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第三章 第五節 神として
5 大事なもの
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「誰のため……」
「そうだ、よく考えろ」
シャンタルはそう言われてじっくりと考え始めた。
「と、その前にほら、飯食おうぜ、冷めちまう。腹減ってるといい考えも浮かばねえからな。ほれ、ちび、おまえも食え」
そう言いながら適当に取ったご馳走をシャンタルの皿に入れていく。
「そんな風に入れて、おいしくなさそうになるじゃありませんか」
「大丈夫だって、腹ん中入りゃ全部同じだ、ほれ、食えよ」
皿を押されてシャンタルがフォークを持って口に入れていく。
「じっくり味わって食えよ。宮を出たらもうこんなうまいもん食えなくなるからな」
「え、どうして?」
「そりゃ、これはおまえのために精一杯料理人が考えて作った料理だからだよ。おまえのためだけに作られてる」
そう言われてもシャンタルには分からない。食事というものは自分のためにだけ作られていることに慣れている。いや、正確にはごく最近食べるようになってからはそう思っていたからだ。
「シャンタルのために?」
「そうだ、この宮の物は全部おまえのためにあり、この宮の人間はみんなおまえのためにいる。だからな、この宮の人間でおまえを大事じゃない、思ってないなんて人間はいねえんだよ。まあそういう話は後だ。とりあえず食おうぜ、見た目だけじゃなく味もいいよなあ、うまいよなあ」
「その見た目を崩してしまったのはどなたでしょう?」
「ほらな、また怒られた。おまえも怒られないうちに食え」
シャンタルも言われてもくもくと食べる。
「おいしい」
「だよな? その気持ちを覚えときゃ迷うこたあない」
トーヤの言うことはよく分からないとシャンタルは思う。
そうして3人で食事を終えた。
食事係が食器を下げにきてトーヤを見てギョッとする。だが応接室にいる人数は3人、キリエに言われて持ってきた食事も3人分。少なくともキリエの了解を得てこの見知らぬ男はここにいるのだろうと無理やり納得させて下がっていく。
「ねえ、おいしいって覚えておいたら迷わないの?」
「ん、なんだっけ?」
「また適当なことをおっしゃるから」
ミーヤが顔を顰めて言うとトーヤが笑う。
「あれか? いや、適当には言ってねえぞ、真理だ」
「真理?」
シャンタルが聞く。
「ああそうだ。うまい飯をうまいと素直に思える気持ち、それを覚えておけってこった」
「おいしいご飯をおいしいと思う?」
色々と自分が使っているのとは違う言葉を使うトーヤではあるが、話しているうちになんとなくどれがどれを指すのかが分かってきた。
「そうだ」
「分からない……」
トーヤの言うことは色々な意味で難しいとシャンタルは思ったので、
「トーヤの言うことは難しくてよく分からない」
そう素直に言う。
「またはっきり言うな、いいこった」
そう言って笑うトーヤにひたすら首を傾げる。
「そんじゃおまえにも分かるように言ってやるよ。おまえ、さっきみんながおまえのことを思ってない、そう言っただろ?」
「うん」
「ずっとそう思ってたか?」
聞かれて考える。
「ううん、思ってなかった」
「だろ? だったらそうじゃなかったんだよ」
「でも、でもマユリアはシャンタルを沈めるって」
「それな」
トーヤが片足を上げて足を組みかけ、はっと気付いたようにやめる。もう少しでまたミーヤに怒られるところであった。
「言っておいてやるがな、マユリアたちはおまえが大事だ」
「でもだったら」
「まあ待て、よく聞け。おまえのことは大事だ。だけどな、他にも大事なことがあるんだよ。なんか古い託宣だとか、世界の運命とかな、なんかそんなことも大事なんだとよ」
「託宣と運命……」
「そうだ」
ふうっと一つ息を吐く。
「マユリアたちはな、おまえのことが大事で大事でしょうがない。だけど託宣にも背けない、世界の運命も気にかかる。だからなんとか託宣に従って世界の運命も変えない、そしておまえも助けられる方法を探してた」
シャンタルがじっと考える。確かキリエがそんなことを言っていたような気がする。
「だからな、おまえのことが大事じゃないわけじゃない。思い出してみろ、大事にされてなかったか?」
「分からない……」
言われてトーヤも思い出す。
「そうか、分かりにくいかもなあ。おまえ、ずっとあんな感じだったしな。って、それがなんでこうなってるんだか分かんねえけど」
うーんと頭を捻る。
「まあとにかく、だ。おまえを棺桶に入れて沈めるってのは感心できたこっちゃねえが、それは決しておまえを嫌いだとかいらないとか、そういうことでやろうってのじゃないってことだ」
シャンタルが「沈める」と言われてビクッと身をすくませる。
「シャンタル」
ミーヤが心配するようにシャンタルの手を握り、
「なんでそういうきつい言い方をするのでしょう」
そう言ってトーヤを睨む。
「なんでって、洒落のめして言ってもしょうがないしな」
あっさりとそう言う。
「とにかく、託宣ってのにもある。俺がおまえを助けるんだからそれを信じろ。そしてマユリアたちも信じてやれ」
「それって……」
シャンタルが考えるようにしてからトーヤに言う。
「トーヤはマユリアたちがシャンタルを沈めてもいいって言ってるの?」
