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獣人の町

止められない運営のターン

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 無言でキーを叩く音だけが響く室内。
 そこにはとりわけ大きなモニターが設置されている。
 他のものより画面の大きなそれは、一人のプレイヤーを追うように設定されているのだが……

「ぶはっ!お前ら!!メインスクリーン注目!!」
 画面をチラ見していた男が吹きながら叫ぶ。
「可愛子ちゃんがどうかしたか?」
 可愛子ちゃん、可愛子ちゃん言いながらわらわら集まる一同。
「コリル、移住しちまった!!」
 ひーひー言いながら男が指し示す先では、草原から現れるコリルが次々に森の中へと飛び込んでゆく。

 ぽかーんとした表情でそれを見ていた全員が、詳しく!!と息の揃った声を上げるのに、流れを説明する。
「最初から森に設定しとけばよかったのに……」
 コリルの生みの親である人物に向けて溜め息をつく青年に、真っ赤な目で涙ぐんでるの可愛いじゃねーかという無情な台詞が返る。
「先輩の愛は歪んでる……」
 もはや定番のポーズのように手と膝を床につく青年の肩に、そっと柔らかな手が触れる。
「気のせいよ」
 慈愛に満ちた微笑を向けられ、気のせい……そうか、気のせいか。そう納得しかけ――
「気のせいのわきゃねーでしょーがぁあああ!!」
 叫ぶ青年の姿を楽しそうに見ていた美女が、何も無かったかのように話を変える。
「それにしても、ようやくコリル道場発見されたわねー長かったわぁ」
「しかも可愛子ちゃん、きっちりクリアしてくれやがった」
 さすが、さすが、と納得している面々は、次の瞬間凍りつく事になる。


「画面、画面見ろぉおおおお!!」
 一番後ろの方にいた職員が叫ぶと、また何か可愛い事をしたのかと振り返った一同が硬直する。
「うそだ……」
「ちょ、なんて引きの強さ!!」
「最初の森でかよ!!」
「皇竜の出現率誰か変えたか!?」
 変えてない。触ってない。いじってない。あちこちからあがる声の後、室内が一瞬静まりかえる。
「――これが、運ってものよぉ……」
 硬直が解けた美女が、満足そうに艶やかな笑みを浮かべる。
 運なんて数値であらわせるものじゃないと言い切りIWOに導入させなかった当人は愛おしそうに画面を見つめる。

 皇竜。出会えたら奇跡と一同が笑いながら設定した存在。

 先へ進めば進むほど出現する確立はあがるが、一番高確率な場所でも出現率は1%に満たない。
 しかも現れてもすぐ飛び去るため、そこでも遭遇する確立はありえないほど低い。
 それが最初の森となれば……出現率自体がもはや0%に近いというのに、そこで出会えるとは――本当に奇跡としか言いようが無い。
 別のフィールドからでないと入れない洞窟に設置していた剣を手に入れた事といい、本当にこのプレイヤーは色々やらかしている。

 可愛子ちゃんの今までの行動を振り返り、一同が盛り上がっている間にもさらに彼は運営に餌を与える。

「ジャイアントスパイダーすげえ!可愛子ちゃん浚っちまった!!」
 ぶらーんと垂れ下がる可愛子ちゃんの姿が皆の心臓を撃ち抜く。
「ほんっとこの子、カルマ値低いのねぇ……あんなに懐くなんて」
 あの大蜘蛛はカルマ値が高いものには警戒し、逃げるか……襲い掛かるかの二択を選ぶ。だが、カルマ値が低い者に対しては警戒を解き糸を採取する権利を与えるのだが……まさか巣に連れ込むとは。
「どんだけ好かれてんだ、可愛子ちゃん」
 自分たちの事を完全に棚に上げ、巣に連れ去られる姿を皆して微笑ましく見守る。
 次々と巣の奥から出てきた蜘蛛に完全包囲されている状況に、レアな光景だレアな光景だと室内はお祭り騒ぎだ。

 コリル移住から立て続けに起きている現象にもう誰も止めるものが居ない。
「可愛子ちゃんにかんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!」」」
 手にコーヒーが入った紙カップを持ち乾杯までし始めている。


「先輩たち、仕事してくださぁああああい!!」
 お祭り騒ぎの室内に、青年の絶叫が響き渡った。
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