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第二章 第二節 青い運命
11 傲慢
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「なんだよそれ……何が起きたんだよ……」
ベルがブルルっと肩を震わせながら言った。
「そうだよな、そう思うよな」
トーヤが表情なく言った。
「俺もその時には分かんなかったんだよな、なんでああまで拒絶されたのか」
「結局どうしてだか分かったのか?」
「傲慢だそうだ。傲慢もまた邪な心だからな」
「傲慢?」
アランが不思議そうに聞いた。
「ああ」
「傲慢って、何がなんだよ」
「人の運命を変えられる、その気持が傲慢だそうだ」
「それ……」
アランが言葉に詰まった。
「人を助けたいって気持ちが傲慢ってのになるのか?」
ベルが聞いた。
「普通ならならねえんだろうなあ」
「普通って?」
トーヤが一つため息をつく。
「俺の育て親みたいなやつがな、結構な日月、段々と弱って死んだ。その間、俺は自分にできることをやってたつもりだった。できることってなたかだか知れてる。その病気に効く薬はないってことだったからな。せめてやれるのは金稼いで休めるようにしてやる、精のつく物を食わせる、その程度しかねえ。痛むところがありゃさすってやる、寒けりゃ温かい物を着せる、そんなぐらいか」
「大体ができることってなそのぐらいだろうなあ」
「だろ?後はまあ神頼みだな」
「そうだな」
アランが同意する。
「だがな、あの時の俺はそうじゃなかった。何しろ神様ってのが近くにいるんだからな。神頼みどころじゃねえ、直接頼めば何とかなる、そんな気持ちだった」
「それはその状況じゃトーヤじゃなくてもそうなるんじゃねえのか?俺だってそうだと思う」
「そうだな。それも普通だと今でも思わんではない」
「それによ、そういう立場になる人間ってのはそういるもんじゃねえだろ?わざわざ託宣ってので呼ばれてそばに置かれたわけだしな」
「そうだよな、トーヤが悪いとはおれも思わないぜ?」
ベルがアランに同意する。
「神様ってのは気難しいもんなんだよ、なあ?」
トーヤが笑いながらシャンタルに言うとシャンタルが黙って微笑んだ。
「あの時、神様がいなかったら、いつもの俺だったら、それこそフェイにやってやれたことってのはその程度だ。そばで手を握ってやる、おでこに冷たいタオルを乗せてやる、励ましてやる、水を飲ませてやる、それぐらいのことだ。それから神様に助けてくれって祈る」
トーヤが下を向き、つぶやくように言う。
「それをな、俺は多分勘違いしちまったんだなあ。俺は託宣で選ばれた人間だ、特別だ、だからシャンタルの湖にさえ行けばもしも助からない運命だとしても救ってもらえる、ってな。それが悲しい運命だとしても俺ならば変えられる、ってな」
「でもトーヤが言う通りにわざわざトーヤを呼んだんじゃねえかよ、その神様ってのは。なんかやらせようって腹なんだろ?だったら引き換えにそんな願いの一つぐらい叶えてくれたっていいんじゃねえの?おれが神様だったらそれぐらいしてやるよ」
ベルの言葉にトーヤが笑った。
「おまえが神様だったら世の中もっと単純な気がするな」
「な、なんだよ、人が真面目に言ってんのによ!」
ベルが本気で怒る。
「すまんすまん、だが、そうだな、それほど単純だったらかえって面倒なことになるだろうな」
「どういう意味だ?」
「あのな、例えばな、誰か、そうだなおまえを助けたいと思うとするだろ?助けるために誰かを殺さないといけないとしたらどうだ?」
「なんだよそれ……」
「戦場なんかじゃよくあるよな?やられそうになってる仲間を助けるためにその相手を殺すってやつ」
「あるな」
戦場では日常茶飯事の出来事だ。何しろ命のやりとりをする現場なのだから。トーヤをはじめ、アランもベルも、そして本来は慈悲の女神であったはずのシャンタルですらそのことに慣れてしまっている。
生き残るために誰かを殺す、稼ぐために誰かを殺す。それが傭兵の仕事の一つである。
「だが、それを神様に頼んで殺してもらうってのはどうだ?」
「えっ」
ベルが聞かれて考え込む。
「なんだろう……何が戦場と違うんだろう……」
「考えてみろ」
「う~ん……」
腕を組んでしばらく考えた後、
「なんだろうな……なんか気色悪い、フェアじゃないって気がする」
「だろ?」
「なんでなんだ?同じじゃねえのか?なのに自分でやるんじゃなくて神様にやってもらうってだけで、なんでかやっちゃいけねえことって気がする……なんでだろう……」
