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第二章 第三節 進むべき道を
3 時が満ちる
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「なんでなんだろうな……」
トーヤが誰にともなく言う。
「俺は、なんでそんな大事なこと、今までこいつに聞こうと思いもしなかったんだ?」
「それは時が満ちてなかったからじゃないかな」
シャンタルが、マユリアが口にしたのと同じ言葉を口にする。
「時が?」
「うん」
シャンタルが続ける。
「もしも、この話をする前だったら、聞かれても覚えてなかったかも、私も」
「覚えてなかった?」
「うん、そう、今聞かれて思い出したから」
「ありえるなあ、おまえだったら……」
「でしょ?」
シャンタルがクスッと笑う。
「ってことは、今、この話をしてよかったってことだな」
「そうだね」
「いやいやいやいや、待てよ、なんだよそれ、トーヤも納得してんじゃねえよ」
珍しくアランが感情的に言う。
いつもならこんな時に一番につっこみを入れるベルは、さっきまでの感情の高ぶりが収まったばかりもあるのか、こちらは珍しく大人しく聞いているだけだ。
「おまえら気づいてねえみたいだから一応言っとくな。こいつ、もうどんなやつだか分かったろ?」
シャンタルを小突く。
「痛いなあトーヤ、私はベルじゃないんだよ?」
そう言って軽やかに笑う。
「な、どついても音のしねえやつ、っつーんだよ、こういうの」
トーヤも笑った。
「ほとんどなんも考えてねえような感じなんだよなあ、昔からだが」
ふっと軽く息を吐く。
「そりゃ苦労したぜ、ここまで来るのによ。何したい、これが欲しい、これが嫌だってのがほとんどないんだよな。どうすりゃいいのかクソガキ連れてそりゃもう苦労した、自分で自分をほめてやりてえよ」
「それは申し訳ないことを」
シャンタルがそう言ってトーヤと笑い合う。
「その中でな、時々言うわけだよ。なになにしないと、とか、それはやらない方がいい、ってな。それは言ってみりゃどれも託宣みたいなもんなんだ」
「え?」
ベルが思わず声を出す。
「あの日な、おまえがこいつのマント引っ張って兄貴を助けろっつーた時な、俺はやめとけって言ったんだよ、きりがないからな。いつもだったらこいつもそのまま引き下がったと思う。それがあの日は置いていけねえ、助けたいときたもんだ」
「そうなのか?」
ベルが聞くとシャンタルが無言でうなずく。
「だからそのままやりたいままにさせといた。そんなにあることでもないし、一応耳を傾けるかと思った。こいつがこうしたいってことはだから、あまりに不都合がない限り大抵聞いてきた。こいつの意思かどうか分からんが、やりたいってことは、つまりそういうことかも知んねえからな」
「そうなのか?」
「さあ、どうなんだろう?」
アランの問いにシャンタルは相変わらずの返答である。
「聞いても無駄だ、だからこういうやつだって言ってるだろうが」
トーヤが笑いながら言う。
「まあ本人にも分からねえんだろうから言ってもしゃあないしな」
「すみませんね」
またシャンタルが笑う。
「だけどな、なんでもかんでもこいつの言う通りにしてきたわけじゃねえ。言わば仲間の意見を参考にしてるってことと同じだ。言ってることに納得すりゃその通りにしたし、そうじゃなけりゃ無視もした。今日だって同じだ、こいつはこのままおまえらには何も言わずに姿を消したいっつーたんだよ」
「本当か?」
アランがシャンタルに聞いた。
シャンタルは無言でうなずく。
「おまえらを部屋に呼ぶまでちっとばかりもめた。だが俺がどうしても呼ぶっつーたらこいつも黙った。つまり俺は託宣を無視したわけだ」
「それって、無視して大丈夫なもんなのか?」
アランが聞く。
「さあな。分からんけど言ったろうが、俺は運命の上をいってやるってよ。それで今まで生きてるから、まあ大丈夫なんじゃねえのか?」
トーヤが笑う。
「もしもを考えてみろ。例えばな、もしも俺があの時、ダルとあの洞窟に行った日、海を渡って1人で逃げていたら、戦場でおまえらを見ても助けなかっただろう。そうしたらアランはあのまま死んで1人残されたベルもすぐに死んじまってたかも知れねえ。もしも本当に運命ってもんがあるのなら、アランもベルも生き残る運命だったとしたら、俺は関係なく今も他の場所で元気でいる可能性もあるがな。それがなんでか今、ここで一緒にこんなことになってる。それが運命のままなのかどうかは分からんが、絶対にだめなことなら、今日だってこいつがどうやってでも止めてるだろうさ」
シャンタルは何を言われても知らぬ顔のままだ。
「それと同じなんだろうな。こいつが必要だと思わなかったから、俺も今まで聞いたこともなかった。もっとも、こいつと2人だったらそんなことしみじみと話そうとも思わなかっただろうし、それこそ時が満ちたんだろう」
