261 / 353
第三章 第三節 広がる世界
17 ネイとタリア
しおりを挟む
ネイとタリアはルギと共にカトッティの王都近くにある小さな家で身を潜めて、時が過ぎるのをただただ見つめていた。
カースの村がルギと母親のために用意し、母親が亡くなってルギが失踪した後、ルギがいつ戻ってきてもいいようにと定期的に手入れされていた家は、小さくはあるが心地よさが保たれた家であった。
「カースの人たちの気持ちがこもっていますね」
「マユリアがご覧になったらお喜びでしょうね」
ネイとタリアはそう言い合って感心をした。
おかげで2人も心地よく過ごせそうだとホッともした。
家は小さな二階建てで王都周辺の村ではよくある形の家であった。
一階に寝室用の一部屋とやや広めの居間。台所は小さいテーブルを置いて少人数ならそこで食事をすることもできるぐらいの広さはある。食事はそこか居間でする。洗濯場と小さな風呂は水を運びやすいように井戸の方向に作られていることが多い。手洗い場もその方向にあるが衛生面を考えて大体が井戸からは離れた場所にある。
二階にいくつかの部屋と物置部屋や、家によっては屋根裏がある。若い夫婦が最初は2人で暮らし、来客がある時には二階に宿泊させ、やがて子どもができたらその部屋が子供部屋になる。そういう形だ。
家によって広さや部屋数は違うが大体がこんな形になっている。外は敷地の広さによって違うが洗濯干し場は大体の家にあり、子供の遊び場ぐらいになることが多い。
ルギの家も同じような造りで、一階に一部屋と居間、台所と水回り、二階に二部屋と物置、そして屋根裏部屋があった。
下の部屋にルギ、二階がそれぞれネイとタリアの寝室になったが、日々のこと以外するべきこともなく、居間か2人のどちらかの部屋で過ごすことが多かった。
ルギとも話をしないことはないが、知っているとはいえそう心安い仲でもなく、侍女は男性とあまり接することもないのでやはり2人で過ごす時間が多くなるのは仕方のないことであった。それにルギはそもそもそんなに話をするタイプではない。2人が何か話すのをそばで聞いているのかいないのか分からないが、話し掛けない限りほぼ返事もなく、いるのを忘れてしまうことがあるぐらいだ。
「よく飽きませんね」
ある時、とうとうネイがルギにそう話し掛けた。
「何がですか?」
「いえ、そうして黙ってじっと座っているだけということに」
そう言われてもルギは、
「衛士は黙って警備をするのが仕事ですし、話をしないことに特に不都合も感じません」
とだけ答えてまた黙って座り続ける。
ネイとタリアはルギとは違う。日々シャンタルとラーラ様の近くでお二人の世話をするのが仕事であった。その仕事がなくなっただけではなく、今、お二人がどうなっていらっしゃるのかを考えるとじっとしていられない、宮へ飛んで帰りたい。だがマユリアの勅命である。「連絡があるまでは誰にも知られぬように」と言われている。戻れと命があるまでは戻りたくとも戻れない。
「そんなに退屈ならば王都見学でもなさってきたらどうですか?」
ルギがそう言ってきた。
「誰にも知られぬようにとのことです。それはできません」
「知られなければいいのではないですか?」
ネイは驚いた。まさかあのルギがそんな提案をするなど思いもよらなかったからだ。
マユリアの命とあれば自分の命をかけてでも守る、忠義でできているようなこの男が、と驚きを隠しきれない。
「何をそんなに驚いていられるのか」
ルギが皮肉そうに笑う。
「まさかおまえがそのようなことを口にするとは思ってもみませんでしたから」
タリアもそう答える。
「マユリアは、知られぬようにとはおっしゃったが、外に出るなとはおっしゃってはいらっしゃらない」
確かにそうではあるが、ある種詭弁に聞こえないこともない。
「はっきり申し上げますが、そうしてお二人で鬱々とああでもないこうでもないと分からぬことをおしゃべりになっているより、王都の様子を見るなりして見識を広げた方が宮に帰った時に役に立つのではないかと思う」
ネイもタリアも幼い時に宮に上がって後、ほとんど宮から出たことがない。
「それとも、出るのが怖いですか?」
また皮肉そうにそう言われてムッとするが、言い返すこともできない。
「まあどちらかです。外を見て気晴らしされるか、引きこもって考えても仕方のないことを考えるか」
そう言われて考えた結果、市井の人の服装で少し出るならと2人で市場へ食料の買い出しに行くことにした。
「おまえは来ないのですか?」
「不安なら付いて行って差し上げてもよろしいが、私がおらぬ方がゆっくりできましょう」
またムッとして2人で外へ出る。
市場はほんの目と鼻の先にあった。ぶらぶらと2人で町を歩き、短い間とはいえ外を見ると少し気が晴れた。活気のある市場で普通の人々と混じって普通の買い物をする。それだけのことで肩の力が抜けた気がする。
少しばかりホッとして、なんとなく、あれは無愛想で皮肉屋な男の心遣いであったように思えた。
戻って食事の支度をしてルギと3人で食べる。特にこれという会話もない。
そうして時々外に出て息抜きをすることで、どうにか宮から離れる日々を過ごすことができていた。
