上 下
105 / 353
第二章 第三節 進むべき道を

 3 時が満ちる

しおりを挟む
「なんでなんだろうな……」

 トーヤが誰にともなく言う。

「俺は、なんでそんな大事なこと、今までこいつに聞こうと思いもしなかったんだ?」
「それは時が満ちてなかったからじゃないかな」

 シャンタルが、マユリアが口にしたのと同じ言葉を口にする。

「時が?」
「うん」

 シャンタルが続ける。

「もしも、この話をする前だったら、聞かれても覚えてなかったかも、私も」
「覚えてなかった?」
「うん、そう、今聞かれて思い出したから」
「ありえるなあ、おまえだったら……」
「でしょ?」

 シャンタルがクスッと笑う。

「ってことは、今、この話をしてよかったってことだな」
「そうだね」
「いやいやいやいや、待てよ、なんだよそれ、トーヤも納得してんじゃねえよ」

 珍しくアランが感情的に言う。
 いつもならこんな時に一番につっこみを入れるベルは、さっきまでの感情の高ぶりが収まったばかりもあるのか、こちらは珍しく大人しく聞いているだけだ。

「おまえら気づいてねえみたいだから一応言っとくな。こいつ、もうどんなやつだか分かったろ?」

 シャンタルを小突こづく。

「痛いなあトーヤ、私はベルじゃないんだよ?」

 そう言って軽やかに笑う。

「な、どついても音のしねえやつ、っつーんだよ、こういうの」

 トーヤも笑った。

「ほとんどなんも考えてねえような感じなんだよなあ、昔からだが」

 ふっと軽く息を吐く。

「そりゃ苦労したぜ、ここまで来るのによ。何したい、これが欲しい、これが嫌だってのがほとんどないんだよな。どうすりゃいいのかクソガキ連れてそりゃもう苦労した、自分で自分をほめてやりてえよ」
「それは申し訳ないことを」

 シャンタルがそう言ってトーヤと笑い合う。
 
「その中でな、時々言うわけだよ。なになにしないと、とか、それはやらない方がいい、ってな。それは言ってみりゃどれも託宣みたいなもんなんだ」
「え?」

 ベルが思わず声を出す。

「あの日な、おまえがこいつのマント引っ張って兄貴を助けろっつーた時な、俺はやめとけって言ったんだよ、きりがないからな。いつもだったらこいつもそのまま引き下がったと思う。それがあの日は置いていけねえ、助けたいときたもんだ」
「そうなのか?」

 ベルが聞くとシャンタルが無言でうなずく。

「だからそのままやりたいままにさせといた。そんなにあることでもないし、一応耳を傾けるかと思った。こいつがこうしたいってことはだから、あまりに不都合がない限り大抵聞いてきた。こいつの意思かどうか分からんが、やりたいってことは、つまりそういうことかも知んねえからな」
「そうなのか?」
「さあ、どうなんだろう?」

 アランの問いにシャンタルは相変わらずの返答である。

「聞いても無駄だ、だからこういうやつだって言ってるだろうが」

 トーヤが笑いながら言う。

「まあ本人にも分からねえんだろうから言ってもしゃあないしな」
「すみませんね」

 またシャンタルが笑う。

「だけどな、なんでもかんでもこいつの言う通りにしてきたわけじゃねえ。言わば仲間の意見を参考にしてるってことと同じだ。言ってることに納得すりゃその通りにしたし、そうじゃなけりゃ無視もした。今日だって同じだ、こいつはこのままおまえらには何も言わずに姿を消したいっつーたんだよ」
「本当か?」

 アランがシャンタルに聞いた。
 シャンタルは無言でうなずく。

「おまえらを部屋に呼ぶまでちっとばかりもめた。だが俺がどうしても呼ぶっつーたらこいつも黙った。つまり俺は託宣を無視したわけだ」
「それって、無視して大丈夫なもんなのか?」

 アランが聞く。

「さあな。分からんけど言ったろうが、俺は運命の上をいってやるってよ。それで今まで生きてるから、まあ大丈夫なんじゃねえのか?」

 トーヤが笑う。

「もしもを考えてみろ。例えばな、もしも俺があの時、ダルとあの洞窟に行った日、海を渡って1人で逃げていたら、戦場でおまえらを見ても助けなかっただろう。そうしたらアランはあのまま死んで1人残されたベルもすぐに死んじまってたかも知れねえ。もしも本当に運命ってもんがあるのなら、アランもベルも生き残る運命だったとしたら、俺は関係なく今も他の場所で元気でいる可能性もあるがな。それがなんでか今、ここで一緒にこんなことになってる。それが運命のままなのかどうかは分からんが、絶対にだめなことなら、今日だってこいつがどうやってでも止めてるだろうさ」

 シャンタルは何を言われても知らぬ顔のままだ。

「それと同じなんだろうな。こいつが必要だと思わなかったから、俺も今まで聞いたこともなかった。もっとも、こいつと2人だったらそんなことしみじみと話そうとも思わなかっただろうし、それこそ時が満ちたんだろう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...