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甘味処で一郎さんと

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「また殺されたぞ!!」
「これでいくつめ?嫌ですわ、私と彼も死んでしまうの?」
「もしかしたら、次はわしかもしれん……」
走り、騒ぐ町の人々。また、男女が殺されたと、俺のもとへ報告が入った。
「これで四件目でございますよ、兄貴。どうするんです?」
俺の様子を見にきたのか、事件に駆けつけたのかは知らんが、弟分が、昨日俺の屋敷に来た。そして、いま、隣で甘味を食べながらそう問うのだ。
「またか……共通することは、恋仲の男女が殺されていることだけだが…。」
ため息を吐きながら、遠くをみやれば、大柄の男が近づいてくる。不審には思ったが、その顔は、引き締まっていた。そして、俺に木札を渡す。
【この事件、お主に任せよう。頼んだぞ、バラガキ】
真剣な顔で、俺に告げるあのお方の顔が浮かぶ。……が。
「最後で台無しだな…。」
その言葉が、彼に届いたかはわからんが…。
頭を働かせるには、まず甘味からだ、と思い、好ましいと思う女店主の店へ、けぇきを食べに歩きだす。
「どこへ行くんです?」
眉を寄せ、俺に団子はいいのかと聞く。しかし。
「彼女に会いに行くには、腹をすかせておかねばならんからな。」
呆けた顔の沖田は、見物だったな。



「なっ!?」
「お前の負けだ。諦めろ。」
目の前をみれば、絶望している美形の男がみえる。そして、私のとなりには、してやったりとでも言うような、硬派のようなこれまた顔の整った男が。二人の手には、線香花火らしきものがあった。そして、玉藻前はどうやら、先に花火が落ちてしまったようで。
「いやだぞ、わたしは付いていく!!」
「駄目だ、後でどうなったか話してやるから。」
そう、一郎さんは、いま流行りの女性に人気のお店に行きたいそうだが、男一人では怪しまれるということで、私を誘ったそうだ。
「せめて、三人で行けばよいだろう!?」
「男女二人組だと、どうやら特典があるらしくてな。諦めてくれ。それに、店主殿の分はわしが出すつもりだが、玉の分までは財布が痛む。どうせお前のことだろう、食い尽くすに決まっている。財布の中身を女のためではなく男のために減らすなど、御免だ。」
「………ちっ。」
(あら、珍しく折れるのが早いわ。)
勝負は勝負で、男に二言はないと言い、玉藻前はもう片方の手で持っていたチョコレートソフトクリームをすごい早さで食べていく。
どうやら悔しかったようね。
「言っておくがな、この女…店主が帰りたいと言えば、即座に帰せ。店主が楽しくなさそうにみえても、怖がっても同じだ。即座に、店に、またはわたしをみつけ渡せ。」
「どれだけわしを信用していないのだ……。」
「まさか普通の逢引のわけがないだろう?出動してるのだぞ?鬼の…」
「まてまてまて!!!勘違いしておるな、いやはや玉はそういうところがあって困る、はっはっはっ……それは言わぬ約束だろう!?」
最後の方は聞こえなかったが、玉藻前には聞こえたようで、はて、知らんなと返していた。

