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第二章 第七節 残酷な条件
5 御誕生
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翌日、無事に次代様がご誕生されたとの知らせが宮に届き、次いで王都から王都以外の町や村へと波のように届けられていった。
「これでやっと時が満ちて教えてもらえるってことだな」
トーヤはほっとした。
「次代様が御誕生になったら」とマユリアは言った。色々と意味不明なことが多く、これ以上準備も何も進められず、例の「お茶会」をするしかなかった閉塞感からこれで開放される。
交代の時が近付くということは、トーヤがこの国から去るということではあるが、今は戻ると約束している。数年かかるかも知れないが、シャンタルの身さえなんとかしたら戻ってこられるのだ。そう思うと一日も早く仕事を始めたい、そうすれば一日でも早く戻ってこられるとすら思える。だが……
「マユリアからはなんも言ってこねえのか?」
「ありませんね」
ミーヤが首を横に振る。
「お茶会」の連絡もなければどうしろとの命令も何一つない。
ただ一度「交代の日が決まったら」と言ってきただけだ。
すでに御誕生から5日が経った。
「何しろ色々とお忙しいのですよ、マユリアも」
「後宮入りの準備とかか」
「ええ、多分それも……」
次代様御誕生の報が届くとすぐ、王宮から使者が来て正式にマユリアの後宮入り決定が通達された。
マユリアは謹んでそれを受けたと聞く。
「ルギはどうしてんだ」
「ルギは、そのままマユリア付きとして後宮衛士となるようです」
「え、そうなのか」
「ええ」
ルギのマユリアへの思いはそれこそまさに神とそのしもべである。その神が人の座に降りるだけではなく、国王の側室となる。それをこれからずっとそばで見続けるというのはどういう気持ちであるのか。
「どういう意味でかは分かんねえけど、あいつがマユリアに惚れてるのは確かだ。俺だったら耐えられねえけどなあ、惚れた女が誰かの女になったのをそばでじっと見てるなんてな……」
ミーヤが困ったような顔をする。
「そんで、次代様と当代は今どんな感じなんだ?」
「次代様はお健やかだそうです。親御様も順調に回復してらっしゃるそうです。シャンタルは……」
ミーヤがまた困った顔をする。
「お変わりないそうです」
「そうか……」
この場合の「変わりない」というのはあまりいい意味であるとは思えない。
「結局慣れてはくれなかったしなあ……」
「ええ……」
御誕生の報が届くギリギリまで「お茶会」は続けられたのだが、とうとうシャンタルが何か反応を見せることはないままであった。
「まあいいさ、いざとなったらあいつ引っ担いて走って逃げる。そんときゃ大人しい方が楽だ」
軽い気持ちでトーヤが言うのにミーヤがどういう顔をしたものかという風に眉を少しだけ寄せた。
宮の内も外も御代代わりに向けて忙しく動いている。その中でトーヤの仕事に関係するものだけが時間を持て余していた。
「俺、一度カースに帰ってくるよ。封鎖が解かれたんだ。すぐに戻るけどみんなの顔だけ見てくるよ」
ダルがそう言ってきた。
「俺も行こうかな」
「キリエ様に伺いましたが今日も何もないようですし、いいかも知れません」
そういうことで、何かあったらカースに連絡をしてもらうように言伝てをし、リルも含めた4人で3頭の馬に乗り合ってカースへ行くことにした。
「大丈夫ですよ、アミさんにいじわるなんてしませんから」
リルは冗談ごととしてそう言える程度には落ち着いていることから同行することになった。
一月ぶりのカースは変わりがなくてこちらは変化がないことにほっとした。
誰もキノスに行くこともなかったらしく、船のことも話題には出なかった。
ダルの新しい役職のことが伝えられ、また宴会になりそうになったが、今回は村の様子を見てダルの世話役になったリルの紹介だけするとすぐに戻ることにしていた。
「そうか、残念だなあ」
「騒ぐのは交代の後でゆっくり、だな」
「そうそう、今日はお茶だけな」
トーヤの中ではこれからしばらく会えないだろう村の人たちへの一時の別れの挨拶のつもりもあった。
「次はいつ来られるか分かんねえけどよ、とりあえずじいさんは俺が今度来る時まで元気でいることな。ばあさんも」
ダルの祖父母にそう言って別れの言葉を告げカースを後にする。
「素朴な村ですね。皆さんもお優しい。あの村でしたら私もご一緒に生活させていただけるような気がしてきました」
リルがにこにこしながら言い、
「おいおい」
ダルが慌てたように言うのに3人で笑う。
「今は、とりあえず行儀見習いの期間が終わるまではしっかり宮でお務めいたします」
「行儀見習いっていつまでなんだ?」
トーヤがリルに聞いた。今は帰り道、リルがトーヤの馬に同乗している。
「18までです。18になったらそのまま宮に残るか、それとも下がるかを決めることになります」
「どっちかに決めねえといけねえのか?」
「いえ、必ずしもそうというわけではないですが、一応そこが区切りということでその時に下がることが多いのです。ですが、もう少し月虹兵のお世話をしたいとも思っていますのでどうするかはまだ分かりません。まだ修行中の身ですし」
