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はじまりの地

第八話

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「…………」
 目の前のこれをどうしよう。佐久弥は助けるかどうかでまず迷う。

 森へと向かう道中、穴の中に頭をつっこんで、逆立ち状態で短い手をばたばたさせている生物。
 門番の言っていたプレーリーキャットだというのはわかる。
(……またついて来たりしないよな)
 スライムとコウモリと変な剣でもう十分だ。
「るー……」
「………………」
「るぅ~……るぅ~……」
 悲しげにるーるー鳴いている姿に、諦めとともに手を伸ばし、引き抜くと――佐久弥は即座にその場を後にした。
 背後でやけに長細く手足の短い猫がぴょこぴょこ飛びながら嬉しげにるーるー鳴いているようだが、佐久弥の耳にはキコエナイ。聞こえないのだ。


 変わった事は一切無く、佐久弥は森の傍へと辿りつく。
 森は暗くは無く、柔らかな日差しが木の葉の間をすり抜け、柔らかな落ち葉に覆われた地面を暖かに照らしていた。チュンチュンと鳥のさえずりのようなものが聞こえるが、その鳴き声に癒されていたいので、声の発生源を探してはいけない。

「たのもう!!」
 視界の端に映った小さな茶色い影に向かい、佐久弥は腹から声を出す。
「…………」
 くるり、と振り返った生物は近付いてきてもとても小さかった。
 枯葉を踏みしめ近付いて来たコリルは眼光鋭く佐久弥を見上げる。
「入門させてください!!」
 そこで一礼。

 ……ここまでが、セットらしい。門番曰く、とにかく一匹でもいいからコリルを見つけてこれをしたら、鍛えてもらえるらしい。
 コリルは会話が出来ないから、アイコンタクトで指導は進むらしいが――不安だ。
「……クルゥ!」
 コリルが一声鳴くと、わらわらと佐久弥を囲むように多くのコリルが草の影から現れる。
「クックックッ!」
「…………」
 目の前のコリルがファイティングポーズを取っているので、それにならう。

Fight!ファイッ
 カーン!と脳内でゴングが鳴る。
 そしてコリルの小さな額には、やたらと長いハチマキが現れる。

 その現象にすごく言いたい事があるのに、コリルはそれを待ってはくれない。
 次々と全方位から飛び掛るコリルを必死に避ける。攻撃しちゃいけないと門番が言っていたので、これで間違いはない……だろう、たぶん。

 背後から襲ってくるのを音を頼りに避けると、今度は左の軸足に向けて別のコリルが飛び掛る。
「ちぃ……っ!!」
 舌打ちしながら、右足へと体重を移動させながら反転する。
 レベルの上昇とともに身体能力も上がっているのか、普通なら間に合わないはずの行動が成功する。
 だが喜んでもいられない、足を止めることを許さないとばかりに、コリルの波状攻撃は続く。
 腕に噛み付こうとしたコリルは手の平でそっと払い、足にまとわりつこうとするのは、しがみ付いた所で足を蹴り上げるようにする反動で振り飛ばす。
(攻撃無しって、キツすぎ……っ!)
 一発でも攻撃を当てると戦闘に移行するので、蹴り飛ばす事も出来ないコリル道場。だがコリルの方は容赦無く襲いかかってくるのだ。
 これに勝たねばならないらしいが――
(何て無理ゲー!!)
 攻撃せずに勝つってどうやって、と佐久弥がだんだんと疲労に鈍くなる足取りの中、何か手が無いか視線を素早く巡らせる。
 ひらり、と視界を白いものが掠める。
(これだ!!)
 出来るだけその場を動かず、最小限の動きを心がけて動いていた佐久弥が、一歩大きく踏み出し、目的のものへと手を伸ばす。
 指先に触れた感覚がしたと同時に握り締め、引き寄せる。
(次!!)
 一度動き出した足を止めればまた囲まれてしまう。一箇所とはいえ陣形を崩したのだ、このまま一気に畳み掛ける!
 佐久弥は素早く視界を走る茶色い影には目もくれず、幾分動きの遅い白い影を求め、次々と身体を捻りながら、掴み続ける。
 一歩進んでは上半身を捻り、後ろに半歩戻っては攻撃を受けそうな片足を逃す。
 佐久弥が片足の不安定な体勢になった隙に、残った三匹のコリルは一斉攻撃を選ぶ。
(――今!)
 大きく身を屈めた佐久弥の上をコリルが通り過ぎると同時に、手を素早く上に伸ばす。
 指先の感覚を信じ、そのまま強く握り締め佐久弥はその成果を確かめようと顔を上げる。

 ぷらーん……ぷらーん……

 佐久弥の両手には、あわせて十本のハチマキ。そしてその先にはコリルが垂れ下がっていた。

『K.O!!』

 ……色々と物申したいんだが。そしてYou Win!の方では無いらしい。
 佐久弥は何も無い空中を睨みつけながら、垂れたコリルをそっと地面に下ろす。手を離すと同時に消えたあのハチマキについても、是非一度くらいは制作会社に問い合わせる必要があるだろうか。

 どうやら無事勝利をおさめられたようだ。戦闘開始と共に弾かれていたスライムとコウモリがよじ登ってくる。……てか、コウモリが日差しでへろへろなんだが大丈夫だろうか。
 とりあえずアイテム欄に残っていた薬草を与えると、フードの中でもぐもぐしているようだ。食べかすがぽろぽろと中に落ちてくるが我慢するしかない。
「クルルッ!」
 コリルが佐久弥の前に綺麗に整列する。
 互いに一礼。
 これで、コリル道場での修練は終えたようだ。そうしたら次の作業へ。
 キラーンと鋭い前歯を光らせるコリルへと手を伸ばし、佐久弥は――門番に教わっていた通りに、前歯をもぎ取る。
 ポキポキと全てのコリルの前歯をもぎ取ると、伸びすぎた歯が新しい歯に変わってすっきりしたのか、フリーダムな一匹のコリルは早々にこの場を離れ、カリカリと落ちていた木の実に齧り付いている。
「クルックルックルッ」
 ご機嫌で何よりだ。だがどうしても気になる事がある。
「あ~……その、お前ら、森の中のがいいんじゃないか?」
「クルゥ?」
 不思議そうにコリルが集団で同じ向きに首を傾げるのはどうだろうか。あざといまでの可愛さだ。
「眩しいからその目赤いんじゃないか?」
 さっきから、しぱしぱと目を開いたり閉じたりしているコリルの真っ赤に充血した目をみて、余計な事かもしれないが提案してみる。
 試すように森の中に入ったコリルが、まだ赤いが大きな目をさらに大きく開く。
「クルック~~ッ!」
 一声鳴いたコリルの呼びかけに、今まで見えなかったコリルまでもが大移動を始める。
「クルルルルルルルル……」
 ぺこぺこと頭を下げることから、どうやら正解だったらしい。これでコリルの充血が少しでも治るといい。

(あれ?でもこれって、生態変えちゃった?)
 まあ問題あるなら元に戻すだろう。佐久弥は一人頷くと、まだぺこぺこしているコリルに手を振りながら森の奥へと向かう。
 ……何やら、コリルが円陣組みはじめたので、足を速めよう。


 ――さあ、次の町まであと一歩だ。

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