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第二章 第四節 神との契約
17 祖父
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「ちょ、ちょっと待てよ、じゃあ……」
「しっ」
村長が厳しい顔で口にしなびた指を当てた。
「あくまで噂、じゃ。今ではわしにそれを話したものも亡くなって、ほとんど知るものもおらん」
「だけど、だけどそれじゃあシャンタルの髪や肌や瞳は……」
「だから不思議じゃと言うておる、恐れておる」
「…………」
村長から聞いたのはあくまで噂だが、そんなことがあるのか?と思うような話であった。
「じゃから、今度の親御様も、もしかしたら……」
「…………」
トーヤは言葉をなくした。
もしもそうだとしたら、それなら逃げるのも分からないではない。
「確かに、もしかしたら、それで逃げたのかも知れんねえな……」
「うむ……」
もしも村長が言っていることが本当だとしたら、それはこの国にとっては重大過ぎる出来事だ。
「ゆめゆめ他言するではないぞ?」
「分かったよ……」
トーヤも心の奥深くにしまうことにした、少なくとも今は。
「それじゃあ逃げても不思議じゃねえが、それってこれからどうなるってことなんだ……」
「さあな、わしにも分からん」
「じいさんに分からんことが俺に分かるはずねえな。まあ物事はなるようにしかならねえ、黙って見守るしかねえか」
「この次の交代までわしは生きておるかどうかも分からんしな……」
「じいさんは生きてるだろうが~」
そう言ってトーヤが笑う。
「ダルが言ってたぜ、じいさんがこの家で一番元気だってな。だから次どころかその次もその次も生きててもらわねえと困るぜ」
そう言って村長の肩にトンッと手を置いた。
その手の重み、含まれた意味を感じて村長が皺だらけの顔を歪めた。
「まあ、できる限り生きるようにはしておくがな」
「そうじゃなくちゃな」
村長は「孫たち」の気持ちを素直に受け取ることにした。
「まあ、そういうわけでな、明日の朝か?には触れがあって夕暮れには王都が封鎖されるらしいと聞いた。だから1人で急いでじいさんに会いに来たんだよ。その前に、交代がある前に色々聞いておきたくてな。こんなに近くなのにカースも封鎖の外なんだよな、融通の利かねえことだ」
「穢れを少しでも避けるためじゃから仕方がないな」
村長はこともなげに言う。
「……なあ、大丈夫なのか?」
「何がじゃ」
「いや、一月以上も王都封鎖って、カースはこんな小さい村なのに、色々不都合とか出てこねえのか?食べ物や生活するのに必要なもんが足りなくなるとか……」
「ああ、大丈夫じゃ、そんな時にはな、ほれ、行く場所もある」
「あ、ああ、なるほど、そういう時だけに行く町じゃねえってのはそういうこともあるからか」
トーヤがキノスのことだと気付いて笑う。
「そういうことじゃ。食料を手に入れるためとか言って長逗留してくるものもおるしな」
「なるほど、いい口実だな」
祖父と孫が笑い合った。
「は~俺、やっぱりじいさん好きだな……」
「なんじゃ、気持ちの悪い」
「いや、本当だよ。俺は、小さい頃は早くに死んだが母親に育てられ、その後は母親の妹分に育てられたようなもんだから、母親ってのには多分不自由してねえんだ。でもじいさんとかばあさんはいなかったからなあ、こんな感じなんだな」
「そうか」
「俺な、今じゃこの国に来てよかったんだなと思ってるんだ。そんでカースにも来られてよかった」
「なんじゃ、ますます気持ちが悪いの」
「今のうちに言っておかないと、いつ言えなくなるか分かんねえからな」
村長はトーヤのいつもと少しばかり違う様子に何を言っていいのか分からないような顔をしたが、
「そうじゃな、こういうのは年の順ではないからな。フェイのようなこともある」
そう言った。
「じゃから、おまえさんも後悔のないように生きることだが、そうは言ってもなかなかそうはいかんのが人生というもんじゃな」
「…………」
「ものごとというものはな、どんなことでもうまくいけば後に笑い話になる。そしてそうでなければどれだけ自分の命や身を削ってがんばったことでも後悔となる。要は結果次第じゃ。今やれることというのは一緒じゃ、自分にできることしか人間にはできん、それを分かっておくことじゃな。そうして後悔が出た時には少しだけ自分を許してやれ」
その言葉がトーヤの胸に刺さった。
自分はろくなことをして生きてこなかった、さっきそのことをみんなに暴露してしまい、開き直ることしかできなかった。それが自分の生き方だと。
それは全部生きるためにやったことだと自分で自分に言っていた、自分で自分に言わないことには誰にも言ってもらえない。そうして後悔を心の奥深くにしまいこんでいた。1人で痛みを抱えていた。そんなトーヤに村長は「自分を許してやれ」と言ってくれたのだ。
「じいさん、ありがとな……」
「なんじゃ……」
村長はトーヤが何かに耐えていることに気がついた。
気が付いて、黙ったままトーヤの頭を抱えてやった。
