228 / 353
第三章 第一節 神から人へ
19 日数
しおりを挟む
今、シャンタルは食べ物を自分で持って食べるということを理解して、そして実行することができた。
「このまま色々とお教えしたらきっとご自分でトーヤに声をかけていただけますよね」
「ええ、きっと、ですが……」
キリエがふっと暗い顔をする。
「そのためには21日という日数は十分なのか短いのか……」
「大丈夫です」
ミーヤがキリエを励ますようにする。
「マユリアとラーラ様がこうしてシャンタルがお一人でも色々なことを手に入れられる道をつけてくださいました。私たちもその道を進む術を手に入れました。きっと大丈夫です」
「そうですね、そう思って進むしかありません」
「ええ、ですからまずキリエ様、お休みください」
「え?」
「昨夜、私を休ませるために一睡もなさっていらっしゃらないですよね?これから何日続くのか分かりません、お休みください」
「ありがとう。ですが、私にはまだやらないといけないことがあります。トーヤに、黒い棺を見てもらわなければ」
「あ……」
支度をする必要があるだろうから見せてくれと言っていた、そして、
(せっかくこいつが声かけてくれても間に合わねえだろ?)
そうも言っていた。
「トーヤは、決してシャンタルを見捨てたりはいたしません。そのために私たちに心を開かせてやってほしい、そう言っているのだと思います。きっと自分に頼みにくるはずだと信じているんです。トーヤ自身も最後まで諦めないつもりです、ですから棺を見せてほしい、と……」
そこまで言ってミーヤがうつむき、声を詰まらせる。
「ミーヤ?」
キリエがミーヤの顔を伺う。
「泣いてる時間はないんです、分かってはいるのですが……」
そう言う瞳からはらはらと涙がこぼれている。
あの時、トーヤの前ではこらえていた涙が遅れてやってきたようだ。
「トーヤは、もしもシャンタルを助けられない時は、そのままこの国を出て二度と戻らぬ、と……」
「そうですか……」
「はい……シャンタルをお助けしたい……もちろんそれが一番大きな願いです。ですが、私はあの人と二度と会えないということ、それにも耐えられそうにありません……」
「ミーヤ……」
キリエは目の前の侍女をじっと見つめた。
「私はこの宮の侍女です……この先は誓いを立て、宮にこの人生を捧げるつもりでおります。ですから、会うだけでいいのです……会って、何年かに一度だけでいい、顔を見て、言葉を交わす、それだけでいいんです。天は、それほどの小さな望みも捨てよと申されるでしょうか……」
キリエが黙ってミーヤを見つめる。触れたりはせず、ただじっと。
「私の立場では何も言えないのです。侍女とは何か、それを知り、その道を生きてきた私には何も申せません……ですが」
キリエが続ける。
「シャンタルをお助けすること、それがおまえの望みを叶える道でもある、それは分かります。もしも、トーヤがシャンタルを助けてくれるのなら、それもきっと捨てる必要のない望みなのではないのかと思います」
キリエの言葉にミーヤが言葉なく頷く。
キリエはシャンタルを見る。
こんな時、目の前の苦しむ人を助けるためにいつも託宣を行ってきた黒のシャンタル。だが今はただの子どものように、生まれて初めて楽しんだ食事でお腹がくちくなったせいだろうか、満足げな顔で座ったまま少し眠そうにするだけだ。
「託宣がないのはシャンタルご自身の運命と絡み合っているからかも知れませんね……」
キリエがミーヤに視線を移し、そうして言った。
「やはりおまえの運命も、そしておそらく私の運命も今回の出来事と深く絡み合っているのでしょう。何よりもシャンタルをお助けすること、全てはその先にあるように思います」
「はい……」
やっとミーヤが答える。
「あと21日……長いようで短いその先に運命が待っています。ミーヤ、どうあってもシャンタルにお心を開いていただいて、そしてトーヤに助けてと言っていただきますよ」
「はい……」
キリエが立ち上がると言った。
「さあ、動きますよ。私は今からやることが色々とあります。それを終えたらここに戻り少し休ませていただきます。その間、おまえにシャンタルを託すのです。しっかりしてお守りしてくれないと困ります。さあ、顔を拭きなさい。そうですね、一度顔を洗っていらっしゃい、その間待っています」
そう言ってミーヤを侍女部屋に送り出した。
「シャンタル……」
そう言ってほんのり眠そうにしているシャンタルの髪を撫でる。もう暗闇の中で触られることに慣れてしまったのか嫌がることはしない。
「どうかお心を……ミーヤのためにも……」
願うように髪を撫で続けた。シャンタルは心地よさそうにキリエの手に身を任せている。
「お待たせいたしました」
戻ったミーヤはもうしっかりと一人前の侍女の顔に戻っていた。
「ではシャンタルをお願いいたします。眠そうにしていらっしゃるから少しお休みいただいてもいいかも知れません。今は、もうシャンタルにはやるべきお仕事はありませんから」
「はい」
シャンタルとして残す仕事は交代だけである。
その日まで残り20日と1日だけ……
「このまま色々とお教えしたらきっとご自分でトーヤに声をかけていただけますよね」
「ええ、きっと、ですが……」
キリエがふっと暗い顔をする。
「そのためには21日という日数は十分なのか短いのか……」
「大丈夫です」
ミーヤがキリエを励ますようにする。
「マユリアとラーラ様がこうしてシャンタルがお一人でも色々なことを手に入れられる道をつけてくださいました。私たちもその道を進む術を手に入れました。きっと大丈夫です」
「そうですね、そう思って進むしかありません」
「ええ、ですからまずキリエ様、お休みください」
「え?」
「昨夜、私を休ませるために一睡もなさっていらっしゃらないですよね?これから何日続くのか分かりません、お休みください」
「ありがとう。ですが、私にはまだやらないといけないことがあります。トーヤに、黒い棺を見てもらわなければ」
「あ……」
支度をする必要があるだろうから見せてくれと言っていた、そして、
(せっかくこいつが声かけてくれても間に合わねえだろ?)
