上 下
254 / 353
第三章 第三節 広がる世界

10 中の方

しおりを挟む
 翌朝、いつもように一日が始まり、いつものように朝食を終え、食後のお茶を飲んでいた時、ふと思い出したというようにミーヤがシャンタルに尋ねるところからそれは始まった。

「そういえばシャンタル、リルという侍女をご存知でしょうか?」
「リル?」

 シャンタルは何事かとミーヤの顔を見る。

「はい。私の同期の侍女で、まだ奥宮に入ることは許されておりませんが、シャンタルにもお目にかかったことがあるのです。覚えていらっしゃいませんか?」
「リル……」

 シャンタルが首をゆっくりと左右に振り、記憶を辿たどるようにする。

「リル……」
「ご存知ではいらっしゃいませんか?」
「リル……」

 あ、という顔をし、

「泣いてた侍女?」

 そう聞いてきた。

「はい、そうです。シャンタルの御前ごぜんで泣いていたことがございます。そして託宣をいただきました」
「思い出したの」

 そう言ってうれしそうに笑う。

「リルが困っていたからシャンタルの中の方がお声をかけたのを思い出したの」
「中の方?」
「そう、託宣をする方」

 そう聞いてキリエとミーヤが顔を見合わせる。
 シャンタルの中にいて託宣をなさる方、それは……

「それは、シャンタル、ですか?」
「そう」

 恐る恐る聞くのにあっさりと答える。

 そもそも「生き神シャンタル」とは慈悲の女神シャンタルがこの世で過ごすために無垢むくけがれのない赤子に自分の魂を移して生まれた「現世うつしよの神」である。
 「生き神シャンタル」の中に「慈悲の女神シャンタル」の存在がある、それは言われてみれば当然のことなのではあるが、これまでにこのようにはっきりと名言された方がいらっしゃったとは聞いたことがない。

「本当にいらっしゃるのですね……」

 思わずそうつぶやいたキリエに、

「うん」

 と、またあっさりと答える。

「その中の方は」キリエがかすれた声で続ける「シャンタルに何かおっしゃることはございませんか?」
「ないの」

 またあっさりと答える。

「シャンタルとお話になることは?」
「ないの」

 今度はミーヤが聞くことに答える。

「その方はシャンタルには何もお話にはならないの。前に来る人にお話することがあったらお話するだけなの」
「そうなのですか」
 
 どう受け止めればいいのか分からない。
 
 言い伝え通り代々の「生き神シャンタル」の中には「慈悲の女神シャンタル」が存在する。
 信じて受け止めていたはずなのに、実際に目の前の方に肯定こうていされるととまどいを感じるのはなぜなのだろう。
 信じていたはずなのに、本心ではそのようなことがあるはずがない、そう思っていたとでも言うのだろうか……

「では……」

 ミーヤが気になったことを聞く。

「『嵐の夜、助け手たすけでが西の海岸に現れる』この託宣をなさったことは覚えていらっしゃいますか?」
「助け手?」

 シャンタルがうーん、と首を捻り捻り思い出す。

「助け手……」

 思い出せないという顔で、

「その人は誰を助けるの?」

 そう聞いてきた。

「誰を……」
「そう言われた困った人は誰?」
「困った人、ですか……」
「あ……」

 言われてミーヤが思い出す。

(助け手が現れるってのは誰のためにやった託宣なんだ?)

 トーヤがそう言ったのを思い出した。

(自分の命が危うくなったから助けてくれって託宣するのは変じゃねえか?)

 そうも言っていた、そして……

(誰のためにしたのか不思議だったが、結局世界のためにしたってことになるのか?)

 「誰のための何のための託宣か」は「世界」のためだという話であった。

「困っていらっしゃったのは世界、だそうです」

 思い切ったようにミーヤが言う。

「世界……」

 また首を振り振り考える。

「世界……あ……」

 何かを思い出したようだ。

「中の方がそう言ってってシャンタルに言ったの」
「中の方が!」

 2人が驚く。

「そう、そう言ってって」

 シャンタルの託宣の半分は「謁見の間」で行われる。
 託宣を求めてやってくる人々に、必要ならお声をかけられる。何もなければそのままやることはないと伝えられる。
 残りの半分は主にシャンタルの応接室で行われる。
 国中からの問い合わせの手紙や書類が読み上げられ、そこでも必要ならお声がある。
 何もない中、シャンタルが託宣だけを行うということはないことではないが、ほぼないと言っていいと言える。記録の中にもわずかだけ残されるだけだ。

 その僅かに残る一つが「千年前の託宣」であった。しかもこれは文書もんじょではなく代々のマユリアに口伝えのように伝えられてきた。

「お話ししたことあった……」

 シャンタルがびっくりしたような顔でそう言う。

「そのようですね。それで、その方と他に何かお話しなさったことはございませんか?」
「お話ししたこと……それだけだと思うの」
「そうですか……」

 「中の方」が何かをお伝えくださりシャンタルに運命を知らせてくださっていたら、キリエはほんの少しだけそう思ったが期待は打ち破られた。

「それでリルがどうしたの?」
「あ、そうです、他にリルとお話したことは覚えてらっしゃいますか?」
「うーん……そうそう、王都のお話をしてくれたの」

 シャンタルが思い出し思い出しリルが話してくれたことを話してくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...