと言わんばかりで緑朗太を睨みつけるガウディだが、そこには怒気と言ったものが含まれていないのか、いつもよりも緑朗太を萎縮させることはなかった。
「お主はもう武器を手に入れたのか?」
「はい。シムさんから槍をいただきました。」
「シムか……あやつにも世話になった…」
「お弟子さんなんですよね?」
シムがガウディだけ呼び方が異なるのは師事していたからだと説明したが、ガウディにしてみればそれだけではなかった。ガウディの後ろでカティがモゾモゾと動き、再び小さな寝息を奏でる。
「カティのことも世話になった。」
「カティちゃん?」
「儂の娘がこの子を産んですぐに他界し、ユーヤーベが男手1つで育てようとしたとき、真っ先に手を差し述べたのがシムじゃった。ユーヤーベが死んでしまった後も、ワシがこの町に来るまでの間はシムの家でカティは世話になっておったからの……。」
「それで……。」
「家族を守ってくれたことには感謝しとる。シムにも…お主にもな。もしもカティが手にかけられたとなれば、儂もきっと奴と同じことを考えたのじゃろう…」
「奴……フェイゼル卿ですね?知ってたんですか?」
2人は歩き続けてタベス通りに到着していた。ガウディが抽象的に口にした黒幕を緑朗太が名前を付け加えて確認する。ガウディは肯定も否定もせず、家までの道を淡々と歩き、やがて周囲は未だ作業の喧騒に包まれている中、一件だけ空間が切り抜かれているかのように沈黙をしている建物に辿り着く。
ガウディは「入れ」と緑朗太を呼び寄せる。中に入った彼を、ガウディと寝息を立てているカティ、シムと拓郎の4人が出迎えた。
「なんじゃ、勝手に入っとったんか。」
「ガウディ氏…すみません、今回の件は…。」
「もう良い。全て儂が蒔いた種じゃ。拓郎も…気にするでない。」
「爺さん…すまねぇ…」
拓郎とシムが緑朗太同様にガウディに頭を下げて謝罪する中、ガウディは2人の肩を叩くと、カティを寝かせに寝室へと向かった。
ガウディを待っている中、拓郎は緑朗太に自身が嘗て勇者の仲間であったことを正式に告白し、緑朗太も自分が既知であったことを拓郎に教えるのであった。
数分後、カティを置いてきたガウディが台座替わりの丸太を運び、緑朗太と拓郎に座るように促す。ガウディは自身の椅子に座り、シムも嘗て使用していた椅子に腰掛けた。
「今回の事件じゃが、背景におるのはフェイゼル=マーク=シャルマーじゃ。」
その名前に拓郎は衝撃を受け、動揺を隠せない。シムもその名前と家柄を知っている為に言葉を失っている。
「儂が打った勇者の武器が不当なものであり、それが原因で勇者とその仲間の2名が死んだ――その為、儂をエルケンバルトで裁こうとしているのじゃ。」
「なんだそれ?色々おかしなことになってるけど、なんでエルケンバルトなんだ?」
「あそこは町というよりも神を崇め奉っている宗教の集合した1つの国みたいなもんじゃ。各々が信じる神は違えども、神々は星の流れ者を遣わせることで、人々の安寧を守ろうとしている、崇光で気高き存在とされている。」
「それで、娘を失った父親が復讐の為に勇者の武器を打った鍛冶師を訴えるって…そんな話聞いたことないぞ?」
思わぬ告白に拓郎とシムが困惑をする中、緑朗太だけは先ほどのガウディの発言もあって納得をせざるを得なかったのだった。
◇
緑朗太がマーヴィスに連れられた先は、マーヴィスが先ほどまでいたというギルドマスターの部屋である。理由は単純、緑朗太が酒場で告白をした誘拐事件の内容、マーヴィスはそれを自らが立案し、一般市民を危険な目に合わせたのは全て自分の責任だと宣言していた。直後に、マーヴィスと同じことを全くの別人が口にしたと聞き、ギルドマスターが直々に話を聞くという流れになった。
「それで……君たちに問うが、今回の件は一体どちらが首謀者なのかね?」
「俺です。」「私です。」
2人の声はほぼ同時だった。あまりにも予想通り過ぎる反応にギルドマスターは嘆息し、そんな彼を無視するかのように緑朗太とマーヴィスは言い争いを始めてしまった。
「今回の件、最初に発案をした首謀者は俺ですし、皆に相談を持ちかけたのも俺です。」
「いや、違うな。お前から出来るかどうかを相談されて実行するよう決断させたのは俺だ。発案はお前でも首謀者は俺だ。」
「実際にカティちゃんを危険な目に合わせたのは俺ですよ?」
