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第二章 第四節 神との契約

11 悪者

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「まあな、そんなつまんねえ命が、俺が、なんでかそんな御大層ごたいそうな神様の助け手?命を助けてくれ?なんでそんなことになってんだか分かんねえけどよ、皮肉ひにくなことだな」
「命につまらぬものなどありませんよ」

 マユリアが言う。

「どんな命も大切なただ一つのものです。トーヤが選ばれたのもその生まれではなくその命、魂ゆえでしょう」
「なんだかな……じゃあな、こういうのはどうだ?俺が乗ってきたあの船な、あれは商船じゃねえ、海賊船だ」
「海賊船!」

 ダルが思わず声を出した。

「そうだ」
「海賊って、トーヤ、もしかして俺たちの村とか襲うつもりだったのか?」
「いや、それはねえな。海賊船っても色々あるようだがな、俺が乗ったのは商船に毛が生えたようなもんだ。ここの物をよそに持って行って売る、そして今度はそっちの物をこっちに持ってきて売る、やってることは普通の商船と変わんねえ。ただな、途中で獲物えものの船を見つけたら襲って、まあ違う場所から品物の仕入れするってぐらいのもんだ」
「他の船、襲ったことあるのか?」
「ある。こっち来る時にも何艘かとやりあった。もっとも、それで負けたらこっちがすっからかんになって全部持ってかれるだけだがな。あまり人死ひとじにも出ねえ、どっちもそんなもんだと分かってやってるからな。だから腕が立つってので用心棒ようじんぼう兼任で誘われたってこった」
「よかった、そんなひどいことしてねえんだな、じゃあ……」
「一応はな」

 トーヤは「あまり人死には出ない」と言ったが「あまり」と言うだけでそれなりに死傷者は出る。トーヤが襲った船でやりあった相手にも、多分その後は助からなかったのではないかと思うケガを負ったものもいた。幸いにして嵐に合うまでにトーヤの船には出なかったが、それは運がよかっただけのことだ。

「さあ、どうする?そんな汚らわしい娼婦の息子で海賊あがりのトーヤ様に、尊いシャンタルの尊い命を預けるのか?」
「さきほども申しましたがトーヤの過去は関係がありません。その生命と魂だけが重要なのです」

 マユリアが即答する。

「ほう、言い切ったな。でもな、生まれはそういうことでも海賊船に乗るって決めたのは俺だぜ?海賊やるなんて思うようなやつに任せて構わねえのか?」
「構いません」

 マユリアがまた言い切る。

「何度も申しますが重要なのはトーヤの存在です。トーヤが選ばれたこと、そのこと自体が重要なのですから」

 マユリアの言葉に迷いはない。
 じっと迷いのない目でトーヤを見つめる

 トーヤはしばらくその目を見つめ返していたが、すっと顔をそむけて言った。

「なんかなあ、あれじゃねえの?本当はシャンタルが邪魔で、誰でもいいからどっかに連れてってもらいたいだけなんじゃねえの?なんか分かんねえけど、それが秘密ってやつと関係あるとかな……」

 キリエが息を詰める。

 当代の秘密、当代が男性であるということ。その秘密を知られないよう、誰にも知らぬうちにどこかに消えてしまってくれないか、罰当たりと思いながらもキリエの心の底にずっと存在したのはそれであった。

 キリエは心の底からシャンタルとマユリアを尊敬し、誠心誠意せいしんせいい仕え続けてきた。
 そのつもりであった。
 そんな自分の心の奥底の汚い感情をえぐり出されたようで、知ってしまった黒い感情をぶつけられたようで、一人、苦しげに顔をゆがめた。 

「もしもそうなら、どっかに連れてって消してくれってのならな、あっさりとそう言ってくれた方が楽だな。まあ世の中には色々な仕事があるんだ、あんたらは知らないかも知れんがな。俺も結構汚ねえ仕事もやってきてるからな、そういうのと一緒だと考えりゃ特に断る理由もねえ。消さないまでも外に連れ出してどっかに売っぱらっちまうって手もあるな。そういう風になるかも知れねえぜ?こっちもそんな子どもに手をかけるってのもちょっと後味が悪い」
「なぜそんな言い方をするのですか!」

 思わずミーヤがトーヤの言葉を止める。

「どうしてそんな悪者わるもののような言い方を……」
「悪者、なあ」

 トーヤが苦笑する。

「俺がこれまでやってきたこと、確かに悪者みたいなこともやってきてるからしょうがねえだろ」
「違います!」

 ミーヤが大きな声で言う。

「トーヤは、トーヤはそんな人じゃありません!私は知っています!」
「あんたなあ……」

 トーヤがふうっと息をついて言う。

「あんた、俺の何を知ってるって言うんだよ?」
「何って……」
「知らなかっただろ?親のことも、海賊やってたことも、それからそれ以外の汚い仕事やってきてることも」
「それは……」
「な、分かっただろ?あんたらが見てた俺は俺じゃねえんだよ」

 トーヤの言葉にミーヤは何も言えなくなった。

「な、分かっただろ?」

 トーヤがミーヤから顔を背けてもう一度そう言った。
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