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第三章 第三節 広がる世界
16 足りなかったこと
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ミーヤがリルと一緒に廊下に出ると、リルが廊下に他に誰もいないことを確認し、急いでミーヤに聞く。
「ミーヤ、一体何がどうなっているの?私、何も分からないまま色々お話しさせていただいたけれど……」
「リル……」
ミーヤもどう説明しようかと少し考える。
「私も全部のことを知っているわけではないし、伺っていて話せないこともあるのだけれど、シャンタルの御為なの」
「シャンタルの……」
リルはそんな重要なことにたかだか行儀見習いの自分が関わることを、今更ながら少しばかり恐ろしく思ったようだった。
「それと、シャンタルはルギと私とダル様のことは覚えていらっしゃるようなのに、トーヤ様のことはご存知ないようだったわよね」
「ええ……」
そのためにリルを呼んだのだが、やはりそのことも話せない。
「理由は分からないのだけれど、なぜだか覚えていらっしゃらないようで……」
「そうなの……不思議ね」
リルからするとあの「お茶会」で一番印象に残るのはトーヤである。
あの日、謁見の間でシャンタルに初めてお目見えをした時、トーヤはそれはもう傍若無人な振る舞いであった。何しろシャンタルを「ちび」と呼び、無礼にも壇上まで上がってシャンタルと同じ高さで物を言い、挙句の果てにはいきなり抱き上げたのだから。
「一番覚えていらっしゃってもおかしくはないのにね」
「ええ……」
ミーヤにはそれ以上のことは話せない。
「でも本当に驚いたわ……あれでよかったのかしら」
リルが自分の振る舞いに何かお咎めがあるようなことはなかったか、と目をつぶって考える。
「ええ、キリエ様もああいうのをお望みだったと思うわ。本当にリルはお話が上手で感心したわ」
「そ、そう?ならいいのだけれど……」
「またお呼びがかかるかも知れないわ。私の分までお役目をお願いしているそうなのに、その上にまた大変なお務めを本当にありがとう」
ミーヤが頭を下げるとリルが慌てる。
「頭を上げてちょうだい。どうなっているのか分からないけど、私は本当に幸せだと思うわ。本当なら、ミーヤのように募集で選ばれた侍女ではないのに、行儀見習いの侍女なのにこんなに光栄なこと……おそらくミーヤが推薦してくれたのでしょう?こちらこそありがとう、感謝しています」
それは本当ではあったが、ミーヤが自分の友人を意味なく推薦したわけではなく、全てはリルの実力ゆえである。
「いいえ、全部リルのやったことよ。本当にあなたはすごいわ」
「ミーヤ……」
実はリルはミーヤと同じ時に侍女に応募をして落とされていた。自分では選ばれる自信があったのに思ったよりも早くに帰され、それが悔しくて悲しくて泣いて両親に侍女になりたいと訴え、父親があちこちに手を回して行儀見習いとして入れたという負い目があった。
そのような事情から募集で入った侍女たちにやっかみもあり、対抗意識も持っていた。大商会の娘だという自尊心もあったので、自分は募集で入ったのではないが、募集で入った者たちよりも上なのだ、と思いたかった。
ダルへの思いが受け入れてもらえなかった時、自分の思い通りにならなかったことが初めてで、それでもう少しで人としての道を踏み外し、不幸になる道へ進もうとしてしまったのも、そのような育ちであったがゆえである。
「ミーヤ、私、やっと本当に分かったように思うわ、私に足りなかったことが……」
「え?」
「私は本当に嫌な子だわ……謙遜だなんてとんでもない、シャンタルにああ言っていただいたのがうれしくて、あなたにほめてもらったことがうれしくて得意になっていたわ。なんて謙虚さが足りないのかしら……」
リルは小さく一つ息を吐いた。
「あなたが侍女に選ばれた理由が分かったような気がする、そして私が選ばれなかった理由が……」
「え?」
「言っていなかったけど、私、あなたと同じ時に侍女に応募して落とされていたの」
「そうだったの」
初めて聞く事実にミーヤが驚く。
「お父様のお力で行儀見習いとして宮に入れたけれど、あなたとの違いがようやく分かったわ、受け入れることができた……あなたはいつも素直で他の人がほめられているのを見ても心から喜べる人、私は悔しいと思って負けまいと考える人間。なんて大きな違いなのかしら」
「まあ、リル……」
ミーヤは言葉を失う。リルのことをそんな風に考えたことはなかった。
「私でお役に立つのなら、いくらでもお話もするし、他のお役目もやらせていただくわ。だからミーヤもがんばって」
「ありがとう」
リルがマユリアの世話役も任せられていることをミーヤは知らない。だがこの同僚であり友人である少女がそう言ってくれたことで勇気をもらえたと思った。
「私もがんばります。最後まで諦めないわ……」
「え?」
「いえ、こちらのこと。リルに来てもらって本当によかったわ」
「そう言ってもらえるとうれしい」
リルがそう言ってにっこりと笑う。
「さあ、シャンタルがお待ちよ、行って差し上げて。私も自分のお役目に戻ります」