「お前だって命の危険性が大きかった。頭に傷を負って下手をしたら死んでただろうよ。」
「これは首謀者たる俺が負うべき怪我です。」
「違う、首謀者は俺だ。お前がそんな怪我を負う必要はなかった。」
お互いに全く引くことも譲ることもせず、自分で自分の責任にしようとする両者。掴みかからんと一歩を踏み出した緑朗太だったが、彼の視界を銀色の何かが通り過ぎたことでその動きを止める。視線をゆっくりと飛んでいった方向へと向けると、壁にペーパーナイフが突き刺さっており、後一歩踏み込んでいたら突き刺さるのが壁ではなく自分の頭だったのではと想像を掻き立てられた。
「落ち着きましたか?」
「はい……」「すみません、ギルドマスター。」
ギルドマスターの声に両者共直立不動となり、ギルドマスターは「よろしい」と、2人が話した内容をまとめて結論を下す。
「この度の作戦案は君の考えですか……時間がないとは言え、随分と浅はかな素人考えでしたね。」
「弁解の言葉もありません。途中まで上手くいっていたのが奇跡です。」
「馬鹿を言うな。あそこまで事が運んでたんだ…もう少しで上手くいってたはずだ。」
マーヴィスが緑朗太を励ますように声をかけるが、緑朗太はギルドマスターが言うとおり、今回の作戦は相手の情報が少なく、猶予がなかったためとは言え、あまりにも稚拙でおざなりであったと後悔をするばかりだ。
巻き込んでしまったタカシム工房の職人やカティ、マーヴィスに拓郎といった面々にも申し訳なく思い、如何なる処罰でも受けるつもりだった――ギルドマスターがそんな2人に下した処罰は【訓告】であった。
誘拐が起きたのは事実だが、誘拐された女児は無事であり、怪我を負ったのはたまたまその場に居合わせた運の悪いギルドメンバーだけ。当然、ギルド職員は何も知らされておらず、タカシム工房の者もいつも通りの業務をこなしていただけだ。
「ですが、カティの心に傷を――」
「あの娘ならば遅かれ早かれ今回のような事態に陥っていたことでしょう。今回は誘拐をされても五体無事で済んだことですし、これに懲りてもう客引きはやらないと言っていました。君にも責任はありますが、それを厳しく言及する必要性はありません。君も必要以上に思い詰めない様に。」
「アリバさん…すいません……。」
マーヴィスがあまりにも感動をしたのか、ギルドマスターのことをつい名前で呼んでしまい、ギルドマスターことアリバは彼を諌めるようにコホンと咳き込んだ。
ギルドマスターはあくまでも役職名ではあるが、立場を明確にさせるという意味で就業中は常にギルドマスターと呼ぶように周りに徹底させていることを知らぬ緑朗太は、2人の態度にどうした?と首を傾げる。
「お気になさらず。私からは以上になります。マーヴィスはここに残って事後報告を。緑朗太君あは退室を許可します。」
「はい。」「ありがとうございました。」
緑朗太がギルドマスター【アリバ=アルデーア】と初めての対面は終了をした。
緑朗太が退室後、部屋に残されたマーヴィスにアリバは姿勢を崩すように指示する。言われたマーヴィスは肩の荷が降りた思いもあり、両手を後ろに組んで肩幅に足を広げる休めの姿勢になり、アリバに再びの感謝の気持ちを口にした。
「すいませんギルマス…今回は俺も協力できていれば。」
「終わったことを口にしても仕方がないでしょう。それよりも、発端となったフェイゼル卿ですが、連絡員が先ほど彼の屋敷の方角へと向かうのが目撃されました。」
「となると、事態はだいぶ早く進みますか?」
「えぇ。彼の屋敷までの移動が凡そ4日。早くても2日でしょう。リヴィが出発してから1日経過していますので、エルケンバルトに到着をするのが明日。そこから彼の元に連絡をするとしても、どんなに早い連絡手段を用いても2日。何をするにせよ、時間があまりないのが現状ですね。」
エルケンバルトに到着をしてすぐにでも連絡員と接触を図るのであれば、猶予は今から3日。連絡を待たずして出発をするとなると、男爵がエルケンバルトに到着をするのは今から6日後ということになる。
「この街に軍隊を派遣するということはありませんか?」
「勇者のパーティメンバーを輩出したという噂を聞きつけて彼のところは大分人手が潤っているそうです。ですが、この街はそんな勇者が守り抜いた街ですから、わざわざ攻撃しに来ることはないでしょう。そもそも彼の性格からして今回の事件が私にはどうにも理解ができない。」