そうも言っていた。
「トーヤは、決してシャンタルを見捨てたりはいたしません。そのために私たちに心を開かせてやってほしい、そう言っているのだと思います。きっと自分に頼みにくるはずだと信じているんです。トーヤ自身も最後まで諦めないつもりです、ですから棺を見せてほしい、と……」
そこまで言ってミーヤがうつむき、声を詰まらせる。
「ミーヤ?」
キリエがミーヤの顔を伺う。
「泣いてる時間はないんです、分かってはいるのですが……」
そう言う瞳からはらはらと涙がこぼれている。
あの時、トーヤの前ではこらえていた涙が遅れてやってきたようだ。
「トーヤは、もしもシャンタルを助けられない時は、そのままこの国を出て二度と戻らぬ、と……」
「そうですか……」
「はい……シャンタルをお助けしたい……もちろんそれが一番大きな願いです。ですが、私はあの人と二度と会えないということ、それにも耐えられそうにありません……」
「ミーヤ……」
キリエは目の前の侍女をじっと見つめた。
「私はこの宮の侍女です……この先は誓いを立て、宮にこの人生を捧げるつもりでおります。ですから、会うだけでいいのです……会って、何年かに一度だけでいい、顔を見て、言葉を交わす、それだけでいいんです。天は、それほどの小さな望みも捨てよと申されるでしょうか……」
キリエが黙ってミーヤを見つめる。触れたりはせず、ただじっと。
「私の立場では何も言えないのです。侍女とは何か、それを知り、その道を生きてきた私には何も申せません……ですが」
キリエが続ける。
「シャンタルをお助けすること、それがおまえの望みを叶える道でもある、それは分かります。もしも、トーヤがシャンタルを助けてくれるのなら、それもきっと捨てる必要のない望みなのではないのかと思います」
キリエの言葉にミーヤが言葉なく頷く。
キリエはシャンタルを見る。
こんな時、目の前の苦しむ人を助けるためにいつも託宣を行ってきた黒のシャンタル。だが今はただの子どものように、生まれて初めて楽しんだ食事でお腹がくちくなったせいだろうか、満足げな顔で座ったまま少し眠そうにするだけだ。
「託宣がないのはシャンタルご自身の運命と絡み合っているからかも知れませんね……」
キリエがミーヤに視線を移し、そうして言った。
「やはりおまえの運命も、そしておそらく私の運命も今回の出来事と深く絡み合っているのでしょう。何よりもシャンタルをお助けすること、全てはその先にあるように思います」
「はい……」
やっとミーヤが答える。
「あと21日……長いようで短いその先に運命が待っています。ミーヤ、どうあってもシャンタルにお心を開いていただいて、そしてトーヤに助けてと言っていただきますよ」
「はい……」
キリエが立ち上がると言った。
「さあ、動きますよ。私は今からやることが色々とあります。それを終えたらここに戻り少し休ませていただきます。その間、おまえにシャンタルを託すのです。しっかりしてお守りしてくれないと困ります。さあ、顔を拭きなさい。そうですね、一度顔を洗っていらっしゃい、その間待っています」
そう言ってミーヤを侍女部屋に送り出した。
「シャンタル……」
そう言ってほんのり眠そうにしているシャンタルの髪を撫でる。もう暗闇の中で触られることに慣れてしまったのか嫌がることはしない。
「どうかお心を……ミーヤのためにも……」
願うように髪を撫で続けた。シャンタルは心地よさそうにキリエの手に身を任せている。
「お待たせいたしました」
戻ったミーヤはもうしっかりと一人前の侍女の顔に戻っていた。
「ではシャンタルをお願いいたします。眠そうにしていらっしゃるから少しお休みいただいてもいいかも知れません。今は、もうシャンタルにはやるべきお仕事はありませんから」
「はい」
シャンタルとして残す仕事は交代だけである。
その日まで残り20日と1日だけ……
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる