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第三章 第四節 死と恐怖
18 青い夢
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シャンタルは夢の中にいた。
穏やかな夢であった。
誰かが優しく、だがしっかりとシャンタルを抱きしめている。
温かい……
その腕の中は安心できた。
これまでもずっと信頼できる温かい腕の中で眠っていたはずなのに、その手はシャンタルにひどいことをしようとしている。そう思った途端に冷たい手に思えた。
でもこの手は守ってくれる手だと思った。
シャンタルはこれまで何かを考えたことがなかった。必要がなかったからだ。
いつも何かを見て、聞いてはいたが、それが何であるかを考えたこともなかった。
いつもいつも、どこかに連れて行かれて目の前を誰かが通り過ぎていくだけ。
時々、自分の中から誰かが自分の口を借りて何かを告げる。
自分も同じようにマユリアとラーラ様の体を借りて外を感じる。
特にそれをおかしいとも不思議とも思わなかった。
それがいきなり暗闇の中に放り出され、何かがおかしいとは感じたが特に自ら何をどうしようとも思わなかった。じっとしていればまた時が過ぎて元に戻るだろう、ぐらいにしか感じていなかったように思う。
今は色々なことが楽しい。
楽しいという感情を知り、それと同時にさびしいという感情を知った。
いつも一緒だったお二人がいないことがさびしい、そう思ったがそんな時にどうすればいいのかも分からない。
それから一つ一つ色んなことを学び、思い出し、会いたいと気持ちを告げることも知った。
自分が成長すればお二人は戻ってくると教えられた。役目を受け入れれば戻ってこられると。
その時を楽しみに待っていたのに、知ったのは残酷な現実であった。
信頼していた2人が自分を冷たい水の中に沈めようとしているのだ。
どう受け止めればいいのか今でも分からない。
今でも嘘だと思いたい。
その混乱で眠ることも忘れていたが、この腕の中にいれば安心だと眠ってしまった。
この先に起こるだろう怖いことも忘れてしまっていた。
温かい眠りの中でシャンタルが目を開けた。
夢なのか現実なのか分からない。
今までもこんな世界の中にいたはずなのに、それとは少し違った。
寝台の横に誰かが立っている。
「誰?」
声をかけるが動かない。
誰なのだろうと目を凝らす。
小さな影だ。
段々と寝室の薄暗さに目が慣れてきた。
侍女の服装をしている子どもに見えた。
子どもはじっとミーヤを見て微笑む。
とても愛しそうに。
そうしてシャンタルを見てにっこり笑うと、
「お友達」
そう言って消えてしまった。
「お友達?」
そう言ったような言えなかったような、そのまま再びシャンタルは夢の中に戻っていった。
目が覚めたのはどのぐらい時間が経ってからだろう。シャンタルは空腹で目が覚めた。そんな経験は初めてだった。
「お目覚めですか?」
もうミーヤは起きて寝台の横の椅子に座ってシャンタルを見ていた。
「あの子は?」
「あの子?」
シャンタルは夢で見た子どものことを聞く。
「あの子、侍女の子」
「侍女の子?」
「小さい子」
ミーヤが意味が分からない。
この奥宮には基本的に誓いを立てるかそれに近い役職の方、それほどに信頼された侍女しか入れはしない。つまりそれなりに年齢を重ねた侍女しかいない。ミーヤと話し相手に呼ばれたリルは特例と言える。奥宮にいる子どもはシャンタルだけである。
「奥宮には小さな方はシャンタルだけですが」
「いたの」
誰のことだろう。夢でもご覧になったのだろうか。そうミーヤが思っていた時、シャンタルが驚くようなことを口にした。
「青い衣装の小さい子」
「青い衣装の!?」
その衣装を来ていた子どもには覚えがある。だが……
「そんなはずは……」
「こっちを見てたの。笑ってミーヤを見てた」
「私を……」
ミーヤは胸が詰まりそうになった。
「私をですか?」
「うん、ミーヤを見てたので見てたらこっちを見て笑ったの」
「笑った……」
「うん、それでお友達って」
「お友達!」
ミーヤがそう言ったきり動かなくなる。
「ミーヤ?」
「お友達、そう言ったんですね……」
「うん、お友達って」
「青い衣装の、大人しい小さい子でしたか?」
「小さかった」
「フェイ……」
思わずその名が口から出る。
「フェイって死んだ子?」
言葉にされてしまうとまた辛くなる。
「その子はお友達と言ったんですね?」
「うん、お友達って」
ミーヤは上着の隠しから自分で縫った小袋を取り出す。
小袋から傷つかぬように柔らかい綿で包んであったものをそっと取り出す。
「フェイのお友達です」
そっと開いてシャンタルに見せる。
青いガラスの小鳥が黒い瞳でシャンタルをじっと見ていた。
「お友達?」
「はい。トーヤがフェイに買ってあげたお友達です」
「お友達……」
シャンタルが興味深そうにじっと見る。
「触ってもいい?」
そっとミーヤに聞く。
「はい、どうぞ」
シャンタルの右手を取りそっと青い小鳥を乗せる。
その途端!