「認めん、認めんと煩わしかったが、諦めたようで何よりだ。」
店から離れ、道を歩く。どこへ向かっているのかはわからないけれど、熱意が目に見えた。
「そこまでして行きたかったのね…どういうところなんです?」
「甘味処だ。そこの品書きに、みたらし団子があってな。絶品だそうだ。ああ、妙に店主が馴れ馴れしいとの噂も聞くから、気を付けてくれ。まぁ、わしが助けるつもりだが。」
そんな話をしていれば、お店に着く。簾がピンクで、狐が好きなのか、狐のぬいぐるみが店前に飾られていた。いらっしゃいませ、と声をかけられ、品書きを勧められる。
「ああ、あれをもらえるか?お前はどうする?」
急にお前よびをされ、瞠目するが、おすすめを聞けば、どうやらみたらし団子ではなく、恋人たちには三色団子が人気だそうで、それを勧められた。
「えっ!?私たち、そんな…」
「お目が高いな。すごく魅力的だろう?あどけない笑顔も、いじらしい働き様も、この秀麗な美貌も。すべて愛おしく感じているんだ。」
「一郎さんっ!?」
急に何を言い出すのか。そもそも、普通の体型で、痩せてもないし、肌荒れがないなんて言えない。美人でもないが、この時代では美人に見えるの…??
それにしても、言いすぎである。
「たしかに、べっぴんさまでございますねぇ…!まさに、美男美女!しかし……言いづらいのですが、なんだか兄妹のように見えまして……本当に恋人ならば、口吸いのひとつや二つくらい…」
(口、吸い……?)
ガタン、と店の入り口から音がする。見てみれば、狐のぬいぐるみが落ちていた。
「?だれだ?あんなのを置いたのは?また旦那様か?……ああ、失礼いたしました。旦那……店主は不気味なものを集めるのが好きでして。それで、口吸いを…」
首をかしげれば、一郎さんは私をじっと見てくる。その瞳は、なにかを葛藤しているような顔で、しかしすぐに覚悟を決めた炎に包まれる。
「……すまん。」
それは一瞬のことだった。私の顔を手で掬うように包み、私の唇と一郎さんの唇を遮るように、親指を置く。ちゅ、と慎ましい音がなり、肌色が遠退いていけば、いま、まさに一郎さんにキスもどきをされたのだと認識できた。
きゃぁ、なんて声が周りから聞こえる。いつのまにか、店の中の客が、私たちに注目していた。
「はい、恋仲であると言うことは確認できましたので、後程、恋人限定の甘味を、店主からお送りいたしますね。」
店員さんが離れたとたん、すまないと謝られる。
「いまだけ……恋人でいてはくれないか。」
私は、すこし迷った挙げ句、頷いた。
「まさか、ここまでして甘いものが好きとは思いませんでしたけれど…たしかに、私のお店にも、よくきてますものね。たぶん、恋人限定のスイーツ……甘味が出てるんですね?」
「いや、そうでは……う"う"ん"そうだ、甘いのが好きなんだ。だから……ふっ、棚からぼた餅、一石二鳥?まぁなんでもいい、……役得だ。」
「?」
何のことかわからず首をかしげるが、一郎さんは一人でふふ、と笑っている。すると、上から木のタライが…一郎さんの真上に落ちてきたが、一郎さんは避けた。高速で。
「地味に当たると痛いからな…」
遠い目をする一郎さん。それは、鬼火のときに味わった痛みを思い出してるのでしょう。
「にしても、やつはどこかで聞いているのか?そもそも、なにもないところからなぜこんなものを出せるんだ…?」
一郎さんがうねっていると、店員さんがお待たせしました、と席に案内してくれた。
「団子だけでは味気足りんな…店主殿…」
「あらいやだ、いまは恋人なんでしょう?」
「あっ…、なら、お、お前。この中なら、どれが好きだ?」
そう言い、メニュー表を私に広げて見せる。どちらかというと、お前呼びだと、夫婦のような気もするが…私は、すかさずどら焼きを指差した。たまにはあんこを食べたいと思ったからだ。
「なるほど…すまん!どら焼きも二つ!」
(恋人だものね。同じのをたべなきくちゃ、怪しまれるもの。)
彼女側の食べたいものに合わせてくれるなんて、なかなかいい男だわ、それに奢ってくれると言うし…。
「それにしても、別の甘味の店に行くことを両城してもらえるとは思っていなかった。なんだか今朝から期限が良さそうだしな。」
「あら、私、他のお店の甘味も好きですよ?それに、ここ最近新しい常連さんが出来ましたし……今さらですけど、奢ってもらっていいんですか?」
「好いた女に金を出させるほど、わしは腐った男ではないんだが?にしても、常連か。わし以外の常連が知らぬまにできるのは、なんだか寂しいな。」
(……役にはまってるわ。そこまでして、食べたいのね??特典とやらを。)
残念なイケメンだわ、とは思うが、なんだか可愛く思えてしょうがない。これも、イケメン効果なのだろうか。
 改めて、店をぐるりと見渡す。視界の端には、入り口にいた狐のぬいぐるみ。棚に飾られている。
「……ん?あのような人形が好きか?」
「あっ、え、ええ…なんだか、知り合いに似ている気がして…。」
「知り合い?お前には狐の知り合いがいるのか、はっはっはっ、それは楽しそうだ。お目にかかってみたいな。きっと、可愛いのだろうな、戯れている姿は。」
(お目にかかってみたいというか、ほぼ毎日会ってますけれどもね!!)
頭に浮かぶは、あの化け狐。顔面偏差値やスペックが高すぎるイケメンである。
(思えば、一郎さんも結構ハイスペックよね。武術はできるし、推理能力高いし。それに、顔も、格好いいし。どこかのお金持ちの息子みたいだし。)
そう思えば、甘いものが好きすぎるなんて、あまり短所にはならないのではないだろうか。
「どうして恋人がいなかったんですか?……あっ!?」
つい、心の声が漏れてしまった。しかし、後悔するも後の祭り。すぐに謝る。しかし、怒っているようすはなく、苦笑して一郎さんが教えてくれた。
「わしは周りから恐れられていてな……おなごの心もよくわからんし、いままで仕事一筋であったからな。」
「えっ!?一郎さんが…!?」
でもたしかに、初めに会ったときなんて、すごい剣幕で、仏頂面で睨まれて、刀を向けられて怖かった。しかし、いま目の前にいる一郎さんは、優しくいい人だと知っている。
「どうも、職場の輩に厳しくしすぎているようでな。だが、上司がしっかり教育せねば、下は腐っていくだろう?腐った根性はどうも叩き直したくなる性でな。」
(なんっていい上司…!)
あからさまにズーン、という空気を背に持ち、落ち込んでいる一郎さんに、私は口を開く。
「きっと怖く思われても、同時に尊敬されていますよ。部下さんたちのためを思っていることは、きちんと私に伝わりましたから。一郎さんなら、失敗したときには怖く怒るのでしょうけど、成功したら、とても誉めてくれそうです。よくやった、だとか。誰かは、一郎さんが本当は優しい人だってこと、わかっていますよ。」
目を合わせて笑いかければ、一郎さんは目を見開いたかと思うと、微笑み返してくれた。
「……ありがとう。たしかに、そういう奴らもいるな。わしの、本心なんて、だれも気づいてないと思っていたが…どうやら、思い違いだったようだ。ふっ、だれかに言われて気づくなんて、おれもまだまだなようだな。」
乾いた笑いが聞こえるが、その頬は朱色に染まっていた。なんだか、とても幸せそうな笑顔。
「なんだ?わしをじっと見て…頬を染めて。」
どうやら、見惚れていたようだ。イケメン、恐るべし。

