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第三章 第六節 旅立ちの準備

20 継承

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 そんな風に若い4人がこっそりとつまらぬことを言い合っていると、神殿の方からカラーンカラーンと軽やかな鐘の音が流れてきた。

「継承の儀式が終わったようですね」

 シャンタルが次代様に触れたと告げる鐘の音だ。
 宮の中の人から、リュセルスから、わあっと大きな声が広がっていく。

「もうすぐお出ましになられますよ」
「ああ……」

 ミーヤに言われ、トーヤも真面目な顔になってバルコニーをじっと見る。

 あの日、初めてシャンタルを見たあの日を思い出し、少し固い顔になる。

 客殿のあの客室からは少し斜めにバルコニーが見える。渡り廊下からはさらに斜めで奥まってはいるが、建物の中から次代様を抱いたマユリア、ラーラ様に手を引かれたシャンタルが出てきたのが見えた。

 さらに声が大きくなる。
 
 シャンタルと呼ぶもの、マユリアと呼ぶもの、おめでとうございますと叫ぶもの、みなが口々にいろいろな言葉を口にする。
 その嵐のような音が渦巻く中を静かに進む4人の歴代シャンタル。

 やがてバルコニーの一番前まで進むとマユリアが左手を少し上げた。

 ピタリと音が止む。
 嵐のような音が静まり、今度は沈黙が場を支配する。

「継承の儀式は無事に行われました」

 マユリアのよく通る美しい声がそう告げると、またわあっと歓声が上がった。

「シャンタルからお言葉がございます」

 それを聞いて歓声が渦を巻いたように変わった。

 これまでシャンタルは一言も言葉を発したことがない。お出ましを見に来たことのある者でお声を聞いたことがある者はない。当然だ、ずっと人形のように託宣以外を口にしたことがないのだから。

 もう一度マユリアが左手を上げると渦が飲み込まれて消えていった。

 シャンタルがマユリアの顔をじっと見て、お互いに一つ頷くとまた前を向いた。

「みなさん、ありがとう、わたくしの内なる女神シャンタルは次代様へと受け継がれました」

 にっこりと微笑みながらそう告げた。

 割れんばかりの歓声が沸き上がる。
 初めて聞くシャンタルの声、初めて見る笑顔。

 異常なまでの興奮に答えるように、シャンタル右手を上げてかわいらしく小さく振る。
 また一層の声に沸き返る。

「なんてお可愛らしい声なんだ!」
「見てあの笑顔、なんておきれいな」
「俺、お出まし見に来たことあるけど初めて声聞いた!」
「ああ、今度のマユリアもまたとてもお美しい方……」
 
 そんな声が、ためいきがバルコニー前に満ちる。

 シャンタルが恥ずかしそうにマユリアを見ながら小首を傾げ、それを見たマユリアがにっこりと笑う。
 また声が一層大きくなる。

「マユリア!マユリア!」
「シャンタル!シャンタル!」

 呼ぶ声が、こだまがこだまを呼んでシャンタル宮の背後の聖なる山をすら超えて国中に広がるようだ。

 そうして短いお出ましの時間が終わり4人のシャンタルは宮へと戻り、1回目のお出ましは終了した。

「なんだ、もう終わりかよ」
「ええ、報告だけですので」
「いつもお出ましはこのぐらいよね」
「俺、見に来たことなかったから感動した……」

 ダルがじんわりと涙を浮かべる。

「まあとにかく、見たから部屋に戻るかな」
「えっ?」

 ダルが驚いてそう言う。

「へ?だってもう見ただろ?」
「いや、次も見ないのか?」
「は?」

 どうやらダルは5回全部を見たいらしい。

「いや、同じだろ?」
「それはそうだけど……」

 トーヤは「そういうタイプ」でダルは「ああいうタイプ」らしい。

「まあ、特にやることもねえし、次も見とくか……」
「うん、そうしようよ」

 ダルはニコニコして椅子に座り直す。
 その様子をトーヤがやれやれとふっと息を吐きながら笑って見る。

「あんたらは大丈夫なのか?」
「ええ、私たちは客室係としてお付きしているようにと」
「おかげでのんびりできてよかったわ、今までの係だったら今頃大変よ」

 リルがそう言うのを聞いてミーヤもクスッと笑った。

「お、なんか前の方から出ていくみたいだな」

 ミーヤから聞いていたように、区切ってある一番前、宮から見て右側の端の人々が衛士に誘導されて外の通路から宮の外へと向かって歩き始める。全員が通路に出たところでその隣、宮から見て右から2番目の枠と区切っていた棒が取り外され、その内にいた人々が一番端の枠へと移動し、前の枠の人に続いて通路へ出る。
 次はその隣、その隣と人が出たのを見計らっては棒を外す。そうして1列目が全員通路に出たところで横の列を区切っていた棒が戻され、今度は縦の1列目と2列目を区切っていた棒が外された。そうすると今まで2列目の宮から向かって一番右の枠にいた人々が最前列の一番右の枠に移動し、また1列目と同じように外へ出る。
 そうして前へ前へと移動して、最後列が空っぽになったところで今度は最後列の宮から見て一番左端の枠が埋まったら棒を閉じる、次の枠に入れるを繰り返し最後列がいっぱいとなる。そうして棒を下ろしたり上げたりしてまた1回目の時のようにきれいに人が収まった。

「へえ、すごいもんだな」
「本当に」

 4人はその様子を渡り廊下から見ていた。
 衛士らしい人影がそれぞれの棒のところに立ち、指示に従って上げたり下げたりして人々を並ばせていく様は壮観であった。
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