寝室が青い光に満たされた。
青い小鳥がキラキラと青い光を部屋中に放った。
「これは……」
シャンタルは手のひらに青い小鳥を乗せたまま、呆然と虚空を見つめる。
「フェイ……」
そう言うと瞳から一筋涙がこぼれた。
シャンタルが初めてこぼした涙であった。
穏やかな夢であった。
誰かが優しく、だがしっかりとシャンタルを抱きしめている。
温かい……
その腕の中は安心できた。
これまでもずっと信頼できる温かい腕の中で眠っていたはずなのに、その手はシャンタルにひどいことをしようとしている。そう思った途端に冷たい手に思えた。
でもこの手は守ってくれる手だと思った。
シャンタルはこれまで何かを考えたことがなかった。必要がなかったからだ。
いつも何かを見て、聞いてはいたが、それが何であるかを考えたこともなかった。
いつもいつも、どこかに連れて行かれて目の前を誰かが通り過ぎていくだけ。
時々、自分の中から誰かが自分の口を借りて何かを告げる。
自分も同じようにマユリアとラーラ様の体を借りて外を感じる。
特にそれをおかしいとも不思議とも思わなかった。
それがいきなり暗闇の中に放り出され、何かがおかしいとは感じたが特に自ら何をどうしようとも思わなかった。じっとしていればまた時が過ぎて元に戻るだろう、ぐらいにしか感じていなかったように思う。
今は色々なことが楽しい。
楽しいという感情を知り、それと同時にさびしいという感情を知った。
いつも一緒だったお二人がいないことがさびしい、そう思ったがそんな時にどうすればいいのかも分からない。
それから一つ一つ色んなことを学び、思い出し、会いたいと気持ちを告げることも知った。
自分が成長すればお二人は戻ってくると教えられた。役目を受け入れれば戻ってこられると。
その時を楽しみに待っていたのに、知ったのは残酷な現実であった。
信頼していた2人が自分を冷たい水の中に沈めようとしているのだ。
どう受け止めればいいのか今でも分からない。
今でも嘘だと思いたい。
その混乱で眠ることも忘れていたが、この腕の中にいれば安心だと眠ってしまった。
この先に起こるだろう怖いことも忘れてしまっていた。
温かい眠りの中でシャンタルが目を開けた。
夢なのか現実なのか分からない。
今までもこんな世界の中にいたはずなのに、それとは少し違った。
寝台の横に誰かが立っている。
「誰?」
声をかけるが動かない。
誰なのだろうと目を凝らす。
小さな影だ。
段々と寝室の薄暗さに目が慣れてきた。
侍女の服装をしている子どもに見えた。
子どもはじっとミーヤを見て微笑む。
とても愛しそうに。
そうしてシャンタルを見てにっこり笑うと、
「お友達」
そう言って消えてしまった。
「お友達?」
そう言ったような言えなかったような、そのまま再びシャンタルは夢の中に戻っていった。
目が覚めたのはどのぐらい時間が経ってからだろう。シャンタルは空腹で目が覚めた。そんな経験は初めてだった。
「お目覚めですか?」
もうミーヤは起きて寝台の横の椅子に座ってシャンタルを見ていた。
「あの子は?」
「あの子?」
シャンタルは夢で見た子どものことを聞く。
「あの子、侍女の子」
「侍女の子?」
「小さい子」
ミーヤが意味が分からない。
この奥宮には基本的に誓いを立てるかそれに近い役職の方、それほどに信頼された侍女しか入れはしない。つまりそれなりに年齢を重ねた侍女しかいない。ミーヤと話し相手に呼ばれたリルは特例と言える。奥宮にいる子どもはシャンタルだけである。
「奥宮には小さな方はシャンタルだけですが」
「いたの」
誰のことだろう。夢でもご覧になったのだろうか。そうミーヤが思っていた時、シャンタルが驚くようなことを口にした。
「青い衣装の小さい子」
「青い衣装の!?」
その衣装を来ていた子どもには覚えがある。だが……
「そんなはずは……」
「こっちを見てたの。笑ってミーヤを見てた」
「私を……」
ミーヤは胸が詰まりそうになった。
「私をですか?」
「うん、ミーヤを見てたので見てたらこっちを見て笑ったの」
「笑った……」
「うん、それでお友達って」
「お友達!」
ミーヤがそう言ったきり動かなくなる。
「ミーヤ?」
「お友達、そう言ったんですね……」
「うん、お友達って」
「青い衣装の、大人しい小さい子でしたか?」
「小さかった」
「フェイ……」
思わずその名が口から出る。
「フェイって死んだ子?」
言葉にされてしまうとまた辛くなる。
「その子はお友達と言ったんですね?」
「うん、お友達って」
ミーヤは上着の隠しから自分で縫った小袋を取り出す。
小袋から傷つかぬように柔らかい綿で包んであったものをそっと取り出す。
「フェイのお友達です」
そっと開いてシャンタルに見せる。
青いガラスの小鳥が黒い瞳でシャンタルをじっと見ていた。
「お友達?」
「はい。トーヤがフェイに買ってあげたお友達です」
「お友達……」
シャンタルが興味深そうにじっと見る。
「触ってもいい?」
そっとミーヤに聞く。
「はい、どうぞ」
シャンタルの右手を取りそっと青い小鳥を乗せる。
その途端!
寝室が青い光に満たされた。
青い小鳥がキラキラと青い光を部屋中に放った。
「これは……」
シャンタルは手のひらに青い小鳥を乗せたまま、呆然と虚空を見つめる。
「フェイ……」
そう言うと瞳から一筋涙がこぼれた。
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