カースの村がルギと母親のために用意し、母親が亡くなってルギが失踪した後、ルギがいつ戻ってきてもいいようにと定期的に手入れされていた家は、小さくはあるが心地よさが保たれた家であった。
「カースの人たちの気持ちがこもっていますね」
「マユリアがご覧になったらお喜びでしょうね」
ネイとタリアはそう言い合って感心をした。
おかげで2人も心地よく過ごせそうだとホッともした。
家は小さな二階建てで王都周辺の村ではよくある形の家であった。
一階に寝室用の一部屋とやや広めの居間。台所は小さいテーブルを置いて少人数ならそこで食事をすることもできるぐらいの広さはある。食事はそこか居間でする。洗濯場と小さな風呂は水を運びやすいように井戸の方向に作られていることが多い。手洗い場もその方向にあるが衛生面を考えて大体が井戸からは離れた場所にある。
二階にいくつかの部屋と物置部屋や、家によっては屋根裏がある。若い夫婦が最初は2人で暮らし、来客がある時には二階に宿泊させ、やがて子どもができたらその部屋が子供部屋になる。そういう形だ。
家によって広さや部屋数は違うが大体がこんな形になっている。外は敷地の広さによって違うが洗濯干し場は大体の家にあり、子供の遊び場ぐらいになることが多い。
ルギの家も同じような造りで、一階に一部屋と居間、台所と水回り、二階に二部屋と物置、そして屋根裏部屋があった。
下の部屋にルギ、二階がそれぞれネイとタリアの寝室になったが、日々のこと以外するべきこともなく、居間か2人のどちらかの部屋で過ごすことが多かった。
ルギとも話をしないことはないが、知っているとはいえそう心安い仲でもなく、侍女は男性とあまり接することもないのでやはり2人で過ごす時間が多くなるのは仕方のないことであった。それにルギはそもそもそんなに話をするタイプではない。2人が何か話すのをそばで聞いているのかいないのか分からないが、話し掛けない限りほぼ返事もなく、いるのを忘れてしまうことがあるぐらいだ。
「よく飽きませんね」
ある時、とうとうネイがルギにそう話し掛けた。
「何がですか?」
「いえ、そうして黙ってじっと座っているだけということに」
そう言われてもルギは、
「衛士は黙って警備をするのが仕事ですし、話をしないことに特に不都合も感じません」
とだけ答えてまた黙って座り続ける。
ネイとタリアはルギとは違う。日々シャンタルとラーラ様の近くでお二人の世話をするのが仕事であった。その仕事がなくなっただけではなく、今、お二人がどうなっていらっしゃるのかを考えるとじっとしていられない、宮へ飛んで帰りたい。だがマユリアの勅命である。「連絡があるまでは誰にも知られぬように」と言われている。戻れと命があるまでは戻りたくとも戻れない。
「そんなに退屈ならば王都見学でもなさってきたらどうですか?」
ルギがそう言ってきた。
「誰にも知られぬようにとのことです。それはできません」
「知られなければいいのではないですか?」
ネイは驚いた。まさかあのルギがそんな提案をするなど思いもよらなかったからだ。
マユリアの命とあれば自分の命をかけてでも守る、忠義でできているようなこの男が、と驚きを隠しきれない。
「何をそんなに驚いていられるのか」
ルギが皮肉そうに笑う。
「まさかおまえがそのようなことを口にするとは思ってもみませんでしたから」
タリアもそう答える。
「マユリアは、知られぬようにとはおっしゃったが、外に出るなとはおっしゃってはいらっしゃらない」
確かにそうではあるが、ある種詭弁に聞こえないこともない。
「はっきり申し上げますが、そうしてお二人で鬱々とああでもないこうでもないと分からぬことをおしゃべりになっているより、王都の様子を見るなりして見識を広げた方が宮に帰った時に役に立つのではないかと思う」
ネイもタリアも幼い時に宮に上がって後、ほとんど宮から出たことがない。
「それとも、出るのが怖いですか?」
また皮肉そうにそう言われてムッとするが、言い返すこともできない。
「まあどちらかです。外を見て気晴らしされるか、引きこもって考えても仕方のないことを考えるか」
そう言われて考えた結果、市井の人の服装で少し出るならと2人で市場へ食料の買い出しに行くことにした。
「おまえは来ないのですか?」
「不安なら付いて行って差し上げてもよろしいが、私がおらぬ方がゆっくりできましょう」
またムッとして2人で外へ出る。
市場はほんの目と鼻の先にあった。ぶらぶらと2人で町を歩き、短い間とはいえ外を見ると少し気が晴れた。活気のある市場で普通の人々と混じって普通の買い物をする。それだけのことで肩の力が抜けた気がする。
少しばかりホッとして、なんとなく、あれは無愛想で皮肉屋な男の心遣いであったように思えた。
戻って食事の支度をしてルギと3人で食べる。特にこれという会話もない。
そうして時々外に出て息抜きをすることで、どうにか宮から離れる日々を過ごすことができていた。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる