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第二章 第五節 もう一人のマユリア
14 キノスへ
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「キ、キ、キ、キノスって」
「なんでそんななってるんだよ」
「だ、だ、だ、だって、あの町だろ?」
「そうだ、女のいる町な」
トーヤがもう一度ニヤリと笑って見せる。
「だめだよ! だめだって、そんなの!」
「何考えてるんだよ」
愉快そうに、からかうようにダルに言う。
「船買いに行くだけだって」
「ほんとかなあ……」
ダルが相当疑わしそうに言う。
「そんな時間ねえだろ? まあ、時間がありゃそういう店にも連れてってやるとこだが」
「いらねえよ!」
「分かった分かった、ダルはアミちゃん一筋、そんなことはいたしません……あ、今はリルとの間で揺れてるとかか?」
「だからなー」
トーヤがケラケラ笑いながら小船のもやいを解いて乗り込む。
「小船っても4、5人は乗れそうだな……おい、早く乗らないと置いてくぞ」
「ちょ、ま……」
ダルも急いで乗り込む。
きい、きい、きい
トーヤの漕ぐ櫓の音だけが海に響く。遠くで海鳥が鳴いているのが微かに聞こえる。
海は凪いでいた。
トーヤがもみくちゃにされたあの嵐の海と同じとはとても思えない。
「そういや、あれから初めて海に出るんだった」
「そうか、そういやそうだな。怖くないか?」
「ん、なんだ、海がか?」
「うん」
「そうだなあ……」
きい、きい、きい
「普通だったら怖いと思うのかも知れねえが、今はなんてか、もっと怖い中に放り込まれてるからな、そんなこと思うひまもなかったぜ」
そう言って笑う。
きい、きい、きい
「うまいなトーヤ」
「だろ? これでも海の男の端くれだからな」
「海賊だろ」
「そうだ」
そう言って笑い合う。
「でもまあ、海賊ってもえらく中途半端なもんだったからな、海の上で他のやつらとケンカする、ぐらいの」
「そうなのか?」
「ああ。だからそうだな、この仕事が終わったら、今度は本格的な海賊船にでも乗るかな」
「本格的ってどんなだよ」
「そりゃあれだ、片眼片腕極悪非道な船長の船に乗って荒くれどもと世界中の海辺の町を襲って回るんだよ。野郎はぶっ殺してかわいいお姉ちゃんとお宝はみんな俺のだ」
「おいおい」
冗談だと分かっているので笑い合う。
ダルはトーヤがそんなことのできる人間ではないと知っている。何を言っても信じている。
きい、きい、きい
「結構近いんじゃねえのか?」
思った以上に早くキノスが大きく見えてくる。
「潮と風の具合じゃねえかな、流れるように進んでるしな」
「それと俺の腕な?」
「うぬぼれてるよなあ」
またケラケラ笑い合う。
トーヤはこの状況が愉快でたまらなかった。
もう二度と話もできないだろうと思っていたダルと、また元のように、いや、さらに秘密がなくなった今はそれ以上に、本当に生まれた時からの友人のように笑い合えている。
そしてミーヤとも少なくとも今この瞬間は元の通りに話ができている。
それは期間限定、もう残り少ない時間の中だけのこととは分かっている、それでも……
「は~なんか幸せだなあ」
「何がだよ」
「俺な、もうダルと二度と話もできねえだろうと思ってたからな」
「そうか」
「ああ……これもな、ダルが底抜けのバカだからだな、ダルのバカに感謝する」
「ひっでえなあ」
また笑い合う。
そうして、ただの遊びのための遠出のようにしてどんどんキノスが近くなる。
「当日もこれぐらいすんなりいきゃいいんだがな……」
洞窟の変化もなく薄暗い中をひたすら歩くのとは違い、気持ちのいい潮風に吹かれながら船を進ませるのは快適であった。
「そら、もう着くぞ。けど、どこ着けりゃいいんだ?」
「んーとな、聞いた話だと小さい船着き場がどこだってたかな、河口の入り口あたりにあるって」
「大きい船も西から来るんだろ?」
「うん。カトッティにはもっと遠くからの大きい船が来るんだけど、こっちはもうちょっと近くのもうちょっと小さい船が来るらしい」
「そうか……」
岸近くを少しうろうろするとその船着き場はすぐに見つかった。ダルの言う通り河口のすぐ下に数艘の同じぐらいの船が着けられているのが見えた。
船着き場の親父に金を渡し船を預けた。
「んで、おねーちゃんのいる店」
「おい」
「冗談だって」
ぱっと見たところ王都ほどではないがそこそこの大きさの町に見える。アルディナにも似たような町がある、よくある町、本当に普通の町だ。
この町の西はどうなってるのか分からないが、その情報も仕入れられるかも知れない。
「船、すぐに買える店とかあるのかな」
「どうかなあ。普通は頼んで作ってもらうもんじゃねえの?」
「かなあ」
とりあえず町に出てみる。
「なんか、俺の生まれた町とちょっと似てるな」
「前は俺の村とちょっと似てるって言ってなかったか?」
「ああ、ありゃ嘘だ」
「あれも嘘かよ! どんだけ嘘だよ!」
また笑い合う。
「あんなのんびりしたいい雰囲気じゃねえよ。ここをもっとゴミゴミさせたような感じだ」
「例えばカトッティの東の町みたいなか?」
「もっとだな」
「うーん、想像つかねえなあ……」
「そりゃダルはカースと王都しか知らねえからな。またそのうち国の外に出ることがあったら、そっちの方が珍しいんだってこと覚えてりゃいいよ」
