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第二章 第六節 奇跡
13 接近
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ルギを先頭にトーヤ、ダル、それからミーヤとリルが後ろに続いて謁見の間へと進む。
「ミ、ミーヤは、お目にかかったことがあるの?」
「一度だけですが」
「へ、平気だった?」
「平気と言うか……」
あの時は今思い出してみれば状況が状況で、それどころではなかった。だが何があったかをリルに言うわけにもいかない。
「急すぎてそんなことを考えてる余裕もなかったように思います」
「そ、そうなの……私は急だけれどもう足が震えて……」
後は沈黙のまま謁見の間に着いた。衛士が開いた扉の向こうへ入ると目の前に以前と同じカーテンが引かれた空間が見える。
「急に呼びつけるようなことになり申し訳のないことです」
レースのカーテンの向こうからマユリアの声がする。
その声を合図のようにすべてのカーテンが開かれ、目の前を遮るものは何もなくなった。
ゴクリ
ダルとリルの喉が鳴る音が聞こえた。
目の前の数段高い位置にソファがあり赤に金銀のソファ、そこにその人は座っていた。
トーヤが初めて見たあの時と変わらず、無表情でじっとこちらを見ているのかいないのかすら分からない、そんな緑の瞳が真正面を見据えている。
ルギとミーヤが静かに片膝をついて頭を下げると、ダルとリルも動くことを思い出したように同じ姿勢を取った。
トーヤだけが相変わらず立ったままでじっと目の前の子どもを見つめる。
マユリアはカーテンを引いた侍女たちを下がらせた。
「こちらがシャンタルです」
一同がさらに深く頭を下げる。
「よう、久しぶりだな」
ダルとリルが驚いて思わず頭を上げた。
ミーヤとルギはもうさすがに驚かない。
「久しぶりですね、トーヤ」
マユリアが相変わらず艶やかにそう言って微笑む。
「あんたもな、マユリア」
今の言葉でダルとリルが一層驚いて目を丸くする。
ということは、最初の久しぶりはまさか、シャンタルにかけた言葉なのか……
「よう、ちび」
さすがにこれにはミーヤも驚いて、
「無礼ですよ!」
と声を上げる。
「ちびはちびじゃねえか、なあ?」
その上驚いたことにトーヤはそのままごく自然にとんとんと段を上がっていった。
「よう、俺に慣れたいんだってな?だったら仲良くしようぜ、な?」
止まった段から片足を一段上に置き、腰に両手を当て、やや前傾姿勢を取るとシャンタルと視線の高さを合わせてじっと見る。
それまで動かなかった緑の瞳が色を深めたように思えた。
「あの時はびっくりしたぜ、腰が抜けるかと思ったけど今日は平気だな」
そう言って合わせた視線を動かさない。
「てなことでな、俺はおまえにちょっくら慣れたようだ、だから今度はお前が俺に慣れろよ、な?」
そう言ってニヤリと笑った。
「そうですね、慣れていただかないと」
驚いたことにマユリアが止めもせずにそう言って花のように笑う。
「そのようなわけで、トーヤと近しいものたちもこうして集まってもらいました。シャンタルはキリエのことはもうすでによくご存知ですので今日はおりませんが」
そういう理由で集められたことにまた驚く。
「シャンタル、まずそこにおりますオレンジの衣装の侍女がトーヤの世話役ミーヤです」
驚いてミーヤが深く頭を下げ直す。
「ミーヤ、顔を上げて下さい。シャンタルに見て覚えていただかないと」
にっこりと微笑みながら言うその言葉に全員が息を飲む。
「顔を、ですか?私の、ですか?」
ミーヤの声が震えている。
「ええ、そうです。ミーヤだけではありませんよ、ここにいる全員のです」
「え、わ、わ、私もですか!」
リルも思わずそう言って立ち上がり、急いでまた跪く。
「トーヤのことをシャンタルによく知っていただきたいのです」
「だってよ」
トーヤがシャンタルから目を離さずに言う。
「な、だから仲良くしようぜ、な?」
そう言って握手をしようと右手を差し出すがシャンタルは反応しない。
「ま、すぐじゃなくてもいいさ、おいおいにな……」
トーヤがそう言ってすぐに手を引っ込めた。
「そんでいいだろ、マユリア?」
「ええ、少しずつ」
ルギは全く表情を動かさないことから何を思っているかは分からないが、他の3人は戸惑う以外にできることがない。一体何が起こっているのだろう……
「もうすぐ次代様が御誕生の日を迎えます。そしてその次には交代の日、御代代わりが。それまでこうして時間を設けてはシャンタルにトーヤに慣れていただこうと思います。その時には誰かが一緒に会ってさしあげてくださいね」
「おいおい、なんだよそれ、俺一人だと何やるか分かんねえってか?」
「そういうわけではなかったのですが、言われてみればトーヤの行動はシャンタルを驚かせて慣れるどころか、になる可能性もありそうですね」
マユリアが楽しそうに笑う。
「まあそう日にちもないことだし、しゃあねえ、見張り付きで逢い引きしてやるよ」
それを聞いてマユリアが今度は声を上げて笑った。
