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第二章 第二節 青い運命
13 呼ぶ声
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トーヤはぼんやりと霞む意識の中で考えた。
(どのぐらいの時間が経ったんだ?何刻、いや、もしかしたら何日か?俺は、間に合わなかったのか?フェイはどうなった?)
静かになっていく呼吸とは逆に頭の中の霞はさらに濃くなっていくように感じられた。
(俺は、死ぬのか、ここで……)
もしも、ここで死ぬのだとしたら……
(会いたい……もう一度あいつらに会いたい……最後にもう一目だけミーヤとフェイ、それからダルに……)
透明な願いだった。
純粋な願いだった。
最後の願いだった。
「……トーヤ……」
誰かの声が聞こえた気がした。
(ああ、そういや宮で初めて目を覚ました時にもこんなことがあったな)
ミーヤの、故郷で亡くなったミーヤの声かと思ったらこちらのミーヤの声だった。
(今度はどっちだ?あの世とやらのミーヤからの声か?だったらそんなに呼ぶなよな、呼ばなくてもそのうちそっちに会いに行ってやるからよ)
トーヤはくすりと笑った。
亡くなった後、あれほど会いたいと思っていた故郷のミーヤではなく、今はこちらで知り合ったミーヤの方にこそ会いたいと願っている。
あっちのミーヤを忘れたわけじゃない、今でも会いたいと思っている。だがそれはもっともっと先のことであってほしい。
(人間ってのは生き汚いもんだな)
深い絶望の中ですら、まだこれほど生きたいと願うとは。
(会いたい、あいつらに……)
もう一度そう思った時、また聞こえた。
「……トーヤ……トーヤ……」
どっちのミーヤの声にも聞こえた。
(なんだよ、2人して呼んでるのか?全く、どっちのミーヤもうるせえよな)
またくすりと笑う。
どっちもうるさいがうるさくされるのは悪くなかった。
そう思うとまた笑えた。
「トーヤ、トーヤ!どこ、どこです!」
今度ははっきりと聞こえた。
「……ミーヤか?」
どちらのともなくトーヤは言った。
「そうです、ミーヤです。どこです?どこにいるの?」
ミーヤだ!
はっきりと分かった。
シャンタル宮の侍女のミーヤだ。
今、会いたいと思っている人間の1人だ。
「……ここ、だ……」
「トーヤ!?」
声だけは聞こえるが周囲には誰もいないように思える。
トーヤは動かせる範囲で目だけを動かして周囲を見た。
(あの時もそうしたっけな)
宮で初めて目を覚まして、何がどうだか分からない時にこっそりと目だけで寝かされていた部屋を見た、それを思い出した。
「トーヤ、どこですか!どこ?」
3度目だ。
あの時も気がついたかと3回呼ばれたな、そう思うとまた笑えた。
「……ここだ」
トーヤは動いた。
まず手をついて体を起こす。
体がバラバラになりそうに感じたが、それでもぐっと支えて上体を起こした。
「……ここだ」
もう一度声をかけながら今度は膝をつく。
「どんだけ走ったってんだよ、俺は……」
そう言いながら力を入れて片方の足の裏を大地につけた。
「クソ……力が、入らねえ……」
「大丈夫ですか?ケガをしてるんですか?」
ミーヤの心配そうな声が聞こえる。
だが姿は見えない。
「大丈夫だ、死にそうにはなってるがケガはしてねえと思う」
「ええっ、何が……」
ミーヤの声に力をもらうように、ふらつきながらもなんとか立ち上がれた。
「大丈夫だ……」
力の入らない足で一歩、前に進めた。
「……どこだ?」
「こちらです」
声のする方向に一歩、また一歩、歩いていく。
さあっと目の前の森が開けた。
「うっ……」
突然の光にトーヤは目を閉じた。
何かが反射したその光に目を射られたのだ。
「トーヤ!」
パタパタと誰かが駆けてくる音がする。
小さい足音だ。
「ミーヤ、か?」
「はい!」
すぐ近くで声がする。
目を開けると目の前にミーヤがいた。
「よかった、どこにいるのかと思ってました」
「ここは……」
ミーヤの後ろに湖が見える。
「湖、か……」
「はい、そうです、シャンタルの聖なる湖です」
目の前に大きな湖が広がっている。
波一つない鏡のような水面がキラキラと光る。
一目で穢れのない存在だと分かる美しい湖であった。
「話は後で、とにかく早く水を汲んで帰りましょう」
「それが瓶が……」
そう言ってミーヤの手にある瓶に気づく。
「それ……」
「マユリアが念の為にと持たせてくださいました」
「何もかもお見通しってわけかよ」
「え?」
「いや、なんでもねえ、急ごう」
そう言ってミーヤから瓶を受け取り湖に近付く、が……
「どうしました?」
「いや……」
湖面をじっと見てトーヤが言った。
「だめだ、俺には汲めない」
「え?」
トーヤが振り向いて瓶をミーヤに返そうとする。
「俺には汲めない」
もう一度言う。
「どうしてですか?」
「あんた、忘れてるかも知らねえが俺は傭兵やってんだ。それがどういうことか分かるよな?傭兵以外でもそりゃ色んなことやってきてる。そんな穢れた手をこの湖に入れられるわけがねえ」
「そんな……」
「だからあんたが汲んでくれ」
瓶を持った手を突き出す。
ミーヤはその手をじっと見ていたがやがてこう言った。
「いいえ、あなたが汲んでくださいトーヤ」
(どのぐらいの時間が経ったんだ?何刻、いや、もしかしたら何日か?俺は、間に合わなかったのか?フェイはどうなった?)