「おまえは至極まともってことだ」
そう言ってトーヤが笑った。
ベルがブルルっと肩を震わせながら言った。
「そうだよな、そう思うよな」
トーヤが表情なく言った。
「俺もその時には分かんなかったんだよな、なんでああまで拒絶されたのか」
「結局どうしてだか分かったのか?」
「傲慢だそうだ。傲慢もまた邪な心だからな」
「傲慢?」
アランが不思議そうに聞いた。
「ああ」
「傲慢って、何がなんだよ」
「人の運命を変えられる、その気持が傲慢だそうだ」
「それ……」
アランが言葉に詰まった。
「人を助けたいって気持ちが傲慢ってのになるのか?」
ベルが聞いた。
「普通ならならねえんだろうなあ」
「普通って?」
トーヤが一つため息をつく。
「俺の育て親みたいなやつがな、結構な日月、段々と弱って死んだ。その間、俺は自分にできることをやってたつもりだった。できることってなたかだか知れてる。その病気に効く薬はないってことだったからな。せめてやれるのは金稼いで休めるようにしてやる、精のつく物を食わせる、その程度しかねえ。痛むところがありゃさすってやる、寒けりゃ温かい物を着せる、そんなぐらいか」
「大体ができることってなそのぐらいだろうなあ」
「だろ?後はまあ神頼みだな」
「そうだな」
アランが同意する。
「だがな、あの時の俺はそうじゃなかった。何しろ神様ってのが近くにいるんだからな。神頼みどころじゃねえ、直接頼めば何とかなる、そんな気持ちだった」
「それはその状況じゃトーヤじゃなくてもそうなるんじゃねえのか?俺だってそうだと思う」
「そうだな。それも普通だと今でも思わんではない」
「それによ、そういう立場になる人間ってのはそういるもんじゃねえだろ?わざわざ託宣ってので呼ばれてそばに置かれたわけだしな」
「そうだよな、トーヤが悪いとはおれも思わないぜ?」
ベルがアランに同意する。
「神様ってのは気難しいもんなんだよ、なあ?」
トーヤが笑いながらシャンタルに言うとシャンタルが黙って微笑んだ。
「あの時、神様がいなかったら、いつもの俺だったら、それこそフェイにやってやれたことってのはその程度だ。そばで手を握ってやる、おでこに冷たいタオルを乗せてやる、励ましてやる、水を飲ませてやる、それぐらいのことだ。それから神様に助けてくれって祈る」
トーヤが下を向き、つぶやくように言う。
「それをな、俺は多分勘違いしちまったんだなあ。俺は託宣で選ばれた人間だ、特別だ、だからシャンタルの湖にさえ行けばもしも助からない運命だとしても救ってもらえる、ってな。それが悲しい運命だとしても俺ならば変えられる、ってな」
「でもトーヤが言う通りにわざわざトーヤを呼んだんじゃねえかよ、その神様ってのは。なんかやらせようって腹なんだろ?だったら引き換えにそんな願いの一つぐらい叶えてくれたっていいんじゃねえの?おれが神様だったらそれぐらいしてやるよ」
ベルの言葉にトーヤが笑った。
「おまえが神様だったら世の中もっと単純な気がするな」
「な、なんだよ、人が真面目に言ってんのによ!」
ベルが本気で怒る。
「すまんすまん、だが、そうだな、それほど単純だったらかえって面倒なことになるだろうな」
「どういう意味だ?」
「あのな、例えばな、誰か、そうだなおまえを助けたいと思うとするだろ?助けるために誰かを殺さないといけないとしたらどうだ?」
「なんだよそれ……」
「戦場なんかじゃよくあるよな?やられそうになってる仲間を助けるためにその相手を殺すってやつ」
「あるな」
戦場では日常茶飯事の出来事だ。何しろ命のやりとりをする現場なのだから。トーヤをはじめ、アランもベルも、そして本来は慈悲の女神であったはずのシャンタルですらそのことに慣れてしまっている。
生き残るために誰かを殺す、稼ぐために誰かを殺す。それが傭兵の仕事の一つである。
「だが、それを神様に頼んで殺してもらうってのはどうだ?」
「えっ」
ベルが聞かれて考え込む。
「なんだろう……何が戦場と違うんだろう……」
「考えてみろ」
「う~ん……」
腕を組んでしばらく考えた後、
「なんだろうな……なんか気色悪い、フェアじゃないって気がする」
「だろ?」
「なんでなんだ?同じじゃねえのか?なのに自分でやるんじゃなくて神様にやってもらうってだけで、なんでかやっちゃいけねえことって気がする……なんでだろう……」
「おまえは至極まともってことだ」
そう言ってトーヤが笑った。
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