上 下
10 / 31
江戸時代。彼らと共に歩む捜査道

鬼火4

しおりを挟む
翌朝。一郎さんの悲鳴が聞こえ、飛び起きた。ざっと、7時くらいだろうか。
「なっ、ななな!?なぜ、お前がわしに抱きついておる!?玉はどうしたのだ!?」
肩ほどの髪を振り回し、首を振る彼は、よほど混乱しているらしい。
「その、大丈夫ですか?」
「こちらの台詞だ!!わしはなにかしてないか!?い、いや、寝ていたのだからなにをしてもされていてもわからぬな…!?玉はどうしたのだ!!!」
「少し、外に出たのではないですか?」
そう言うしかない。未来に行ったなどと言っても、信じるとは思えない。異常者扱いされることが目に見えている。
「……わしが手をだしたらどうするつもりだったのだ。……いっ!?なんだ!?上からなにか落ちてきたぞ!?」
頭を押さえる一郎さんのとなりに転がった木のタライ。芸人かしら??
「いっ~~!やはり、玉はなにか仕掛けておったな…!!……と、それよりも、だ。玉がいない、いい機会だ。」
先程まで頭を擦っていた手を止め、鋭く私をみる一郎さん。その瞳は、今までみたどの瞳よりも冷たく冴え切っていた。
急に、雰囲気がガラリと変わったとでも言うのか、芸人みたいだ…と言って、笑うことなど
もう、できない。
「店主殿、お前は何者だ?」
「……。」
「黙りか?」
「…。」
沈黙が落ちる。一郎さんの目の鋭さは増していた。
(これ、絶対玉藻前がスパイムーブしたせいよね!?私も怪しまれてるじゃない!?)
頭をフル回転させていると、驚いた顔をされた。
「まさか、奴の本業を知らぬのか…!?」
うまいこと勘違いしているようだ。えっ、という呆気にとられると、やはり、なにも知らないのか…とため息を吐かれた。
(ラッキーね…!?なぜかわからないけど、怪しまれなくなったわ!これに便乗しておきましょう!)
「本業…?玉藻前は私の従業員ですけれど…。それに、何者、と言われましても…」
「っっ!!な、なにも飲んでない!なにも飲んでいないと、独り言を言ったんだが、きこえていたんだなっっ!?ほ、本業だと?はは、やつは店主殿の従業員だろう、そうだな??」
誤魔化そうとして文がごちゃ混ぜとなっている。
「店主殿、おかしなことを言ってしまってすまなかったな、少し用事を思い出したので外させてもらうっ!!」
バン、とドアを開け、彼は走り去っていく。その後ろ姿を、呆然と見るばかりだ。
「ふむ。奴は、探ってることが店主であるお前からわたしにバレてしまうと思ったようだな。それにしても、あの誤魔化し方はないだろう。本当に犬か?畜生の犬の方がもっと利口だぞ。」
後ろから、抱き締めるように囁かれる。
「玉藻前!?いつから…って、どうせ最初からでしょうけど!あなたのせいですごく怪しまれてたのよ!?」
「ふむ、なぜ怪しむと思う?」
「なんでって…あの人、大きい屋敷を持ってたから、どこかの坊っちゃんじゃないの?暗殺者とかには気を付けるでしょ。」
「……お前視点はそうなってるのか。いやはや、愉快だな。そうだ、奴は、どっかの坊っちゃんだ。普通の坊っちゃんがあんな殺気を出せるなんて、さすがだなぁ?」
「ええ、本当に!!取り調べを受けているような気分だったのよ!!」
ククク、と喉をならして嗤われる。その態度が、どうにも癪に障る。睨むと、そんな顔で睨まれても可愛いだけだぞと言われ、今度は顔が赤くなる。これだから妖怪は!!