「その通りだ」
さっきよりもっとあっさりトーヤが答えた。
「そうだ、よく考えろ」
シャンタルはそう言われてじっくりと考え始めた。
「と、その前にほら、飯食おうぜ、冷めちまう。腹減ってるといい考えも浮かばねえからな。ほれ、ちび、おまえも食え」
そう言いながら適当に取ったご馳走をシャンタルの皿に入れていく。
「そんな風に入れて、おいしくなさそうになるじゃありませんか」
「大丈夫だって、腹ん中入りゃ全部同じだ、ほれ、食えよ」
皿を押されてシャンタルがフォークを持って口に入れていく。
「じっくり味わって食えよ。宮を出たらもうこんなうまいもん食えなくなるからな」
「え、どうして?」
「そりゃ、これはおまえのために精一杯料理人が考えて作った料理だからだよ。おまえのためだけに作られてる」
そう言われてもシャンタルには分からない。食事というものは自分のためにだけ作られていることに慣れている。いや、正確にはごく最近食べるようになってからはそう思っていたからだ。
「シャンタルのために?」
「そうだ、この宮の物は全部おまえのためにあり、この宮の人間はみんなおまえのためにいる。だからな、この宮の人間でおまえを大事じゃない、思ってないなんて人間はいねえんだよ。まあそういう話は後だ。とりあえず食おうぜ、見た目だけじゃなく味もいいよなあ、うまいよなあ」
「その見た目を崩してしまったのはどなたでしょう?」
「ほらな、また怒られた。おまえも怒られないうちに食え」
シャンタルも言われてもくもくと食べる。
「おいしい」
「だよな? その気持ちを覚えときゃ迷うこたあない」
トーヤの言うことはよく分からないとシャンタルは思う。
そうして3人で食事を終えた。
食事係が食器を下げにきてトーヤを見てギョッとする。だが応接室にいる人数は3人、キリエに言われて持ってきた食事も3人分。少なくともキリエの了解を得てこの見知らぬ男はここにいるのだろうと無理やり納得させて下がっていく。
「ねえ、おいしいって覚えておいたら迷わないの?」
「ん、なんだっけ?」
「また適当なことをおっしゃるから」
ミーヤが顔を顰めて言うとトーヤが笑う。
「あれか? いや、適当には言ってねえぞ、真理だ」
「真理?」
シャンタルが聞く。
「ああそうだ。うまい飯をうまいと素直に思える気持ち、それを覚えておけってこった」
「おいしいご飯をおいしいと思う?」
色々と自分が使っているのとは違う言葉を使うトーヤではあるが、話しているうちになんとなくどれがどれを指すのかが分かってきた。
「そうだ」
「分からない……」
トーヤの言うことは色々な意味で難しいとシャンタルは思ったので、
「トーヤの言うことは難しくてよく分からない」
そう素直に言う。
「またはっきり言うな、いいこった」
そう言って笑うトーヤにひたすら首を傾げる。
「そんじゃおまえにも分かるように言ってやるよ。おまえ、さっきみんながおまえのことを思ってない、そう言っただろ?」
「うん」
「ずっとそう思ってたか?」
聞かれて考える。
「ううん、思ってなかった」
「だろ? だったらそうじゃなかったんだよ」
「でも、でもマユリアはシャンタルを沈めるって」
「それな」
トーヤが片足を上げて足を組みかけ、はっと気付いたようにやめる。もう少しでまたミーヤに怒られるところであった。
「言っておいてやるがな、マユリアたちはおまえが大事だ」
「でもだったら」
「まあ待て、よく聞け。おまえのことは大事だ。だけどな、他にも大事なことがあるんだよ。なんか古い託宣だとか、世界の運命とかな、なんかそんなことも大事なんだとよ」
「託宣と運命……」
「そうだ」
ふうっと一つ息を吐く。
「マユリアたちはな、おまえのことが大事で大事でしょうがない。だけど託宣にも背けない、世界の運命も気にかかる。だからなんとか託宣に従って世界の運命も変えない、そしておまえも助けられる方法を探してた」
シャンタルがじっと考える。確かキリエがそんなことを言っていたような気がする。
「だからな、おまえのことが大事じゃないわけじゃない。思い出してみろ、大事にされてなかったか?」
「分からない……」
言われてトーヤも思い出す。
「そうか、分かりにくいかもなあ。おまえ、ずっとあんな感じだったしな。って、それがなんでこうなってるんだか分かんねえけど」
うーんと頭を捻る。
「まあとにかく、だ。おまえを棺桶に入れて沈めるってのは感心できたこっちゃねえが、それは決しておまえを嫌いだとかいらないとか、そういうことでやろうってのじゃないってことだ」
シャンタルが「沈める」と言われてビクッと身をすくませる。
「シャンタル」
ミーヤが心配するようにシャンタルの手を握り、
「なんでそういうきつい言い方をするのでしょう」
そう言ってトーヤを睨む。
「なんでって、洒落のめして言ってもしょうがないしな」
あっさりとそう言う。
「とにかく、託宣ってのにもある。俺がおまえを助けるんだからそれを信じろ。そしてマユリアたちも信じてやれ」
「それって……」
シャンタルが考えるようにしてからトーヤに言う。
「トーヤはマユリアたちがシャンタルを沈めてもいいって言ってるの?」
「その通りだ」
さっきよりもっとあっさりトーヤが答えた。
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