「それなんですが、俺と緑朗太ではわからないんですが、どうして卿はエルケンバルトにガウディを連れて行こうとしたのでしょう?彼が宗教に属しているという噂は聞いておりませんが…。」
ギルマスであれば、自分以上の情報を持っているに違いない。マーヴィスの期待に「残念ながら」と頭を左右に振ることで否定をするのだが、もしかしたら――と、1つの可能性を提示するのであった。
「そういえば、エルケンバルトには裁判所があったはずですね。」
「裁判所でしたら中央にだって…。」
「いえ、罪人を裁くための裁判所ではなく、エルケンバルトの四大宗教が携わった異端取締のための【宗教裁判所】ですよ。」
◇
「なんじゃ、もう話は終わったのか。」
酒場に戻った緑朗太をガウディはずっと待ち続けていたようだ。カティは泣きつかれて眠ってしまっており、今はギルドのソファーの上で寝息を立てている。
マーヴィスに気にするなと言われた衆人観衆も、遠巻きに見ているだけで接する気配はない。緑朗太の土下座と、そんな彼を殴ろうとした様子にすっかりガウディに怯えている者もいるぐらいだ。
「えぇ、注意を受けました。」
「ふんっ…当然じゃわい。」
注意を受けただけかとは言わず、ガウディはカティを背負うと緑朗太について来いとギルド会館を後にした。
緑朗太もそれに従って会館を後にしようとするが、背後からトーリの心配をする声がかかると「大丈夫だ」と一言残して外へと飛び出した。
すっかり太陽も沈んで街灯や家の灯りが町を彩る中、ガウディは緑朗太を待たずして1人歩いている。緑朗太が足早に彼に歩み寄って並ぶと、彼は緑朗太を一瞬睨み上げ、ふんっと鼻を鳴らして何かをボソリと呟いた。
その呟きが緑朗太には聞こえず、もう一度お願いしますと聴き直す。すると、益々彼が纏う雰囲気は険悪なものとなり、怒っているのが有りありと見てとれる。
「……すまんかったな。」
怒りながらも搾り出すように紡がれたのは、緑朗太への感謝の気持ちとも謝罪ともとれる言葉であった。
突然の事に一瞬混乱に陥ったのだが、緑朗太は直ぐに頭を振ると、ガウディの言葉をきちんと受け止めた。
「こちらこそすみません。お孫さんを勝手に危険に巻き込みました。」
「そのことはまだ許したいとは思っておらん。だが、それも全て儂が引き起こした責任じゃ。元はといえば、儂が元凶じゃからな…。」
「……勇者の武器、ですか?」
過去に彼が打ったという日本刀。緑朗太はそれが全ての元凶であると踏んでいるとガウディに告げたのだが、彼はその言葉を否定した。間違ってはいないが全てではない、と。
ジョスクを通りかかった時、ガウディは足を止めて緑朗太に中を歩かないかと提案。緑朗太もそれを承諾し、2人でジョスク通りを歩き始めた。武器を売る職人達は頭に包帯を巻いた姿の緑朗太と、それに並んで歩くガウディという異質すぎる組み合わせに驚きを隠せず、道を歩く人波も、ドワーフの存在に吃驚している。
「知っとるか?武器は…使い手を選ばない。選べない。」
「なんとなくですが…理解できます。」
「なんとなくでも良い。そこを知らぬ者は平気で人を傷つけるし、傷つけられる…」
今日の狩りを終えたり、明日の狩りの準備をするギルドメンバーでどこも賑わっているものの、店頭に並ぶ武器は朝にカティと見た時と目立った変化は訪れていない。
「初めて儂のところに来た時、お主は言うたな。武器が格好いいと。」
「はい…その気持ちは今でも変わりません。ですが、同時に今は怖くもあります。」
「それで良い。怖さを知らぬ奴に武器を持つ資格はない。昔、儂の最後の武器を持った男が言っとったよ。「これさえあれば怖いものはない」とな。そんな訳がないんじゃ…ただ、戦う為の道具でしかない武器に一体何を求めてたんじゃろうな…。武器を握ったところで相手が弱くなったわけではない。ましてや、何か特別な技能が手に入るわけでもない。ただ切れ味が良くなって折れにくいというだけで、伝説でもなんでもないというのに…。」
ガウディの語る過去に出てくる彼らを緑朗太は笑うことができない。異世界転移や転生を愛読してしまうと、まず手に入れたがるのがチートと刀だ。勇者を名乗った者も、きっと凄まじい固有スキルを所有し、ドワーフであるガウディ作の日本刀を手に入れたことで自らの才能を過信してしまったのだろうか…。