「おいっ、玉!勝手に行動をするな!」
「別にお前にいわれる筋合いはないのだが?」
一郎さんが、玉藻前の腕をつかみ、私から剥がす。いま、私たちは村を歩きまわっていた。
「鬼火などないではないか。そもそも、鬼とはなんだ、鬼とは!」
一郎さんが、舌打ちをしながら、腰の刀にてをやる。すると、玉藻前がそんなことを知らんのか、と呆れたように肩をすかせた。
「鬼とは、死者の魂が原義らしいぞ。また、古代の日本人は、災いをもたらす正体不明の怪物や邪神、あるいは王権に服従しない異民族や異邦人のことを鬼ともいうがな。」
「え?でも、よくネットにかかれている、角があって、大きな体で、腕がたくさんあるとか、人を食べるとかは?」
「ねっと…?店主殿、何をいっているんだ?」
おい、と玉藻前にどつかれた。
「はぁ…気にするな、犬。そしてよく聞け、店主。奈良時代に編まれた日本書紀や風土記をひもとくと、その容貌については細かい描写はないのだ。日本人にとって鬼とは、なによりもまず恐ろしいものの象徴なのだろうな。……まぁ、実際のものを見た者の話もあるのだが。こちらはよいだろう。」
「実際…って!?そうよね、普通に考えたら貴方知ってるわよね!?え、本当にいるの!?というか知っているのならなんで鬼が本当にいるか調べてみないかとか言ったのよ!?」
「さぁな?」
「ちょ、玉藻前!!寝れなくなったらどうしてくれるの!!」
「わたしが共に寝てやるつもりだが?」
えっ、と呆気にとられると、くくく、と笑われ、からかわれたのだと気づいた。
怒ろうとした瞬間、一郎さんが顔を真っ赤にさせて震えているのが見えてしまった。
「な、な、な、っ!?おまえたち、やはりそういう関係…!?」
「玉藻前のは嘘です!!信じないでくださいっ!!」
「そういえば、仏教にも鬼的なものがいるぞ。たとえば、餓鬼、サンスクリット語ではプレタと言うのだが、元来は死者、死者霊を意味したんだ。仏教では、輪廻する世界である六道、または五道のひとつである餓鬼道のことを、餓鬼とよんでいる。畜生(動物)道の下位にあり、嫉妬深かったり物惜しみや貪りの心が強かった人間が死後に転生する世界らしくてな。餓鬼となり、食べ物や飲み物を得られずに飢えに苦しむ。いやはや、人間はそんなことを考えるのが、末恐ろしいな!他にも…」
「もうっ!!カオスにする気!?そもそもサンスクリット語ってなによ!?」
「古代インド・アーリア語に属する言語。インドなど南アジアおよび東南アジアにおいて用いられた古代語。文学、哲学、学術、宗教などの分野で広く用いられた。ヒンドゥー教の礼拝用言語でもあり、大乗仏教でも多くの仏典がこの言語で記された。現在もその権威は大きく、母語話者は少ないが、現代インドでも憲法の第8付則に定められた22の指定言語の1つである。この附則が制定された時に指定された15言語にサンスクリットはすでに入っており、インドの紙幣にもサンスクリットでの金額記載は含まれている…だったか?」
「まるでGoogl◯先生にでも聞いたような返答っ!!」
「まぁ、丸暗記してるからな。」
「えっ!?!?」
「ぐぅぐ先生?どちら様だ?」
ちらり、と私を見て、この時代の人間がわからないようなことを言うなという顔をされる。こちらの台詞だ。そもそも現代人でも理解するのは難しいわよ。
「さて、鬼の概念を伝えたところで、特にどうもしないのだが。犬、お前の方ではなにか情報はあったか?」
「鬼を見た、だなんて話はなかったな。鬼なぞ、そもそもいないのだから、当たり前だが。そもそも、なぜ鬼火などといわれるのかわからんな。
炎だけだろう?不気味がって鬼火などと言っているのだろうが…なにかを見間違えたのだろう。」
ぶつぶつと辺りを見回しながら、鬼火など不満げにあり得ないと言う一郎さん。
「ふむ…筋は通るが、いささか遊び心がないな。」
玉藻前は、こんなときでも娯楽を求めるらしい。
すると、一郎さんは苦笑いをしながら玉藻前を見た。
「実際の事件で遊び心などあるはずないだろう。まぁ、どうせ呪われるという話など出ていないし、見間違いだったと報告すればよいな。」
「……報告?」
誰に?という顔をすると、玉藻前に呆れられた。
「覚えてないのか?犬は、友人とやらに頼まれてここに来た。その友人に、見間違いだったと報告するのだろう。…そうだな?犬。」
「……そうだ。よく覚えていたな。わしは一旦屋敷に戻る。そうだ、店主殿らも共にどうだ?」
あの絶叫マシーンのような浮遊感はもう勘弁願いたいので、ぜひお願いしようとすると、玉藻前が口を手で塞いできた。
「いや、いい。犬は先に帰れ。わたしたちは、もう少し村を見てまわる。」
「!?」
「その、言いにくいのだが、店主殿がすごく嫌がっている顔をしているのだが…。」
「……ほう?」
顔を覗き込まれる。玉藻前が、わたしの耳元で帰りは激しくしないから頷いてくれ、と一見厭らしい意味にとれるだろう言葉を、艶やかな声で言われ、わたしはとっさに頷いた。
「店主も賛成のようだ。ではな、犬。」
「無理矢理だった気もするが……。屋敷について報告したら、すぐに戻ってくる。それまで、店主殿、無理をしないでくれ。玉に襲われそうになったら叫べ。最悪こやつを切り捨てることも考えておる。」
「……なぜこう、この人間は過激なんだ?」
「婦人に合意もなく手を出そうとする下衆な輩はわしは許さん。」
そう言い残し、一郎さんは、村の入り口にとめてある、馬に乗り帰っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】可愛くない女と婚約破棄を告げられた私は、国の守護神に溺愛されて今は幸せです

