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第三章 第一節 神から人へ

12 その時

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 その朝、1つ目の鐘が鳴る頃、まだトーヤは眠りの中にいた。

 前日の出来事に疲れた、疲れ果てた。髪の毛1本残さずぐったりとするような出来事だった。
 いっそ夢であってくれれば、そう思わずにはいられないことが現実なのだ、心身共に疲れ果てても無理はないと言えるだろう。

 あまりに疲れたためだろうか、頭の芯がゆっくりと目覚めていくのに体が一向に動く気配がない。指一本動かせないぐらい全身の力が抜けているのが分かる。このままだと自分の重みに潰されそうだと思った。

 そんな頭の中に何かが入り込んでこようとしている。
 いや、その何かのせいで頭のしんから目覚めさせられようとしている。

(なんだ……)

 その「何か」はトーヤの中に入り込んで出口を探しているようだった。

 まるでトーヤの体の中から外を見ようとしている、そう感じた。
 まるでトーヤの体の中から音を聞こうとしている、そう感じた。
 まるでトーヤの体の中から言葉を発しようとしている、そう感じた。

 いっそトーヤの体を乗っ取ろうとしているのならまだ理解できる。そういう話なら嘘か本当かは別にしてもいくつも聞いたことがある。

 だが、その「何か」はトーヤの内部から、外に向かって目や耳や口を自分のもののようにして使おうとしている、そう感じた。


 道具にされそうになっている


 そう思った途端、頭に血がのぼった。

「俺の体を勝手に使うな!!!!!」

 トーヤは動かない体を怒りの力で動かし叫び、怒りの力で頭の中からその「何か」を思い切り弾き飛ばした!

 その途端、ばさり!と自分の上にかかっていた何かを弾き飛ばしながら上半身を起こす。

「……なんだったんだ、今のは……」

 肩で息をしながら呆然ぼうぜんとする。

 気持ちを落ち着かせながら周囲を見渡す。
 昨日、部屋に戻ってきてソファに寝転がったまま、そのまま朝まで寝ていたらしい。

 さっき弾き飛ばしたのは上掛けであった。
 誰かが眠るトーヤに掛けてくれたものであろう。

 一瞬、ミーヤだろうかと思ったが、ミーヤはトーヤが起きている間に部屋を出ていった。しばらくは戻ってこないと言っていた。そこまでは覚えている。
 ではダルか?いや、ダルもその後リルが呼びに来て部屋を出ていった。それも覚えている。昨夜の自分を心配する様子から、戻ったならそのままこの部屋にいるような気がする。いないということは多分違うのだろう。
 残る可能性はリルだけだ、ではリルだろう。戻ったリルが自分をベッドに戻せずせめてもと上掛けを掛けてくれたのだろう。

 今起こった理解不能の現象を理解しようとする前に、ぼおっとする頭でなぜだかそんなことを考えていた。

「なんだったんだ、ほんとに……」

 あらためて今起こったことを思い返しながら左手で目から額を押さえながら頭を振る。

「なんだったんだ……」

 トーヤには何が起きていたのか理解できなかった。


 その時、他の部屋でもある出来事が起きていた。

 「きゃあああああ!」
 
 それまで、目を開けたまま、だが何も見えずに何かを探していた子どもがいきなり叫んだのだ。

「シャンタル!」

 キリエが急いで手を握る。

「どうなさいました、シャンタル!」
「シャンタル!大丈夫ですか!何がありました!」

 ミーヤもキリエに続いて声をかける。

 子どもは怯え切った顔をして、寝たままの姿勢で肩で大きく息をしている。
 はあはあと早い呼吸を連続で続け、目を見開いて虚空こくうを見つめ続けている。
 全身に力が入って筋肉全てが硬直しているかのようだ。

 何があったのかミーヤにもキリエにも分からない。
 おそらく、シャンタル本人にも何があったのか分からないだろう。

 マユリアとラーラ様を探して見つけられなかったシャンタルは、一度見たことがある、つながったことがあるトーヤの意識を見つけ、知らず知らずのうちにトーヤの中に入り込み、トーヤの肉体を通して外を見ようとしていたのだ。

 それをトーヤが弾き飛ばした。
 その衝撃を受け思わず叫んだのだ。

 だが誰にも何が起こったのかは分からない。
 ミーヤとキリエはただ困惑しながらシャンタルの様子を見るしかできなかった。

「一体何が……」
「ええ……」

 目の前の子どもは少しずつ呼吸は普通に戻っていったが、目は怯えを帯びて見開かれたままだ。全身の力も抜けてはいない。

「シャンタル……」

 また優しく声をかけ、キリエがその小さな右手を握る手に優しく力を込める。
 怯えるシャンタルがそれだけが命綱いのちづなでもあるかのように、キリエの手を握り返した。

「握り返してくださいました」

 キリエが言い、ミーヤがほっとした顔をする。

「何があったのか分かりませんが、キリエ様がここにいるということを分かってくださったのでしょうか」
「そうだといいのですが……」

 小さな手が、細い骨ばった手をしっかり握って離そうとしない。
 キリエはもう片方の手もシャンタルの手の甲の方から添え、両手で優しく、しかししっかりと手を握る。

「もう大丈夫ですよ、キリエがここにおります、シャンタル、もう大丈夫です」

 そう言いながら優しく左手で小さな手の甲をさする。

 悪意がないことを感じ取ったのだろうか、ほっとしたように目が閉じられ、体中からやっと力が抜けていった。
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