上 下
256 / 353
第三章 第三節 広がる世界

12 亡失

しおりを挟む
「ありがとうございます、キリエもミーヤもシャンタルを本当に好きでございますよ」
「うん」

 苦しさを押さえるようにキリエが言うとまたにっこりと笑う。

「ねえ、どうしてあんなにいっぱいお話してたの?」

 いきなりの質問であった。
 そう言えば当時マユリアから聞いたことがある。

「どうしてあの者たちが毎日毎日自分に話しかけてくるのか」

 シャンタルがそう不思議がっていたと聞いた。
 
 当時のシャンタルを思うに、本当にそういう感想を抱いたのかどうかも分からない。ただ、いつもの託宣を求める人たちとは何か違うように感じてはいたのだろう。

「シャンタルに、みんなと仲良くしていただきたかったのです」
「そうなの?」

 きょとんとした顔で言う。

「みんなはどうしているの?どうして今はお話しないの?仲良くしないの?」
「それは……」

 キリエが困っていると横からミーヤが答える。

「みんなは今は忙しくしているのですよ。またシャンタルとお話できる時間が持てましたらお話してさしあげてくださいね」
「うん」
「それでシャンタル」
「なあに?」
「お話したのはリルとダルと、それからルギ、キリエ様とミーヤ、他にも誰かいませんでしたか?」
「他に?」

 うーんと考えるが、

「リル、ダル、ルギ、キリエ、ミーヤとお話してたの」

 あっさりとそう言う。

「他には誰かいませんでしたか?」
「いなかったと思うけど……」

 どうしたことかトーヤのことはすっかり抜け落ちているらしい。

「もう1人いたのですよ」

 キリエも言う。

「もう1人?」

 不思議そうに首を傾げる。

「いたかなあ……」

 両手で両頬を押さえて考える。

「いたのですよ、覚えていらっしゃいませんか?」
「うーん……」

 一生懸命に考えて、

「いなかった」

 と、首を横に振る。

 キリエとミーヤは顔を見合わせるがそれ以上は出てこない様子であった。

 その後、昼食後にシャンタルがお昼寝の間に2人で話し合う。

「どういうことでしょう、トーヤのことは全く出てこないご様子……」
「はい」

 これまでのことから推測してみるに、シャンタルは見ていた全てのことを「記録」しているのではと思われる。その中から必要なことを引き出しては思い出しているようだ。

「ということは、トーヤのこともきっと知ってはいらっしゃるのだと思います」
「はい、私もそう思います」
「ですが、知らないとおっしゃるということは、トーヤのことを思い出そうとはなさっていないということでしょうか」
「そうかも知れません……」

 ミーヤはトーヤがシャンタルに言い放ったあの最後の言葉、

(分かったな、お前が息絶えるまで、だ。よく覚えておけクソガキ……)

 あれが理由ではないかと思った。

「あの言葉をシャンタルは受け止められなかったのではないでしょうか」

 そうキリエに言うと、

「そうかも知れません。ですがおまえには言っていなかったことがあります……」
「え?」

 そうして初めてキリエはミーヤにどうやらまたトーヤとシャンタルの間に「共鳴きょうめい」があったらしいことを告げた。

「そんなことが……」
「そうなのです」
「それで、トーヤがシャンタルをはねつけた為にトーヤのことを忘れていらっしゃるのでしょうか」
「分かりません」

 キリエが力弱く首を振る。

「ですが、トーヤのことだけをお忘れ、いえ思い出そうとなさらないということに関係がないとは思えません」
「はい」
「どのようにしてシャンタルの中からトーヤの記憶を引き出すのか……」
「はい……」

 単に忘れているのとは違う、おそらく「えて思い出さない」ようにしているのだと思われた。

「それを引き出せるのでしょうか……いえ、引き出した方が良いのでしょうか?」

 シャンタルがどうしても思い出すまいとしているとしたら、それはトーヤとの間にあったことを思い出すのが不快であるからだろう。共鳴か、会話か、それともはねつけたせいか、どれが原因かは分からないが。

「それでもトーヤを認識して助けを求めてもらわねばなりません……」

 迷っている時間はない。

 シャンタルがお昼寝からお目覚めになるまでの短い時間に急いで話を決める。
 キリエにはこの後も色々とやることが山積みである。夜まではミーヤ一人に任せないといけない。

 そうして一つのことを決めた。

「え、私が奥に、シャンタルの私室にですか!?」

 リルが息が止まるほど驚く。

「そうです」
「で、ですが、私は行儀見習いの侍女ですが……」
「分かっています。ですが、今はおまえに行ってもらわねば、いいえ行ってもらいたいのです」

 キリエにそう言われ、両手両足が一緒に固まったまま出るような形でシャンタルの私室へと連れて行かれた。

「し、つれい、いたします……」

 応接に入り、ソファに座ったシャンタルの前で硬直するようしてようやっとひざまいて頭を下げる。

「お尻のアザはもう消えたの?」

 リルを見るなりシャンタルが心配そうにそう声をかけた。

「え、え?え?」

 意味不明、頭の中が真っ白でリルは言葉が出ない。

「以前、リルがお話ししたお父様の話、あのことをおっしゃっているのかと」
 
 シャンタルの後ろに立つミーヤが笑いを噛み殺すようにしてそう言う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...