かのん
恋愛
「お前、可愛くないんだよ」そう婚約者から言われたエラは、人の大勢いる舞踏会にて婚約破棄を告げられる。そんな時、助けに入ってくれたのは、国の守護神と呼ばれるルイス・トーランドであった。  これは、可愛くないと呼ばれたエラが、溺愛される物語。  全12話 完結となります。毎日更新していきますので、お時間があれば読んでいただけると嬉しいです。

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

そちらがその気なら、こちらもそれなりに。

直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。 それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。 真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。 ※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。 リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。 ※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。 …ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº… ☻2021.04.23 183,747pt/24h☻ ★HOTランキング2位 ★人気ランキング7位 たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*) ありがとうございます!

ラッキー以外取り柄のない僕と呪われたイケメン

星井もこ
BL
 ちょっとした幸運——例えば、一夜漬けで張ったテストのヤマが全部当たるだとか、遅刻しそうな時にバスが数分遅れて出発してくれるだとか。そういう小さなラッキーに恵まれている僕は、それ以外に取り立てて優れたものを持たない。  さて、運が良い人間がいれば悪い人間ももちろん存在する。僕が出会ったイケメンの彼もその一人だ。  これは、呪われているかのような不幸体質の美形と、ちょっと神に気にかけてもらっているレベルのラッキー平凡ボーイが恋に落ちる話だ。

存在証明を望む少年と過保護なセクサロイド

麟里(すずひ改め)
BL
《あらすじ》 AIロボットが普及し生活に難なく馴染み始めた20××年、ストーナ王国。 ロイ=ライラックは貧しい家庭でありながら、家族には秘密で自らの体を売り生計を立てていた。 だが、それもセクサロイドの誕生のせいで絶たれることとなってしまう。 ロイは為す術も無くなってしまい自殺をしようとするが棄てられる寸前のセクサロイド、ユーフィに助けられ──

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

妹ばかりを優先する無神経な婚約者にはもううんざりです。お別れしましょう、永久に。【完結】

小平ニコ
恋愛
主人公クリスタのストレスは限界だった。 婚約者であるエリックとのデートに、彼の妹であるキャロルが毎回ついて来るのだ。可愛げのある義妹ならともかく、キャロルの性格は最悪であり、クリスタはうんざりしていた。 最近では、エリック自身のデリカシーのなさを感じることも多くなり、ある決定的な事件をきっかけに、クリスタはとうとう婚約の破棄を決意する。 その後、美しく誠実な青年ブライスと出会い、互いに愛をはぐくんでいくのだが、エリックとキャロルは公然と婚約破棄を言い渡してきたクリスタを逆恨みし、彼女と彼女の家に対して嫌がらせを開始した。 エリックの家には力があり、クリスタの家は窮地に陥る。だが最後には、すべての悪事が明るみに出て、エリックとキャロルは断罪されるのだった……

処理中です...