「シャンタル、うらやましいことですね、わたくしもトーヤと逢い引きとやらをしてみたくなりました」
この冗談に3人がどう反応していいのかと目を見合わせた。
「ミ、ミーヤは、お目にかかったことがあるの?」
「一度だけですが」
「へ、平気だった?」
「平気と言うか……」
あの時は今思い出してみれば状況が状況で、それどころではなかった。だが何があったかをリルに言うわけにもいかない。
「急すぎてそんなことを考えてる余裕もなかったように思います」
「そ、そうなの……私は急だけれどもう足が震えて……」
後は沈黙のまま謁見の間に着いた。衛士が開いた扉の向こうへ入ると目の前に以前と同じカーテンが引かれた空間が見える。
「急に呼びつけるようなことになり申し訳のないことです」
レースのカーテンの向こうからマユリアの声がする。
その声を合図のようにすべてのカーテンが開かれ、目の前を遮るものは何もなくなった。
ゴクリ
ダルとリルの喉が鳴る音が聞こえた。
目の前の数段高い位置にソファがあり赤に金銀のソファ、そこにその人は座っていた。
トーヤが初めて見たあの時と変わらず、無表情でじっとこちらを見ているのかいないのかすら分からない、そんな緑の瞳が真正面を見据えている。
ルギとミーヤが静かに片膝をついて頭を下げると、ダルとリルも動くことを思い出したように同じ姿勢を取った。
トーヤだけが相変わらず立ったままでじっと目の前の子どもを見つめる。
マユリアはカーテンを引いた侍女たちを下がらせた。
「こちらがシャンタルです」
一同がさらに深く頭を下げる。
「よう、久しぶりだな」
ダルとリルが驚いて思わず頭を上げた。
ミーヤとルギはもうさすがに驚かない。
「久しぶりですね、トーヤ」
マユリアが相変わらず艶やかにそう言って微笑む。
「あんたもな、マユリア」
今の言葉でダルとリルが一層驚いて目を丸くする。
ということは、最初の久しぶりはまさか、シャンタルにかけた言葉なのか……
「よう、ちび」
さすがにこれにはミーヤも驚いて、
「無礼ですよ!」
と声を上げる。
「ちびはちびじゃねえか、なあ?」
その上驚いたことにトーヤはそのままごく自然にとんとんと段を上がっていった。
「よう、俺に慣れたいんだってな?だったら仲良くしようぜ、な?」
止まった段から片足を一段上に置き、腰に両手を当て、やや前傾姿勢を取るとシャンタルと視線の高さを合わせてじっと見る。
それまで動かなかった緑の瞳が色を深めたように思えた。
「あの時はびっくりしたぜ、腰が抜けるかと思ったけど今日は平気だな」
そう言って合わせた視線を動かさない。
「てなことでな、俺はおまえにちょっくら慣れたようだ、だから今度はお前が俺に慣れろよ、な?」
そう言ってニヤリと笑った。
「そうですね、慣れていただかないと」
驚いたことにマユリアが止めもせずにそう言って花のように笑う。
「そのようなわけで、トーヤと近しいものたちもこうして集まってもらいました。シャンタルはキリエのことはもうすでによくご存知ですので今日はおりませんが」
そういう理由で集められたことにまた驚く。
「シャンタル、まずそこにおりますオレンジの衣装の侍女がトーヤの世話役ミーヤです」
驚いてミーヤが深く頭を下げ直す。
「ミーヤ、顔を上げて下さい。シャンタルに見て覚えていただかないと」
にっこりと微笑みながら言うその言葉に全員が息を飲む。
「顔を、ですか?私の、ですか?」
ミーヤの声が震えている。
「ええ、そうです。ミーヤだけではありませんよ、ここにいる全員のです」
「え、わ、わ、私もですか!」
リルも思わずそう言って立ち上がり、急いでまた跪く。
「トーヤのことをシャンタルによく知っていただきたいのです」
「だってよ」
トーヤがシャンタルから目を離さずに言う。
「な、だから仲良くしようぜ、な?」
そう言って握手をしようと右手を差し出すがシャンタルは反応しない。
「ま、すぐじゃなくてもいいさ、おいおいにな……」
トーヤがそう言ってすぐに手を引っ込めた。
「そんでいいだろ、マユリア?」
「ええ、少しずつ」
ルギは全く表情を動かさないことから何を思っているかは分からないが、他の3人は戸惑う以外にできることがない。一体何が起こっているのだろう……
「もうすぐ次代様が御誕生の日を迎えます。そしてその次には交代の日、御代代わりが。それまでこうして時間を設けてはシャンタルにトーヤに慣れていただこうと思います。その時には誰かが一緒に会ってさしあげてくださいね」
「おいおい、なんだよそれ、俺一人だと何やるか分かんねえってか?」
「そういうわけではなかったのですが、言われてみればトーヤの行動はシャンタルを驚かせて慣れるどころか、になる可能性もありそうですね」
マユリアが楽しそうに笑う。
「まあそう日にちもないことだし、しゃあねえ、見張り付きで逢い引きしてやるよ」
それを聞いてマユリアが今度は声を上げて笑った。
「シャンタル、うらやましいことですね、わたくしもトーヤと逢い引きとやらをしてみたくなりました」
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