上 下
95 / 353
第二章 第二節 青い運命

14 穢れ

しおりを挟む
「あんた、聞いてたのか?俺の手をつっこんだらここの水が穢れるっつーてんだよ、そんな水でフェイを助けられるわけねえだろ」
「いいえ、あなたでないとだめです」
「分かんねえやつだな、だめだっつーてるだろうが」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃねえよ!」
 
 トーヤはふと顔を横に振ると思い切ったように言う。

「はっきり言うけどな、俺はもう何人もこの手で殺してんだよ。戦場以外でもな。め事の相手とか、殺すまでいかなくとも半死半生はんしはんしょうまで叩きのめすなんて数え切れねえほどやってきてる。そんな手をこの湖に入れられると思うのか?」
「大丈夫です」

 またミーヤがはっきりと言った。

「大丈夫じゃねえっつーてるんだよ!」
「大丈夫です!」

 もう一度さらにきっぱりとミーヤが言う。

「トーヤは自分の楽しみのために人を殺したのですか?」
「いや、そんなことはしたことねえと思うが……」
「生きるためですよね?」
「それは、そうだ、と思う……」
「私は信じています、トーヤは穢れてなんていません」

 トーヤは驚いてミーヤの目を見た。

「シャンタルが穢れた人を託宣で選ぶはずがありません。あなたは、それはその手で人をあやめたかも知れません。ですがそれは生きるため、それもトーヤの運命だったのです。穢れた場所にいても心が穢れなかったからこそ、シャンタルはあなたを選んだのだと私は信じています」

 トーヤは言葉がなかった。

「それに水を汲むように導かれたのはあなたですトーヤ、私は迷ったあなたを導くようにとここにつかわされただけ、だからあなたでないとだめなのです。水を汲んでください」

 まだ動けずにいるトーヤの背を押すようにミーヤは続ける。

「さあ、急いで、フェイが待っています。早く!」

 はじかれるようにトーヤは湖に近付き、静かに膝をついた。

 湖面を見ると自分の顔が映っているのが見えた。
 これほどまじまじと自分の顔を見るのは初めてかも知れない。
 戸惑とまどっておびえる表情が見える。
 本当に大丈夫なのか?
 俺のこの手をこの水の中に入れても大丈夫なのか?
 大丈夫なのか?

「大丈夫ですよ」

 後ろからミーヤの声が聞こえる。

「さあ、早く」

 これは、ミーヤの声なのか?
 後ろからだけではなく前からも聞こえるように思える。

「大丈夫です」

 上からも、天からも聞こえる。

 トーヤは瓶のフタを取ると思い切って湖に沈めた。

 瓶の口からぷくぷくと泡が水面に浮かび上がり、入れ替わるように湖の水が瓶に入っていく。
 やがて泡が止まり、瓶の中が聖なる水で満たされたのが分かった。

 トーヤは瓶を湖から取り出すと目の前にかかげて見てみた。
 
 普通の水だ。
 見た限りは何も変わったところはない。
 だが、これがもしかしたらフェイの運命を正してくれるかも知れない。

 それから湖を見た。
 湖は穢れてはいないように見える。
 少なくとも見た目は。
 最初に見た時と同じように、もう水面も静まり返り波一つない。
 ただキラキラと光を反射しているだけだ。

 立ち上がり、フタをして振り返ってミーヤを見る。
 微笑んでミーヤが見ている。

「さあ、急ぎましょう」
「分かった」

 2人は足早に湖から遠ざかった。

 来る時、あれほど遠かった湖から森の出口まではあっと言う間だった。
 これぐらいの距離なら森の外から湖が見えるだろうというほど。
 だが振り返るともう湖は見えなくなっていた。

 トーヤは一度立ち止まると湖の方向にぺこりと頭を下げた。
 
「さあ、フェイが待っています」
「ああ」

 2人は前の宮に向かって走り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

処理中です...