「勇者やその仲間は死にましたが、この街を守りきりました。この町の皆、死ぬかもしれなかったのに生き残ってこうして笑顔を見せられるんです。」
「ふんっ…慰めはいらん。落ち込んでいるわけではないからな。」
年寄り扱いするなと言わんばかりで緑朗太を睨みつけるガウディだが、そこには怒気と言ったものが含まれていないのか、いつもよりも緑朗太を萎縮させることはなかった。
「お主はもう武器を手に入れたのか?」
「はい。シムさんから槍をいただきました。」
「シムか……あやつにも世話になった…」
「お弟子さんなんですよね?」
シムがガウディだけ呼び方が異なるのは師事していたからだと説明したが、ガウディにしてみればそれだけではなかった。ガウディの後ろでカティがモゾモゾと動き、再び小さな寝息を奏でる。
「カティのことも世話になった。」
「カティちゃん?」
「儂の娘がこの子を産んですぐに他界し、ユーヤーベが男手1つで育てようとしたとき、真っ先に手を差し述べたのがシムじゃった。ユーヤーベが死んでしまった後も、ワシがこの町に来るまでの間はシムの家でカティは世話になっておったからの……。」
「それで……。」
「家族を守ってくれたことには感謝しとる。シムにも…お主にもな。もしもカティが手にかけられたとなれば、儂もきっと奴と同じことを考えたのじゃろう…」
「奴……フェイゼル卿ですね?知ってたんですか?」
2人は歩き続けてタベス通りに到着していた。ガウディが抽象的に口にした黒幕を緑朗太が名前を付け加えて確認する。ガウディは肯定も否定もせず、家までの道を淡々と歩き、やがて周囲は未だ作業の喧騒に包まれている中、一件だけ空間が切り抜かれているかのように沈黙をしている建物に辿り着く。
ガウディは「入れ」と緑朗太を呼び寄せる。中に入った彼を、ガウディと寝息を立てているカティ、シムと拓郎の4人が出迎えた。
「なんじゃ、勝手に入っとったんか。」
「ガウディ氏…すみません、今回の件は…。」
「もう良い。全て儂が蒔いた種じゃ。拓郎も…気にするでない。」
「爺さん…すまねぇ…」
拓郎とシムが緑朗太同様にガウディに頭を下げて謝罪する中、ガウディは2人の肩を叩くと、カティを寝かせに寝室へと向かった。
ガウディを待っている中、拓郎は緑朗太に自身が嘗て勇者の仲間であったことを正式に告白し、緑朗太も自分が既知であったことを拓郎に教えるのであった。
数分後、カティを置いてきたガウディが台座替わりの丸太を運び、緑朗太と拓郎に座るように促す。ガウディは自身の椅子に座り、シムも嘗て使用していた椅子に腰掛けた。
「今回の事件じゃが、背景におるのはフェイゼル=マーク=シャルマーじゃ。」
その名前に拓郎は衝撃を受け、動揺を隠せない。シムもその名前と家柄を知っている為に言葉を失っている。
「儂が打った勇者の武器が不当なものであり、それが原因で勇者とその仲間の2名が死んだ――その為、儂をエルケンバルトで裁こうとしているのじゃ。」
「なんだそれ?色々おかしなことになってるけど、なんでエルケンバルトなんだ?」
「あそこは町というよりも神を崇め奉っている宗教の集合した1つの国みたいなもんじゃ。各々が信じる神は違えども、神々は星の流れ者を遣わせることで、人々の安寧を守ろうとしている、崇光で気高き存在とされている。」
「それで、娘を失った父親が復讐の為に勇者の武器を打った鍛冶師を訴えるって…そんな話聞いたことないぞ?」
思わぬ告白に拓郎とシムが困惑をする中、緑朗太だけは先ほどのガウディの発言もあって納得をせざるを得なかったのだった。
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気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
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すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
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