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第三章 第三節 広がる世界

 6 知ること知らぬこと

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「マユリアとラーラ様がシャンタル……」

 シャンタルは混乱をしているようであった。

「シャンタルは交代するものなのですよ」
「交代?」
「はい、ラーラ様からマユリアへ、そしてマユリアからシャンタルへ交代なさったのです。次はシャンタルから次代様じだいさまに交代なさって次代様が次のシャンタルになられるのです」
「次代様がシャンタルに……」

 まだよく理解できていないようだが、それも当然のことであろう。

「はい、次の方が御誕生ごたんじょうになられたらシャンタルをおゆずりになられるのです」
「シャンタルを譲るの?」
「はい」
「譲ったらシャンタルは誰になるの?」
「それは……」

 答えにくい質問であった。

「本来ならシャンタルをお譲りになられた方がマユリアになられます」

 答えに詰まったキリエに助けを出すようにミーヤが言った。

「じゃあシャンタルはマユリアになるの?」
「シャンタルは黒のシャンタルなのでマユリアにはおなりになられないのです」
「じゃあ誰になるの?」
「まだ、それがよく分からないのです」

 ミーヤがはっきりと言う。

「どうして?」
「黒のシャンタルのことはまだよく分からないのですよ」

 シャンタルがうーんと首をひねる。

「黒のシャンタルはこの」

 と、ミーヤがシャンタルの手を取って、

「シャンタルお一人なのです」

 そう言う。

「このシャンタル一人?」
「はい。ですが、今までのシャンタルはたくさんの方が交代なさってきているのです。ラーラ様もマユリアもその交代なさったシャンタルだった方、なのです」
「シャンタルはどうしてマユリアにならないの?」
「それは……」

 今度はミーヤが答えに詰まる。

「それは、シャンタルにはまだ他のお役目があるからなのですよ」

 助け舟を出すようにキリエが交代する。

「お役目?」
「はい。シャンタルとしてのお役目の他に、まだ次のお役目があるからです」

 キリエがにっこりしてから続ける。

「そのお役目の話はまた今度。今はシャンタルのことをもう少しお話しいたしましょう」
「シャンタルのお話?」
「はい、代々のシャンタルのお話です」

 今はまずこの国のことを、連綿れんめんと続くシャンタルとマユリアの話を知っていただこうとキリエが続ける。

「シャンタルがいらっしゃるこの国はずっとずっと昔にシャンタルとおっしゃる慈悲の女神様がお作りになった国なのですよ」
「知ってるの、他の神様がご自分の国に帰られる時に人の世界に残ってシャンタリオをお作りになったんでしょう?」
「え?」

 一瞬、キリエはシャンタルの言葉が理解できずにいたが、

「ご存知なのですか?」
「ラーラ様とマユリアとお勉強していたの」

 楽しそうにシャンタルが言い、キリエが驚愕する。

「そういえば、確かにやっていらっしゃいました……」

 思い出すようにつぶやいた。

 マユリアがこの応接でいつも何かを教えていたことを思い出した。
 もちろんいつも反応はなく、それでも飽きずに色々なことをお教えしていらっしゃったのだが、見ていると人形に話しかけているような有様ありさまで、とてもあれを勉強とは思えなかった。
 ラーラ様も寝台でお休みになるシャンタルに色々なお話をなさったり、歌を歌われたりしていらっしゃったが、もちろんそれにも反応なさっているご様子はなかった。

「どんなことをお勉強なさったんですか?」

 ミーヤが聞く。

「色んなこと。マユリアが読んでたご本も一緒に読んでたの」
「ご一緒に……」

 それを聞いて試しにと、これまで読んで差し上げていた絵本を持って来るとスラスラと読んだので驚き、次にやや難しい本、さらに難しい本、どれを持ってきても見事に声に出して読み上げる。

「それでは何かお書きになれますか?」
 
 紙とペンとインクを持ってくると、考えてから「シャンタル」とそれは見事な文字で書き上げ、次いで「キリエ」「ミーヤ」とスラスラと書いていく。
 人の名前だけではない。さきほど読んだ本の内容もちらりと見て難しい文字まできれいに書き写していく。

「シャンタル……」

 キリエもミーヤも言葉を失った。

 この方はラーラ様とマユリアの中で眠りながらも色々なことを学んでいらっしゃったのだと分かった。
 ただ、分かっていなかったのはご自分のことだけ。ご自分も1人の人間であること、ラーラ様とマユリアとはまた違う人格であるということだけをご存知ではなかったのだ。

「まるでご自分のこと以外、全てをお知りになってらっしゃるかのような……」

 キリエがつぶやく。

「ええ、ですがそのようなことがあるのでしょうか……」

 ミーヤにはとても信じられなかった。

 それもそのはずだ、シャンタルが初めてミーヤとキリエの名前を呼んで以降、1から言葉を教えてきたような状態であったのだから。
 生まれたての赤子に一つ一つ教えるように、シャンタルが目にするものの名前を一つ一つお教えし、言葉をお教えしてきたつもりであったのに、これは一体どういうことなのか。

 2人の侍女が言葉も発さずに見つめ合っているのをシャンタルが不思議そうにながめる。

「まずは……」

 ようやく絞り出すようにキリエが言った。

「シャンタルが何をお知りになり、何をご存じないのか、それを知ることからやらねばならぬようですね……」
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