静かになっていく呼吸とは逆に頭の中の霞はさらに濃くなっていくように感じられた。
(俺は、死ぬのか、ここで……)
もしも、ここで死ぬのだとしたら……
(会いたい……もう一度あいつらに会いたい……最後にもう一目だけミーヤとフェイ、それからダルに……)
透明な願いだった。
純粋な願いだった。
最後の願いだった。
「……トーヤ……」
誰かの声が聞こえた気がした。
(ああ、そういや宮で初めて目を覚ました時にもこんなことがあったな)
ミーヤの、故郷で亡くなったミーヤの声かと思ったらこちらのミーヤの声だった。
(今度はどっちだ?あの世とやらのミーヤからの声か?だったらそんなに呼ぶなよな、呼ばなくてもそのうちそっちに会いに行ってやるからよ)
トーヤはくすりと笑った。
亡くなった後、あれほど会いたいと思っていた故郷のミーヤではなく、今はこちらで知り合ったミーヤの方にこそ会いたいと願っている。
あっちのミーヤを忘れたわけじゃない、今でも会いたいと思っている。だがそれはもっともっと先のことであってほしい。
(人間ってのは生き汚いもんだな)
深い絶望の中ですら、まだこれほど生きたいと願うとは。
(会いたい、あいつらに……)
もう一度そう思った時、また聞こえた。
「……トーヤ……トーヤ……」
どっちのミーヤの声にも聞こえた。
(なんだよ、2人して呼んでるのか?全く、どっちのミーヤもうるせえよな)
またくすりと笑う。
どっちもうるさいがうるさくされるのは悪くなかった。
そう思うとまた笑えた。
「トーヤ、トーヤ!どこ、どこです!」
今度ははっきりと聞こえた。
「……ミーヤか?」
どちらのともなくトーヤは言った。
「そうです、ミーヤです。どこです?どこにいるの?」
ミーヤだ!
はっきりと分かった。
シャンタル宮の侍女のミーヤだ。
今、会いたいと思っている人間の1人だ。
「……ここ、だ……」
「トーヤ!?」
声だけは聞こえるが周囲には誰もいないように思える。
トーヤは動かせる範囲で目だけを動かして周囲を見た。
(あの時もそうしたっけな)
宮で初めて目を覚まして、何がどうだか分からない時にこっそりと目だけで寝かされていた部屋を見た、それを思い出した。
「トーヤ、どこですか!どこ?」
3度目だ。
あの時も気がついたかと3回呼ばれたな、そう思うとまた笑えた。
「……ここだ」
トーヤは動いた。
まず手をついて体を起こす。
体がバラバラになりそうに感じたが、それでもぐっと支えて上体を起こした。
「……ここだ」
もう一度声をかけながら今度は膝をつく。
「どんだけ走ったってんだよ、俺は……」
そう言いながら力を入れて片方の足の裏を大地につけた。
「クソ……力が、入らねえ……」
「大丈夫ですか?ケガをしてるんですか?」
ミーヤの心配そうな声が聞こえる。
だが姿は見えない。
「大丈夫だ、死にそうにはなってるがケガはしてねえと思う」
「ええっ、何が……」
ミーヤの声に力をもらうように、ふらつきながらもなんとか立ち上がれた。
「大丈夫だ……」
力の入らない足で一歩、前に進めた。
「……どこだ?」
「こちらです」
声のする方向に一歩、また一歩、歩いていく。
さあっと目の前の森が開けた。
「うっ……」
突然の光にトーヤは目を閉じた。
何かが反射したその光に目を射られたのだ。
「トーヤ!」
パタパタと誰かが駆けてくる音がする。
小さい足音だ。
「ミーヤ、か?」
「はい!」
すぐ近くで声がする。
目を開けると目の前にミーヤがいた。
「よかった、どこにいるのかと思ってました」
「ここは……」
ミーヤの後ろに湖が見える。
「湖、か……」
「はい、そうです、シャンタルの聖なる湖です」
目の前に大きな湖が広がっている。
波一つない鏡のような水面がキラキラと光る。
一目で穢れのない存在だと分かる美しい湖であった。
「話は後で、とにかく早く水を汲んで帰りましょう」
「それが瓶が……」
そう言ってミーヤの手にある瓶に気づく。
「それ……」
「マユリアが念の為にと持たせてくださいました」
「何もかもお見通しってわけかよ」
「え?」
「いや、なんでもねえ、急ごう」
そう言ってミーヤから瓶を受け取り湖に近付く、が……
「どうしました?」
「いや……」
湖面をじっと見てトーヤが言った。
「だめだ、俺には汲めない」
「え?」
トーヤが振り向いて瓶をミーヤに返そうとする。
「俺には汲めない」
もう一度言う。
「どうしてですか?」
「あんた、忘れてるかも知らねえが俺は傭兵やってんだ。それがどういうことか分かるよな?傭兵以外でもそりゃ色んなことやってきてる。そんな穢れた手をこの湖に入れられるわけがねえ」
「そんな……」
「だからあんたが汲んでくれ」
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