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第二章 第四節 神との契約

15 キノス

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 トーヤは暗くなりつつある道を1人馬を飛ばし、すっかり日が暮れると同じぐらいにカースへ到着した。

 ダルの母親、ナスタはそんな時間に1人で訪れたトーヤに驚いたが、ダルの祖父、村長と話をしたいという真剣な顔を見て理由も聞かずに部屋に通してくれた。

「どうした、こんな時間にいきなり。何があった」

 村長も驚いてはいたが、さすがに小さいと言えど一つの村をべるおさである、落ち着いてトーヤの話を聞いてくれた。

「そうか、ルギに聞いたか……」

 しわはたくさんあるがつやのいい、長年の日に焼けた深い色の肌がランプの炎に揺れる。

 村長の部屋はほとんど物のない質素な部屋であった。ダルの部屋より広いがベッドとすぐ横にテープル、その上にランプが一つ。織物おりものが壁掛けとしてかけてあるが、それももう古いもののようだ。
 それからソファと椅子が何脚か。家族や村のものが相談事そうだんごとに訪れた時にはそこに座らせてじっくりと話を聞くために置いてあるらしい。トーヤもそのソファに座っていた。

「ああ、村のみんなは知ってたのか?ルギがこの村の忌むべき者だってこと」
「いや、ほとんど知らんだろう。面変おもがわりしておったのであのルギと一緒だと思ったものは少なかったのではないかな。わしと息子は気付いたが、ルギという名は珍しいものではないし、まさか衛士になっているとは思わなかったからの」
「おふくろさんが亡くなって1人になったことは知ってたのか?知ってて11歳のガキを1人でほっといたのか?」
「恥ずかしいことにな……」

 村長はふうっと息を吐いた。

「みな、忌むべき者が恐ろしいんじゃよ。それであれの母親が亡くなったと聞いてもすぐには動けなんだ。反対するものも多かった、忌むべき者をもう一度村に迎えるなどとんでもない、次の忌むべき者を出すだけだ、とな。そうしてる間に姿を消してしもうた……」
「そうか……」

 トーヤには村を、村人たちを責めることはできなかった。
 もしも自分がここの村人だったとしたら、やはりルギをもう一度迎えてやったらどうだ、とは言えない気がしたからだ。
 その一方で、自分はなんだかんだ言ってもミーヤたちに大事にされて恵まれていた、そう思うしかなかった。

「もしも、俺がルギみたいにみんなに見捨てられてたら、そしたらやっぱり村を恨んでただろうな」
「あれが村を恨んだと言ったか……まあ仕方がないがな……」
「まあ一時は恨んだらしいが、やつは今は自分の生きる道を見つけたから、だからもう恨んじゃねえんじゃねえか?それになじいさん、俺はあんたらを責めてるわけじゃねえんだよ、ただ、やつが言ったことが本当なのかそれを知りたかっただけだ」
「そうか……」

 ルギの話はそこで終わった。トーヤとしては事実かどうか知りたかっただけだ、それ以上の話を聞くつもりもない。

「それで次に聞きたいのは黒のシャンタルのことだ」
「聞いたらしいの」
「ああ、驚いた。俺はミーヤとは違うことに、だがな」
「わしもナスタから聞いた。シャンタリオはほぼ黒髪黒目の人間ばかりじゃからの。ここから西のキノスあたりからは少し様子が変わってくるがな」
「なんだって?」

 てっきりシャンタリオは国中が全員黒髪黒い瞳だと思っていたトーヤが驚いた。

「キノスってのは?」
「もうダルから聞いておるだろう、あの洞窟から海を渡った町の名前じゃ」
「ああ、あの女がいるって町だろ?」

 トーヤが村長にニヤッと笑ってみせた。

「そうじゃ、だがそれだけではないからの」

 村長がダルと同じような言い方をして半分ほど笑った。

「あそこの町からは色んな人間が増える。なぜならあそこも港町で西の色んな国から来た人間が住んでおるからな。長年の間に混血こんけつが進んでそうなっておる」
「そんじゃキノスってのは俺の国と同じような感じなのか?金色、銀色、茶色、色んな髪に白かったり黒かったりの肌、青、緑、色んな目の人間がいるってことか?」
「そうじゃ」
「そうか……」
「同じ港町でもカトッティはよそから来る大きな船はあっても、それはお客を運ぶだけじゃからな。みんな王都に定住はしない。それだけ王都は特別な街、シャンタルの街なのじゃ。カースから王宮に向かってある高い山、あそこを超えた西は一度に様変さまがわりする」
「なるほどなあ」

 トーヤは「仕事」がやりやすくなったな、と思った。
 うまく宮からシャンタルを連れ出したとして、みんなが黒髪黒い瞳の中をどうやって連れて動くことができるか考えていた。

「そんで、そういう髪や瞳の人間……じゃなくて、女も珍しくてあの町に行くんだろう?」
「まあな」

 村長が今度は自分もニヤリとして見せた。

「さっすが海の男だな~冒険するよな~」

 トーヤが楽しそうにゲラゲラ笑った。

 そうして笑いながら、もしもダルから今日の話を聞いたら、今まで自分を親しく受け入れてくれてたカースの人たちとも、もうこうして笑い合えなくなるのかも知れないと心の奥がキュッと縮むような気がした。
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