「おまえさんはな、今ではわしのもう1人の孫じゃ、そのことを忘れんようにな」
そうして黙って時が流れていった。
「しっ」
村長が厳しい顔で口にしなびた指を当てた。
「あくまで噂、じゃ。今ではわしにそれを話したものも亡くなって、ほとんど知るものもおらん」
「だけど、だけどそれじゃあシャンタルの髪や肌や瞳は……」
「だから不思議じゃと言うておる、恐れておる」
「…………」
村長から聞いたのはあくまで噂だが、そんなことがあるのか?と思うような話であった。
「じゃから、今度の親御様も、もしかしたら……」
「…………」
トーヤは言葉をなくした。
もしもそうだとしたら、それなら逃げるのも分からないではない。
「確かに、もしかしたら、それで逃げたのかも知れんねえな……」
「うむ……」
もしも村長が言っていることが本当だとしたら、それはこの国にとっては重大過ぎる出来事だ。
「ゆめゆめ他言するではないぞ?」
「分かったよ……」
トーヤも心の奥深くにしまうことにした、少なくとも今は。
「それじゃあ逃げても不思議じゃねえが、それってこれからどうなるってことなんだ……」
「さあな、わしにも分からん」
「じいさんに分からんことが俺に分かるはずねえな。まあ物事はなるようにしかならねえ、黙って見守るしかねえか」
「この次の交代までわしは生きておるかどうかも分からんしな……」
「じいさんは生きてるだろうが~」
そう言ってトーヤが笑う。
「ダルが言ってたぜ、じいさんがこの家で一番元気だってな。だから次どころかその次もその次も生きててもらわねえと困るぜ」
そう言って村長の肩にトンッと手を置いた。
その手の重み、含まれた意味を感じて村長が皺だらけの顔を歪めた。
「まあ、できる限り生きるようにはしておくがな」
「そうじゃなくちゃな」
村長は「孫たち」の気持ちを素直に受け取ることにした。
「まあ、そういうわけでな、明日の朝か?には触れがあって夕暮れには王都が封鎖されるらしいと聞いた。だから1人で急いでじいさんに会いに来たんだよ。その前に、交代がある前に色々聞いておきたくてな。こんなに近くなのにカースも封鎖の外なんだよな、融通の利かねえことだ」
「穢れを少しでも避けるためじゃから仕方がないな」
村長はこともなげに言う。
「……なあ、大丈夫なのか?」
「何がじゃ」
「いや、一月以上も王都封鎖って、カースはこんな小さい村なのに、色々不都合とか出てこねえのか?食べ物や生活するのに必要なもんが足りなくなるとか……」
「ああ、大丈夫じゃ、そんな時にはな、ほれ、行く場所もある」
「あ、ああ、なるほど、そういう時だけに行く町じゃねえってのはそういうこともあるからか」
トーヤがキノスのことだと気付いて笑う。
「そういうことじゃ。食料を手に入れるためとか言って長逗留してくるものもおるしな」
「なるほど、いい口実だな」
祖父と孫が笑い合った。
「は~俺、やっぱりじいさん好きだな……」
「なんじゃ、気持ちの悪い」
「いや、本当だよ。俺は、小さい頃は早くに死んだが母親に育てられ、その後は母親の妹分に育てられたようなもんだから、母親ってのには多分不自由してねえんだ。でもじいさんとかばあさんはいなかったからなあ、こんな感じなんだな」
「そうか」
「俺な、今じゃこの国に来てよかったんだなと思ってるんだ。そんでカースにも来られてよかった」
「なんじゃ、ますます気持ちが悪いの」
「今のうちに言っておかないと、いつ言えなくなるか分かんねえからな」
村長はトーヤのいつもと少しばかり違う様子に何を言っていいのか分からないような顔をしたが、
「そうじゃな、こういうのは年の順ではないからな。フェイのようなこともある」
そう言った。
「じゃから、おまえさんも後悔のないように生きることだが、そうは言ってもなかなかそうはいかんのが人生というもんじゃな」
「…………」
「ものごとというものはな、どんなことでもうまくいけば後に笑い話になる。そしてそうでなければどれだけ自分の命や身を削ってがんばったことでも後悔となる。要は結果次第じゃ。今やれることというのは一緒じゃ、自分にできることしか人間にはできん、それを分かっておくことじゃな。そうして後悔が出た時には少しだけ自分を許してやれ」
その言葉がトーヤの胸に刺さった。
自分はろくなことをして生きてこなかった、さっきそのことをみんなに暴露してしまい、開き直ることしかできなかった。それが自分の生き方だと。
それは全部生きるためにやったことだと自分で自分に言っていた、自分で自分に言わないことには誰にも言ってもらえない。そうして後悔を心の奥深くにしまいこんでいた。1人で痛みを抱えていた。そんなトーヤに村長は「自分を許してやれ」と言ってくれたのだ。
「じいさん、ありがとな……」
「なんじゃ……」
村長はトーヤが何かに耐えていることに気がついた。
気が付いて、黙ったままトーヤの頭を抱えてやった。
「おまえさんはな、今ではわしのもう1人の孫じゃ、そのことを忘れんようにな」
そうして黙って時が流れていった。
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