 そんなことをしていれば、どら焼きと三色団子が運ばれてくる。ぱくり、と口にいれれば、あんこの美味しい風味と、団子のモチモチとした食感が口に広がった。
「なっっんって美味しいの!和菓子、やっぱり侮れないですね…!」
「ふっ、お気に召していただけたようで、なによりだ。まぁ、わしの好みは、やはりおまえの店のけえきとやらだがな。そういえば、誰が作っているんだ?あの量をつくるのは、大変だろう?」
「……。えっと、企業秘密ですよ。」
(苦しいかしら……)
実際、私にはわからない。いつのまにか、補充されているので、ある種のホラーである。
「ふむ、たしかにそうだ。」
「やったいけたわ!!」
「いけた??」
つい、と口を押さえる。一郎さんをチラリとみるが、あまり気にしたようすはなく、ホット胸を撫で下ろした。一郎さんと、注文した品を食べ終え、雑談をしているとき、はっ、と特典について思い出した。
「それにしても、特典……来ませんね?届いているのは、注文したお品だけですし…。」
「ふむ…そうだな。」
一郎さんが店員さんに、食べ終えた、と声をかけると、栗の乗ったモンブランを持ってきてくれた。……とても、見に覚えのある。
「!……ふむ。」
一郎さんも気づいたのか、眉を寄せ考えている。
そう、とても似ているのだ。私の店のケーキと。
「こちら、もぉんぶらぁんとやらでございます。」
「!?」
時代からして、あるはずがない。まさか、私と同じ…と考えたとき、店員の顔に見覚えがあったことに気がついた。
「……!?今朝も来た、新しい常連さん!?」
「……けぇき屋さんの店主?なぜここに…!?」
すると、出したケーキのことを思い出したのか、はっとしたように、これは違う、違うんですと言う。
「……大丈夫ですよ。きっと、こういうお店で出してもらえる方が、ケーキたちも嬉しいと思うので。あっ、どうせなら、共同営業にしませんか!?私のところから仕入れて、こっちで売る、とか!」
「え……怒らないんですか?私は、無断で勝手にあなたのけぇきを……」
まぁ、私は作ってないし、実質原価0だもの。
なんてことは言えないので、こっちのほうがお客様多いですし、と笑っておく。
「いろんな人に食べてもらって、笑顔になっていただく方が、私にとっても嬉しいですから。」
原価0だし!!
「ええ……申し訳なかった、いや、ありがとうございます。このお店で、ゆっくりしていってください。」
感動したような顔をされ、そのまま店の奥にいった店員さんを見届け、私たちはケーキを食べ始めた。