「はい、リルもがんばってね」
「ええ、そちらもね」
2人の侍女はそういってお互いを励まし反対の方向へ戻っていった。
「ミーヤ、一体何がどうなっているの?私、何も分からないまま色々お話しさせていただいたけれど……」
「リル……」
ミーヤもどう説明しようかと少し考える。
「私も全部のことを知っているわけではないし、伺っていて話せないこともあるのだけれど、シャンタルの御為なの」
「シャンタルの……」
リルはそんな重要なことにたかだか行儀見習いの自分が関わることを、今更ながら少しばかり恐ろしく思ったようだった。
「それと、シャンタルはルギと私とダル様のことは覚えていらっしゃるようなのに、トーヤ様のことはご存知ないようだったわよね」
「ええ……」
そのためにリルを呼んだのだが、やはりそのことも話せない。
「理由は分からないのだけれど、なぜだか覚えていらっしゃらないようで……」
「そうなの……不思議ね」
リルからするとあの「お茶会」で一番印象に残るのはトーヤである。
あの日、謁見の間でシャンタルに初めてお目見えをした時、トーヤはそれはもう傍若無人な振る舞いであった。何しろシャンタルを「ちび」と呼び、無礼にも壇上まで上がってシャンタルと同じ高さで物を言い、挙句の果てにはいきなり抱き上げたのだから。
「一番覚えていらっしゃってもおかしくはないのにね」
「ええ……」
ミーヤにはそれ以上のことは話せない。
「でも本当に驚いたわ……あれでよかったのかしら」
リルが自分の振る舞いに何かお咎めがあるようなことはなかったか、と目をつぶって考える。
「ええ、キリエ様もああいうのをお望みだったと思うわ。本当にリルはお話が上手で感心したわ」
「そ、そう?ならいいのだけれど……」
「またお呼びがかかるかも知れないわ。私の分までお役目をお願いしているそうなのに、その上にまた大変なお務めを本当にありがとう」
ミーヤが頭を下げるとリルが慌てる。
「頭を上げてちょうだい。どうなっているのか分からないけど、私は本当に幸せだと思うわ。本当なら、ミーヤのように募集で選ばれた侍女ではないのに、行儀見習いの侍女なのにこんなに光栄なこと……おそらくミーヤが推薦してくれたのでしょう?こちらこそありがとう、感謝しています」
それは本当ではあったが、ミーヤが自分の友人を意味なく推薦したわけではなく、全てはリルの実力ゆえである。
「いいえ、全部リルのやったことよ。本当にあなたはすごいわ」
「ミーヤ……」
実はリルはミーヤと同じ時に侍女に応募をして落とされていた。自分では選ばれる自信があったのに思ったよりも早くに帰され、それが悔しくて悲しくて泣いて両親に侍女になりたいと訴え、父親があちこちに手を回して行儀見習いとして入れたという負い目があった。
そのような事情から募集で入った侍女たちにやっかみもあり、対抗意識も持っていた。大商会の娘だという自尊心もあったので、自分は募集で入ったのではないが、募集で入った者たちよりも上なのだ、と思いたかった。
ダルへの思いが受け入れてもらえなかった時、自分の思い通りにならなかったことが初めてで、それでもう少しで人としての道を踏み外し、不幸になる道へ進もうとしてしまったのも、そのような育ちであったがゆえである。
「ミーヤ、私、やっと本当に分かったように思うわ、私に足りなかったことが……」
「え?」
「私は本当に嫌な子だわ……謙遜だなんてとんでもない、シャンタルにああ言っていただいたのがうれしくて、あなたにほめてもらったことがうれしくて得意になっていたわ。なんて謙虚さが足りないのかしら……」
リルは小さく一つ息を吐いた。
「あなたが侍女に選ばれた理由が分かったような気がする、そして私が選ばれなかった理由が……」
「え?」
「言っていなかったけど、私、あなたと同じ時に侍女に応募して落とされていたの」
「そうだったの」
初めて聞く事実にミーヤが驚く。
「お父様のお力で行儀見習いとして宮に入れたけれど、あなたとの違いがようやく分かったわ、受け入れることができた……あなたはいつも素直で他の人がほめられているのを見ても心から喜べる人、私は悔しいと思って負けまいと考える人間。なんて大きな違いなのかしら」
「まあ、リル……」
ミーヤは言葉を失う。リルのことをそんな風に考えたことはなかった。
「私でお役に立つのなら、いくらでもお話もするし、他のお役目もやらせていただくわ。だからミーヤもがんばって」
「ありがとう」
リルがマユリアの世話役も任せられていることをミーヤは知らない。だがこの同僚であり友人である少女がそう言ってくれたことで勇気をもらえたと思った。
「私もがんばります。最後まで諦めないわ……」
「え?」
「いえ、こちらのこと。リルに来てもらって本当によかったわ」
「そう言ってもらえるとうれしい」
リルがそう言ってにっこりと笑う。
「さあ、シャンタルがお待ちよ、行って差し上げて。私も自分のお役目に戻ります」
「はい、リルもがんばってね」
「ええ、そちらもね」
2人の侍女はそういってお互いを励まし反対の方向へ戻っていった。
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