「そうなのか」
「まあとりあえず、海の近くの船と関係ありそうな店を探してみるか」
「なんでそんななってるんだよ」
「だ、だ、だ、だって、あの町だろ?」
「そうだ、女のいる町な」
トーヤがもう一度ニヤリと笑って見せる。
「だめだよ! だめだって、そんなの!」
「何考えてるんだよ」
愉快そうに、からかうようにダルに言う。
「船買いに行くだけだって」
「ほんとかなあ……」
ダルが相当疑わしそうに言う。
「そんな時間ねえだろ? まあ、時間がありゃそういう店にも連れてってやるとこだが」
「いらねえよ!」
「分かった分かった、ダルはアミちゃん一筋、そんなことはいたしません……あ、今はリルとの間で揺れてるとかか?」
「だからなー」
トーヤがケラケラ笑いながら小船のもやいを解いて乗り込む。
「小船っても4、5人は乗れそうだな……おい、早く乗らないと置いてくぞ」
「ちょ、ま……」
ダルも急いで乗り込む。
きい、きい、きい
トーヤの漕ぐ櫓の音だけが海に響く。遠くで海鳥が鳴いているのが微かに聞こえる。
海は凪いでいた。
トーヤがもみくちゃにされたあの嵐の海と同じとはとても思えない。
「そういや、あれから初めて海に出るんだった」
「そうか、そういやそうだな。怖くないか?」
「ん、なんだ、海がか?」
「うん」
「そうだなあ……」
きい、きい、きい
「普通だったら怖いと思うのかも知れねえが、今はなんてか、もっと怖い中に放り込まれてるからな、そんなこと思うひまもなかったぜ」
そう言って笑う。
きい、きい、きい
「うまいなトーヤ」
「だろ? これでも海の男の端くれだからな」
「海賊だろ」
「そうだ」
そう言って笑い合う。
「でもまあ、海賊ってもえらく中途半端なもんだったからな、海の上で他のやつらとケンカする、ぐらいの」
「そうなのか?」
「ああ。だからそうだな、この仕事が終わったら、今度は本格的な海賊船にでも乗るかな」
「本格的ってどんなだよ」
「そりゃあれだ、片眼片腕極悪非道な船長の船に乗って荒くれどもと世界中の海辺の町を襲って回るんだよ。野郎はぶっ殺してかわいいお姉ちゃんとお宝はみんな俺のだ」
「おいおい」
冗談だと分かっているので笑い合う。
ダルはトーヤがそんなことのできる人間ではないと知っている。何を言っても信じている。
きい、きい、きい
「結構近いんじゃねえのか?」
思った以上に早くキノスが大きく見えてくる。
「潮と風の具合じゃねえかな、流れるように進んでるしな」
「それと俺の腕な?」
「うぬぼれてるよなあ」
またケラケラ笑い合う。
トーヤはこの状況が愉快でたまらなかった。
もう二度と話もできないだろうと思っていたダルと、また元のように、いや、さらに秘密がなくなった今はそれ以上に、本当に生まれた時からの友人のように笑い合えている。
そしてミーヤとも少なくとも今この瞬間は元の通りに話ができている。
それは期間限定、もう残り少ない時間の中だけのこととは分かっている、それでも……
「は~なんか幸せだなあ」
「何がだよ」
「俺な、もうダルと二度と話もできねえだろうと思ってたからな」
「そうか」
「ああ……これもな、ダルが底抜けのバカだからだな、ダルのバカに感謝する」
「ひっでえなあ」
また笑い合う。
そうして、ただの遊びのための遠出のようにしてどんどんキノスが近くなる。
「当日もこれぐらいすんなりいきゃいいんだがな……」
洞窟の変化もなく薄暗い中をひたすら歩くのとは違い、気持ちのいい潮風に吹かれながら船を進ませるのは快適であった。
「そら、もう着くぞ。けど、どこ着けりゃいいんだ?」
「んーとな、聞いた話だと小さい船着き場がどこだってたかな、河口の入り口あたりにあるって」
「大きい船も西から来るんだろ?」
「うん。カトッティにはもっと遠くからの大きい船が来るんだけど、こっちはもうちょっと近くのもうちょっと小さい船が来るらしい」
「そうか……」
岸近くを少しうろうろするとその船着き場はすぐに見つかった。ダルの言う通り河口のすぐ下に数艘の同じぐらいの船が着けられているのが見えた。
船着き場の親父に金を渡し船を預けた。
「んで、おねーちゃんのいる店」
「おい」
「冗談だって」
ぱっと見たところ王都ほどではないがそこそこの大きさの町に見える。アルディナにも似たような町がある、よくある町、本当に普通の町だ。
この町の西はどうなってるのか分からないが、その情報も仕入れられるかも知れない。
「船、すぐに買える店とかあるのかな」
「どうかなあ。普通は頼んで作ってもらうもんじゃねえの?」
「かなあ」
とりあえず町に出てみる。
「なんか、俺の生まれた町とちょっと似てるな」
「前は俺の村とちょっと似てるって言ってなかったか?」
「ああ、ありゃ嘘だ」
「あれも嘘かよ! どんだけ嘘だよ!」
また笑い合う。
「あんなのんびりしたいい雰囲気じゃねえよ。ここをもっとゴミゴミさせたような感じだ」
「例えばカトッティの東の町みたいなか?」
「もっとだな」
「うーん、想像つかねえなあ……」
「そりゃダルはカースと王都しか知らねえからな。またそのうち国の外に出ることがあったら、そっちの方が珍しいんだってこと覚えてりゃいいよ」
「そうなのか」
「まあとりあえず、海の近くの船と関係ありそうな店を探してみるか」
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