帰り道。歩きながら話していれば、先ほどの店員さんが追いかけてきた。
「お客さん!お忘れものですよ!」
「えっ、あっ!ごめんなさい…」
すぐになにを忘れたのかと体をまさぐるが、とかに忘れたものはなさそうだった。
「あ、あら?特に忘れ物はなさそうですけれど…」
一郎さんをみれば、わしもだ、と言う。
「忘れてますよ!……刀を。」
その瞬間、彼は懐から小刀をだし、斬りかかってきた。避けようと思ったが、身体が動かない。金縛りにあったように固まっている。
混乱しているまに、刀はすぐそこまで迫っていた。
(斬られ…!?)
がきん、と音がした。一郎さんが、持っていた刀で防いでくれたのだ。
「な…!?なぜ動ける…!?」
「あいにく、薬や毒の類いは効かない体質でな。そして、やはり、あの店は黒だったか。」
「……っ?」
どう言うことか、と身体が動かないため目で訴えれば、一郎さんは、どこからか縄をとりだし、縛り上げた。
「あの店にいった後に、二人組の男女が失踪したり、殺害される事件が起きていた……と、噂に、なっていてな。どうやら被害者の共通点は、恋仲であったことと、甘味処に行ったことのみでな。一番目ぼしい甘味処が、あの店だったのだ。動機は、快楽殺人。そして、恋人に別れを告げられでもした逆恨み。きっと、特典に薬を混ぜ、帰りの途中で動けなくなり、意識のみが働く被害者を襲っていたのだろう。
……すまんな、巻き込んでしまって。」 
「いや、怪我はしてないので大丈夫ですけれど…どうしてそんな、事件解決をしようと?まるで警察……」
(あら?この時代だと、何て言ったかしら?)
「えーっと、新撰組?みたいなことを?」
「げっほ、げほげほ!!す、すまん、器官に入ったらしくてなっ!げっほ、げほ、」
大丈夫かと声をかけると、少しまってくれ、と言われ、おとなしくまつ。
「そ、そのだな……実は、知人に新撰組がいてな。囮調査に協力してくれと言われてしまい…。」
「あらら…。」
「事前に伝えなかったのは悪かった。あの店だと、確実には言えんかったため、変に警戒させるのもなんだと思ったんだ…。その、普通の逢引のように、感じてほしかった。」
「……。」 
一郎さんはいい人だから、知り合いに頼まれたら頷いてしまうんだろうな、と思えば、哀れみの気持ちがわいてくる。一郎さんは、ずっと思い詰めたような顔をしていて。
「知り合いのためとは言え、危険なことはしないでください。私が、とても心配します。それに、今回のこと、私はあまり気にしていませんし、楽しかったですよ。」
「……!ああ、すまなかったな。それと、ありがとう。」
パッと顔を上げた一郎さんは、花の咲くような笑顔を浮かべた。

警察のような人たちがいつのまにか来て、その人たちに犯人を渡す。犯人に、あの店員さんに、けぇきを喜んで買っていたのは嘘だったのか聞けば、彼女との思い出の品だったよ、とだけ告げて連行されていった。
そして、私たちは彼らの事情聴取を受け、いつのまにか薬がきれたのか、動けるようになった体で帰ろうとした、
……その瞬間。一郎さんの真上に、タライが落ちてきた。さすがに、不意打ちには叶わないのか、直撃をする。まさか、と思って周囲に目を走らせれば、道端の地蔵の上に、狐のぬいぐるみが。近づき確保しようとした瞬間、





やつは逃げた。……そう、玉藻前が、人形のふりをしていたのだ。
「まさか、本物の狐だったとはな。すべてみられていたのか。」
いたた、と声をこぼしながら、逃げていく狐を目撃した一郎さんは、あいつが君の友達の狐か、案外いたずらっ子なんだな、と笑った。
私は、その笑顔に毒気を抜かれながらも、玉藻前を叱ることを決心したのだった。
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