上 下
64 / 353
第二章 第一節 再びカースへ

 2 近道

しおりを挟む
 トーヤは思っていた。

(もしかしたら、本当にこいつは俺の「助け手」になるんじゃねえか)

 ダルのことである。
 この日、海から逃げるとしたらここからの可能性もあると見に来たカトッティの港だが、まさかそこで偶然再会するとは思っても見なかった。
 カポカポとのんびり歩く馬の後ろにダルを乗せながら、そういうことを考えた。

 トーヤには考えがあった。そのためにもダルにもう一度宮に来てもらうのは願ったり叶ったりだ。考えようによると気味が悪いぐらいのタイミングではあったが、使えるものはなんでも使う。そんな気持ちだった。

 宮に帰るとすぐにダルは身をきよめて新しい服に着替えた。
 驚いたことに、ダル用の新しい服が数着仕立てられてあったのだ。
 トーヤのと同じく木綿で簡素かんそな作りではあるが、やはり生地は普段着ているのとはまた違うと感じられる触感であった。

「ダルさんがまた来られる時にと思って。着てみた感じはいかがですか?」

 ミーヤにそう聞かれ、言葉もなくクルクルと回って見せ、赤い顔をしてにっこり笑うダルは、トーヤの目から見ても大層かわいらしく思えた。

 今回ダルが通されたのは、以前泊まった最高級の客室ではなく「前の宮」にある一室であった。
 前の部屋ほどには豪華ではないが、それでもまだまだ持て余すほど広く、装飾もそれなりに施されてある。王族や貴族といった上流階級ではなくとも、遠方から来る首長やそれなりの立場の人間を迎えるための一室、そのうちの最上級らしい。ここもそうそう使われる機会はないらしいが、そのような何かのための部屋が宮にはまだまだあるらしい。

「もっと狭い部屋、侍女や衛士なんかと同じ部屋がいいって言ったんだがなあ」

 ためいきをつくトーヤに、

「これ以上の妥協だきょうはできません。トーヤ様の言うことを聞いていたらそのうち野宿でもしてもらうことになりかねませんからね」

 とミーヤがこぼし、ダルが声を上げて笑った。

 ダルが言う通り、その夜は極上の魚メインのディナーだった。
 得意そうに漁の話などをするダルに耳をかたむけながら舌鼓したつづみを打ち、食後もミーヤとフェイも交えて楽しいひと時を過ごせた。
 ルギは外に出かける時には供として必ず着いてきたが、一度部屋に戻るとそれから後は近寄ってくることはなかった。その点では宮の部屋にいるとほっとできる。

 夜、ミーヤたちが部屋から下がると、後はダルと2人でまた色々とつまらぬことなどを話したりしたが、その話のついでのように、ふと、というように、

「そういや帰りは馬で送っていこうと思ってるんだがな、例の近道っての通ってみて大丈夫かな?」

 と、話を振ってみた。

「ん、大丈夫だと思うけど?」
「いや、でもな、おまえ送ってくのに誰かと同乗するだろ、それでも行けるか?」
「細いけどそこまで危ない道でもないしな、行けるだろ」
「そうか、そんじゃルギにでも乗せてもらうか?」
「おいーやめてくれよー」

 ダルが嫌そうに言うのにトーヤが笑った。

「そんじゃ俺が乗せるよ。そうして道教えてもらいがてら送ってくか」
「うん、それがいい、うん」

 今回の目的は道を知ること。ダルが言う普通に使う近道だけではなく、その他の可能性のある道、そして以前ダルがぽろっとこぼした「抜け道ぬけみち」を知ることだ。その道はおそらくカースから続いているだろうから、だとしたら、やはり大きな港のカトッティからではなくカースからマユリアの海の向こうへ逃げる道を探すことになるだろう。

「ルギはどうでもいいとして、ミーヤは大丈夫かな」
「ああ大丈夫だよ、そこまで悪い道じゃないからね。前に通った道が立派過ぎるだけだ」

 ダルが軽く笑う。

「そうか。あの道はすごかったからなあ。俺がいたところでもどこぞの中心の街とかではああいうのあったけど、それ以外は結構細いガタガタした道だったな。俺なんかやっぱりそっちの道通る方が多かった」
「そうなのか。トーヤのいたところってのもまた行ってみたいな」
「遠いけど、そのうち来いよ。今度は俺があっちこっち案内するからさ」
「でも遠いなあ、本当に遠いんだろうなあ」
「そりゃ遠かったさ」
「いつか行けたらなあ」
「来いよな」
「おう」

 そんな話をしながらさらっと知りたいことを混ぜる。

「なんか、抜け道でもありゃいいのになあ、あっちまで」
「どんな抜け道だよ」

 ダルが呆れたように言う。

「そうだな、でっかい洞窟どうくつかなんかをカースからあっちの街までどーんと真っ直ぐ作るんだよ。例えばアルディナの王都の中心にあるって言う水晶宮までどーんと直通でな」
「なんだよそれ」

 あまりの想像にダルが声を上げて笑う。

「そこを馬車でどんどん走って行ったら何日ぐらいで着けるようになるかな」
「楽しい夢だなあ」
「夢夢言ってるだけじゃだめだぜ。なんとか叶えようと思う気持ちが実現のための力になるんじゃねえかよ」
「楽しいこと言うよな、トーヤ」

 またひとしきり笑った後、

「でもまあ、カースからこのへんまでの抜け道ならあるけどな」
「どーんと真っ直ぐの洞窟がか?」

 からかうように言うトーヤだが、その目は抜け目なさそうにダルを見ている。

「似たようなもんだな。うん、洞窟だよ」
「本当にあるのか!」
「内緒だぜ?」

 ダルがいたずらっぽい目でトーヤを見返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...