上 下
338 / 353
第三章 第七節 神の死

 4 死の予言

しおりを挟む
「で、では、では、当代はご自分の死を託宣により告げらていた、そういうこと、でしょうか?」

 使者が恐る恐る聞く。

「それは分かりかねます。どのような意図の託宣か、それはシャンタル以外の者が口にできることではないのです」
「さ、さようですか……」

 だが当代が自分を沈めよと申したことは事実だ。

「ご自分を沈めるように、そうおっしゃったと言うのですね?」
「そうです」

 マユリアがそう答える。

「千年前の託宣に従う、ご自分を沈めるように、そうおっしゃいました」
「なんと……」

 では当代は自分の死を予言しその後のことまで伝えていたということか。使者はそう判断する。

「そ、それで、どうなさるおつもりでいらっしゃいます」
「託宣に従います」
「え!」
「明日の夕刻、シャンタルの御身を黒い棺に入れて聖なる湖にお沈めいたします」
「ええっ! というか、その先ほどおっしゃっていらっしゃった黒い棺とは?」
「これはわたくしの最後の託宣です」
「マユリアの、ということは、シャンタルでいらっしゃった時の、十年前の?」
「そうです」
「そ、その託宣とは?」
「それについては私とこの侍女、ラーラが申し上げます」

 キリエと、呼ばれてそれまでシャンタルの御手を握って泣いていたラーラ様が泣きはらした目をして前に出てくる。

「ご存知のようにこの侍女、ラーラは……ラーラ様は、先代のマユリア、つまり先々代のシャンタルでいらっしゃいます」
「え、ええっ!」

 使者は知らなかった、ラーラ様のことを。

「い、いえ、存じ上げませんでした」
「さようでしたか……」

 ラーラ様は黙ったまま、じっと俯いて立っている。

「ラーラ様は、千年前の託宣、『黒のシャンタル』に対する託宣と、お生まれになった当代をご覧になったことで託宣を見届け、シャンタルをお守りするために侍女としておそば近くにお仕えする、そうご自分の運命を定められ、シャンタル付きとして宮にお残りになられました」
「そうだったのですか……」

 宮のことは、宮の秘密のことは神殿にすら漏れることはほとんどない。使者だけではなく神官長もこれまでの話は寝耳に水の出来事である。

「そうして、ずっとシャンタルのおそばにおられました。そのラーラ様がマユリアでいらっしゃった時、呼ばれて私はこの寝室に入りました。その時に当時のシャンタル、当代マユリアの最後の託宣を一緒に拝聴いたしました」
「なんと?」
「子ども用の黒い棺を作るように。黒い棺に銀色で鳥の意匠を施して時が来るまで眠らせるように、と」
「なんと……」

 これはもう神による託宣、今回のこともすでに定められた運命だった、そうとしか思えない。

(神の、神に手による御業みわざ、人の関与できることではない、人の罪ではないのだ)

 そう自分に言い聞かせてホッとする。

「で、では、今回のことは……」
「シャンタルの運命、かと……」

 マユリアがそう項垂うなだれるのを見て、あらためホッとする。自分が責任を問われることではない、と。

「そ、そういえば」

 使者がふと思い出す。

「なんでしょう?」
 
 マユリアが表情を変えずに答える。

「さきほどおっしゃっていらっしゃいました助け手たすけでとやらですか、その者はどのような役割を……」
「シャンタルが助け手にお心を開くこと、そのために呼ばれました」
「シャンタルがお心を?」
「そうです。当代は大変強いお力をお持ちです。そのお力を使うために、この国の、世界のためにご自分を封印されていらっしゃいました。ですが、その役目も間もなく終わり、次代様に力をお渡しになられる、そのために、それまで封印しておられたご自分を取り戻すために、外からの助け手が必要であったのです」
「さ、さようでございましたか……」

 聞いたもののあまりよく意味が分からない。分からぬなりになんとなく大変なことが行われたようだと感じる。

「お出ましの時の当代はご立派でいらっしゃいましたでしょう?」
「あ、は、はい」

 使者はこれまで何度かお出ましを見たことがあった。そして謁見の機会を得たこともあった。
 だがどの時もシャンタルは表情を変えることもなく、声を発することもなかった。使者に対しての託宣はなかったからだ。

 まるで人ではないような、人形のようなと思っていた。それが今日のお出ましではなんとも美しく、高貴で、年相応に可愛らしくてそのお姿に見惚れ、そのお声に聞き惚れてしまったのを思い出した。

「そのためにあの者が必要だったのです。そして十分にその役目を果たしてくれたので月虹兵の任に就けました」
「なるほど、そのようなわけでしたか……」

 使者は納得できた気がした。
 
 マユリアは何一つ嘘をついてはいない。
 ただ、言葉をどう受け止めるかは聞いた相手の自由である。

「では王宮にお伝えして参ります……」
「お願いいたします」

 一刻も早くと小走りで重い身体を揺らしながら王宮へと急ぐ。

 もたらされた訃報ふほうに王宮中が大混乱となる。

「ではマユリアはどうなるのだ! マユリアの後宮入りは!」

 報を聞いた王の第一声がそれだった。

 使者は自分が責任逃れのために誰かになすりつけたいと思っていたことは棚に上げ、国の難局にこれが王たる者の言葉かと、心の内で失望を感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

処理中です...