トーヤが誰にともなく言う。
「俺は、なんでそんな大事なこと、今までこいつに聞こうと思いもしなかったんだ?」
「それは時が満ちてなかったからじゃないかな」
シャンタルが、マユリアが口にしたのと同じ言葉を口にする。
「時が?」
「うん」
シャンタルが続ける。
「もしも、この話をする前だったら、聞かれても覚えてなかったかも、私も」
「覚えてなかった?」
「うん、そう、今聞かれて思い出したから」
「ありえるなあ、おまえだったら……」
「でしょ?」
シャンタルがクスッと笑う。
「ってことは、今、この話をしてよかったってことだな」
「そうだね」
「いやいやいやいや、待てよ、なんだよそれ、トーヤも納得してんじゃねえよ」
珍しくアランが感情的に言う。
いつもならこんな時に一番につっこみを入れるベルは、さっきまでの感情の高ぶりが収まったばかりもあるのか、こちらは珍しく大人しく聞いているだけだ。
「おまえら気づいてねえみたいだから一応言っとくな。こいつ、もうどんなやつだか分かったろ?」
シャンタルを小突く。
「痛いなあトーヤ、私はベルじゃないんだよ?」
そう言って軽やかに笑う。
「な、どついても音のしねえやつ、っつーんだよ、こういうの」
トーヤも笑った。
「ほとんどなんも考えてねえような感じなんだよなあ、昔からだが」
ふっと軽く息を吐く。
「そりゃ苦労したぜ、ここまで来るのによ。何したい、これが欲しい、これが嫌だってのがほとんどないんだよな。どうすりゃいいのかクソガキ連れてそりゃもう苦労した、自分で自分をほめてやりてえよ」
「それは申し訳ないことを」
シャンタルがそう言ってトーヤと笑い合う。
「その中でな、時々言うわけだよ。なになにしないと、とか、それはやらない方がいい、ってな。それは言ってみりゃどれも託宣みたいなもんなんだ」
「え?」
ベルが思わず声を出す。
「あの日な、おまえがこいつのマント引っ張って兄貴を助けろっつーた時な、俺はやめとけって言ったんだよ、きりがないからな。いつもだったらこいつもそのまま引き下がったと思う。それがあの日は置いていけねえ、助けたいときたもんだ」
「そうなのか?」
ベルが聞くとシャンタルが無言でうなずく。
「だからそのままやりたいままにさせといた。そんなにあることでもないし、一応耳を傾けるかと思った。こいつがこうしたいってことはだから、あまりに不都合がない限り大抵聞いてきた。こいつの意思かどうか分からんが、やりたいってことは、つまりそういうことかも知んねえからな」
「そうなのか?」
「さあ、どうなんだろう?」
アランの問いにシャンタルは相変わらずの返答である。
「聞いても無駄だ、だからこういうやつだって言ってるだろうが」
トーヤが笑いながら言う。
「まあ本人にも分からねえんだろうから言ってもしゃあないしな」
「すみませんね」
またシャンタルが笑う。
「だけどな、なんでもかんでもこいつの言う通りにしてきたわけじゃねえ。言わば仲間の意見を参考にしてるってことと同じだ。言ってることに納得すりゃその通りにしたし、そうじゃなけりゃ無視もした。今日だって同じだ、こいつはこのままおまえらには何も言わずに姿を消したいっつーたんだよ」
「本当か?」
アランがシャンタルに聞いた。
シャンタルは無言でうなずく。
「おまえらを部屋に呼ぶまでちっとばかりもめた。だが俺がどうしても呼ぶっつーたらこいつも黙った。つまり俺は託宣を無視したわけだ」
「それって、無視して大丈夫なもんなのか?」
アランが聞く。
「さあな。分からんけど言ったろうが、俺は運命の上をいってやるってよ。それで今まで生きてるから、まあ大丈夫なんじゃねえのか?」
トーヤが笑う。
「もしもを考えてみろ。例えばな、もしも俺があの時、ダルとあの洞窟に行った日、海を渡って1人で逃げていたら、戦場でおまえらを見ても助けなかっただろう。そうしたらアランはあのまま死んで1人残されたベルもすぐに死んじまってたかも知れねえ。もしも本当に運命ってもんがあるのなら、アランもベルも生き残る運命だったとしたら、俺は関係なく今も他の場所で元気でいる可能性もあるがな。それがなんでか今、ここで一緒にこんなことになってる。それが運命のままなのかどうかは分からんが、絶対にだめなことなら、今日だってこいつがどうやってでも止めてるだろうさ」
シャンタルは何を言われても知らぬ顔のままだ。
「それと同じなんだろうな。こいつが必要だと思わなかったから、俺も今まで聞いたこともなかった。もっとも、こいつと2人だったらそんなことしみじみと話そうとも思わなかっただろうし、それこそ時が満ちたんだろう」
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