上 下
337 / 353
第三章 第七節 神の死

 3 事情聴取

しおりを挟む
「あ、あの、あの、あの……そ、その」

 何をどう聞けばいいのか、下手なことを聞いて自分の首が、文字通り首が胴から離れるような事態だけは避けたい、使者が動揺のあまりに言葉を続けられなくなる。

「千年前の託宣については、あまり詳しいことは申し上げられません」
「で、でしょうな……」

 今はもう見て分かるほど顔いっぱいに汗を流しながらやっとのように答える。

「ですが、必要なことだけはお答えしたいと思います」
「そ、それは……」
「何をお答えすればよいですか?」
「あ、あの……」

 どうすれば自分に罪がないように持っていけるか、今はもうそのことだけで頭がいっぱいになっている。
 何か、他に原因があるとすれば、その責任を押しつけることができる者はいないものか……

「あ、あの……その前の宮の侍女以外にここに入った者は?」
「ございます」
 
 あっさりとマユリアが答えるのに、溺れる者がすがるように飛びついた。

「そ、それは誰です!」
「シャンタルの託宣の客人、トーヤと申す外の国の者、それからこのたび月虹兵という役目に就くことになりましたダルという者です」
「そ、そ、その者たちは今どこに!」
「今、ここにはおりません」
「どこに行きました!」
「その2名につきましては、宮のお役目のため、お出ましが終わってすぐに外へ向かわせました。ですのでここにはおりません」
「そ、そうですか……」

 使者ががっくりと頭を下げる。
 場合によってはその者たちに責任をなすりつけてでも、そう考えていたのだが。

「この度の交代に合せて発表いたしましたが、月虹兵という宮と民をつなぐための新しい役目、その任に就いたのがその2名なのです。早速の役目で宮を離れるようにと命じました。役目の内容については申せません」
「承知いたしました……」

 マユリアの言葉に使者がなすすべもなく黙り込む。

「で、では、先ほど話に出ました前の宮の侍女2名、その者たちは今どこに」
「その2名はトーヤとダルの世話役として前の宮に詰めております。わたくしのお籠りが終わり、元のシャンタル付きの侍女が宮に戻ったので元の役目に戻しました。戻して何日になりましたか?」
「マユリアがお戻りになられたのが5日前ですので、その日の午後かと」
「だそうです」
「そ、そうですか……」

 では、その侍女たちに責任をというわけにもいかぬ。

「それからその侍女たちと2名の月光兵をいといたいとシャンタルがおっしゃられて、一昨日前にこの部屋に呼びましたが、お声をいただいてすぐに退室いたしました。それ以降ここには近寄っておりません」
「そうか……」

 キリエの言葉にそう答える。

「あ、あの、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「必要なことであればなんなりと」

 マユリアが美しい顔を和らぐことなく答える。このような事態ではあるが、自分にそのかんばせを向けられたことにぼおっとしてくる。

(いかんいかん)

 生存本能からかろうじて自分を取り戻す。

「あの、託宣の内容につきまして、お話しになれることだけでもお聞きできれば……」
「分かりました」

 マユリアが続ける。

「古い託宣に、黒のシャンタルについてとございました」
「黒のシャンタル?」
「ええ。当代のご容貌から民たちがそのように呼んでいたという事実をわたくしも耳にしております」
「なんと、そんなことが!」

 使者は知らなかった。そのような下々の声など聞く必要も感じたことがなかった。

「当代のあまりのお力の強さゆえ、そう呼んで畏れ敬っていたとのことです」
「さようなことが……」

 ひとしきり汗が吹き出す。

「その『黒のシャンタル』が命を失うかも知れぬ、そのための『助け手たすけで』として外の国のトーヤをシャンタルがお呼びになられたのです。わたくしがカースへ出向いたこと、知っておりますね」
「は、はい、それはもちろん」

 マユリアがシャンタルの名代としてカースへ出向いたという大事は王宮にも伝えられていた。

「そうして宮へ迎え、色々と動いてもらっていたのです。そのために世話役として付けたのがミーヤでした。そしてその手伝いのためにやはり宮に迎えたダルの世話役がリルです。わたくしのお籠りが終わり、2名の任も終わったとばかり思っておりましたのに……」

 やはりマユリアのお籠りに話が戻る。お籠りの邪魔をしたがためにシャンタルがお命を失ったということになっては自分だけではなく王にも神の障りがあるやも知れぬ。なんとかそれだけは避けなければならない。

「で、では、一度はその託宣のことは無事終了したということでよろしいのですな?」

 無理やりのように話をそう持っていく。

「ええ、そう思っておりました。これでもう当代は救われたと……ですが」
「まだなにか?」

 心臓が飛び出しそうになりながら聞く。

「当代の託宣がございます。本来ならわたくしが口にすることではないのかも知れませんが、シャンタルからお伝えできないことゆえ、申し上げるべきかと思います」
「そ、それは何を」
「黒い棺の託宣です」
「え?」
「『わたくしを聖なる湖に沈めるように』、そうおっしゃいました」
「ええっ!」

 あまりの言葉に使者が大声を上げる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

処理中です...