そう言うリルの目はしっかりと自分の将来を見ているようであった。
「これでやっと時が満ちて教えてもらえるってことだな」
トーヤはほっとした。
「次代様が御誕生になったら」とマユリアは言った。色々と意味不明なことが多く、これ以上準備も何も進められず、例の「お茶会」をするしかなかった閉塞感からこれで開放される。
交代の時が近付くということは、トーヤがこの国から去るということではあるが、今は戻ると約束している。数年かかるかも知れないが、シャンタルの身さえなんとかしたら戻ってこられるのだ。そう思うと一日も早く仕事を始めたい、そうすれば一日でも早く戻ってこられるとすら思える。だが……
「マユリアからはなんも言ってこねえのか?」
「ありませんね」
ミーヤが首を横に振る。
「お茶会」の連絡もなければどうしろとの命令も何一つない。
ただ一度「交代の日が決まったら」と言ってきただけだ。
すでに御誕生から5日が経った。
「何しろ色々とお忙しいのですよ、マユリアも」
「後宮入りの準備とかか」
「ええ、多分それも……」
次代様御誕生の報が届くとすぐ、王宮から使者が来て正式にマユリアの後宮入り決定が通達された。
マユリアは謹んでそれを受けたと聞く。
「ルギはどうしてんだ」
「ルギは、そのままマユリア付きとして後宮衛士となるようです」
「え、そうなのか」
「ええ」
ルギのマユリアへの思いはそれこそまさに神とそのしもべである。その神が人の座に降りるだけではなく、国王の側室となる。それをこれからずっとそばで見続けるというのはどういう気持ちであるのか。
「どういう意味でかは分かんねえけど、あいつがマユリアに惚れてるのは確かだ。俺だったら耐えられねえけどなあ、惚れた女が誰かの女になったのをそばでじっと見てるなんてな……」
ミーヤが困ったような顔をする。
「そんで、次代様と当代は今どんな感じなんだ?」
「次代様はお健やかだそうです。親御様も順調に回復してらっしゃるそうです。シャンタルは……」
ミーヤがまた困った顔をする。
「お変わりないそうです」
「そうか……」
この場合の「変わりない」というのはあまりいい意味であるとは思えない。
「結局慣れてはくれなかったしなあ……」
「ええ……」
御誕生の報が届くギリギリまで「お茶会」は続けられたのだが、とうとうシャンタルが何か反応を見せることはないままであった。
「まあいいさ、いざとなったらあいつ引っ担いて走って逃げる。そんときゃ大人しい方が楽だ」
軽い気持ちでトーヤが言うのにミーヤがどういう顔をしたものかという風に眉を少しだけ寄せた。
宮の内も外も御代代わりに向けて忙しく動いている。その中でトーヤの仕事に関係するものだけが時間を持て余していた。
「俺、一度カースに帰ってくるよ。封鎖が解かれたんだ。すぐに戻るけどみんなの顔だけ見てくるよ」
ダルがそう言ってきた。
「俺も行こうかな」
「キリエ様に伺いましたが今日も何もないようですし、いいかも知れません」
そういうことで、何かあったらカースに連絡をしてもらうように言伝てをし、リルも含めた4人で3頭の馬に乗り合ってカースへ行くことにした。
「大丈夫ですよ、アミさんにいじわるなんてしませんから」
リルは冗談ごととしてそう言える程度には落ち着いていることから同行することになった。
一月ぶりのカースは変わりがなくてこちらは変化がないことにほっとした。
誰もキノスに行くこともなかったらしく、船のことも話題には出なかった。
ダルの新しい役職のことが伝えられ、また宴会になりそうになったが、今回は村の様子を見てダルの世話役になったリルの紹介だけするとすぐに戻ることにしていた。
「そうか、残念だなあ」
「騒ぐのは交代の後でゆっくり、だな」
「そうそう、今日はお茶だけな」
トーヤの中ではこれからしばらく会えないだろう村の人たちへの一時の別れの挨拶のつもりもあった。
「次はいつ来られるか分かんねえけどよ、とりあえずじいさんは俺が今度来る時まで元気でいることな。ばあさんも」
ダルの祖父母にそう言って別れの言葉を告げカースを後にする。
「素朴な村ですね。皆さんもお優しい。あの村でしたら私もご一緒に生活させていただけるような気がしてきました」
リルがにこにこしながら言い、
「おいおい」
ダルが慌てたように言うのに3人で笑う。
「今は、とりあえず行儀見習いの期間が終わるまではしっかり宮でお務めいたします」
「行儀見習いっていつまでなんだ?」
トーヤがリルに聞いた。今は帰り道、リルがトーヤの馬に同乗している。
「18までです。18になったらそのまま宮に残るか、それとも下がるかを決めることになります」
「どっちかに決めねえといけねえのか?」
「いえ、必ずしもそうというわけではないですが、一応そこが区切りということでその時に下がることが多いのです。ですが、もう少し月虹兵のお世話をしたいとも思っていますのでどうするかはまだ分かりません。まだ修行中の身ですし」
そう言うリルの目はしっかりと自分の将来を見ているようであった。
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